鯣烏賊 / 第122話

グランド・キャニオンへ その1

日本から帰ってきて時間が経った。 だいたい、1ヶ月弱だ。 これでしばらくは、見慣れない土地へ足を運ぶようなこともなく、安定した日常が送られるものだと思っていた。 そう、俺は怠けようとしていたのだ。 そんな俺の怠惰に満ちたこよ願望を、運命の神様は「チッ、チッ、チッ」と否定した。 なんと、俺"たち"は、ふたたび見知らぬ土地へと、長期的に向かうことになってしまったのだ。 出張の決定である。 きっかけは、たった一通のメールだった。 そのメールは、何の予兆もなく、唐突に送られてきた。 それは、日本から帰ってきて、1週間経ったか、経たなかったかの瀬戸際。 試験が終わってからの計算だと、1ヶ月と少し経ったかな、くらいの日だった。 ----- 俺は普通の時間に起きて、今日がパトロールの日だということを思い出した。 そして飛び起きる前に、同室に住んでいるペラルさんからのくだらないイタズラが無いかを確認して部屋を後にした。 それで、なんとなくの惰性でトイレに行って用を足し、顔を洗い、素早く着替えて、本当にろくな事が起きない我が自室を後にした。 俺がトイレに行っている間に、ちょこまかと逃げ回るゴキブリのおもちゃが仕掛けられていたせいで、壁に穴が開きかけるなんて二度とゴメンだ。 次は容赦しない。 あの悪魔の土手っ腹に風穴をぶち開けてやるのだ。 応接室に行くと、キッチンで朝食を準備しているリンさんがいた。 トースターとフライパン相手に勝ち目のないにらめっこしている彼女におはようと声をかけ、適当にえらんだコップへ水を注ぎ、その辺にある適当な椅子へ腰掛ける。 そして、俺はスマートフォンを開いた。 時刻は朝の8時。 俺と日常的に連絡を交わすような人はいないし、俺は通販やクーポン、アプリもほとんど使わない。 俺のスマホになる通知はせいぜい、リンさんからのお買い物の要請くらいだ。 だから今日の朝も、"なにか気になるニュースがないかな?"程度の浅い気持ちで、スマートフォンを手に取ったのだ。 そして、メールボックスに、1件の見慣れない通知が届いていることを発見した。 そして、その通知は、俺が心待ちにしている....................はずだったものを伝えるための連絡だった、 【件名 第1次試験の合否について】 試験のことなんて、俺の中ではもうすっかり過去のことになっていた。 そりゃまあ、3週間もかかった試験なのだから、忘れるわけはない。 けれど、試験が終わってからの思い出が濃すぎたお陰なのか、俺は試験結果がどうなったかなんて気にしていなかった。 だから実のところ、俺はまだ、正式な資格を持たずに生活していたということだ。 そう、まだなんだ。 次の2次試験が最後のはずだから、これに合格すれば、正式に俺はこの職に就けるはずだ。 ....................仮釈放だけど、いいのかな。 お咎めがないんだから、いいんだろうな。 ちなみに、日本にいる間は、ステゴさんの補助役としての戦闘をしていた。 厳密に言うと俺は、彼の保護下のみにて戦闘が許可されていたわけだ。 俺が何かと戦うときには、必ずステゴさんとともに行動していなければならないのだ。 面倒だけど、俺は厳密には仮釈放だから。 仕方ないんだよ、うん。 「あっ!」 ところで、その送られてきたメールを目にした俺は驚いてしまい、無意識に大きな声を上げてしまった。 かなり大きい声だったようで、俺のその声に反応したリンさんが、キッチンから小走りでやってきた。 フライ返しを持ったまま。 「なになにベロキ、どしたの?なにかあった?」 「あー、いや。試験の結果が来ててさ?」 「あ、そっかー、あたしのときもこのくらい時間かかったっけ? ねえ、一緒に見よ見よ!!」 リンさんが試験を受けたのは一年前くらいのはずなのだが、覚えてないらしい。 "一年も前のことなんて覚えてるわけないでしょ!!"っていうテンションだ。 俺なら覚えてると思うけどな。 え?全部悪い思い出だろうがって? うるさい。 リンさんの圧力に押されてしまい、俺たちはふたりで試験結果の通知を見ることになった。 別に俺はひとりでもいいのだが、なにやら上機嫌に手を洗って、鼻歌を歌いながらタオルで濡れた手を拭いているリンさんを見て、特に何も指摘してやらないことにした。 リンさんはスキップして来て俺の座っている椅子の後ろに立ち、俺のスマートフォンの画面を覗き込んできた。 画面越しに、すごくワクワクしているのが伝わってくる表情が、よく見える。 まあ、楽しそうならいいか。 「どう?、どうだった!?」 「まだ見てないよ。 ....................そんなに面白いものなのかな?」 「いいじゃん!減るもんじゃないし!」 「増減でカウントできるものじゃないでしょ。」 ....................普通こういうのって、複数人で見るものではないと思うのだが。 まあ、いい。 そこにも目をつむろう。 目の前には、とてもつまらなさそうなことでこんなにも目を輝かせているひとがいるんだ。 ここでむやみにツッコんでしまうのは少々、空気が読めないのではないだろうか。 俺はメールボックスへ指をかざす。 人差し指の指紋は、すでに画面へと触れかけていた。 俺は雰囲気を作るために、大きく深呼吸して、息を含ませた声でこう言った。 「じゃあ、見るよ?」 「うん。」 リンさんが後ろでゴクリ唾を飲み込む。 