鯣烏賊 / 第28話

夜闇を覆うは漆黒の霞、現るは歯車を廻す皓き者 その6

"コスモの濃度を測るもの"なんていう製品は、世の中にごまんと転がっている。 掌に収まる平均サイズよりもコンパクトなものや、子供たちが学校の実験で使って「これがコスモ濃度です!」と学ぶためのモデル。 このモデルはかなりお手頃で、求める性能を落とせばコンビニエンスストアやドラッグストアなどでも購入できる。 次に高いモデルは、半分スピリチュアルや陰謀論者に染まったような人が「これはコスモ濃度が濃くなったせいだ!」と思った時に使うような一般的(?)なもの。 これはそこそこ高くて、一般男性ひとりの2週間分の食費に匹敵する値段だ。 公的に使用される高級ラインの製品では、大量の空気を溜め込むために大きなタンクが付属していたり、杭を地面に打ち込んで地中の濃度を測るものがある。 これはウワサによると5人が生涯に払う税金と値段が同じだそうだ。 大企業のある建物なんかは大きなコスモを使って動かされている空調があるので、そこから漏れ出すコスモの濃度が高くならないように常に計測をしているらしい。 このように、人間が日常的に使用するものに対して、それらに対応した種類のコスモの濃度を測るための道具がある。 水、空気、ガス、果ては土など。 それくらい、コスモの濃度というものは人間という生物の体調や健康を左右する。 濃度が薄い分は何も問題ないのだが、これ濃度が高くなってしまうと大問題となってしまう(一酸化炭素中毒と同じようなものであると考えてくれれば何も問題はない)。 ここまで書いたとおり、集団で原因不明の体調不良が起こった時にコスモの濃度を測るのは最早セオリーになっている ベロキたちの派遣されたこの街も当然、真っ先にコスモ濃度を原因として疑ってそれなりの規模で計測をしたのだが、何も成果を得られていなかったのである。 しかし、ここに来て数ヶ月続いた状況が変わったのである。 黒い霧、もしくは「霞」だ。 コスモは密度が高くなってゆくにつれ、色が黒くなっていくことが知られている。 人間の技術でこの「黒いコスモ」を作り出すことは非常に困難である。 それほどまでに圧縮されているコスモかもしれないものが、ベロキたちの目の前に広がっているのである。 さきほどベロキたちが遭遇した霞の周辺のコスモ濃度が高いということがわかれば、それ即ち目の前の霞をどうにかして晴らせば、新たな感染者を無くせるということになるのである。 アロが地面に簡易的な、しかし性能は保証されている大手メーカーの濃度計測器を地面に刺す。 数秒のタイムラグの後、その機器が作動し始める。 アロの持っているコスモ濃度計測器は、管とも針ともとれないような形状の部品に画面がついていて、その画面の右上と左上からラッパ型の口がついている。 画面のグラフは特殊な記号が基準となっていて、この機械は学問そのもの精通していないとまともに読み取れない。 針のようなものを地面に指すことで地中のコスモ濃度を、ラッパ型の口から空気を摂取して空気中のコスモ濃度を測ることができる。 ベロキたち3人がアロがコスモ濃度を測る様子を見守りはじめてから、1分。 2分..........。 3分....................。 4分..............................。 無言の時間はさらに続いた。 ----- アロ君がコスモ濃度を計測し始めてからだいたい6分。 今までこちらに背を向けてしゃがみ、黙ってよく分からない画面とにらめっこをしていたアロ君が立ち上がり、こちらに振り返った。 「所長、結果出ました」 計測はおよそ6分で終わった。 アロ君が持っていたものは掌に収まるコンパクトなサイズの簡易的なものだったが、ミクロさんの話によると性能は現行モデルの中では3番目に良いものらしい。 もっと性能が良ければ計測に必要な時間が短縮されたりするのだろうか。 現行モデルの中では、ということは廃盤品もあるのか..............................なんて、業界の厳しさを思いつつ、アロ君の声に耳を傾ける。 「ビンゴですね。ここだけ空気の濃度が他と比べて非常高いので、あの霧が原因とみていいでしょう。」 「よし、じゃあ中に入るか。ふたりとも、準備は大丈夫?」 「もちろん。」 「できてますよ。」 ミクロさんは霧の中に入ることを即決し、数十メートル先から、俺たちの方を振り返って手で招いてくる。 俺とリンさんは軽く持っている武装たちの確認軽くを済ませ、ミクロさんの後ろにつく。 「俺は遠くから観察しているので、あの霧は所長たちの好きにしてください。」 