鯣烏賊 / 第29話

夜闇を覆うは漆黒の霞、現るは歯車を廻す皓き者 その7

ぶしゃっ。 俺を狙っているのか、周辺をウヨウヨと漂っている黒い液体の塊が突如地面に落ち、付近に土煙を巻き起こす。 一応、形だけは触手の体裁を保っていたものが、地面に打ち付けられた衝撃により弾け飛び、水溜まりのように当たりに広がる。 広がった液体は再び収縮して空中持ち上がりって行き、再び合体して触手の形に戻る。 きゅるる....................ばしゃばしゃ。 再び液体触手の一片が地面に落ち、水溜まりになりながら広がった後に再び収縮する。 そして、それがまたひとつの塊になって辺りに漂う。 「どうにかしてこの状況を切り抜けたいよね....................。」 とにかく動きがない。 相手が動かないとかそういう話ではなくて、盤面が全くと言っていいほど動かない。 まあもちろん、相手もほとんど動いていないわけだけど。 こんな攻撃、たとえ俺がどの行動をどうミスしようが当たる気がしない。 それくらい触手の動きはトロくて遅いし、極めて単純で見切りやすい。 この触手に触れた木の幹をへし折ったり、土煙を上げたりするパワーがあったとしても、俺自身が当たらなければ意味は無い。 とは言え、このままの戦況が永久続いてしまうのなら、俺は絶対に倒れないし、やつも絶対に倒れない。 そして、俺もやつに対する有効な手段を持たない究極の泥仕合が完成する。 「なぜだ、なぜ動かない....................?」 問題は「トリガー」だ。 どんなことが引き金となってこの液体タコが行動を選択しているのか。 俺はそれを調べなければならない。 とりあえず、それを調べる前に一旦やつから離れたい。 俺は近くの木の幹を手繰り寄せるために、「タランチュラ」を手に生成する。 淡く蛍光色の黄色に光るタランチュラは数秒たらずで向こう側の木の幹に巻き付く。 よし、このままこの糸を使って物音を立てずに向こう側へ向かおう....................。 後ろ。 「おっとっと!」 再び触手がゆっくり蠢き、俺に向かってにじりよってくる。 俺はタランチュラを一旦しまい、目の前に迫っていた真っ黒の触手の攻撃を回避した。 触手は俺の後ろ側に着弾した。 触手はゆっくりとした動きだが、それでも後ろに立ち上っている土煙の大きさからそのパワーが伺える。 触手は攻撃の手を緩めず、休みなく俺に対して突進と撤退を繰り返してくる。 へし折られた木の幹があちらこちらに転々と転がり、触手に打ち付けられた地面が段々と盛り上がってゆく。 このまま足場はどんどん悪くなっていく。 足場が悪くなっていくにつれ、俺が回避に使うことができるスペースも狭くなってゆく。 そうすると、単調なはずの敵の攻撃も、やたら避けにくい厄介なものに思えてくる。 攻撃を避けながら持っている刃武装を使って触手を何度か切りつけてみるも、数秒で何事も無かったかのように元通りに戻ってしまう。 「これはちょっと厳しいかな....................!」 さっきは余裕かと思っていたが、実際のところ俺は少しずつ追い詰められている。 これは仕方がない。 戦略的撤退だ。 俺は全ての武装をしまう。 "黄色く光る"刃が収納されたことを確認すると、やつとは真逆の方向へと全速力で走った。 50メートルほど離れたところで後ろを確認すると、触手は俺のことを見失ったようである。 さっきまで俺のいた場所を、何度も何度も無意味に叩き続けている。 やはり何か「トリガー」がある。 その行動のトリガーを俺が作動させてしまうことで、やつの何らかの「索敵」のシステムが動き出す。 現時点で確定していることは、やつは俺のことが見えていないということのみ。 索敵のトリガーとして有効なのは「音」、「光」..............................。 いいや、あるいは「触覚」だろうか。 俺は離れ離れになったミクロさんとリンさんと連絡をとるために、耳元につけているイヤーカフ型の通信機を起動する。 赤いランプが一瞬、点滅したことを確認する。 「みなさん....................!」 みんなに連絡をしようとしたその瞬間、さっきまで無意味な行動をしていたはずの触手が、いきなり俺の方向へと向かってきた。 「おいおいふざけるなよ....................。」 俺は数メートル右側にある、大きさ3メートルほどの岩の裏側は潜り込み、一旦は身を隠す。 この状況をどうにかして打破しなければならない。 武装を確認。 持ってきたのは スロット1 排反柄ファルシオン スロット2 排反柄入れ替えトマホーク スロット3 タランチュラ スロット4 ミラーシールド スロット5 ホバーボード スロット6 固有武装《オンリーウエポン》:鍵《シュリュッセル》 スロット外:通信機 この中で、何かしらの有効にはたらく行動が出来そうなのは....................。 「近い。」 周りに注意を向けると、触手が背後の岩の向こうあたりでに落ちる音がする。 やつは俺の位置がここである、という断定をしている訳ではないだろう。 しかし、近くにいることはわかっている。 だからこそ付近をやたらめったらに探し回っているんだろう。 ここがバレるのも時間の問題だ。 耳元や周りから何の音も聞こえないということは、リンさんもミクロさんも俺と同じ状況にある、ということになる。 誰からも通話がかかってこないのはやつの耳の良さがはっきりしていないからだろう。 ならば、俺から行動を起こしてやろう。 