鯣烏賊 / 第31話

夜闇を覆うは漆黒の霞、現るは歯車を廻す皓き者 その9

《OK、了解。報告ありがとう。》 《じゃあこれ切りますね。俺はリンさんと合流してきます。》 通話を切る。 耳元からミクロさんの声と通、会話越しに耳に入ってくる環境音という名のノイズが聞こえなくなると、俺の耳は俺の聞きたい音だけを集音するようになってくれる。 改めて聞くと、こいつは結構うるさい。 あの液体タコの触手から定期的に出てくる「きゅらら....................」という音だ。 この音はおそらく「合図」だ。 この音を合図にして触手たちが動きを変えていることが、冷静になって観察できる今だからこそよくわかる。 あと、これは今まで気にしていなかったけれど、あれが動く度に液体の「ぬちょ..........」という音も聞こえる。 有害なものではないんだけれど、愉快か不快かで言えばとても不快な音だ。 「うーんと、あそこら辺だと思うんだけど?」 ところで、現在俺は空中にいる。 「速《ラピッド》」で森を駆け抜けてきた勢いがまだ死んでいないので、最後の上に踏み出した1歩の勢いが俺を空中に持ち上げているのだ。 高いところにいるのだから、周りのものがそれはそれはとてもよく見える。 上から見下ろす形であれば、さっきまで物陰に身を隠していたであろうリンさんを簡単に探すことができる。 まあ、探すもどうもこうもない。 だってあの砲撃によってスコップでひっくり返したように抉れた地面の延長線上を、あの液体蛸の逆方向に沿うように見ていけば....................。 いた。 やはり、まだ砲撃後の移動は済んでいなかった。 そしてあのバズーカを撃った時の光に反応したのだろう。 触手がゆっくりとリンさんの方向へ向かってゆくのが見える。 俺は再び森の方面潜り、やつに位置がバレないよう、リンさんに近づく。 ここまで俺たちのとってきた行動から、やつに聴覚がないのはほとんど確定している、と言っていいだろう。 その証拠のひとつとして、たとえばさっきまで使っていたこの「速《ラピッド》」。 今は光が漏れないように、葉の中を縫って進んでいるのだが、かなり大きな音が鳴っている。 蹴る力が強すぎるあまり、「ボキッ!」という音を立てて枝が地面に落ちることさえある。 なのにやつは、俺に見向きもしない。 そして、視覚も保有していないと思われる。 視覚を持っているとしたら説明のつかない場面がふたつある。 1つ目は、さっきのミクロさんの奇襲。 本体の背丈はおよそ10メートル俺よりも遥かに大きいから、高い位置から飛び降りてくるミクロさんを視認できないのはやや問題がある。 それに視覚を持っているのなら、俺が移動することでガサガサと不自然に揺れている木の幹たちに気づくはずだ。 その反面、触覚と、何かしらの「光を探知する」能力はかなり敏感なものを持っていると言っていいだろう。 「衝《ストライク》」で触手を殴り飛ばした時、「これやばい!!」と感じたのか、吹き飛ばされる前の部分の触手がとてつもない速さで向こう側へ撤退をしていた。 再生できるがゆえの脆さと敏感さなのか....................あるいは敏感で脆いからこそ再生できるように進化したのか....................その考察は専門外だ。 専門家に任せるとしよう。 しかし、困った。 俺はこれから右側に曲ってリンさんのところへ向かわないといけないというのに、急カーブをしなければならない。 この「速《ラピッド》」にはブレーキをかけたり、方向転換するためのものは備わっていない。 ものを蹴って逆方向へ転換することはできても、いわゆる「カーブ」は不可能である。 俺はダイヤルを少し戻す方向へ回し、「滑《スケート》」を起動する。 俺の足に、先程の炸裂するようなものではなく、むしろ滑らかにすべらせるように流動的な動きをするエネルギーがまとわりつく。 これは「速《ラピッド》」のようにスーパーグレートで、とてもデンジャラスな加速をもたらすものではない。 能力は、地面や壁を問わず貼り付いて、体を前方向へすべるように前進させること。 余分な力の必要ない、非常に楽なものだ。 これが実際、結構便利。 巷の子供たちはローラースケートという玩具で遊ぶらしいが、ローラースケート見た感じでは、例えとしてはあれが正解だろう。 地面を滑走するという動作は地を踏み締めなが頑張って走るよりも断然楽で、体力の消耗も少なく、しかもそれなりのスピードが出てくれる。 しかもどういう訳か縦に伸びる木の幹にもその効果は適応される。 「カーブ!」 少し体の重心を移動させるだけで方向転換することができるのも、とても便利だ。 