鯣烏賊 / 第82話

dominant→tonic

あのあと俺たちは、ミクロさんたちから大目玉を食らうことを想定していた。 しかし案外何事もなく、全身の関節に痛みを訴えたディラン君はそのまま医務室へ連行。 身体中の切り傷と最高レベルの乗り物酔いのような状態だが自力で回復できる目処がある俺は、ミクロさんに連れられてその場を離れた。 途中で寮棟の裏側へ回り、戦闘を終えたそこでリンさんと合流した。 どうやら電波障害の正体は「テトラファント」という象のような怪獣だったらしく、めった撃ちにされた死体が視線の先に転がされているのが見えた。 そもそも、リンさんが来ていること自体を知らされていなかった俺は驚いたが、リンさんは俺の後ろにいるミクロさんと何事もなく会話をしてしまった。 「あれ、使った?」 「はい。」 たったこれだけの短い会話でふたりのコミュニケーションは終了した。 リンさんの右手がぐしゃぐしゃに握りつぶされているのを俺が見つけると、彼女の治療のためにやはり医務室へ向かうことになった。 その右手は手術をすれば治るとの事だったので、リンさんの手の修復は帰宅してから行うことになった。 結果、リンさんは向こう数日くらいを、包帯をぐるぐる巻きにして生活することになった。 試験会場は敷地全体がボロボロに壊れてしまったので、とても寮の持ち部屋に帰ってぐっすり眠れるような状況ではなかった。 俺たち受験生は損傷の少なかった運動場にいくつもの灯りを設置し、その周りで試験を受けたグループで合流して眠るよう指示された。 ここでユリさんとパキケ君と合流した。 ユリさんはテトラフォント戦の付近で、小型怪獣の相手をしていたらしく、俺たちの中で唯一ほとんど無傷だった。 パキケ君はテトラフォントと戦闘をしていたらしく、いくらかの外傷が見られた。 しかし共闘したリンさんは戦闘前から右手を負傷していたとのことで、なんか申し訳なかったと言っていた。 ここにリンさんも合流して4人で寝る。 ....................はずだったのだが、ちょうど周りが寝静まったころに、トケラさんがやって来た。 この人も激しい戦闘を繰り広げたはずなのだが、堂々の無傷である。 「ベロキとリン・シォンガイ。来い。」 ヒトガタと直接的な戦闘になった中で、怪我の具合が深刻ではない俺とリンさんが、ヒトガタの死体処理の仕事を請け負うことになった。 最初はパキケ君も行くと主張し、実際に俺もそう思っていたが、 「君は来なくていい。」 と指示されていた彼は、ここに置いておくことになった。 しかし、去り際にトケラさんが彼に 「記者会見が開かれるまで何も言うなよ。」 と、とても怖い顔でパキケ君に口止めしていたのをすごく覚えている。 それも、肩に手を置いて密着して言うものだから、有無を言わさぬ圧を感じた。 パキケ君も、首をガクガクと縦に振っていた。 行く途中で、ディラン君の見舞いに行きたいと主張すると、少し嫌な顔をされたけど了承してもらった。 道中にある講堂(これもかなり損壊しているけれど)の1階にある医務室には、先の戦闘で負った怪我の具合がひどい受験生たちが数人収容されていた。 1番奥のスペースに、ディラン君は収容されていた。 「ディラン君〜〜..........。」 小声で呼んでカーテンの中を覗いてみても、包帯をぐるぐる巻きにされて眠っている姿しか見えなかった。 ディラン君はあの一撃を最後に気を失い、目を覚ましていない。 本当に限界だったんだろう。 「お大事に〜〜....................。」 気休め程度に労いの言葉をかけてカーテンを閉じると、看護さんから「ご満足されました?」と問われた。 それに「ええ、ありがとうございました。」と返答すると、俺は邪魔者みたいに追い出された。 実際、邪魔者なのだから仕方ない。 医務室から出てきた俺を見たトケラさんは、軽いため息をついて、俺たちを先導した。 「君には言いたいことが山ほどあるが、それはミクロから聞くことだ。俺が指導すべきは俺の弟子であるからな。」 道中このように釘を刺された。 しかしそれ以降はほとんど喋らず、むしろその体から放たれている真面目すぎる空気に俺とリンさんも飲まれ、1ヶ月近く会っていないにも関わらず、俺たちはほとんどなにも喋られなかった。 「連れてきたぞ。」 そこは、さきほど俺たちが戦闘していた寮棟の向こう側だった。 