鯣烏賊 / 第4話

殺し屋、娑婆へ舞い戻る その2

思い出される、あのときの光景。 半年前の、短い人生の中で恐らく俺の命がもっとも脅かされていた瞬間、あのときの光景。 俺の首をギチギチに締めつけていた触手を鮮やかに断ち切って、俺の前に立ったこの人。 「やあ、こんばんは。大丈夫かい?」 「........................................だ、誰?!」 持っているのは普通の刀のはずなのに、妙な威圧感を放つこの人。 それはまるで、俺が絶対に勝てないような強者と退治した時の雰囲気に似ていた。 もしこの人と俺が戦場で出会っていたのなら、俺のセンサーが全身に「逃げろ」と伝えていたはずだ。 「僕さぁ、本当は君を捕まえに来たんだよねぇ..............................だから死なれちゃあ困るな。」 「貴様ッ!!!!!」 白装束の男はまるまるフードを被っていたが、あのギラギラ光る目は覚えている。 あの目でこの人を 白装束の男はこの人の名を呼んだ。 憎しみと鬱陶しさを込めて。 たしかこの人の名前は..............................。 「.......................................ミクロ!...............さん。」 「正解ッ!よく分かったね。」 パッと見た感じ、背はかなり高い。 椅子に座っているが、身長は180くらいだろうか。 痩せ型に見えるけど、俺と同じで体は筋肉の塊だろう。 じゃないとこの姿勢の良さはなりたたない。 髪は金髪..............................いや、これは染めている。 毛根の方が黒いままなのは、そういうファッションなんだろう。 顔はかなり東洋風........................................もっと言えばジパングの人に似ている。 落ち着けベロキ。 こういう優しい表情の裏で何を考えているのかを考えろ.....................! 「んじゃあ、自己紹介からしようかな。」 ミクロさんはふんぞり返るような姿勢で座っていた椅子で姿勢を正し、目の前のテーブルに手を置いて前のめりになる。 「僕は音砂未来(ミクロ・オトズナ)..............................まあ馴染みのない呼び方だと思うからミクロでいいよ。 出身はお察しのとおりジパング。 青春時代から怪獣をシバき続けてもう12年の28歳さ。」 怪獣をシバく........................................怪獣討伐をしている人なのか。 怪獣討伐の人と関わるのは何気に初めてだ....................いや待て。 この人、俺のことを捕まえようとしていたよな。 「さて。和気藹々としてきたところで本題に入ろうか。」 ワキアイアイ........................................? なんか難しい言葉が出てきたぞ。 ジパング語は習得が難しいんだよ。 「君さぁ、僕の要請で死ぬのがお預けになってるの知ってる?」 「はあ。」 「なんだよその顔..............................まあいい。 んでさ、君に課せられた死罪は、僕がこの要請を破棄しない限り執行されないんだ。」 「....................。」 「そんなベロキ君に僕から素晴らしい提案を。 選択肢1、ここで死を待つ。 選択肢2、僕の事務所にきて怪獣討伐者に転職する。 せっかく、高い能力を持っているんだ。活かしてみたいとは思わないかい?」 なるほど。 つまりはミクロさんは俺をここから出そうというのか。 なにが目的かを知る方法はないけれど、俺をスカウトしに来たわけだ。 ごめんなさい。 「ここで死を待ちます。」 俺は頭を下げてそう言った。 「へ、マジで?」 俺は俯く。 これはとても魅力的なお誘いだ。 ミクロさんだって、100パーセントの善意でここに来ているわけじゃないだろう。 だって、怪獣討伐という世間の注目が大きい仕事に、元殺し屋を雇うなんて正気じゃない。 殺し屋をやっていたあのときの俺がこの誘いを受けたら、二つ返事でオーケーしたはず。 けどさ。 なんかそれは違うじゃん。 何か、胸の奥に太い杭が刺さるように、俺がここから出ることを拒んでいる。 こう言うのを後悔っていうんだろう。 「あなたは俺より強い..............................だから、一思いに殺してください。 その方が、あなたも気が楽だ。うん、きっとそうに違いないです。」 「まじかぁ。」 予想外..............................そんな文字が直接書いてあるような顔をしている。 それはそうか。 誰だって牢屋から出してもらえるのは喜ぶのかもしれない。 けど俺は牢屋から出たところで..............................という強いネガティブ思考に駆られている。 何か、後ろめたさがある。そんな感じだ。 ミクロさんは再び椅子にふんぞり返るように座り、少しなにか考え込んだ。 そして思いついたように手を打つと、もう一度俺に話しかけてきた。 「んー、わかった。 じゃあ最後に話があるから聞いてくれ、」 俺のリアクションを残念そうに受け取ったミクロさんは、来ていたダウンジャケットのポケットの中に、無造作に手を突っ込んだ。 そして、何かをまさぐるような動きをしながらこう言った。 「んじゃ、これを見てくれ。」 ミクロさんは何かをテーブルに置いた。 窓ガラス越しだけど、俺は目をこらして見てみる。 