鯣烏賊 / 第84話

とある男のエピローグ

『起きろ。』 「はっ!!!」 ドンガラガッシャーン! と、ものすごい音とともに俺は目を覚ました。 こんな事がいつかあったな、と思いつつも、俺はベッドに寝かせてもらっていることに気がついた。 ああ、さっき倒れたときにミクロさんがここまで運んでくれたんだな、ありがたい。 後でお礼を言っておこう。 さっきは誰かの声が聞こえた気がした。 俺に『起きろ』と、くぐもった低い声で囁いたように聞こえた。 そんなことを今考えても意味が無いので、あれは奇妙な夢だったということにしておこう。 そう思って、ドアノブを捻った。 ドアから外にでて、右側に数メートル。 きっとさっきの音の音源は、そこにある応接室だ。 近い距離ではあるけれど、急ぐことに越したことはない。 廊下を走っていると、気絶しているリンさんを抱えた、これまた怪我だらけの女の人とすれ違った。 「待っ..........。」 静止されかけたが、こんな一大事を放っておけるわけがない。 全速力で走って、カーテンに手をかけたそのとき。 「来るな!!!!来るんじゃあねえ!!!」 ミクロさんが俺をそう静止した。 なぜだと思いながら右に首をひねると、俺の視界が真っ暗になった。 ここで俺は再び、気を失った。 ----- -数分前- ミクロは焦った。 ベロキが「陽炎《カゲロウ》」と呟き、その人差し指にロウソクの火のように炎が灯されたときに、今ここでベロキの首を刎ねることを考えたほどだ。 彼が人生で1番、焦った瞬間と言える。 しかし、ベロキはその場で気を失ってパタンと倒れた。 それで我に返ったミクロは、ベロキの自室の布団に寝かせて熟考した。 あの力は紛れもなく、ミクロだけでなく彼の敵も警戒しているもの。 【炎の魔人】の力である。 魔人の復活はミクロ側の戦力増強には欠かせないものであるが、それでも危険を内包するものである。 魔人が"自我"を持ったまま顕現するのか、そうでないのか。 自我を失った魔人は、ただの破壊兵器の域を出ない。 そのうえ、コントローラーを握る人間は誰もいない、無差別破壊兵器に成り下がるのだ。 そうなればミクロは魔人に乗っ取られたベロキを殺さなければならない。 やれない事ではないし、むしろ確実に遂行する自信がミクロにはある。 しかし、目覚めないに越したことはない。 ミクロにとっては、割の良くない、その上でヒントすらない二択問題でしかないのだ。 安堵の気待ちに駆られたミクロは、リンのいる応接室のデスクへ戻った。 「ベロキ、大丈夫ですか?」 「あぁ、多分あれだな。疲れてるってヤツだろ。」 「....................急に喋り方が変わるの、気が狂います。そんなに演じるのが楽しいんですか?」 「楽しかぁねえに決まってら。」 「そうですか。」 ミクロはふたたび悩みふけった。 まさか、彼の顕現がこれだけ早いだなんて、夢にも思わなかったのである。 焦ったのはミクロだけではなかった。 彼の中に棲みつく彼女....................オーサンも例外ではなかった。 『本当に早いわね。ホルスくん。』 「冗談じゃねえぜ....................割の悪い運ゲーをやるのか?ベロキが目覚めたら。」 『今やる必要はないんじゃない?それこそ、わたしたちが少し落ち着いてから。 それに今はまだ、目覚めきっていないように思えるわ。』 「そうだな、そうだな....................。」 焦ってはいるが、落ち着いていた。 こうなったときの対処法なんて、ずっと前から決めていたじゃないか。 そう自分に言い聞かせるように、ミクロは行動を始めた。 まず、今は無駄であることはわかっているが、会見を終えたばかりのレスパの連絡先に、秘匿メールアドレスを使用して連絡を送付した。 【目覚めたり。行動に移す。】 たったこれだけの短い文だが、レスパはきっと読み、そして理解する。 ミクロはそう信頼を寄せていた。 そしてこれと全く同じ内容のメールを、彼の古くからの友人であり優秀な戦闘者である「コチョウ・ラピスラズリ」という人物へも送付した。 トケラに送ることも考えたが、事情をよく把握できていない上、先の戦闘の後対応に追われている彼をこれ以上使う訳にはいかないと理性が働き、それは諦めた。 コチョウからは送った直後にリアクションがあり、【数日でそっちに行くね!】という短絡的な返事が帰ってきた。 コチョウは世界中をソロで飛び回っているため、彼女を数時間で北アメリカ大陸の地へと呼び込むのはなかなかに無理な話である。 