鯣烏賊 / 第66話

不倶戴天の不協和音 その6

100話記念とかしたいなって思いましたが、第1部は100話を迎える前に終わりそうなので。 50話にとあるものを貼り付けました。 「ところで、とあるものってなんなんでしょうね。 そう、本当に大したことない、昔話なんですけどね...................。
「所長。」 「何だぁ。僕は今夜に備えてコンマ1秒でも早く寝てえんだが。」 リンとミクロが試験会場の中のトケラの部屋を訪問し、それぞれの部屋のドアに対応したカードキーを貰った直後、リンはこのような質問をしていた。 「実はわたし、トケラさんが戦ってるところを見たことなくて....................。」 リンはトケラのことをたった一つの前評判のみで知っていた。 怪獣討伐者の業界内のみならず、大衆向けのマスメディアでさえ広く使われる、彼のことを表すたった一つの表現である。 "ナンバーワン" 新聞社の書くインターネットニュースの記事、テレビなどの映像媒体、SNSでの文言。 彼の評判はほとんど、この一言で片付けられる。 「最強」の怪獣討伐者であると。 彼が昔から神童であったとか、15歳の頃にはデビューを果たしていたとか、そのあまりの強さから人間じゃないんじゃないかとか。 そんな真なのか偽なのか分からないようなウワサや報道が後を耐えない人物である。 では、世界で最も名の知られた討伐者のひとりである彼のことをよく知っている人間はいるのか。 その質問に首を縦に振ることのできる人間は、そう多くないだろう。 「まぁ確かに、あいつぁたった一言でぜーんぶ紹介された"風"になっちまうからなぁ。」 しかし、リンは確信した。 ミクロとトケラの2人が話しているのを横目で見て、彼らが古くからの仲であることを。 どんなインタビューを受けても寡黙にただ淡々と質問に答えるのみのトケラが、あそこまで饒舌に喋っていたのだ。 「トケラさんっていつも一瞬で戦闘を終わらせちゃうから....................録画してコマ戻ししながら見てもよくわからなくて。」 「まぁなぁ、言いてぇことはわかるぜ。」 トケラの戦闘を記録した映像というものは、実のところ意外にあまり多くない。 8割方の戦闘は、彼の参戦と同時に決着が着く場合が多く、それ以外の戦闘に関しては、危険性からカメラを回しに向かうことが不可能な場合が多い。 それでも勇気を持って記録した戦場カメラマンの録画映像が10個に満たないほど存在するが、そのどれもが比較的安全な場所から撮られている故、見にくいアングルである。 トケラが近遠両用型の戦闘をしているが、遠隔の攻撃をメインとして活動していることは、過去に本人が明言している。 遠隔武装を完全にメインとしているリンにとっては是非とも参考にしたいものであった。 リンはミクロとトケラが仲睦まじく話しているのを見て、この2人が古くからの仲であることを確信していた。 だからこそ、ミクロにこうして問うているのだ。 「そうだなぁ....................アイツの強さを簡単に説明してやるとだな。」 ミクロはそう言うと、右手をリンの前に突き出し、「3」のジェスチャーをとった。 「3..........?」 「アイツと僕でガチンコの喧嘩をするとしたら、僕が最低3人はいねぇと勝てねえな。 ....................いいや、それでも負けるかもしれねえ。」 「そんなに..........??」 ミクロ・オトズナは、基本的なプロフィール以外の情報をほとんど与えてこない謎多き人物である。 しかし、それと同時に、これまでリンが出会ってきた怪獣討伐者の中でも、最も強い人物である。 そんな彼があっさりと、「自分の3倍は強い」と明言した。 これはリンにとって大きな衝撃、カルチャーショックであった。 「拳ひとつで場を華麗に制圧してゆく姿はまさに「拳神」そのもの。 アイツが使うのはガントレットだ。」 「ガントレット?」 「ああ、まぁねえよな、聞き馴染み。」 ミクロは自身の腕をリンに見せる。 ミクロの腕には、肘から下あたりの外側部分をすっぽりと覆う、柔らかいとも硬いともとれない不思議なプロテクターが付けられている。 触ると「ぷにっ」とした感触だが、衝撃には強そうな素材だ、とリンは感じた。 「これも、ガントレットだ。 けどこれはよ、制御装置に繋がずに使うただのプロテクターだから、「武装」の扱いじゃあねえ。」 「知らなかったです..........。」 「とくに遠距離のお前が知らねえのも無理はない。 アイツが使うのは特殊な、戦闘用のガントレットだ。」 ミクロは自身の持っていた携帯端末の写真フォルダを弄り、1枚の写真をリンに見せた。 そこには、ミクロとトケラが仲睦まじく笑顔で映し出されている。 ミクロの若さから見て、おおよそ5年前ほどの写真だ。 その写真に写されたトケラの腕を、青い装甲が覆っていた。 肘の関節の部分でふたつに分けられているが、腕全体をすっぽりと覆っている。 これが全てコスモ結晶だとすると、相当な重さとなるだろう。 「籠手武装ってジャンルだが、まぁガントレットで覚えときゃいい。 この手の部分にブースターがついていて、それで拳を加速させる種類の近接武装だ。」 「でもトケラさんは、遠隔の割合が大きいって仰ってましたけど....................。」 「そんなことも言ってたっけか。 |過去の遺物《レガシーウエポン》だよ。持ってるに決まってるだろうが。」 「|過去の遺物《レガシーウエポン》....................。」 リンは、ミクロが「過去の遺物(レガシーウエポン)」を持っていることを知っている。 それの希少性も理解しているし、口止めを命じられている理由もよくわかっている。 「ひょっとしたらお前と一緒になるかもしれねえもんな。 目の前に現れたらしっかりと目に焼き付けとけよ。 ....................思わず笑っちまうくらい、あいつは強えぜ。」 ふと、ミクロが立ち止まる。 