夏々湖 / 第5話

ベテラン婦警 幸田詩琳 (後編)

『以下のもの、沖縄県警 石垣市登野城駐在所への駐在を命ずる  |幸田詩琳《こうだしおり》巡査』  キタ……ついに来た! 交番勤務っ! 憧れて、憧れて、警察官になったその全ての思いが今ここに結実…… 「って、なるかぁっ!」  その日、詩琳は第三海外遠征軍司令部のあるうるま市に呼び出されていた。  アメリカ海兵隊の国外最大の司令部である。  ここに、何故か警察庁のお偉いさんがやってきて、詩琳に辞令を渡していく。 「あのー、わたしも色々勉強させられたから知ってますよ。ここ、駐在とか、ないですよね?」 「新設されたぴかぴかの駐在所だ」 「人、住んでないですよね」 「先日から、不法入国が相次いでおるのだ」 「いや、ここに不法入国って、それ一大事じゃないですかっ⁉︎」  石垣市登野城……いわゆる、尖閣諸島の住所である。 「ここに、隣国の漁民と言い張る一団が上陸し……」 「そんなもん自衛隊と海保で何とかしてください!」 「海保では上陸後には何ともできん……自衛隊で制圧すると、一気に戦争状態になりかねん。ということで警察庁にお鉢が回ってきたのだ」 「だったら、せめてチームで動くとか……」 「それについては、我々が説明しよう」  ついたての向こうからなんか出てきた。詩琳もよく知っている人間だ。 「なんで平川一佐がいらっしゃるんですかっ!」  陸上自衛隊中央即応集団特殊作戦群長が、御自ら登場してきた。 「基本的には特戦で状況対処にあたる。ただ、制圧後の処理は戦時捕虜ではなく、不法上陸者の逮捕という形式を取りたいのだ。国と、警察官の安全を確保したい警察庁の葛藤の賜物が、今回の人事と……」 「あたしの安全どこ行ったー!」  ドンガラガッシャーン! と、ちゃぶ台をひっくり返す勢いで詩琳が突っかかる。 「ああ、詩琳ちゃんの安全はまぁ、大丈夫じゃね? って高度な政治的判断が」 「なわけあるかー!」  ハァハァ息を切らし、ツッコミ疲れた詩琳が諦めたように詳細を聞き始めた。 「で、いつからですか?」 「一昨日だ」 「もう始まってるのかよっ!」 「侵入されたのは一昨日だが、うちの小隊が展開してからはまだ二十六時間だ。相手の漁民の数はおよそ一個大隊、百八十名と見積もられ……」 「一個大隊とか言ってる時点で漁民関係ないじゃないですかっ!」  あくまで漁民が上陸しただけにしたいようである。 「で、こちらの戦力は?」 「特戦から二個小隊が|斥候《スカウト》として出てる」 「あとは?」 「頑張ってくれたまえ」 「できるかぁっ!」  ドンガラガッシャーン。エアちゃぶ台がいくらあっても足りやしない。  特戦の小隊は二分隊で構成され、一小隊十六人。二小隊で三十二人。戦力差五倍となると…… 「そんなもん試合になんないじゃないですかっ」 「それと、海兵の方々があのあたりで訓練したいと申し出てきているんだが……」 「あっ」  詩琳は、すぐ脇でニヤニヤしている海兵隊第三海外遠征軍司令の顔を、見直した。 「というわけでだ、出動は即時即応。指揮はマリーンが取るが幸田巡査はフリーハンドだ。ちなみに交番勤務評定になるぞ」 「幸田巡査、直ちに登野城駐在所へ向かい、勤務に着きますっ!」  こうして、詩琳は交番勤務に就くことになった。  と言ってもゆっくりしている暇はない。装備品を海兵隊から借り受ける。 「M4はまぁ使い慣れてるからいいんですけど、Mk23とか、こんな重いピストル無理です!」  海兵隊員が用意してくれた装備に文句をつける。  普段使いのピストルの、倍近い重さなのだ。か弱い女子が持ち歩くには…… 「誰がか弱いんだよ、誰がっ!」 「わたしですよぅ」 「俺、シオリからキル判定五回もくらってるんだぞ……」 「あれはほら、|銃剣《バヨネット》だしっ! 