しかし数日と明記されたということは、現在の滞在先はアジアかアフリカのあたりであろうかとミクロは当たりをつけた。 それについて質問をすると、【グランド・キャニオンにいるよ!】と返答があった。 北アメリカ大陸である。 しかし、同じ大陸内でもここまで時間がかかるということは、何かしらの任務に区切りをつけてからやってくるということだろう、とミクロは予測した。 【わざわざ無理はしなくていい。こちらは急ぎではない。】 これには【ありがとう!】と返事がきた。 ミクロはひとまず、コチョウの到着を待つことにした。 「ブルーが来りゃあ、百人力だなぁ。」 信頼できる人の力を借りることはできそうである。 このことがミクロの心に余裕を生み、柔軟な思考を可能にした。 そしてミクロは、もうひとりの人物のメールボックスを開いた。 そしてメールをうち込もうとしたそのとき。 ギンゴーン。 あまりにもチープな呼び出しベルの音が響き渡った。 こんな時間、それもこの事務所に依頼が来る?実に怪しい。 ミクロはそう確信できた。 ここでリンを失わずに済んだのは、ひとえにコチョウのおかげであるとミクロは後日に語っていた。 「あたしが....................。」 「いい、僕が行く。」 ミクロがドアの鍵を解除し、ドアノブに手をかける。 そしてノブを捻って戸を開ける。 「はーぃ、どちら様....................。」 「お兄ちゃん!!!!」 1人の少女が、駆け込んできた。 少女は駆け込んでくるなりミクロに抱きつき、切羽詰まった顔でこう言った。 「お願い..........助けて!!!」 ミクロは少女の顔と声を聞いて、もうひとつの厄介事が舞い込んできたことを確信した。 ふたたび焦りかけたミクロだが、深呼吸をして落ち着き、判断を下した。 "ベロキの事などよりも、こちらが優先である。"と。 「オーサン、目ぇ貸せ。」 『どうぞ。』 ミクロの目が蒼色に発光した。 眼球の周辺にその光は広がり、バチバチと静電気のような若干の電気を放つ。 「奔雷《プラズマ》。」 視える。 ミクロの目はわかっている。 事務所の階段を、余裕たっぷりのゆっくりした足取りでこちらに向かってくる2体の人影。 否、人ではない。 肌の代わりにトカゲのような鱗を持ち、額には角、腰からは太くて力強い尾が生えている。 「所長、それにペラルちゃ..........。」 「すまねぇ。」 ミクロに駆け寄ってきたリンの額を、彼は掴んだ。 バチッも電流がほとばしり、リンが瞼を閉じながらヘナヘナとその場にへたり込む。 「悪ぃな、見られるわけにゃいかねんだ。」 リンを近くの壁にたてかけ、ミクロは腰を深く落として構える。 腰には打首刀という刃の長い刀を装備し、それの持ち手を右手で軽く掴む。 居合術の構えである。 「お兄ちゃん..........。」 「ペラル。下がってろ。そんでリンの面倒見てくれ。 リンの部屋は、昔のてめぇの部屋の隣だ。」 「わかってる。」 ペラルはリンを抱き抱え、怪我だらけの少女であるとは思えないほどしっかりした足取りでリンの部屋へ向かった。 ミクロはふたたび刀を構え、いつでも敵が来ていいように備える。 あと3段。 彼の聴覚は、敵が今階段のどこにいるのかを正確に数えていた。 (もう、視覚には頼らねぇ..........。) ゆっくり目を閉じ、暗闇の世界へ飛び出す。 そうすれば聴覚はより敏感になる。 目は使っていないが、「庭《テイ》」で相手の気配も探っている。 敵は、あと1段---....................。 はっ、とミクロは目を開けた。 カーテンに触る音がしたのである。 そして後ろを振り向き、全力で叫ぶ。 「来るな!!!来るんじゃあねえ!!!」 しかし、声掛けが数秒遅かった。 ベロキは部屋に1歩踏み入り、ミクロの方に振り向いてしまった。 そして、悪運なことに合ってしまったのだ。タイミングが。 「女ァ!!!!」 刹那、扉をこじ開けて入ってきたリザードマンを、ベロキは見てしまい....................。 そして、パタンと倒れた。 「あっ。」 『あっ。』 ミクロは絶望した。 召喚条件を満たしてしまったのだ。 目の前には、絶対に地球人には見られてならない正体不明のリザードマン。 そして背後には、炎の魔人の召喚条件を満たし、その場に倒れ込んだベロキ。 「クソッ。」 相手をしてやる。 ミクロはそう決意した。 これからの運によっては、リザードマンと魔人を同時に相手をすることになる。 