そこには、彼の持っている部屋鍵と一致した部屋番号を持つ扉があった。 「リン、よろしく頼むぜ。 ヒトガタとの戦闘は、僕らの事務所の専門だ。十八番だろ?」 「....................はい。」 そしてミクロはとに手をかけ、「んじゃ、また今度」とリンに手を降る。 そのまま部屋に足を踏み入れ....................。 「ミクロさん。最後に。」 「何だ。」 部屋に入ってゆきそうなミクロを、リンは呼び止める。 喉からその言葉が出てきそうで出てこない。 言いたい言葉をぐっと押し出し、ミクロに最後の質問を問うた。 「ベロキは....................。」 「リン。」 ゾクッ....................。 「ヒッ..........。」 彼からは、驚く程、冷たく他人行儀な視線が帰ってくる。 ミクロが時折見せるこの目のことが、リンは苦手である。 「あと....................あと3ヶ月なんだよ。 邪魔ァしないでくれ。」 ゾワリ、と背筋が逆立つ。 リンがその威圧感にタジタジしている間に、ミクロは姿を消してしまった。 ----- 「申し訳ない。何かしらの要因なのか、これが使えなくてな。」 トケラは耳元につけたイヤーカフをトントンと叩き、リンに状況を説明する。 テレポーターのマーカーの位置を悟らせないために声を発していなかったリンはここ10分ほど通話機能をまるで使っておらず、聴こえる象の咆哮を鬱陶しいとは感じていながらも、通信異常に気づいていなかったのだ。 トケラはリンに手を差し出す。 リンはその手を受け取り、全身の痛みを我慢して立ち上がった。 腰や背中がズキズキと痛む。 「君、名前は何だったかな。」 「リンです。」 「そうか。そうだったな。」 トケラの腕につけられたガントレットのエンジン部から、シューー、という音とともに無色透明な煙が立ち上る。 リンが目を凝らしてそれを見ると、ミクロが見せてきたものから数段階、モデルチェンジされている ことが見て取れた。 トケラの身長はリンよりも50センチほど高い。 2メートル近くあるだろう。 リンの視点からは、首を大きく上に向けないと、彼と視線を合わせて話すことができないほどだ。 また彼は、ボディビルダーさながらに鍛えられた身体を持っている。 とくに手足を中心に鍛えられており、筋骨隆々な印象を抱かせる。 しかしその筋肉が「魅せる」ための筋肉ではなく、「使う」ための筋肉であることがヒシヒシと伝わってくる。 ベロキがこの場にいたら、「ディラン君をもっと大きくしたようだ」という感想を抱くことは確実だろう。 「ごめんなさいトケラさん、私なんかに....................。」 「いいのだ。 ところで、やつの能力は、わかるか?」 「あの手から爪が伸びてきて、それを刃のように扱ってきます。 それと、ヒトガタお得意の再生能力も。」 「それより君に....................いいや、ぜひ君にしか頼めないことを頼ませてくれ。」 「私にしか....................頼めないこと?」 「君は、ここで試験を受けたことはあるか?」 リンは思いを馳せる。 忘れることはない。 今から2年前のちょうどこの時期に、凛はここで試験を受けた。 ベロキとは違う一般試験であったが難易度派かなり高く、後に送られてきた成績表では筆記実技ともにボーダースコアすれすれの点数で合格していた。 「あります。」 「この敷地内の構造は覚えているか?」 「ええ、もちろん。」 「ならば、場所はわかるだろう。寮棟2号館へ向かって欲しい。 ....................理由と意図は、行けばわかる。」 トケラが話し終わったタイミングと同じタイミングで、測ったようにアオの方向から物音がする。 室内に立ち込めるホコリや煙の中に、長身の痩せた男のシルエットがうつる。 「て、てンめぇ....................。」 壁に打ち付けられたアオが立ち上がった。 打ち付けられた壁はめりめりと大きくへこみ、今にも割れそうなほどに亀裂が入れられている。 亀裂の間からはパラパラと小さなガレキが落ちてきている。 「立ち上がったか。 ....................否、この程度で死ぬわけがないと考えるべきか。」 トケラは怯むことなく、アオへとにじり寄ってゆく。 彼から発される殺気や威圧感は、アオだけではなくリンの心にでさえ恐怖心を抱かせるほどである。 「く、来るな....................ッ!!」 「さあ来い。悪鬼の類。 俺は貴様らへの知見が深いわけではないが、討伐者としてやるべき事はたったひとつだ。 ガントレットから、再び無色透明な蒸気が立ち上がる。 後方へ立ち込めてゆくそれは、リンのところまでに熱をもたらす。 ガントレットのエンジンシャフトが起動し、明るく輝き始める。 発車直前のバイクのように、力を溜め込んでいる。 「リン。ミクロが求め、そして認めた君の実力を、俺は信じることにする。」 木の幹のように太い腕でリンとアオの間を遮り、その前にトケラが立つ。 「行け。」 「はい....................!!!」 リンは駆け出す。 その後ろで、アオの体に変化が生じる。 肩幅が広がり、腕の筋肉量が著しく増加する。 そして上半身のサイズが広がったかと思うと、彼の体に真っ黒な毛が生え始める。 痩せこけて不健康な顔つきだった頭部の鼻が伸び、耳が上向きに立つ。 その目は紅にぎらりと光り、闇を見つめる。 「なるほど、ただ爪を伸ばして再生するだけの能力ではないということか。」 「グルルァ....................オ前、殺ス....................。」 その姿は、さながら1匹狼。 相対するは英傑の槍。 黒狼、月光へ振り返る。 リンがドアを抜けて駆け出した背後にて、3度目の衝撃音が舞った。

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