鉄砲じゃないしっ!」  そういう問題?   「で、普段は何使ってんだ? USPコンパクト? ここはFBIじゃねーんだよ。そんなお上品なハンドガンねーよ! ……ん? そういや……ヘイ、ジョージ」  |武器管理者《ウエポンマネージャー》に声をかける。 「グロック、まだ送り返してなかったよな?」 「|M007《ダブルオーセヴン》か。あるよ。すぐ用意する」  本当にすぐに出てきた。オーストリア製コンパクトピストル、グロック19の米軍仕様である。 「あ、これなら触ったことあります! 警察庁でも持ってるチームがあるんですよ!」  警察庁|特殊部隊《S A T》。詩琳がいつも持ち歩いているUSPコンパクトも、正式にはSATから貸与されていることになっている。 「じゃ、それとM4貸してください」 「ほいよ、あんま危ないことすんなよ。あんたは|海兵隊《マリーン》のマスコットガールなんだから」  いつ、そんなもんになった?  けど、突っ込んでる暇はない。とにかく今は緊急時だ。さぁ、出動準備!    これから『島嶼訓練』に向かう海兵隊の|MV22《オスプレイ》に便乗するためにヘリコプターで普天間基地へと向かう。  MV22オスプレイ。ティルトローター式の垂直離着陸機。まだ普天間に来たばかりの、バリバリの新型機である。  基地の周辺にはオスプレイ反対派がたくさん集まっているのが見えるが、今はそれに気を取られている時間はない。  司令部から乗ってきた|CH-53D《シースタリオン》から飛び降りた詩琳は、頭を低くしたまま装備品を抱え、近くに駐機している|MV22《オスプレイ》へと駆け寄っていく。 「シオリ! こっちだ!」  顔馴染みの海兵大尉に手招きされ、準備された四機のオスプレイの左端へと転がり込んだ。  実は初オスプレイな詩琳さん、興味津々ではあるものの、すぐに離陸と聞けば見て回るわけにもいかないわけで…… 「って、めっちゃ静かですね、これ」 「ああ、今までの|CH-46《バートル》と比べるとな。しかもめちゃくちゃ速いから疲れてる暇すらないぞ」    そんな会話をしている間にもオスプレイはランウェイへと向かって動き出している。慌てて手近のシートに座り、シートベルトを装着した。 「ヒラカワの部隊が魚釣島の南西端海岸を抑えてる。そこにヘリボーンしてオスプレイはすぐに帰す。漁民から地対空ミサイルが飛んでくるかもしれん、その時は祈ってくれ」  そんな漁民いないからっ! それ、間違いなくどっかの正規軍だからっ!  普天間基地から魚釣島まではおよそ450km。オスプレイの巡航速度で一時間弱で到着する。  ヘリコプターの倍ぐらい速い。そりゃこれを相手にする国は嫌がるだろう。 「相手は空軍は出してきてるんですか?」 「今の所戦闘機と輸送機は飛んできてはいない。ただ、|早期警戒機《K J - 2 0 0》はずっと飛んでるから、補足はされてるはずだ」 「こちらのエアカバーは?」 「カデナからは|F-15C《イーグル》四機飛ばしてくれる。自衛隊の方はわからん」 「地上攻撃機は? ガンシップとかきてくれないのです?」 「空軍の|AC-130H《スペクター》は日本にはない。|A-10《サンダーボルト》もない。海軍機は、ジョージワシントンが訓練でハワイ沖まで出かけてる」    ジョージワシントンはアメリカの原子力空母であり、攻撃機を数機種積んでいる。普段は横須賀を母港として、極東地域に目を光らせているのだが……   「おそらく、空母の空白を狙われたんだろう」  制空権は取れているが対地攻撃してもらうのは難しそうだ。 「攻撃ヘリは航続距離的に無理ですよね。海上戦力は?」 「漁民が上陸に使ったエアクッション艇は三隻。島の北東海岸に乗り上げてる。