大量の虫型怪獣の死体が足の踏み場もないほどの数量であたりに散乱しており、少しでも足を踏み入れると気持ちの悪い体液が靴に付着する。 それらの中心には、テトラファントの死体が小高い丘のように存在している。 周囲の怪獣たちと比べても極めて異質で、それでいてあまりにも巨大な死んだ肉塊である。 「なあ、リン。」 テトラファントの死体の頭部のあたりに、1人の男の人が立っていた。 ミクロさんだ。 「わざわざ連れてきた俺には礼もなしか。」 「あぁそうだったな、サンキューサンキュー。」 ミクロさんはテトラファントの背中を渡り歩き、死体のお尻側にいる俺たちに近づいてきた。 「よっと」とテトラファントの死体から飛び降りてくると、リンさんの方へ向いた。 「アオは回収したんだよな、トケラ。 僕が殺したアカの死体は見つかったか?」 「ああ、綺麗に残っていた。」 トケラさんとこれだけのやり取りを済ませたミクロさんは、次にリンさんに話しかけた。 「いたんだろ?ヒトガタ。」 「あたしは姿を見てません。見たのはパキケです。」 話によれば、リンさんとパキケ君は共闘してテトラファントを倒したらしい。 リンさんが参戦してから、拮抗していた戦況が一気にこっちに傾いたんだ!と、怪我をしているくせして元気なパキケ君が熱弁していた。 テトラファントにトドメを刺したのはリンさんだけど、テトラファントはあらゆる攻撃を防御してしまう「オートガード」のような能力を持っていた、と。 そしてそれはテトラファントではない"何か"の能力に違いない。 パキケ君はそれをリンさんに話そうとしたが、リンさんはその話をされるまでもなく、テトラファントの背中に謎の存在がいることを的中させたような指示をパキケ君にしたそうだ。 結果、パキケ君はテトラファントの背中にいるヒトガタを発見。 「それで、そのパキケってやつはそのヒトガタをどうしたんだ?」 「シールドが、硬くて突破は不可能に近かったから、そいつを攫って背中から引き剥がそうとした....................って言ってました。」 「引き剥がそうとしたってことは、未遂で終わってるってことか?」 「ええ。」 リンさんの語った話は衝撃だった。 パキケ君が黄色いマントをかぶったヒトガタに触れようとすると、まるで亜空間からのゲートが開けられたように、空間が歪んだ。 ミクロさんは「リン、まさかお前のタンジェントじゃないだろうな?」とリンさんに問いただしたが、リンさんは疑惑をキッパリと否定した。 あくまでパキケ君からの合図なしでは、能動的に動かないようにしていたそうだ。 そもそも、タンジェントってなんだろう?後で聞いてみよう。 そして、そのゲートを1歩引いた場所から観察したパキケ君だったが、それ以降のこと全てが完全に人知を超えており、行動に移すまでの反応が遅れたそうだ。 まず、その空間の歪みから手が現れた。 そこから紫色のマントが現れ、黄色いマントのヒトガタの手を掴んだ。 ここで我に返ったパキケ君は、弓を引いて撃つ暇はなかったため、サブの武器として持っていた"マチェテ"という小型ナイフを投擲した。 荒の出る不完全な投擲だったが、それでも油断している紫色マントのヒトガタには有効打だったそうだ。 ナイフ攻撃を受けたヒトガタは少し体のバランスを崩し、その顔をパキケに晒すことになった。 「自分と全く同じ顔をしたヤツがそこにいた、と。」 「って言ってました。」 「ふむ....................。」 ヒトガタの能力は必ず、体の修復に利用できるという話を聞いたことがある。 その上でパキケ君と同じ顔をしている....................「体の作り替え」あたりだろうか。 あえてパキケ君と同じ顔を演出した理由は、混乱させるため....................? 「うーん、わからないな。トケラはアタリある?」 「俺から申し上げられることはないな。」 「そっか。」 ここでやることはない、ということになり、俺たちは寮棟の向こう側へ行くことになった。 そこには、光を失ったあの花が残っていた。 「ご苦労、戻ってろ。」 「了解。」 見張りをしていたらしい人員がトケラさんの指示で散開すると、その場は俺たちだけで占められることになった。 「あの穴か。」 ディラン君がこじ開け、誰かがトドメを刺した場所であるあの穴。 俺の場所からはちょうど見えなかったけれど、やつにトドメを刺したのはミクロさんだそうだ。 ....................