鯣烏賊 / 第78話

不倶戴天の不協和音 その18

固有武装《オンリーウエポン》「|変化させて《ファンクション》」。 リン・シォンガイが使用する固有武装《オンリーウエポン》である。 ハイパー・バズーカという武装が存在する。 「|変化させて《ファンクション》」の理解のためには、このハイパー・バズーカのことを把握しておく必要がある。 それは人間の身長ほどの大きさを持つ大型の銃武装であり、重量級。 一度取り出したら、収納するまで小回りの聞く動きはできない。 大型の弾丸を装填し、使用者が込めたコスモの量に比例し破壊力が上昇する。 長いチャージ時間を経て放たれた一撃は、大型怪獣にも通ずる必殺の一手となる。 まるで、リンの使用するバズーカそのものである。 この「|変化させて《ファンクション》」は、このハイパー・バズーカを改造し、そして固有武装《オンリーウエポン》としての特異的な機能を付け足したものである。 リンが一度に使うことのできるコスモの量は、常人のそれとは比にならない。 通常のハイパー・バズーカの強度では、リンの全力にはとても耐えられない。 まだ駆け出しの頃にミクロから与えられたハイパー・バズーカを、何台も大破させてしまっていた。 「リンに新しく特注の武装を作る。」 「ええ?!あたしいらないですよ。」 「あの調子でボンボンぶっ壊してる出費を担ってる僕の気持ちにもなってくれ。」 とある日にミクロが、こうリンに相談した全ての始まりだった。 これまでリンが困っておらず、必要に迫られなかったのは事実であったが、それでもタダで新たな武装を手に入れられる利点は何にも変え難かった。 ハイパー・バズーカの基本性能をベースに出力や耐久力を、リンに相応しいよう強化。 それでも予算や開発側のリソースが余っていたため、ミクロはこう提案した。 「折角だから固有武装《オンリーウエポン》にしちまうか?」 リンはその余った分のリソースに、固有の機能を搭載して貰うことにした。 固有の機能とはいえ、選択肢は無数にある。 リンが求めたのは、発射した後の「弾道の操作」。 しかし、完璧にラジコンのような操作性を実現するには、発射速度等を大幅に減らす必要があった。 例えばアロの「|追う矢《アルテミス》」は、ターゲットを敵に固定することで、その追尾性能を実現している。 しかしその複雑な動きのためには、やはり威力が犠牲になっている。 つまりは、基礎性能を落とすことなく何かの機能を実現させるためには、明確な「基準」を定めねばならない。 とくにリンの戦闘スタイルにおいて、速度や威力を低下させるなど以ての外であった。 「なんかアイディアねえのか?好きなモンとか。」 「うーん.....................。」 これは固有武装《オンリーウエポン》の能力を注文する際の難題のひとつである。 これを定めるのに数ヶ月もの年月が必要な討伐者は相当な数存在している。 なにせこの基準は、その善し悪しによって仕上がりの武装の性能がまるきり変化してしまうほどのものである。 どこかの選択を少し間違えてしまうだけでも....................あるいはその隣には正しい選択が存在することもある。 しかしリン・シォンガイの場合、その苦難は数十分で過ぎ去った。 明確に求める能力と合致しており、尚且つ容易にプログラムできる彼女の趣味が、そこにはあった。 それは職人たちを持ってして、「確実に良いものが作れる」と太鼓判を押されるほどに良いアイディアであった。 「あっ、そうだ、あたし数学好きです。」 ----- 「緑....................!!!!」 宙に一発、森色の花火。 それは確実に、パキケの目から見てバリアの原因が撤去されたことを意味している。 なぜだか、リンの方へ殺気が襲いかかる。 先程までは微塵も感じられなかった、テトラファントの"生物"としての殺気である。 人間から向けられるそれとは比にならない大きさのそれを、正面から受け止める。 「ナイスよパキケ....................。」 リンがバズーカの側面につけられたレバーを手前に引き倒すと、下部に空いた穴からからっぽの薬莢がカラン、と落ちる。 リンの指先は、スコープの真横あたりに配置されている小さなモニタのようなものを操作する。 そのモニタには、斜めに引かれた歪んだ曲線が途切れ途切れに、いくつも描かれているグラフのようなものが表示されている。 「あとは消化試合よ!」 リンは迷いなく、再び引き金を引いた。 関節の中の軟骨がゴリっと音を鳴らしたように感じられたが、もはやリンはアドレナリンのおかげで何も感じてすらいなかった。 「|不可視の速攻《タンジェント》!!!」 10メートルおき程度の周期で、テトラファントの右側の空中に穴のようなものが3つ現れる。 それに対応するような位置に....................つまり反対の左側の空中にも3つの穴が作られる。 その穴というのは、光っているようで光を吸い込んでいるような.................... 何かが飛び出てきそうであり、全てを吸い込んでしまいそうな....................。 SF映画などで、「ワープゲート」と呼称されるそれとそっくりであった。 