これは海保が沖合を抑えてるから動けないと連絡があった」  あー、漁民設定はもう、最後まで残すんだ……ホバークラフトで上陸する漁民とか聞いたことないけどなー。   「エアクッション艇を運んできた揚陸艦は玉昭型。こっちは海保じゃ無理だから護衛艦が来てるはずだ。まだ砲撃戦とかは始まってないらしいが」    敵がヘリボーンを警戒しているなら、どこまで迫られているか次第で撃たれるかどうかが変わってくる。  降着予定地は島の南西端と言っていた。地図を見ながら地形を読んでいく。   「って、ほとんど山じゃないですか! 西からアプローチするとなると、直接狙うには稜線に上がるか北側の緩斜面を占拠するかかな。特戦群からは敵の配置情報は?」 「稜線沿いはスナイパーが抑えてくれてるらしい。北海岸はわからん」 「じゃ、南西から匍匐で行きましょう。彼らのミサイルは赤外線追尾だから、撃たれるまでわかりませんし、撃たれたら落ちます」  とにかく撃たれるような状況にならないようにする。乗り降りしてる最中に狙われたら、どんな凄腕パイロットだろうが逃げるのは無理だ。    目的地まではあと五分。オスプレイは高度を落とし、海面スレスレを飛び始めた。          ♦︎  目の前に、そこそこの高さの山が見えている。最高標高300mを超える山脈が、小さな島を縦断している。 「こりゃ南側の断崖絶壁は本当に移動できないわね。海岸沿い歩けば一発で見つかるし……」  地図で見た通りの地形を、頭にインプットしながら、飛び降りる準備を始めた。    低空で進入したオスプレイだが、一度高度を確保しなければローターをチルトすることができない。この一瞬を狙われると割と致命症だ。  しかも四機。タイミングを合わせ、ギリギリの高度で海岸へと向かう。 「なんか、煙モクモクじゃありません?」 「おー、派手にやってんなぁ。煙上がってるのは東側が多いか? 連絡では封じ込めには成功してるって話だが」  南西からの低空アプローチだと、煙のほとんどは山脈の向こう側になるため、出どころが今ひとつわからない。  これで地上展開しているのが米軍なら戦術データリンクが歩兵までカバーしているのだが、自衛隊ではまだ空と海しか対応できていない。どこに誰が展開しているのかは、音声通話でやり取りするしかない。 「まぁ、行かないとわからんな。フレアスタンバイ。アプローチする」  ふっと体が沈み込む感触があり、機体の高度が一瞬上がる。同時に今まで機体を前に引っ張っていたメインローターが上を向き始め減速が始まった。  狭い岩浜が見え始める。   「せっま! あの狭い中に降ろせます?」  ほんの100mも北側に行ければ、もっと広い浜が広がっているのだ。しかし、そちらは目視されるリスクが跳ね上がるため危険極まりない。 「海兵隊舐めんなって、そーら、スピン!」    普通のヘリコプターなら、定点での180度の回頭は問題なく行える。  しかし、これをオスプレイで行なうのは至難の業だ。    機長は高めの進入速度のままラダーで機体を滑らせ、姿勢を変えながらヘリコプターモードへと遷移させてゆく。  ヘリコプターモードへ移ってからも、慣性でテールを振りつつ浜の上に滑り込んだ。  一歩間違えればコントロールを失って墜落する、とても難しい機動である。 「カーゴドア解放、シオリ、行ってこい!」 「はい、行ってきます。またのちほどっ」  ドア端部から浜までの高さは2mほど。岩棚が広がっているのでロープをおろす。この高さならファストロープというほどの技術も必要なく、安全に飛び降りられる。    詩琳に続き、一機から二分隊ずつ飛び降りてきた。今の所ミサイルが飛んでくる気配はない。 「詩琳ちゃん、お疲れっ!」  駆け寄ってきた自衛隊員が声をかけてきた。顔馴染みの特戦隊員だ。 