俺は感覚の全てを耳に集中させる。 ぶしゃっ....................きゅるっ..........。 今、ここから10メートルないくらいの位置に液体が落ちた音がした。 やつの触手はそこにいる。 俺は左手につけている黒い腕輪に触れる。 そう、索敵方法が「音」なのか「光」なのかが分からないのなら、この場で調べてしまえばいいのだ。 俺は「鍵《シュリュッセル》」の電源を入れる。 暗殺を目的としたその腕輪は必要最低限の音を立て、起動する。 その最小限の音にやつは反応せず、ふわふわと向こう側に漂っているのみなのがよくわかる。 腕輪の表面にある無骨な模様が開き、少しの光を帯びた赤いエネルギーがそこを通っていく。 次だ。 俺はその腕輪を付けている手首のみを、岩の外側に見せた。 その腕輪は大した大きさではないし、今はなんの音も発していない。 しかし、赤い「光」が暗闇でもはっきりと見えるくらいに光っている。 すると、 きゅらら....................くるるるっ!!! 腕輪を外に出した途端、俺の位置がバレた。 そして、これでやつの索敵法が確定した。 「光」だ。 やつは視覚以外のなんらかの方法で光を探知し、獲物の位置を補足している。 「固有武装《オンリーウエポン》:鍵《シュリュッセル》」 腕輪のダイヤルを回し、俺はこの場に適した「機能」へとカーソルを移動させる。 そのまま使う機能を決定。 俺は岩から少し体を出し、周りを見る。 俺の存在に確実に気がついている触手が、ゆっくりと、しかし確実に俺に向かってくるのが見える。 きゅる....................くきゅらら!! 岩を飛び出し、障害物を乗り越え、転がっている木々を蹴り飛ばす。 もう数秒走れば触手は目の前。 互いに、あと少しで手を伸ばせば届く位置だ。 だが、俺の方も準備は整っている。 「衝《ストライク》!!!!」 その合図と共に、俺の右手を蒼い「エネルギー」が包む。 前回はファルシオンの刃に纏わせたこの衝撃を、今回は俺の腕自身に纏わせた。 やつに斬撃は無意味だ。 粉微塵に吹き飛ばさないといけない。 俺は迫る触手の正面に飛び出し、拳から腕全体にかけて力を込める。 ここだ。 俺の拳が接触した直後、物理的時間でコンマ数秒。 拳の先端から空気が張り裂けるような音とともに衝撃波がほとばしり、俺の全力の殴打の直線上にエネルギーの塊が飛んでゆく。 液体でできた触手を跡形もなく吹き飛ばした。 弾き飛ばされた液体たちはその場をうようよし、何をしていいのか分からない様子だ。 きゅららら!! さっきから触手が動く時に聞こえる「きゅらら」という音がより一層大きく鳴ると、散らばっていた液体たちが一斉に集まって、遠くにいるらしい蛸の本体と再び合体し始めた。 つまりこの触手は吹き飛ばしてもダメだということか。 なるほどなるほど....................。 だんだんとやつの事がわかってきたぞ。 光を媒介としている敏感で高い索敵能力に加え、たとえ跡形もなく吹き飛ばしても細切れに切り刻んでも何事も無かったように再生を始める体.......................。 うん、俺にはどうしようもないな 俺の最高火力はあの「衝《ストライク》」である。 厳密にはアレより少しだけ強くする方法が無いわけではないが、方法がとても面倒な上、それに対してのメリットが釣り合わない。 それにその方法はこの障害物だらけの森の中ではできない。 せめてもっと広い場所があれば....................。 それに、やつを倒すための方法は、もっと別のところにある気がする。 それを考えなければいけない。 《今の音、ひょっとしてベロキの?》 お、これは。 「そうです。」 《ってことは結構距離が近いな。》 ミクロさんだ。 今の音が近くで鳴っていたのを聞いて、俺に通話をかけてきたんだろう。 みるみる再生が進んで形が整ってゆく触手に注意を向けつつ、ミクロさんの声にも耳を傾ける。 《固有武装《オンリーウエポン》を使ったのか?》 「使いました....................でも、粉微塵にしても元通り再生するみたいです。」 《ふーん、また面倒な....................。》 まずいな。 触手の再生が完全に終わったみたいだ。 俺の「鍵《シュリュッセル》」は煌々と赤く光っているから、やつの索敵のセンサーに引っかかっている。 再び光に反応した触手がこちらを向き、「きゅらら」と音を立てながら迫ってくる。 俺は再び拳を構え、いつでも次の攻撃を撃てるよう準備する。 こうなったら仕方ない。 ここから逃げるためだ。 無駄だとしてももう一度粉微塵に吹き飛ばす! 「鍵《シュリュッセル》!」 鍵の機能選択カーソルは、さっき使った「衝《ストライク》」のままになっている 再使用時間《リキャストタイム》は終わった。 そのまま機能を決定。 タイミングを見計らって....................。 その瞬間、頭上に気配を感じた。 思いっきりバックステップをし、その頭上の「何か」とかち合わないような位置に行く。 ずしゃっ!!ずぼぼっ!! 「あ〜..........、これは確かにバラバラにしても意味なさそうだな〜〜〜。」 俺の目の前に何かが、土煙を立てながら落ちてきた。 触手ごと地面に叩きつけたその「何か」はとても聞き覚えのある声を発した。 土煙が消えた先には、触手に剣を突き立てながらその触手を踏みつけるミクロさんの姿があった。

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