鯣烏賊 / 第103話

少年、借り物の靴を脱ぐ その2

「お久しぶりです、先生。」 「前の凶暴期ぶりだっけか?フォーザッツ。 そんな畏まった口調じゃなくてもいいんだぜ?」 「いえいえ、そんな..........。」 フォーザッツという人は、身長が180センチほどの男性だった。 長めの茶髪を後ろで結んだ、ヒスイみたいな透き通った目を持つ男性だ。 服装はやや奇抜と言える。 全体的には、よく見る討伐業者の人って感じだけど、背中に羽織っているマントが異様な雰囲気を....................いい味を出している。 なにせ、家紋が書かれているのだ。 これは見たことがあるぞ、知っているぞ。 オトズナ家の家紋だ。 あの家の大門にでかでかと書かれているのを見たぞ。 恥ずかしくはないのか? ....................恥ずかしくなんてないんだろうな。 「あなたがベロキ殿ですか? 先生から存分に話を聞いております。」 「ええ、そうですが。 ....................話?」 「ええ、観音を攻略したんでしょ?先生、俺に自慢げに教えてくれましたよ。」 攻略。 あれは攻略と言えるのだろうか。 ゴリ押して避けて、不意をついて、ピストルの引き金を引いただけだ。 そして命中はしたけれど、結局、カラクリは見破れてなんかいなくて。 それでボコボコに殴られた。 ステゴさんはあれでいいって言ってたけど。 ..........そんなふうに自慢げな話に持っていくようなものではないと思うけれど。 「それはどうも。」 「あなたと一緒に仕事できることを楽しみにしていたのですよ。 ....................この子が。」 「おっ?」 フォーザッツさんの体の後ろに人影が隠れていることに、ここで気がついた。 比較的大柄な大人の体に隠れられるのなんて、せいぜい子供程度だろう。 その子は、ひょっこり顔を出した。 怯えているのか、緊張しているのか。 どこかオドオドした態度だった。 顔立ち体つきは、フォーザッツさんを小さくした感じだ。 父と子は似るっていうしね。 そういった感じの共通項を感じるのだ。 態度も似てるな。 フォーザッツさんほどかしこまって、礼儀正しいわけではない。 けれど、下出に出てくるこの態度は似ているとも言えないこともないだろうか? こじつけ? こじつけか。 「あっ、えっと..........ヴィレ、です。」 「ヴィレ君。 フォーザッツさんにヴィレ君ね。 よろしくお願いします。」 それにしても。 ヴィレ君はフォーザッツさんにべったりだな。 いくら小さいとはいえ、完全に子供というわけではないだろう。 ずーっと後ろに隠れている。 散々、彼に似ているとか言っているけど、俺はまだ彼の半身しか見ていない。 少なくとも、俺に見せていない左半身くらい見せてはどうだろう。 「あの〜..........。」 話しかけてみようと少し接近してみると、ヴィレ君は全身を隠した。 そりゃもう、何かしらの効果音が文字になって出てきて来そうなスピードで。 お父さんの背中へ。 「ガキの人見知りは、相変わらずだぁな。」 「すみませんね、失礼なことを。」 俺としては話してみたいところだけど。 なになに?こんな俺と仕事が出来ることを楽しみにしてくれているんだって? 話してみたいじゃん? 尊敬されているなら、そういう言葉を浴びて気持ちよくなってみたいものじゃん? え、傲慢だって? うるさいやい。 「ヴィレ。挨拶しなさい。」 と、フォーザッツさんは掛け合ってくれる。 素晴らしい。 空気を読める男はモテる、のかな?知らない。 ヴィレ君もだ。 あれだけべったり甘えているお父さんにああ言われたのなら。 きっと挨拶くらいしてくれる。 さっきは煩悩を抱いてしまってごめんね。 俺は君と話してみたいだけなん....................。 「....................。」 「..........ええ?」 無言。 それどころか口を尖らせている。 さらにフォーザッツさんのマントをギュッと握っているし。 睨んできている気もするし。 えーっと....................。 「ベロキ。人見知りぁ、しゃあねえだろ。」 「はい..........。」 しょぼん。 と、そんな気持ちになってしまいそうだ。 いや、寂しいじゃん? おしゃべりしたいじゃん? 無視されたら悲しいじゃん? いや、仕方がない。 俺はこの程度でへこたれるタマではないのだ。 俺は、ペラルさんの意地悪に耐え続けた人間だ。 数時間繰り返される攻撃を受け続けた人間だ。 あの面倒くさい言い回しやウソなどを躱し続けた人間なのだ。 ステゴさんとも戦ったのだ。 あの理不尽に対して泣き言を言わずに立ち向かったのだ。 土塊観音《ツチクレカンノン》とかなんとか名乗っているクソゲーにも向き合ったのだ。 ちょっぴり寂しいけれど、あれらの理不尽に次ぐ理不尽などと比べればマシだ。 ああ、マシだね。 百倍、いや、千倍マシだね。 なんとでもないね。 うん、なんとでもない、なんとでもない。 「ところで、ペラル殿もおられるならば、御三方だけでも十分すぎる戦力かと思われますが....................。 