「姐御が殴り込んで混乱させてる間に、|エアクッション艇《L C A C》全部壊したらさ、ほぼ無血で投降者続出なのよ。あと頼むわ」 「はい? えーと、頼むって?」 「逮捕よ逮捕。婦警さんでしょ」  ドーラン塗って森に溶け込みそうな顔をした特戦隊員がニヤニヤしながら詩琳を焚き付ける。 「だぁ、もう、わかりましたよっ、やりますよっ!」  詩琳さん、こう見えても英語と北京語がペラペラである。特戦群の姐御……お姉さまに叩き込まれたおかげで、敵……じゃなかった、容疑者の母国語で投降を呼びかけることができる。 「こちらは日本警察です。あなた方を不法入国の疑いで逮捕します。ここで逮捕されれば、戦時捕虜ではなく、本国へ送還されるだけです。戦時捕虜の場合は帰国がいつになるかは、わかりません。今のうちに逮捕されることをお勧めします。こちらは日本警察です」  抵抗が激しくなった。あちらこちらで銃声が鳴り響き始める。  嫌なのか? 国に帰るの、嫌なのか? え? 帰ったら党から折檻される?  さぁ、困った。投降者が減ってしまった……とりあえず、現在確保されている『容疑者』を拘束して『逮捕』していくが、ここにきて逃走しようとするものが出てきた。  もっとも、逃走を許すような詩琳ではない。今も逃げようとした『容疑者』の腕を絡め取りながら引き倒し、脊骨に膝から飛び乗りながら動きを封じていった。  もしかしたら障害が残るかもしれないが、友軍の安全には変えられない。ナイフで喉笛掻き切らないだけ温情措置だと思ってくれ。  空の彼方からジェット機の音が聞こえてきた。米軍の|F-15C《イーグル》? いや、何か違う。これは…… 「騎兵隊! F-2!」  おそらく築城基地から飛んできた機体であろうF-2戦闘機二機が、遥か高空で左右に分かれターンしていくのが見える。  と、彼方から降ってくる黒い点……誘導爆弾!  黒い点が稜線の向こうに消え、三拍おいてから黒煙が上がる。そして、次に爆発音が響いてきた。 「うっわ、空爆激しっ!」  詩琳が目を細めて爆炎を見やる。 「ありゃあ500lb爆弾かな。自衛隊もやるなぁ」  海兵隊の小隊長が感心したように言いながら、兵たちに指示を出して山岳部に展開していった。 「じゃ、詩琳ちゃんも準備してください。逮捕したら移送はこっちでやりますんで」  自衛隊のベーステントへと移動する。密生した低木の間に、カモフラージュネットをかけた指揮テントが設置してある。  表には木製の看板が…… 「えっと? 『登野城駐在所』……舐めとんかぁっ!」  ドンガラガッシャーン、と、エアちゃぶ台をひっくり返したところに、女性士官がテントから出てきた。 「騒がしいと思ったら詩琳じゃない。良かった、あとは任せたわ。ちょっと遊びに行ってくるわね」 「ひぃっ!」  詩琳の格闘戦の師匠である。そして、超絶苦手な相手でもある。  彼女が『遊びに行く』イコール、漁民にとっては悪夢の始まりだ。  ただ、もうすぐこの仕事が完了する合図であることも間違いないだろう。  ほら、抵抗する銃声が、みるみる少なくなっていく……  さぁ、戦意喪失した漁民を逮捕して、負傷者の救護をして……死者も多いだろうなぁ。爆弾落ちてるしなぁ。死者の処理はどうするのか……不審死だと捜査? 捜査の結果、やっぱり事故になるのか、死者なんていなかったんだ……になるのか。  ここから先は国家同士の闇の部分になっていくだろう。  やはり『漁民』の母国では面子を優先して、無かったことにする方向で話が進むだろう。  一人一人、武装解除させた上で手錠がわりの結束バンドで拘束し、迎えの船を待つ。  ただ、この駐在所の周りは決して広くない。捕虜……じゃなかった、容疑者は次々と海兵隊や特戦群の隊員に連れられ、集まってくる。  