俺、重要局面に関われていないな。 「では、シロと呼ばれていたヒトガタの死体を探すことにしよう。」 死体は、どこにも見つからなかった。 ----- 「そうか、帰るのか。」 「3週間、ありがとうね。」 翌日に訪問したときに、ディラン君の体はかなり良くなっていた。 ベッドで上半身を起こし、俺と会話を交わす姿を見て、俺は安堵の気持ちで一杯になった。 「昨日の夜は、無理させちゃってごめん。」 「いや、いいんだ。俺だってお前の気持ちを揺らがすことを言ってしまったからな。」 簡単に言えば、別れの挨拶だ。 試験は終わった。 この試験の結果はその場ではなく、日を置いてからホームページにて結果を自分で確認する方式が取られている。 この会場はボロボロに壊れてしまったが、ここを直すのは俺の役目じゃない。 むしろ、部外者たる俺はここを去る方が先決なのである。 だから、帰るのだ。 「その前に、約束を果たしてくれ。」 「約束..........?」 「あとで全て話すと、そう言ってくれただろ?」 「ああ....................。」 俺は全部、話してあげた。 シロに何度も殺されかけていること。 その中で何度も戦闘を重ねたこと。 ミクロさんに助けられたこと。 そして、ギラのこと。 「気は晴れたのか?やつを倒して。」 「ううん、正直あんまりだよ。」 昨日ようやく自覚できたんだ。 俺は大した決意を持っていない。 あの瞬間は確かにギラのためにアイツを殺すと決意したけれど、その意志だってまるでロウソクの小さな光みたいにユラユラ揺れてしまっていた。 そんな目標を果たしても、なんの鬱憤も晴れなかった。 けれど、それでいいんだ。 今度はちゃんと目標が出来た。 目標を紙に書いて、声にも出してみた。 この目標はきっと、これからの俺を突き動かしてくれるんだ。 「そうか、あんまりか。」 「俺は帰るけど、ディラン君は?」 「俺は、怪我が治りしだい帰ることにする。 なにしろ妻が待っているのでね。」 ユリさんとディラン君には、絶対何かあると思ってた。 せいぜいディラン君が片思いしていて、それを俺がヒューヒューやかましく煽る程度の事かと思っていたのだが、二人はまさかの夫妻であった。 俺は何も考えず「カノジョに良いとこ見せろ」と発言したことを謝罪したが、笑って許してくれた。 ちょっと恥ずかしそうだったから、きっと本気で好きなんだろう。 俺には分からない関係だ。 「また会おうね。どこかで。」 「ああ、出来れば仕事がいいな。 ....................2次試験、お前もあるだろ。頑張れよ。」 「....................もちろん。」 それだけ言って、俺たちは別れた。 医務室の看護さんにもう1回挨拶して、医務室から出た。 そのまま出口へ向かうと、いつもの3人で合流した。 「遅いよベロキ!」 「ごめん、ごめんって。」 「それじゃ、帰るか。」 とはいえ、3週間ぶりだけど。 「表情が晴れやかだねベロキ。何かあったの?」 「あーー、ちょっとね。あったんですよ。」 そうだ、今の俺は機嫌がいい。 同時に、これからへの不安も感じる。 これまでは長期的な不安なんて感じたこともなかった。 きっと、やりたいことがなかったから。 けど今の俺は違う、これからが不安だらけで、これからが楽しみすぎるんだ。 俺は、俺は....................。 なんであんなに執拗に狙われるんだ。 なんで思わせぶりなアイツらのセリフには、俺が出てくるんだ。 俺はあんなやつの弟なのか。 本当に、俺は誰なんだろう。 俺は、俺のことが知りたい。 俺自身のことを突き止めたくてたまらない。 この決意だって、ひょっとしたら廃れてしまうのかもしれない。 けど、そんなんじゃダメなんだ。 そんなささやかな決意とともに、俺は駅のホームを通った。 俺は手に持ったミルクコーヒーの缶を開け、グッと飲んでみる。 命の危機に瀕している頃に飲んでいた、原材料の1番上が「砂糖」で、2番目が「牛乳」、3番目でようやく「コーヒー」が出てくるような、甘ったるいコーヒー。 「おいしい..........。」 「そうか?そんなにか?よかった。」 赤い砂漠の中心で飲む熱いミルクコーヒーは、やけにおいしい。 こんな幸せを噛み締めつつ、俺たちは次来る電車を心待ちにするのだった。

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