鯣烏賊 / 第3話

殺し屋、娑婆へ舞い戻る その1

「今日の労働は終わりだ。さっさと寝ろよ」 「..............................はい。」 手枷の中心に緑の光が現れ、鍵が外される。 ゴトンと地面に落ちたそれを拾った看守は俺に単純明快な指示を出す。 「よし、入れ。」 頭を下げて部屋に入ると、後ろからゆっくり扉が閉まる。 防音式のその扉は壁との接地面から空気を全て締め出すと、とくにこれといった音もなく部屋の壁の一部となる。 作りの良さを感じさせる高級な扉だ。見るだけでわかる。 ガチャリという音とともに、俺の部屋の扉にロックがかかった。 扉が完全に閉まるのと同時に部屋に電気がつき、嫌になるほどの白い光が目に飛び込んでくる。 部屋にあるのは可動式の椅子兼寝床、無駄に電気が通っている便座、看守のオッサンを呼び出すためのボタン、それと防弾ガラス製の窓だ。 壁は分厚くて、隣の部屋まで軽く20cmはあるだろう。(これは暇を持て余した俺の検証に基づく結果だ) さっきも通った分厚い扉も叩くだけで拳が痛くなるコンクリートと鋼鉄で作られている。 極めて、中にいる人物........................................すなわち犯罪者に対する嫌がらせの心を感じる。 まあ、当たり前か。 正直、脱出できないことはない。 この壁はちょっと叩けば壊れるし、防弾ガラスだっていくらでもやりようがある。 なのに何故外に出ようとしないのか? ........................................監獄という場所は、何もずっと退屈な訳じゃあない。 それが監獄で半年ほど過ごして得られた俺なりの感想だ。 それなりに旨い食事は与えられるし、隣人..............................まぁ彼ら彼女らも別の犯罪を犯した囚人である訳だけれども、他の囚人との話もできる。 ボードゲームの類があるわけではないけれど、これはこれで楽しい。はず。 俺の置かれていた劣悪な環境と比べればここは楽園、シャングリラだ。 最高の環境だね。 非常につまらないものの、人殺しとかいう仕事よりかは何倍も気楽な事務作業たちをこなせば、雀の涙程度ではあるがお給金もしっかり貰える。 お給金の値段は見ないことにしているけど。 この生活は、愉快ではないけれど断じて不愉快ではない。 俺が殺し屋をしていた頃よりも、何倍もマシな生活だ。 俺がこうなっているということは、家族もこうなっているに違いない。 俺の家族はみんな死刑だろう。 俺だって、いつ刈り取られるかわからない命を楽しんでいるだけ。 いつ死んでも構わない。 すなわち、俺はこの監獄のなかで残りの命を全うする、と心に決めた。 死に時なんて........................................。 「決まっていた方がいい。」 さて。 あの日から、半年が経った。 あの時のことは、昨日の事のように思い出せる。 思い出されるのは、体への極端な負担によって吐血している俺、しぶしぶ飼っていた鳥に餌をやってた俺、殺風景な深夜の部屋で仕事が終わった旨の連絡をして寝ようとしていた時の俺。 あの日は確か、他が雇った殺し屋と殺しあっていて、なかなか深手を負っていた。 3体1とかの勝負だったか..............................まあ勝てるわけなく、逃げ続けて片手間にターゲットの政治家を始末。 身体中に銃弾やナイフ攻撃を受けたことも覚えている。 体の負荷への反動か気絶するように眠った俺は首根っこを締められていた。 よく分からない白装束の男が壁を突き破って入ってきて俺のことを触手で縛って。 アレをとれなかった俺は為す術なく首を絞められて殺されそうになって。 もう、寝起きの頭ではついていけないくらい一瞬の出来事。 本当だったら俺は、あそこで死ぬべきだったんだろう。 でも知らない男の人に助けられて。 その男の人は俺を捕まえに来たと言っていたけれど..............................。 正直なところ、よく分かっていない。 ----- つい半年前まで、俺は殺し屋をしていた。 自分の生まれ派知らない。物心ついたときからずーっと、こうだ。 名前はベロキ。本名なのかは知らない。 身長は160センチに満たないが、異常な筋肉密度の関係から体重は75キロを超えていたはずだ。 髪と肌は雪のように真っ白 で..............................あぁ、そうそう。 他の殺し屋たちからは「粉雪」とか言われていたっけ。 だけど目だけは絵の具のように赤い。 始めて合う人が怖気付くくらい、真っ赤だ。 俺は身体能力が発達している。 今この拳を全力で振るえば床を砕くことができるし、10メートルくらいの幅ならビルを飛び移れるうえ、自由落下程度ならどんな高さでも死ぬことはない。 視力は50メートル先に置いてある新聞の文字が読めるくらいにいい。 聴力ははどんな騒音の中でも、ひそひそ話を聞き取れる。 目隠しをしながら臭いと味であらゆる毒の産地を完璧に当てられる自信があるし、どんなに強い毒にも耐えられる自信がある。 再生能力も持ち合わせていて、ナイフで腹を刺される程度の傷なら30分で治る。 銃弾で肝臓を撃ち抜かれても3日で完治したし、腕をへし折ったときも5日で歩けるようになった。 