なんだか俺も興が乗ってきているが、よく考えたらすごくバカバカしいことをしているな。 まあいい。 俺は高らかに宣言するのだ。 「御開帳〜〜!!!!」 「おお〜!!!!」 俺の人差し指の指紋が、メールボックスを表示する画面へ触れた。 そうすると、たった1件しかないそのメールが、特に効果音もなく開かれた。 当然だ。 所詮はただのメールであるのだから。 「さてさて..........?」 俺のスマートフォンの画面には、このような文面が表示されていた。 ===== "特別第1次試験結果通知" 受験番号:-00004 ベロキ 結果 合格 第2次試験を受験していただきます。 第2次試験について。 第2次試験の試験監督は、コチョウ・ラピスラズリが担当いたします。 10月3日にコチョウ・ラピスラズリがスターダスト怪獣討伐事務所へお迎えに参上いたします。 長旅が予想されますので、相応の用意をしてお待ちください。 また、第2次試験におけるペアの受験生は、パキケ・レイとなります。 是非ともお二人で良好な関係を築いて協力なさり、人類の未来のための強さを身につけていただきたく思います。 実行委員会総責任者 レスパ・ルークハイト 第1次試験監督 トケラ・ヤコブ 第2次試験監督 コチョウ・ラピスラズリ ===== 結果は、合格だった。 このメールの上の方に明記されている文字が、それを証明してくれていた。 「よかった..........。」 「おめでと!」 そして、ついにやって来た。 2次試験だ。 ふと考えてみると、今日は試験が終わってからちょうど1ヶ月くらいだった。 合否と2次試験の通知メールがくると予測していた日とほとんどドンピシャだったのだ。 そういえば、2次試験って実際にはどんな感じなんだろうか。 俺の後ろにいるリンさんは正規の免許を持っているから、2次試験を受けているはずだ。 なにか参考になることは言ってくれるだろうか。 「懐かしいなー、2次試験。」 「どんな感じだったの?」 「あたし?あたしは試験はここで受けていたし、監督がミクロさんだったから、今と変わらないよ?」 うん、これは全く参考にならなさそうだ。 深い追求や質問は遠慮しておこう。 それにしても。 「....................パキケ・レイか。」 「知り合い?」 「まあ、ちょっとね。」 彼とはディラン君ほど深い関係を築けていなかった気がする。 部屋が同じだったというのに、あんまり会話をしていなかったように思うんだ。 ..........正直なところ、彼に対しては思うところもそれなりにある。 十中八九、俺が一方的に抱いているわだかまりなんだろうが、できれば解消していきたいところだ。 これをいい機会に、彼とのコミュニケーションを少しでも頑張ってみようじゃないか。 ----- 30分後くらいに、寝癖で髪を乱したミクロさんが、自室から現れた。 大声であくびををしながら、のっしのっしと足音を立ててゆっくり歩いてくる。 そんな彼にこのメールを見せつけたときの第一声は、このようなものだった。 「んおお、今日だったか。」 まるで、近々にこのメールが送付されてくるのを知っていたような態度をとられてしまった。 俺はそんな態度をとる彼に、口を尖らせてクレームを浴びせることにした。 「言ってくれればよかったじゃないですか、知っているなら。」 「一応、お前の保護者なんだから通達はされてるさ。 受験生には余計なこと言うなって言われてんだから、仕方ないだろ。」 ずるい。 無敵の言い分だ。 そんな言い方をされてしまったら、俺は何も言い返せないじゃないから。 "考えてみればそうじゃないか"としか思うことができない。 うぬぬ、こやつめ。 「ま、ブルーが試験官なら大丈夫だろうな。」 「ブルー?」 「コチョウの渾名。髪の毛が見惚れるように青いから、ブルーだ。」 ミクロさんは冷蔵庫からアイスコーヒーを持ってきて、自分のデスクにそれを置く。 そして、廊下へと繋がっているカーテンの奥に消えた。 そして、しばらく時間が経つと。 「痛い痛い痛い痛い!!お兄ちゃんやめてよー!暴力はんたーい!DVはんたーい!」 「うるせぇ、さっさと来い。」 パジャマ姿のペラルさんが、ミクロさんに襟首を掴まれて引きずられてきた。 容赦のない手つきだ。 床にはときおり段差があるのだけど、そこを通るときもスピードが緩んでいない。 段差と容赦のないスピードにより、向こう側からたまに、「ぐべっ!」という汚い悲鳴が聞こえる。 トラックに踏み潰されたカエルのようだ。 「ベロキ、お前の椅子に音のなるクッションがあったから気をつけときな。 コイツの固有武装《オンリーウエポン》で巧妙に隠してあるからな。」 「了解。」 ミクロさんは手に持っていたペラルさんを、俺の方へ放り投げてきた。 着地の瞬間にちゃっかり受け身を取った彼女は俺に向き直り、擦り寄ってきた。 許して欲しいのだろうか。 「いてっ。」 耳を引っ張るので許してやろう。 「ところでさ、君たち。」 「「「はい?」」」 「ベロキが行く2次試験の任務状況なんだが、正直なところ、芳しくないらしい。」 ミクロさんは、デスクに置いてあったパソコンのモニターを、俺たちの方へ向けて反転させた。 そこには、俺に送られてきたメールと似通ったような画面が表示されていた。 「2人に正式な依頼が来てる。帰ってきたばかりで申し訳ないが、頼む。」 2次試験の同行メンバーが、2人増えた。

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