「1周期。」 銃口の数十センチ先の部分にも、そのワープゲートが作られる。 発射された弾丸はそのワープゲートに吸い込まれてゆき、そのままどこかへ消えてしまう。 ....................否、これは"目に見えないトンネル"通っているのみである。 そのトンネルの出口は、もう世界には現れている。 ギャオオオオン!!! と、悲鳴が上がる。 テトラファントの口から発せられたその絶叫とともに、赤黒い血が空に飛び出す。 黄色い光をまとった弾丸が、そのワープゲートから現れたのである。 ゲートから吐き出された弾丸は、ちょうどテトラファントの後ろ足の付け根あたりを貫通し、向かい側へ突き進んでゆく。 最初のワープゲートから向かい側のワープゲートへ、そのゲートは最初のゲートの隣に置かれたゲートへ繋がっているようで、隣のゲートからまた同じことが行われる。 夜空を飛ぶ虫型怪獣の視点を借りてテトラファントの方を鳥瞰すれば、その弾道は明確にとある"グラフ"の形を表していることが、数学の学習者ならば容易に理解されるだろう。 それはまさしく、三角関数の「正接のグラフ」そのものであった。 「|変化させて《ファンクション》」の固有機能は、単純なものが複雑に絡み合わさってできている。 リンの定めた基準は単純明快。 関数のグラフの形にそのまま基準とし、それに弾道を乗せること。 リンのいくつかの個人的な趣味のひとつに、数学がある。 というのも初めは、彼女のバイブルたるファンタジー小説に登場する「召喚魔法陣」や「転移魔法陣」が数学的性質に基づいて設定されていたため、それを理解するために数学の学習を始めた。 次第にリンは段々と数学の学問そのものが好きになってゆき、もともと行くはずであった高等学校で習う数学を独学で修めた。 決してそれの天才であるわけではなかったが、それでもリンは数学の....................とくにその「魔法陣」に使われていた関数のグラフに魅了された。 よってリンの脳内にパッと現れた数学であるが、これが弾道操作の規定を細かく設定するときにおいてもってこいの概念であった。 なにしろ、その場で数学的にルートを"設定"するだけなのだ。 さして時間もかからず、しかし職人たちも良い出来だと自信満々に「|変化させて《ファンクション》」は納品された。 固有武装《オンリーウエポン》「|変化させて《ファンクション》」 能力は、関数のグラフの形に基づき、発射後の弾道を操作すること。 リンが先程使った「|美しく描く弧《パラベル》」は、何を隠そう"二次関数"のグラフ。 そして先刻の「|不可視の速攻《タンジェント》」は、"三角関数の正接《タンジェント》のグラフ"である。 「倒れたわね....................!」 後ろ脚の付け根に直接的なダメージを追ってしまったテトラファントは、体のバランスを保ちきれず、体の後方を横向きに倒してしまった。 象のようなその体を、前足のみで再び起立させるのには数十秒以上の時間を要する。 さらに、体の後方には既に致命的なダメージを負っているのだ。 リンにとってこれ以上の好機はなかった。 「さあ....................。」 再びバズーカの銃口が光る。 もう、なんの小細工も必要なかった。 リン自身、次の一発を最後にするつもりである。 したがって、再使用時間《キャストタイム》を恐れず最大チャージ。 「終わりよ!」 引き金は引かれた。 その弾道はただ真っ直ぐに、一次関数。 確実に彼の者の命を奪う方向へ、一直線。 ----- 「ママ〜、キイロを回収してきたよ。」 「うーん、もういらないんだよね、そのコ。」 視界がチカチカ光るほどに明るい空間の中に、人影がふたつ。 そのうち1人は、光をまるっと飲み込んでしまうような漆黒のローブのようなものをまとっている。 「一応、試してもいい?」 「いいよ。」 もうひとつの人影が、何かを持って動く。 その手には、宝石の欠片のような、黒く透き通った物体を持っている。 その切っ先は極めてするどく、これを用いて簡単に人を殺めることも可能だろう。 1歩1歩、「キイロ」と呼ばれた少女のヒトガタへ近づいてゆく。 その宝石を見たキイロは小さく悲鳴を吐き、背後の殺意から逃げるために前進する。 「ダメだよ〜キイロちゃん。」 即刻、地面にいくつもの影が生み出される。 その影は音もなく刃物のように変化し、キイロの進行先を無慈悲に潰す。 「いや、いや....................いやぁ!!!」 人影は...................."男"はその刃の宝石を振り上げた。 「おまえが|黒い琥珀《ブラックジェム》にこれ以上耐えられるか、実験しておきたいもんねぇ。」 キラリと|黒い琥珀《ブラックジェム》が光る。 キイロの目に移された琥珀の向こうの景色はには、見たこともない生物が映されていた。 トカゲのようであり、それでいて人間的な印象を抱かせるその生物。 体の赤色が警告色のように彼女を怯えさせる。 「さて、ワタシはシロを助けに行ってくるね。」 黒い影は消えた。 琥珀は、彼女に振り向かなかった。
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