絶対にやってやる、と。 ここで僕が死んでも、次のループに全てを託すのだ、と。 そうしてミクロの殺気が最大限に高まったそのとき。 「うぅ....................痛いのう。」 「!!」 ベロキが額を抑えて立ち上がった。 しかし、口調は確実にいつものものではない。 普段の丁寧な、悪くいえばへりくだったおちゃらけた敬語ではなく、尊大で、まるで誰かを従えているかのような。 そこに居るのは、たしかにベロキの体を持った"何か"であった。 性格は顔に出るとは言うが、ベロキの見せる表情とは考えられない顔をしている。 なにより、額と両手に浮かび上がっている「目」のように見える模様。 そして頭部に1本生えている炎の角が、その存在がベロキであり、しかし決してベロキではないことを証明していた。 「なるほど、儂は目覚めたわけか。」 「自我が、....................ある?」 賭けに勝った。 ミクロはそう確信した。 ミクロの想定していた最悪の自体は、ひとまず避けられることが確定したのである。 「ほうほう、"自我"とな。中にいるのは"カンナカムイ"か....................。 その言葉を口にするということは、儂のことは知っていたわけじゃな。」 「ああそうだよ"ホルス"。てめぇの目覚めを心待ちにして、ずぅーっと怯えていたのさ。」 「ハハッ、そうかそうか。ならば儂は貴様の味方でいてやろう。 ....................貴様がこの器の味方をしている内は....................な。」 「そうかいそうかい。助かるぜ。」 ミクロは無視していた。 彼の背後にいるリザードマンを。 リザードマンが彼に攻撃を加えようとするその瞬間までは、完全に無視していたのだ。 まるで"こんな雑魚はどうでもいい"と。 「ギ、ギギ..........?!」 ミクロは何をするでもなく、立ち上がった。 その瞬間に、リザードマンの片割れの首が落とされ、そしてやや遅れて手足と胴がバラバラに切り離された。 「ほほう、見事な呼妖《コヨウ》じゃ。 貴様、ルキ家の者か?」 「ベロキの記憶を見たか。 僕じゃねえ。ルキだったのは僕の師だ。」 「フハハ!そいつは失礼した。」 ホルスは何もしていなかった。 ただそこに立っているだけである。 しかし、彼から放たれる膨大な「オーラ」は、呼魔《コマ》を使えるミクロだけでなく、それが使えないリザードマンの動きをも止めていた。 まるでその殺気は、「貴様、ちと動いてみい。その瞬間に丸焦げにしてやろう」とでも囁いているようであった。 「のう貴様、名をなんという?」 「ミクロだ。オトズナ・ミクロ。」 「ドラゴンはどうした?」 「ドラゴンはあと3ヶ月だ。 見ての通りカンナカムイと、あとはリヴァイアサンも仲間だ。」 「ほほう、運がいいのう。 ....................それにしてもあと3ヶ月とな、正念場じゃのう。 儂が目覚めてよかったな!フハハ!」 「こちとら血の気が引いたぜ....................。」 ホルスとミクロは和かに話していた。 しかし、この場に居る中でリザードマンだけが動けていなかった。 動くことを禁じられていたわけではないのに。 動けなかったのである。 「時に目覚めたばかりだが、頼み事をしてよいか? 肩慣らしをさせとくれ。 相手は....................ふむ、そうじゃな、あのダイナで良い。」 「ああ、いいぜ。 あんま燃やしすぎないでくれ。修理だけはゴメンだ。」 「フハハ!いいじゃろう!儂の名において約束を受けてやる。」 ホルスは一歩、前に出た。 ゾワッと殺気が増大し、"ダイナ"と呼ばれたリザードマンが腰を抜かす。 「まあまあそう怖がるでない。一瞬じゃ。」 そしてベロキがやったように、指を立てた。 よくベロキの体を見ると、額と両手の手のひら、そして手の甲に瞳のようなエムブレムが彫られていることをミクロは見つけた。 「ミクロ、ベロキがやったことの見本を見せてやろう。」 それだけ言って、ホルスは真面目な顔になった。 さきほどミクロと話していたときの寛大な顔は、もう無い。 「機能名《プロトコル》:纏炎《コロナ》。」 炎が、ついた。
レガシークエスト 序章 part.1 新たな人生の序曲《オーヴァーチュア》 Fin. Insert part.2 part.2 奇妙な世界の諧謔曲《スケルツォ》

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