すでにオスプレイから飛び降りた浜はいっぱいになっていた。 「1543時、あなたを不法上陸罪で逮捕します」  ここでガシャンっと手錠をかけたいところだが、組み合わせた結束バンド……インシュロック……タイラップ……ケーブルタイ……まぁ、そんな呼び名のやつで、ジーッジーッと拘束していくのは、割と間抜けな光景である。  もう二時間もすれば暗くなってくる。早いところ迎えにきて欲しいものだ。  F-2戦闘機の爆撃は、敵の……漁民の複数あった指揮テントを直撃したらしい。斥候による座標データが正確だったため、寸分の狂いもなく頭を刈り取られた『漁民』たちは、戦意低下したところをお姉さまに襲われ、大きな被害が出たようだ。  実際、百八十名と言われた漁民だが、逮捕できたのはわずか四十名。重傷を負い、それどころではないものを含めても生き残りは八十名もいなかった。  重症者は担架に乗せ、四人がかりで広めの浜に連れ出していく。護衛艦からヘリコプターを呼んでも良いが、少しでも早く病院に収容するためにはオスプレイに来てもらった方が良い。  軽傷者と無傷の捕虜……容疑者は、海上保安庁の協力で沖縄本島まで送ってもらえることになった。 「さぁ、あとは応援来るまで待って、交代かなぁ……」 「ハハハ、シオリの勤務地はここのコウバンなんだろ」  隣に立つ海兵隊員が軽口を叩く。 「そんなこと言われても、この件終わったらまたここは無人島に……」  と言いかけ、振り向いたところで視界の隅に違和感を感じた。 「伏せてっ!」  隣の米士官を引き倒しながら、自分も姿勢を低く、伏せの姿勢をとる。  刹那、爆発音が響いた。  衝撃があたり一体を包み、何も聞こえない、何も見えない状況が発生した。  詩琳の背後にある指揮テント……登野城駐在所がバラバラに吹き飛んでいる。  衝撃波と飛び散った破片がヘルメットに当たったことで意識が朦朧としている中、詩琳は生き残るための行動だけは続けていく。  遮蔽物の影へ潜り込み、認知力が回復するのを待つ。  二十秒、三十秒……だんだん視界が落ち着いてきた。自分がどっちを向いているのか、どんな姿勢で倒れているのか……五十秒、一分……音が聞こえ始める。怒号と銃声。詩琳も背中に回したM4を前に回してみたが、機関部に何かの破片がめり込んで止まっている。 「あなたが助けてくれたの?」  手にしたM4カービンに語りかけ、そっと地面に置いた。    頭を振り感傷を振り払って、自己診断を行う。  首、動く。  右手、オーケー。  左手、肩が上がらない。肘から下は動く。  右脚、オーケー。  左脚、オーケー。しかし何か生暖かく感じる。  腰、動く。  体内の傷は、アドレナリンの放出が治るまではわからない。  隣には同じように身体の確認をしている米士官がいる。 「Are you O.K.?」 「Yah. No problem!」  周囲を見回すと、何人もの兵士が倒れていた。  一人生き残った漁民による、対人榴弾ランチャーの攻撃であった。  幸い、テントの中は無人だったが、周辺では数名の犠牲者が出てしまった。  襲撃者には即座に反撃がなされ、射殺された。  自衛隊員は皆容疑者の移送で動き回っていたため被害はなく、帰還待ちをしていた海兵隊が被害を被った形になった。  殉職者三名、重症者四名。うち一名は婦人警官である。  すぐさまオスプレイを呼び寄せ、負傷者と遺体を運ぶことになった。 「ちょっと肩外れてるだけですから、大丈夫ですよぅ」 「いいや、ダメだ! 今すぐ病院連れてくから! うちの|医官《メディック》は優秀だから、縫合した脚は綺麗に治ると思うぞ。安心して肌が出せるようになる」 「肌はほとんど出しませんし、婦警のお仕事残ってますー」 「あー、警察庁からも人はすぐ来る。