鯣烏賊 / 第83話

嵐が去って

アメリカ合衆国、ワシントン州。 W.M.S.Fの本部が一室、大講堂。 軽いコンサートホールほどの大きさがあるその地下室の入口には、開店直後のパチンコ店のようにびっしりと人が並んでいる。 時刻は午後14時。 お昼どきの時間帯に、その会見は執り行われることになった。 つまり、この行列に並ぶ人というのは、マスコミ各社の記者であったり、個人ジャーナリストであったり、このようなものの情報をネット上に投稿して生き銭を稼いで生活しているような....................そんな人間ばかりなのである。 みな写真や映像を撮るための機器を持ち込んでいる。 大抵は2人1組だ。 1人が会見の様子を映像やら写真やらにおさめ、もう1人が会見での言葉を記録する。 そのような役割分担なのだろう。 そう考えながら、その行列の横を数人のボディガードに囲まれながら歩いてゆく女性の姿があった。 記者たちはみな「此度の件についてどうお考えですか!」「今後の対処は!」「被害状況はどうなっているのですか!」などと、当たり障りのない質問を投げかける。 「会見でお答えします。」 全ての質問をそうあしらいながら、レスパ・ルークハイトは行列の横を通り過ぎて行った。 まだ開放されていない大講堂の入口を無視し、そのまたさらに奥に置かれている裏口へと回る。 ここまで辿りつくと最早関係者以外の人間は存在せず、レスパはようやく緊張がすこし解けた顔を見せた。 裏口への廊下の途中に置かれた一室に、レスパは足を踏み入れた。 「こんばんは、先生。」 「先生はよせ。私はもう君の師ではない。」 そこにいたのは、不健康な程に痩せていて、日光を感じられない肌色をした男。 メガネだけがやけに似合うような、ベロキも何度かのみ対面したミクロの同僚。 「わざわざ君が来たということは、追加の情報があるということか?」 「ええ、所長に指示されて慌ててここまで飛んできました。」 「全く..........うちのミクロがすまない。」 アロはそれだけ言うと、持ち合わせていた鞄の中から数枚の紙を取り出した。 たったひとつのホチキスの刃で止められているだけの、簡素なものだ。 「伝言です。『会見で使ったらアロに渡してくれ。僕らで焼却する。』」 「承知した。他には?」 「『ベロキのこと、サンキュー。どっかで埋め合わせすっから目ぇ瞑ってくれ。』」 「録音だけでも腹の立つやつだ。」 真面目な声色で軽口を叩きながら、レスパはミクロからだという資料に目を通した。 そこには、聞かされていた今回の戦闘の顛末の"裏側"。 すなわち、ミクロが追っている秘密に沿った詳細が書かれていた。 わざわざ今この瞬間に、何故これを私に読ませるのだ、と疑問に思っていたレスパだったが、最後の1ページを見て納得した。 そこには「喋ってよいこと」と「喋って欲しくないこと」が書かれていた。 喋っ欲しくないことのリストにも、「絶対に開示するな」と印づけられたところと「やむを得なければ喋ってよい」と印づけられたところが、詳細に分けられていた。 主に、ヒトガタ関連のことだった。 今回の対ヒトガタ戦闘は、以前のセラフィム戦に次ぐ大規模戦闘だった。 1年に1体、それも戦闘に発展すること自体が稀なヒトガタが、一夜で5体も現れた。 紛うことなき災害である。 「俺が通夜で聞きながら文字起こししたものなので、読みにくいかもしれません。」 「問題ない。」 かなり事細かく記述されていたが、会見まで時間が残されていないレスパは、最後の1ページだけをしっかりと読み込んだ。 ヒトガタの情報を安易に開示するのは危険だ。 ミクロやアロの調査を邪魔するだけでなく、一般人の混乱を招きかねない。 レスパは一通り読んでみて、「戦闘の顛末」を事細かく喋った後に、詳細情報は「調査中ゆえ、現場にはいない私が適当な答えを述べる訳にはいかない」と押し通すことに決めた。 「ではお願いしますね、対策長官。」 「ああ、任せてくれ。」 怪獣被害対策長官。 レスパ・ルークハルトはそれだけ言って会見に向かった。 ----- 「ベロキ、テレビ来いよ。」 「なんですか?」 「所長、あたしのリモコン取らないでください!」 ミクロさんに呼び出された俺は、応接室のテレビに来た。 そこにはソファの横に丸椅子がふたつ置かれていて、真ん中のソファにミクロさん、丸椅子のひとつにリンさんが座っていた。 ふたりでリモコンの奪い合いをしていたが、リンさんがさっきから見ていた恋愛ドラマは切り替えられているらしい。 「後で見ればいいだろ....................。」 「だからって許可なく中断するなんて!!」 まあ、リンさんだって本気で怒ってるわけじゃないんだろう。 それさえわかっておけば、大したことじゃない。 「何を見るんですか?」 「記者会見。昨日の戦闘の報告会だよ。お前たちも見といた方がいいだろ?」 昨日の戦闘。 あのヒトガタたちとの戦闘である。 今日の朝一番の特急列車に乗って帰ってきた俺たちは、大体2時間前にここに着いた。 それで俺は寝てて、リンさんは趣味のドラマ鑑賞をしていた。 それにしても、会見が行われるとは。 そんなに大きな規模の戦闘に参加しているなんて、夢にも思わなかった。 「では、今回の戦闘の---....................。」 画面の中の女の人が話し始めたので、いつしかリンさんとミクロさんのふたりも騒ぐのをやめ、その中継を見始めた。 とはいえ、あの戦闘に実際に参加していたのは俺たちだ。 画面の中で語られてゆくのは、俺たちの知っている話ばかりである。 「ヒトガタは累計で5体出現し、うち4体と本格的な戦闘に発展しました。 