そして、これはこの戦況のみでの利点になることだが、発する光の量が大して多くない。 さっきの「速」みたく、加速してゆくたびにエネルギーが膨大になるようなこともなく、エネルギーの媒介となるコスモも常に一定だ。 方向転換した俺は、既に視界数十メートルへリンさんを捉えている。 やつの触手がうにゅうにゅと動き、自分に脅威をもたらすリンさんを排除しようとしているのが見える。 ここでのリンさんの選択肢はふたつ。 後ろ方向に逃げるのか、手持ちの武器で迎撃するか。 しかし、リンさんのあの砲撃は数分の間をおかなければならない。 この状況は俺がなんとかしなければ。 ダイヤルを「衝《ストライク》」に戻す。 「鍵《シュリュッセル》:衝《ストライク》........」 俺はリンさんの延長線上辺りに到達したところで「滑《スケート》」の加速を最大限活かすため、前傾姿勢になる。 さっきまでの緩やかな滑走とは比にならない推進力を得た俺の体は、すぐさまリンさんの付近....................もとい俺の攻撃の射程距離へと到着する。 そして、青い光をまとった右手を突き出し..............................。 衝撃波で触手を吹き飛ばす!!!! パシュゥゥゥゥゥン!!!! そんな音ともに、触手が跡形もなく消し飛んだ。 「え、ベロキ!?....................ありがと!」 「リンさん、ここから離れるよ。」 「わかったわ。」 俺は特に機能を使うこともなく、そのまま走り出す。 後ろに振り向いて合図をすると、リンさんも慌ててこちらについてくる。 俺は走りながらリンさんに話しかけた。 「手応えはどう?」 「吹き飛んではくれるけど、あんなに再生が速いってなると大して効いてないわよね、きっと。」 これまためちゃくちゃ大きい岩を見つけた俺たちは、その後ろに身を隠す。 俺は「鍵《シュリュッセル》」に手をかけて再びダイヤルを回す。 「衝《ストライク》」の機能を解除させ、再使用時間に入ったところで、リンさんも岩の裏に入ってきた。 「あの肉塊、見た?」 「ああ、あの梅干しみたいな、どう見ても弱点にしか見えないやつよね。」 「撃った感じはどう?」 「液体をこっちに回して防御されたわ。 たぶん光の大きさから威力を察されたのね。」 当たり前の事だが、リンさんもあの肉塊をしっかりと目にしているらしい。 それにしても「ウメボシ」って何だ、ウメボシって。 まあ、そのウメボシってやつがあの肉塊に似ているということなのかな。 関係ないけどさ。 問題はアレをどうするのかだ。 いかにも「ここが弱点ですよー、狙ってくださいねー!」と言わんばかりの守られ方をしているし、再生もあの肉塊を保護することを最優先としているようにしか見えない形に見えた。 少なくとも俺にはね。 というか、リンさんの砲撃で液体部分と肉塊を丸ごと吹き飛ばせれば全部上手くいくんだけど....................できるのかな? 聞いてみるか。 「ねえ」 「何?」   「あの肉塊ごと、全部撃ち抜けそう?」 「無理ね。 チャージの光で位置がバレるまでの時間を加味しても防御されちゃうから、液体を吹き飛ばすのが限界。」 「...........わかった」 即答された。 迷わないってことは絶対に無理なんだろう。 リンさん時間を考慮しているチャージというのは相当大きい音が鳴る上に、時間のかかる動作なんだろう。 「動きながらチャージとか出来ないの?」 「できないことはないけど、いろいろと危ないと思うわ。」 危ない....................か。 出来ないことはないけれど、彼女自身に身の危険が生まれるということだろう。 当然だが、俺はリンさん自身を危険に晒そうという思いは微塵もない。 「さてどうしたものか」と、答えが生まれるのか怪しい思考を続けているとき、リンさんが何やらミクロさんと通話を始めた。 「..........はい。 ..........それは無理です。ベロキにも言われました.........は?私が? ....................ベロキはいますけど..........ちょっと、丸投げしないでよ! ............おい、応答は、応答は? ........あっ、無理やり切りやがったあのクソ野郎。」 ん、ミクロさんから何か言われたのかな。 なんだろう。 「所長が、もう1回液体部分をはじき飛ばせだってさ。人使いが荒いんだよ....................。」

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