先生、私らがあえて参加する必要はあるので?」 「そうだな。てめえに詳しい話が伝わってるわけがねえからな。 よし、ベロキにも何も言ってねえしな。 説明を....................。」 ザパン。 波音だ。 うーん、波音なのか? 波音でいいのだろうか? 水が何かにぶち当たっている音であるのは間違いないのだけれど....................。 でもなあ。 これって自然音なのかな? 何かこう、異物の運動によって生まれている感じが否めない。 「ベロキ君。」 ペラルさんは気づいている。 わざわざ俺に話しかけてきた。 ふたりがこの音を聞いているんだ。 きっと何かある。 「それでだな、今年の凶暴期がよぉ。」 ステゴさんが何やら説明をしているけれど、あまり内容が入ってこない。 もう、俺の脳内は耳から入ってくる異音に夢中である。 警戒せざるを得ないという意識が、俺を支配している。 もうこの思考から逃れることはできなさそうである。 近づいてくるな。 スピードはどのくらいか? 水上バイクよりもやや速いくらいだ。 そんなに速くない。 けれど、もう近い。 「来る。」 「「は?」」 ザバン!という水音が響く。 後方だ。 今までは音源がひとつだと思っていたけれど、そうじゃない。 水から飛び上がるタイミングが違ったから、今気づけた。 後ろを振り向くと、そこには大きな魚がいた。 港に売ってるあの魚じゃない。 あれの数倍は大きい! 5メートル以上あるその魚が、見える限り四体いた。 大きな背びれを持っていて、顔が大きい。 体は真っ赤な警戒色に染まっていて、周りの生物を威圧しているみたいだ。 そして、口の中には大きな牙が生えている。 牙というより、獣の爪がそこに接着されているみたいだ。 だいたい、わかったぞ。 見た目がピラニアに似ているのだ。 大きなピラニアだと思えば理解に苦しむことはない。 戦闘に転じよう。 「ペラルさん、向こうの一体お願いします!」 「オーケー任せてちょ! 『|お前を縛る糸《バインド》』!!!」 そのうちの一体の付近に、魔法陣のようなものが数個現れる。 紫色だ。透き通ってはいないけれど、明るく人工的に光っている。 ペラルさんと一緒に戦ったことなんてないけれど、あの程度の魚に苦戦するような人間ではないだろう。 固有武装《オンリーウエポン》らしきあの杖も持っていたし、上手くやってくれるに違いない。 さーて、俺の番だ。 ここ最近は人型の敵としか戦っていないからね。久しぶりのことだ。 そういえば、そのうちの一体は最終的に大きな花になってしまったけれど、そこを突っ込むのはいけない。 野暮ってやつだ。 俺はとある「棒」を取り出す。 大きさ1メートル50センチくらいの、金属のような質感の、頑丈な棒。 太さは、俺の小さな手でも余裕で握ることが出来るくらいのものだ。 そう、お前の名前は。 「チェンソー..........もといぃー?」 起動ボタンを押す。 先端に向けて急速にエネルギーが供給され、棒の先端に作られたさすまたのようなものの間に、黄色い円盤が作られる。 それが、"ウィーーーン!!!"という音を立てながら、猛烈な勢いで回転をはじめた。 「ピザカッター!!!」 昨日届いた武装の正体だ。 正式名称は『斧型刃武装・回転式 中型(150センチ級)』。 長い。 いちいちこう呼んでなんて居られない。 ステゴさんはこれを『チェンソー』と呼称していた。 チェンソーか、たしかにそう言うこともできるだろう。 回転している刃物というだけで、ある程度の共通点もあるしね。 しかし、チェンソーってのはちょっと違うんじゃないだろうか。 音は似ているよ。 けど棒の先に回転する円盤がつけられているこの形は、まるでピザカッターのようじゃないか。 正直、呼び名なんてどうでもいいけどね。 チェンソーでもピザカッターでもなんでも、これを指していることがわかればいいんだ。 ところで当初は、斧型と聞いて騙されていたけど、こんなのは斧じゃない。 棒きれの先っちょに、回転する円盤が付随しているだけのものだ。 けれど、結構便利なのだ。 性能のクセが強くいせいでまともに使えるようになるのに時間を浪費してしまったが、コツをつかめば簡単なことだった。 しかしここまでは全て命なんてかけていない練習の中での話。 それを今から初めて実戦で使う。 このチェンソーは、ミラーシールドを交換して新しく入れた『カウンター』というものと相性がいい。 そう、ちょうど今のように、俺に向けて攻撃が正面から繰り出されているときのような。 突っ込んでくるピラニアの口に向けて、俺は手を構えて....................。 そのとき、俺の横で一陣の風が吹いた。 俺の注意はその程度ではそれなかったが、1秒か2秒にも満たないその刹那に、全ては終わってしまったのだ。 俺の目の前で、二匹のピラニアは両断された。 血や内臓が飛び散って、その生物の終わりを視覚的に認識させられる。 俺の目の前にあったのは、腰の刀に手をかけていた、マントの男だった。

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