というアロ君の後押しを受け取り、俺たちはミクロさんを先頭にして歩いていく。 しんがりは俺。 ここですぐに霧に入るような展開が盛り上がるんだろうけど、残念ながら距離が2、300メートルあったので、数分は歩くことになってしまった。 「おっ、意外とすんなり入れるね。」 黒い霞の前にたどり着くと、ミクロさんは自分の手を中に入れたり出したりして中の様子を確かめる。 そして、顔を突っ込むと安全を確認したのか、そそくさとひとりで中に入ってしまった。 後を追うように、俺とリンさんも霞に入る。 かくして、コスモ濃度の計測を終えた俺たちは、正体不明のその霞の中へと足を踏み入れた。 ....................通信機の動作確認をしてからね。 「....................以外と暗くないんですね、ここ。」 これが俺が霧に足を踏み入れた直後の感想だった。 てっきり、外よりももう少し視界が悪くなったり、月光が差し込んでこなかったりなどの要因で霧の中は真っ暗であるものだと思っていたが、いざ中に入ってみると....................意外にも明るい。 視界が完全にクリアな訳ではないけれど、この程度のものならば行動に支障はきたさないだろう。 水蒸気というのは、とてつもなく小さな水滴が沢山集まってできるものだ。 この漆黒の霞も例に漏れず、色が黒いだけのただの水蒸気だ。 しかし、その水滴一つ一つはかなり大きい。 大きさは....................そうだな。 人間の眼球とイコールの大きさだと見ていいと思う。 それくらい、この水滴たちは大きい。 また普通、水滴というやつは透き通っているものだが、この水滴は非常にどす黒い。ついでに粘度も高い。 つまり何が言いたいのかって、どす黒く透き通っていない、とても大きな水滴が集まったものだから中はたいそう暗いように見えるが、実際のところは明るかった、ということだ。 「視界悪いな....................。」 しかし、どんなに月光が差し込もうとも、大きな水滴が無数に浮いているので視界が悪いことこの上ない。 "暗い"とかそういうような類のものではなくて、単純に水滴が邪魔、ということである。 視界の先をほとんどピンボールサイズの黒い球体が塞いでいるのだから、それはそれは視界が悪い。 「こりゃひどい。ないよりマシだろ....................オーサン、光を灯してくれ。」 『はいはい。』 オーサンさんがミクロさんの肩あたりから現れる。 青白く人間味のない肌をした顔をにょっと出し、半身を俺たちに見せる。 『"北極星《ポラリス》"。』 俺たちの周りに、いくつかの電気の塊が現れる。 それが光源となって周囲を照らすが..............................相変わらず黒い水滴は邪魔だ。 でも、これで霞の中全域に光源が配備された。 探索の準備はバッチリである。 「さてみなさん、これからどうするんです?.................................ほへ?」 「どうしようかね。一旦別れて捜索でもしてみるか?..........................おっとっと?、これはこれは。」 「そうですね.......................じゃあ、あたしはこっち側を..............って、ん?」 異変はすぐに起こった。 ぽちゃっ、ぽちゃっ、ぽちゃっ。 そんな音をたてながら段々と、近くの水滴たちが合体していく。 塊が分かれていったさっきとは全く逆の行動だ。 2つだったものが1つになり、その2つに合わさったもの同士がまた1つになり。 眼球やピンボールサイズだったものがバスケットボールのサイズに、バランスボールのサイズに、そして今度はデスクと同じくらいのサイズに....................。 大きくなりすぎた液体たちは合わさる過程で「ぼちゃっ」という音を立てて地面に落ちてしまうが、その落ちたもの同士でさえ、さらに大きく合わさっていく。 「あっ....................あっ。」 そうして30秒も経たずに10メートルを越した大きさに水滴が、すこしトゲトゲとした形になってゆく。 8本の突起が伸びていき、まるで触手のように。 いいや、これはハッキリと「蛸」の形であると言っていいだろう。 そしてその触手を「にゅーーっ」とこちらに伸ばして.......................。 「バラバラになってもいいから避けろ!!!」 真っ黒に晴れた黒い霞の中、土煙が舞う。

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