「..............................?」 ミクロさんが取り出したのは、黒曜石に似たもので作られた短いナイフ..............................いや、これはネックレスだ。 石を薄くスライスしたような見た目で、色は黒いものの、薄く加工されているせいで半透明のようにも見える。 きっとこの素材はよほど硬いんだろう。 かなり薄く加工されているにも関わらず、その強度を保っているようだ。 で。 「なんですか、これ。」 「君の記憶の片隅にしまってあるハズだぜ? ほらほら、思い出してみろよ..............................恐らくもっとも君に身近な存在だったさ。」 身近な存在だった....................。 身近な存在って..............................右隣の部屋の大量殺人鬼のことか? それとも左隣の部屋の詐欺グループのリーダーだったやつのことか? それとも毎朝俺を叩き起こすあの看守か? いや、たとえこれらの人の中だったとしても、それがこの黒いペンダントとなんの関係が..............................。 ああ、なんか真面目に考えるのも馬鹿らしくなってきた。 「ほらほら、きっと思い出せる。」 はぁ、うるさいなあ。 そういえばこのペンダント、なにかの動物の爪や牙に..............................。 ん、爪....................牙? クチバシ? ざわり、と視界が広がる、 いや、もちろん物理的には広がっていない。それはスピリチュアルの話しだ。 けど、後ろを向くと過去が見える気がした。 あの鳥。 あいつにやったエサ、大金はたいて買ったトリカゴ。 寝る時に一声鳴いてたあの声。 視界が、水に飛び込んだみたいにぼやける。 「あれっ........................................。」 目から発される水分が頬を伝って、ポトリと落ちる。 水色の簡素な服にそれが一滴落ちると、ジワリとそれがひろがって黒くなる。 一滴、また一滴。 あれ、涙。 相手の首にナイフを突きつけた時に流してくるあの涙。 2人組片方を殺した時に、もう片方が流してくるあの涙。 近所のパン屋のケーキ売り場で、駄々をこねる子供がボタボタと垂らすあの涙。 .....................泣いているんだ。 俺は泣いているんだ。 「思い出したかな?」 「..............................ぐすっ。」 「まあお察しの通り、それは死んだあの鳥の右足の爪から作られたものだよ。そこだけは無傷だったからね。 知り合いの生物学者に頼み込んで、解析が終わったもので作らせてもらった。」 あいつの....................。 でも、おれはなんで泣いているの? 人生で泣いたことなんてただの一度もないのに。 「君はあの鳥を愛していた。それが理由だ。違うかい?」 愛していた....................。 あいしていた....................。 アイシテイタ..............................。 随分と聞き覚えのない言葉が、俺の心にやけに刺さってくる。 俺が、あの鳥を愛していた? 俺がこれまで言われてきたことなんて、「お前は先頭マシンだ」とか、「我々の言うことを聞いていればいい」とか。 とにかく自我を潰されて。 そういえば、ここに来てから随分と感情から物事を考えたり、小さなことを楽しんだりしていた気がする。 看守の靴下の色を密かに観察したり、となりの囚人が理不尽に怒られているのを見て可哀想だなと思ったり。 俺、前まではこんなこと考えてたっけ..............................。 「..............................ギラ。」 「ん?なにそれ。」 「たった今つけたあの鳥の名前です。 鳴く時に、ギラァ、ギラァっていう鳥だったので、ギラです。」 「生きる理由、見つかっただろ?」 そう。 急に憎らしくなってきた。 俺を殺そうとしたあの男が。 ギラを無惨にも殺したあの男が。 あの、白装束の男が。 「ミクロさん。」 「なんだい?」 「ミクロさんのもとで働けば、あの男にに会えますか?」 「さあ、断定はできないが....................他の事務所よりは可能性が高いと思うぜ。」 決めた。 この監獄で一生を真っ当すると言っていたあの俺はもうすでに過去の俺だ。 俺は。 俺は。 「俺は、ミクロさんのところで働きたいです!」 「そうこなくっちゃね。」 ----- ベロキが退室して1分。 ミクロは思考を巡らせた。 彼がここに来た目的たる、「ベロキの勧誘」はほぼ100パーセント、完璧と言える成功を収めた。 もうひとつの目的たる■■■■■■■■は不成功に終わったが、どちらか一方でも達成出来れば上出来、というのがミクロの考えだ。 もうひとつの目的はこれからじっくり、それこそ何ヶ月もかけてゆけばよい。 これからを思うだけで表情筋が緩む。 全て上手くいっている。 「お前が居てくれなきゃあ困るんだな、これが」 ミクロはあの黒い刃のペンダントをポケットにしまった。 ふう、と一息ついて看守に挨拶すると、手荷物検査の後に部屋を後にした。 「仇討ちたぁ....................な。目的としちゃあ悪くねぇな。」 と、呟きながら。 世界の歯車が、また一歩廻った。

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