鯣烏賊 / 第130話

最下層:ウッドバレー その4

ブルーさんからはあっさり許可が降りた。 そもそも、数ヶ月単位の滞在を見越している遠征である。 数日間ハンターの手伝いをすることは誤差程度でしかないし、俺の成長にも繋がるだろうとのことだ。 翌日から俺はラフラさんと行動し、彼女の行う仕事を手伝うことになった。 朝早く起きて、ご飯を食べたら、一日中外の森に行くらしい。 お昼ご飯も適当に済ますそうだ。 どうやら最近、ウッドバレーには外来種が多く飛来するらしい。 理由はわからないが、見たこともない怪獣への対処の仕方がわからないそうだ。 彼女の仕事は怪獣を倒すことではないが、倒さなければならないときもあるらしい。 そして、ラフラさんは姿を見ていないが、目撃情報が何件も寄せられた強そうな外来種怪獣がどこかに潜んでいるから、生態系維持のために、それを退治しなければならない。 俺はその手伝いをするのだ。 ペラルさんは同行しない。 ウッドバレーにカタコンベはひとつしかないから、別に変なことを調べる必要はない。 だから仕事のために別行動にすることはない(上の理由はイェーガー家の人たちには濁したけど)、と俺が主張したのだが、ペラルさんの別行動は仕事の理由ではなかった。 アプルちゃんだ。 なにやら彼女は、見たこともない白くて長い髪を持って、しかもマジシャンみたいな奇抜な格好をしたペラルさんにえらく懐いてしまったらしく、遊んでやってほしいとのことだった。 家にはいつも遊んでくれるお母さんもいるけど、 「やだ!ペラルおねえちゃんといっしょがいい!」 と、駄々をこねて耳を貸さないそうだ。 もとより、目的地もやることも決まっている身。 ペラルさんが動けなくても、日程的にはなんの問題もない。 強くて綺麗で頼りになるペラルお姉さんなら、子供のお守りくらいできますよね? というわけで、俺たちはそれを快諾した。 今もこんなときに事件に巻き込まれる人がいないだろうかと不安になるが、ブルーさんが何かしらの方法で、サンライズバレーからシティバレーの中盤あたりまでは警戒しているらしい。 シティバレーの下方やウッドバレーで事件が起これば、俺たちの耳に入ることもあるだろう、とのことだ。 ウッドバレーは長さ100キロくらいの広い森だが、人の住む場所は少ない。 シティバレーも、「縦には長い」が「横には長くない」ので、大丈夫だろう。 たぶん。 とにかく、明日が来ねば何も始められない。 サッサと寝てしまおう。 と、いうことで。 俺とペラルさんは、早急に用意されたにしてはやけに整えられた部屋で、翌日までの一晩を過ごすことになった。 この一室が、ウッドバレーを去るまでの俺たちの生息地ということになる。 勉強机のようなデスクがひとつと、医療系の書物がズラリと立てかけられた本棚がみっつ。 床に座る方式の長テーブルがひとつ。 それに加えてシングルベッドがひとつだけあり、足りないぶんの寝床は、クローゼットの中にある寝ぶくろで補ってくれとのことだ。 ここなら、筆談も問題なく行える。 ....................直接声に出して話すのは、イェーガー家が信頼できそうだと確信することができたらにしよう。 そして、ここに、もはや何度目かもわからないジャンケン大会が開催された。 優勝賞品は、シングルベッドで寝る権利! 敗者は床に這いつくばりながら、寝ぶくろに体を丸めて寝なければならない! 俺は場所を分け合えばいい、せめて一日おきにしようと主張したが、ペラルとかいうひとは断固拒否! ここに仁義なき戦いが幕を開けるのだ。 ペラルさんは幻覚を見せる能力を持っているため、互いに一切の武装を使用禁止に。 ジャンケン勝負のあの一瞬に自己催眠で幻覚を解くなんて無理な話だ。 実際、俺はあの幻覚で煮え湯を飲まされているのだ。 あんなことは二度とごめんである。 己の拳と己の拳を付き合わせ、フェイントをかけまくって相手を混乱させるテクニカル・スポーツがここに開幕! 「「最初はグー、ジャンケンポン!」」 勝者は俺だった。 接戦だったが、最後フェイントの手をそのまま出すという賭けに出た俺の勝利だった。 ペラルさんは思わぬ行動に混乱し、敗北の手を出してしまったのである。 もはやこれはテクニカル・スポーツではない。 今までのジャンケンらしき何かではなく、実質的にほとんどジャンケンだ。 つまり運のゲーム。 俺は運によって勝利したのだ。 やはり幸運の女神は、俺の味方をしている。 「ぐぬぬ..........