また、ヒトガタのうち1体はテトラファントという怪獣の頭部に潜んでおり、必然的にテトラファントとも戦闘が行われました。」 戦場になった試験会場や、戦闘前夜の出来事の説明がサラッと終わり、すでに説明はヒトガタやテトラファントのことに入っていた。 さすがに、この辺りからは聞こうと思って、俺も身を乗り出した。 「---以上のように、受験生の中でも相応の実力を持つもの、試験官のトケラ、外部から参戦したふたりの討伐者により戦闘が終了しました。 死亡者は出ませんでしたが、負傷者多数の戦闘でした。」 テレビから聞こえてくる音声は、ミクロさんが花の中にいるシロを撃破したところで終了し、女性は口を閉じた。 「では、質疑応答に移行させていただきます。質問がお有りの方は、挙手をお願い申し上げます。」 「きたぞ。」 きたぞ、とミクロさんは呟いた。 きたぞってどういうことだろう、と質問すると、「意地の悪い質問がバンバン飛んでくるんだよ」と返してきた。 「では、お願いします。」 「えー、フリーの者なのですが。 その外部から参戦させた討伐者とは、どのような者たちなのですか?お答えください。」 外部から参戦したふたりの討伐者。 これはミクロさんとリンさんのことである。 確かに今になって考えてみると、こうやってふたりが戦うことってセーフなのだろうか。 試験の関係者でもないんだし....................。 「監督のトケラの知人です。」 「失礼、長官は知人とおっしゃいますが、それはW.M.S.F内の人間なのですか?外部の人間ですか?」 「外部の人間です。深夜帯に突然呼び出しても問題なく、それでヒトガタと戦闘が十分に行える人員となると、彼のふたりしか思い浮かばなかったので、招集したそうです。」 「どのような人物なのですか?」 「私からはお答えできません。当該企業からの声明をお待ちください。」 すると、時間なので次に移りますというアナウンスとともに、その記者からマイクが奪い取られた。 あまりにもマイクを奪い取る動作が自然だったので、「あっ、この人強そうだな」と思ってしまった。 「意地の悪い質問だろ?」 「そうですね。声明って出すんですか?」 「出すわけないだろ、面倒な。」 ミクロさんは肩をすくめると、「次の質問だ」と呟いた。 それを聞いて、俺とリンさんはふたたびテレビ画面に意識を向けた。 「試験会場という、安全が重要視される場での戦闘でしたが、そこのところどうお考えなのですか。」 「まず、偶発的なものだったとはいえ---....................。」 それ以降の質問も、すべてが似たり寄ったりだった。 負傷者の具体的な人数を求める質問、これは「48人」と、具体的に答えられたことで会話が続かなかった。 修理はどうするのかという質問、これはお答えできませんという回答に不満だったのか、軽い喧嘩のようなものが起こりそうになった。 踏み込んだ質問は、あんまりなかった。 そして応答している女性も、踏み込んだ回答は避けているように見えた。 両者が具体的に喋らないものだから議論は進展せず、実に地味な雰囲気で会見は閉められた。 「終わりだな。ドラマ見ていいよ。」 正直、俺は記者の人たち対していい印象を抱くことができなかった。 会見を開いている人物が詳しいことを答えられるわけがないのだから、そこには目を瞑れる。 けれど記者の人たちは、答えが返って来ないとしても、踏み込んだ質問ができるはずなのだ。 それにしても。 「W.M.S.Fって嫌われてるんですか?」 「うーん、嫌われてるっていうか、袋叩きにするに丁度いいんだよね。」 ミクロさんはこう返してきた。 袋叩きするのに丁度いいっていうのは、どういう事なんだろう。 「でもあんまり踏み込んだ質問がなかったですよ?」 「当たり前だろ。だってW.M.S.Fに非はないもん。揚げ足取ってそれらしくするしかできないの。ああいうのは。」 「どういうことですか?」 「記者たちが本当に叩きたいなら、W.M.S.Fの末端からでかい問題を引っ張ってくればいいんだよ。あんまり覚えてないけど、過去にもそんなことはいくらでもあった。」 「そうなんですか。」 「でもさ、今は叩くネタがない。けどホコリは出したい。報道する側はホコリが多ければ多いほど儲かるからな。 でも今はどれだけ布団を叩いても、ホコリは出てきてくれない。」 ミクロさんは持っていたコーヒーをぐびっと飲み干した。 空のコップをコトンとデスクに置く。 ちょっとイライラしているみたいだった。 「それでも偶然でかいホコリが出てきたら儲けもんだろ?だからああやって揺さぶる。 そしたらネット上でしょうもない議論も起こる。それすらニュースにできる。 まあ、金儲けの視点からしてみると、アイツらの一人勝ちってわけだ。」 ミクロさんはデスクの椅子にふんぞり返って、もう使い終わった紙たちをくしゃくしゃに丸めて足下のゴミ箱に捨てた。 俺も、飲んでいたコーヒーを飲み干すと、ミクロさんから空のカップを回収して、立ち去ろうとする。 そのときに、ちょうどミクロさんに相談したいことがあることを思い出した。 「そうだミクロさん、見てくださいよ。」 「ん?なんだ?」 俺は人差し指を上に立て、そこに全神経を集中させる。 あの時みたいなイメージを忘れず、それを実践するんだ。 「陽炎《カゲロウ》。」 「かげろう?」 人差し指にボッと炎が出たのを確認した俺の意識は。 ....................そこで途切れた。
次回、最終話

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