いいから詩琳ちゃんは帰れ」  すでに日はとっぷりと暮れた。周囲に明かりの全くないこの島では、見たこともないほど美しい星空を眺めることができる。  今も空には大きく天の川が流れている。月は出ていないようだ。  その雄大に広がる星空を見上げた後、しおりは口を開いた。 「はぁ、じゃ、先に戻らせてもらいますね。また治ったらすぐこちらに……」 「いや、また直ぐ異動になると思うよ」  こうして、詩琳の駐在所勤務はわずか一日で終了した。  帰りの便では普天間で降ろされるかと思ったら、給油しただけで再び飛び立った。 「どこまで行くんですか?」  ストレッチャーに寝かされたままの詩琳が、特戦群の医官に聞いた。 「横田基地までお連れします。横田からは空自のヘリに乗っていただくことになってます」  横田基地。東京の西の外れにある米空軍と航空自衛隊が同居している航空基地である。  詩琳の乗るオスプレイは、ローターを斜めにした転換モードで|STOL《短距離》着陸すると、そのまま近くに駐機されているヘリコプターのそばまで行って止まった。  ストレッチャーに乗せられた詩琳はオスプレイから降ろされる時にふと思い出し、叫んだ。 「ああっ! わたしまだ|CH-53《シースタリオン》運転させてもらってないっ!」  それかよっ! ってか、流石の海兵でも機種転換やってない奴に運転させたりしねーよっ! 「え? わたし、局長に騙されましたっ⁉︎」  気づけよっ! 普通わかるわっ!          ♦︎  結局、この事件は丸々と闇に葬られた。  報道では、漁船に乗った活動家が尖閣に上陸、そして不法上陸罪で逮捕されたとだけ流され、画像の公開もされなかった。  船舶に関しても、洋上で不法操業する漁船を拿捕、強制送還と矮小化して発表された。  また、東シナ海での訓練中に、事故によりアメリカ兵三名が殉職したことも併せて発表された。  横田に突然オスプレイが飛来したことに対し、一部オスプレイ反対活動家からの抗議行動が広がった。 「はぁ、オスプレイって、便利な飛行機ですねぇ」    自衛隊中央病院の病室で、起こしたベッドに寄りかかった詩琳が言った。  まだ輸液のチューブがつながっていたりするが、顔色は悪くない。  左鎖骨骨折、左肩脱臼、左内腿に数十センチの裂傷、その他裂傷多数、全身打撲。命に別状はないが満身創痍ではある。内臓、神経系に問題がなかったのが幸いだった。 「ありゃチート輸送機だよな。|特戦群《う  ち》にも欲しいんだが……まぁそのうち木更津に来るだろ」  入れ替わり立ち替わりお見舞いが来る。今日は特戦群の平川一佐がりんごを抱えてやってきていた。  と言っても剥いてくれるわけではない。仕方がないので詩琳が自前のナイフで剥いていく。  剥いた端から平川一佐が食べていき…… 「って、なんでわたしが剥いてるんですかっ!」 「おお、うまいぞこれ」 「いやいやいやいや、なんかおかしくないです?」 「気にしないで詩琳ちゃんも食え食え」 「食べる前に無くなっちゃうんですってばっ!」  午後からは警察庁からも何人も来た。 「本当に無事でよかった。お疲れ様、詩琳ちゃん」 「なんとか生き残りましたけど、婦警って大変な仕事なんですねぇ」 「でもさ、また交番勤務の評定増えたし、昇進も間近かもしれんぞ」  『四年間の交番勤務』  これをクリアするために頑張っている幸田巡査なのだ。まだ一年も稼げていないが…… 「今回の事件で一日分カウントできたからな。またよろしく頼むわ」 「って、あれだけ苦労して一日だけですかっ!」  詩琳の魂の叫びが、自衛隊中央病院に響き渡った。  ベテラン婦警、幸田詩琳。  彼女の明日はどっちだ!

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