わたしより6つも年下のガキのくせして生意気なっ。」 「何を言おうが勝者が正義です。 その床に這いつくばって、おばあちゃんみたいに腰痛とともに生活してください。」 「せいぜい、夜道に気をつけておきなさいヨ。」 「望むところです。 ご遺体はステゴさんのところへ送り返して差し上げます。」 ああ、ふかふかのベッド、心地よい。 別に普通のよくあるベッドだけど、滞在期間中ずっと、床で寝る羽目になった可能性があると思うと末恐ろしい。 それにしても寝ぶくろとは、ワイルド過ぎないだろうか? 腰を痛めてしまいそうだ。 まあ、俺じゃないからいいんだけど。 俺たちはそのあと、ポーカーなどをして少し夜更かししようかと思ったが、イェーガー家の面々は寝るのが早かった。 夜の10時には、みんな寝てしまう。 居候先の家族の睡眠を妨げるわけにはいかないので、俺たちの夜はたった3戦のポーカーで幕を閉じた。 俺が眠ろうとすると、下から紙があらわれた。 エンピツのカリカリした文字が書かれている、何の変哲もないメモ用紙だった。 『1週間くらいで、終わるかな?』 『さあ。けど、ラフラさんは明確にターゲットが決まっていると言っていたから、それを倒せば終わると思います。』 『あんまり遅くなっちゃうのも良くないよね。』 『ええ、なるだけ早くします。』 『オネガイ!』 大したことは話していないが、今のところ、この紙は見られない方がよいだろう。 筆談という動作そのものが、怪しいものであるのだから。 「陽炎《カゲロウ》。」 俺は指先から、ライターの火くらいの小さな炎を呼び出す。 ヒュドラとの戦闘で使用して以降、1日に1度はこれを使うように心がけている。 慣れれば、大きな武器になるだろうから。 俺はその小さな炎でその紙を燃やし、眠りについた。 ----- おはよう諸君。 ハンターの朝は早い。 なんだったって、真っ暗なのさ。 顔を埋めていた枕から脱出すると、目にはなんの情報も入ってこないんだ。 そりゃそうだ。 電灯も何もないこの環境で、こんな真夜中に目を覚まし....................。 真夜中に。 朝が、早い..........? いや、これは朝と言ってもよいのだろうか。 なにせ、東方向の空が真っ暗である。 まだ、太陽の出てくる予兆すら感じられないんだ。 ああ、星がとても綺麗だ。 「あの、ラフラ・サン?いま、何時です?」 「朝の4時よ。」 「普段からこんな時間に....................?」 「当たり前じゃない。早くしなさい。」 他の誰も、起きていなかった。 なにせ、スヤスヤと快適に眠っていたら、いきなり俺だけ叩き起こされたのだ。 時間だから起きろと。 こんな時間に?! しかし文句は言うまい。 知らない仕事の勝手にグチグチと朝が早いだのもうちょっと寝かせろだの、そんなことを申し付けてはならない。 だからペラルさんに「いってきます」という旨の書き置きをして、光速で着替えた。 いや、嘘だ。 俺は1秒間に地球を何周もできるバケモノではないのだ。 居間に降りてくると、ふたり分の朝食が並べられていた。 トーストにベーコンエッグという、とても簡素なものだ。 なお、我が事務所において、目玉焼きとはソイソースで食べるものだという法律が定められているが、ここの家は塩のようだった。 塩で食べる目玉焼きなんて久方ぶりだったが、なかなかにイケた。 パンと食べるなら、やっぱり醤油ではなくて塩だ。 「あんた、武装持ってるでしょ。 あれを持ってきてくれればいいから。」 とのことなので、俺はコスモ制御装置だけを腰に括り付けた。 必要な荷物は、ラフラさんの持つリュックサックの中だそう。 持とうとしたけど、持たない方が良いらしい。 ちなみに今の俺の武装構成は スロット1 剛刃柄回転式斧・中型 スロット2 剛刃柄ファルシオン スロット3 タランチュラ スロット4 シールド(カウンター) スロット5 ホバーボード スロット6 固有武装「鍵」 スロット外:通信機 上から、攻撃用の得物がふたつ。 最近になって、背反柄を使わなくなった。 そして、移動拘束索敵なんでもござれのタランチュラ。 可哀想なことに、消去法で選ばれてしまったシールドのカウンター。 ここらではもっぱら使っていないホバーボード。 そして固有武装《オンリーウエポン》だ。 ラフラさんには、俺が固有武装持ちであることに驚かれた。 なんと、彼女も持っているそうなのだ。 傍から見れば過剰戦力かもしれないが、このくらいで丁度いいそうだ。 