この身体能力の理由は、薬だ。 食事の度に、寝る前に、起床した時に。 1日で10種類以上の薬を飲んでいたんじゃないだろうか。 捨て子だった俺は殺し屋の家に拾われて以降、物心ついた頃から訓練を受けていた。 よく分からない薬をたくさん飲まされて、ナイフの持ち方を習って、ピストルの当て方を習って、殺しのための「固有武装《オンリーウエポン》」をもらって、あらゆる毒の調合を習って。 武術もたくさん習った。 ほとんどの技なら見切れるし、チャイナの武術は強いから実際に修行させられた。 居合術や西洋式の剣を用いた戦闘技術、長距離狙撃訓練..............................思い出せないだけでまだまだあるだろう。 俺の属していたルキ家という殺し屋集団の中でも秀でた才能を持っていたらしい俺は、4年くらいの訓練の末、狭い家を与えられ、街中で暮らすことになった。 いわゆる、独り立ちである。 弱冠14歳という若さで、俺の人生の決して変えられない方向が決まってしまった。 これが今から3年と半年前のことだ。 普段は自宅で待機していて、指示を受けたときだけ外にでて、仕事を終えたらまた戻る。 俺にお金はほとんど与えられないから、食事は安くて栄養価の高いゼリーや携帯食料。 飲み物は水と、砂糖と温かさを摂る為のとても甘いミルクコーヒー。 冷暖房はつけられず、寝る時は毛布にくるまって寝ていた。 幸い、体の強さゆえ風邪を引いたことはないけれど。 それでも大変なものは大変だった。 そんな俺はある日、俺は鳥を拾った。 見たこともない種類の鳥だった。 赤を中心とした体毛だけど、翼の先、とさか、尻尾の先は鮮やかな青に染まっていた。 爪とくちばしは見たことがないくらいに真っ黒。 体温が普通の鳥とくらべてかなり高くて、初めの頃はこいつは病気で、なにかのウィルスを持っているのかと思った。 でも体も吐息も鳥にしてはありえないくらいに清潔で。 そんな頑丈そうなのに、俺の住むアパート入口に野垂れ死んでいるように倒れていた。 無視して通り過ぎようとした俺がいた。 もしこいつと会うのが半年早かったら、実際に見捨てていた。 けど、精神がすり減っていた俺の心はそれを許さなかった。 「........................................パンの耳くらいはあげるよ。」 これが、今から1年前の出来事である。 俺はその不思議な鳥を家に持ち帰った。 近所の人とも話したことがなかった俺だけど、自然とその鳥とはなにか通じ合うものがあった。 パンの耳をやると言ってもパンを持っていなかった俺は、翌日に余り金の5分の1を捻出して鳥の餌を買った。 相場が分からなくて中間の値段のものだったけど、あいつは普通に食べてくれた。 名前もつけていなかった。 別に呼ぶこともなかった。 けど、食事のとき、寝る時、入浴するときに隣で寂しさを癒す道具としてあいつは完璧だった。 俺を庇おうとしてあの白装束の男に殺されたあいつからは、炎のような闘志が見えた気もした。 為す術なく殺され、俺もこうなってしまったことは少しだけ申し訳なく思う。 けど、死んだやつには関係ない。 死んでしまってはどうしようもない。 それは確固たる事実だからね。 ----- 目を開けると、代わり映えのない真っ白な天上。 毛布をどかし、俺はよっこらせと体を起こす。 最近、自問自答の夢をよく見る。 この監獄で自然に目が覚めたってことは、看守は起こしに来てないのか。 ..............................じゃあ、まだ起床時刻じゃないな。 この部屋に時計はないので時間はわからないが、看守が来ていないということはまだ起きるべき時刻じゃない。 そう考え、半年ぶりの二度寝のためにもう一度床に着こうとしたとき。 「面会の時間だ。」 顔見知りの看守が、扉を開けた。 セキリュティの解除と共に、俺の手に黄色く光る光の手錠が嵌められる。 その手錠は看守の腕へと繋がっていて、看守が俺の腕を引くように歩き始める。 俺は面会室に行ったことがないので、道がわからない。 そのそも、俺はこの建物内で労働のための部屋、俺の部屋、食堂、大浴場以外の場所に行ったことがない。 だからこの看守についていくしかない。 看守が見慣れない順で廊下を歩いて、5分経ってないはずだ。 「ほら、着いたぞ」 ..............................意外と早いんだな。 「入れ。失礼するんじゃないぞ」 はぁ。 失礼するんじゃないぞ、か。 ........................................偉い人なのかな? だとしたら何で俺に会いに来たんだ? そんなことを考えていると扉が開けられ、看守によりセキリュティが解除される。 手枷は嵌められたままだ。 中に入ると、俺の前にはかなり分厚いガラス板を一枚介して一人の男性がいた。 極めて見覚えのある姿だ。 「ほら、座りな」 通話のデバイスを通して、男性の声が聞こえる。 思い出される、あの光景。 「........................................ッ!!」 俺はこの男性を見たことがある。 そう。 半年前のあの日に。

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