ハンターの仕事は、とくにこれといって決まっているものではない。 主には、決められた区画にある自然の管理。 ラフラさんの場合は、あの家がある森の、半径20キロ四方くらい....................だそう。 ウッドバレーというのは、保持すべき自然がとても多いらしく、決められた区画内にハンターとして生活する人が合計で30人くらいいて、全員で森を管理しているとか。 森の管理にも、色々な要素がある。 毎日森を練り歩くことで、森の生態系を把握して記録し続けること。 様々な生物と積極的に触れ合うことで、科学的な研究では導き出せない生物の性格を調べる。 こまかく環境を気遣う仕事だけど、ラフラさんは案外と"何もしなかった"。 人間が手を加えすぎると、自然が自然ではなくなってしまうそうなのだ。 言われてみれば、そうかもしれない。 例えば俺が、今通り過ぎた木を切り倒したら、どうなるだろうか。 木の上で騒いでいる小動物を殺したら、どうなるだろうか。 落ちそうな場所にある鳥の卵を移動したら、どうなるだろうか。 大した変化はないかもしれないけど。 ハンターというのはそれを大事にするらしい。 知らない世界だ。 ちなみに、怪獣という、力の強い動物の暴走で自然が壊れてしまいそうなときは、それを討伐することでバランスを取るらしい。 ここは俺たちとあまり変わらないところだ。 しかし、手を出すのは本当に切羽詰まっているときに限られるそうだ。 たとえば、異常な個体が出てしまったとき。 たとえば、外来生物が暴れ回っているとき。 たとえば、人間に害が出てしまいそうなとき。 厳しく条件付けがされているそうなのだ。 「ここはもともと、人間が植林したはずなの。 けど、その森が数百年、たった数百年で大規模な生態系になってしまった。 それも、グランド・キャニオンの外とは少し違った、不思議なカタチで。 アタシたちは、この素敵で歪んだ自然を守らないといけないの。」 ヒトが木材をとるために作った自然でありながら、想像とは違った形で森となってしまった場所。 形や植生、住んでいる生物は自然そのままのはずなのに、それは人の手によって作られたものが元になっている。 確かにある意味では、歪んだ森と言えるのかもしれない。 しかし彼女の言う通り、素敵な場所だ。 アメリカだというのに空気は澄んでいるし、厳しく規制されているせいか、水も綺麗。 コケやきのこで幻想的に彩られている場所もあれば、微生物のおかげで綺麗に色のついた小さな沼もあった。 動物の種類も多く、特に虫がたくさんいた。 怪獣も住んでいるそうだ。 しかし、こちらからアクションをとらなければ、無害である種も多い。 自ら襲ってくるウォールロックのような生物は、このあたりでは珍しいそうだ。 住んでいる種は、もともと大渓谷に生息していた種と、森林ができたことで付近からやって来た種。 「けど、最近多いのよね。 アタシの知らないとこからやってきた、危ない怪獣たち。 この間なんてオニドリがいたのよ。 ここは水も餌も少ないのに。」 幸いなことに、外来種の人的被害はまだ少ないらしく、対処可能な領域なのだそう。 ラフラさん自身も、ここ3ヶ月で5回程度の遭遇だそうだ。 そして、そのどれもが、大して強くもない、よく名前を聞く怪獣だったとのこと。 しかしここ最近になって、不可解な目撃情報が寄せられるようになった。 こちらも、人的被害は出ていない。 しかし、農家の納屋が丸ごと襲われる、家畜が食い荒らされるなどの、あまりにも規模の大きな被害が続出している。 早急に対処をしなければならない。 「アタシが探しているのは、目撃情報だけが独り歩きしている、よくわからない怪獣。 この当たりの生物以外に特別詳しいわけじゃないけど、特徴が合致しないのよね。 アタシ、怪獣辞典とか持ってないし。」 「目撃情報っていうのは?」 「赤い鱗の、でかいトカゲみたいなヤツ。 前足が翼になってる、大きさ15メートルくらいの怪獣。 落ちていた鱗はさらさらしていて、指で擦ると粉みたいなものがとれる。 このみっつね。 心当たり、ある?」 「ちょっと、調べてみる。」 おそらく、この先には戦闘が待っている。 それも、きっと強力な怪獣とだ。 何日後になるかはわからないけれど、それを見つけて対処するのが、当面の目標だ。 「だから、それまでよろしく!」 「ああ、俺の方こそ。」

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