夏々湖 / 第5話

修羅道婦警 幸田詩琳 (後編)

 その電話は、やはり外国語でのやり取りだった。  内容を聞く限りでは、日時と逃走経路の確保を求められ、それに呼応しての軍の呼び込みという、想定よりも大きなものになっていた。 「では、この計画自体がなかったことになる様に、事前に潰す方向でよろしいでしょうか?」  県警本部の会議室で、県警のお偉いさんに向かって詩琳が指示を出していく。  ただの巡査が警視監に対して指示を出すのだ。警察の階級を知っている人なら、目を回すような出来事である。 「参加してくるのは三カ国。おそらく全員、自分が主導権を握っているつもりでしょう」  頭の多い敵は狩りやすい。経験からくる詩琳の持論である。 「侵入経路は博多、下関、門司の港にそれぞれ入ってくると思われます。現在判明しているのは、民間輸送船の船腹に潜伏している集団ばかりですが、いざ実戦となると正規軍が雪崩れ込んでくる可能性もあります。何としてもそれだけは避けなければなりません」  作戦は単純だ。侵入されそうな経路を、ほんの少しだけ警らする人数を増やす。 『あれ? 少しは警戒されてるのかな?』  程度の圧を加えて、敵の作戦が大幅に狂わない程度に、しかし大胆に突っ込んでこない様にだけコントロールする。  そして、市街の拠点は福岡県警のSATが、港湾区や船舶への強襲は陸自の特戦群が行い、その二つの組織の取りまとめを詩琳が担当することになった。  そして、水際作戦が開始される。 「全部隊、状況を開始してください」  詩琳が県警本部の特設作戦指揮室から指示を出す。  ただの会議室にモニタや情報機器を運び込んだだけなので、あたり一面にケーブル類がのたうっている。  数面ある大型テレビ流用のモニタには、港が見えるビルから揚げた、係留UAVからの映像が映っていた。  これはアドバルーンにカメラを積んだ様なドローンだ。ケーブルで給電することができるため、ドローンにつきまとう活動時間制限が、ほぼないのが特徴だ。  ただし目立つという欠点は避けられないが、今の様な夜間にはあまり問題にならない。 「オレンジ隊、グレープ隊、目標船舶を制圧。損害無し。アップル隊、負傷一名。現在交戦中!」 「SAT隊、A班突入! B班は建物前で銃撃を受け、建物包囲に切り替えています。応援送りますか?」  あちらこちらから報告が上がってくる。うまくことが運べた部隊もあれば、トラブっている部隊もある。こればかりは仕方ない。 「本部長、ここお願いします。B班の現場確認したいです、ちょっと様子見てきますねっ!」 「ちょっ、待ちたまえ、幸田くんっ! 幸田っ……って行っちゃったよ。何あのおてんば……」  指揮室を飛び出した詩琳は、インカム付きのお巡りさんヘルメットをかぶり、借り物スクーターに飛び乗った。  プルルンっと可愛い音を立ててエンジンがかかる。そのままアクセル全開に握りしめてから車体を倒し込みながらセンタースタンドを倒した。  非力な125ccであっても、ここまでやればリヤタイヤが滑り出す。一瞬で向きを変えると同時にシートに飛び乗り、夜の街へと飛び出していった。  インカムから次々と流れてくる状況を聞きながら、まずは包囲戦中のSAT隊B班へと向かう。  数日かけて培った土地勘で、最適と思われるコースを走る。  県庁前を南下し、御笠川を渡る。  詩琳が借りているスクーターには、LED式の赤色回転灯はついているがサイレンがない。仕方がないので大声を張り上げながら緊急走行を続けた。 「通りますっ! 緊急車両が赤信号を通過しますっ! 道を開けて下さーい!」  いや、聞こえないだろ! 窓閉めた対向車とかに聞こえるわけないだろっ! 「うっわ、赤信号の右折やだなぁ……」  目の前の呉服町交差点は赤だ。深夜帯と言っても、この道はそこそこ車通りがある。  とにかく右からの車が来たらまずい。詩琳はハリウッドスターではないのだ。リヤブレーキをロックさせながら停止線まで進み、安全確認しつつ祈る。 『行けるっ!』  スロットルをガバッと開きスクーターを寝かせていく。普段乗り慣れているオフロードタイプの癖でつい倒しすぎてしまい、スタンドが地面を削り夜道に火花の線を引いていった。 「っとそろそろ見えるはず……あれねっ」  SATの隊員がポリカーボネートでできた透明な盾を持ち、遠巻きに建物を包囲しているのが見えた。 「あー、安全に振りすぎちゃってるパターンかぁ。いいや、風穴開けちゃいましょう」  目標のビルの隣にも、同規模のビルディングが建っていた。 「こっち、ちょっとお借りしますよぅ」  ビルの裏に回れば、そこには非常用のらせん階段がある。  最近のビルではないため侵入は容易だ。  って、え? スクーター乗ったままっ⁉︎   「いっきますよぅ」  詩琳は器用に体重移動をすると、タイヤの小さなスクーターで登り始めた。  通常、これをやろうとするとスタンドからスイングアームあたりが階段に干渉し、進むことができなくなる。それを、螺旋のヘリにタイヤを乗せることで、階段ではなく登坂路としてぐるぐると登ってゆく。  次の階の踊り場に飛び出すたびにふらつきながらも、遠心力任せでタイヤを壁に押し付け、駆動力を切らさない様に慎重に……    屋上へ抜ける扉は施錠されていなかった。 「よし、隣のビルまで路地幅一本分! 助走距離はギリギリだけど……この距離なら飛べるっ!」  屋上に大型の衛星アンテナが設置されていたため、ポケットツールで固定ロッドのマウントを緩め、引っこ抜く。  ビルの外縁に引っ掛かる様に伏せ置き、スクーターに戻った。  ブレーキを全力で握りしめたままアクセル全開。駆動系のトルクカムがプーリーを閉じ、エンジンはストール回転数に達する。 「さーて、幸田選手の華麗なジャンプシーンはこれからですよっ」  ブレーキをリリース。非力なスクーターとはいえ、フロントタイヤが浮き上がろうとするのを体重移動で抑え込みながら、伏せたアンテナをジャンプ台に見立てて突っ込んでいく。  ジャンプ手前で前に目一杯の体重移動、そして抜重。    はい、ここ見せ場です。劇場版のコマーシャルとかなら絶対使われるシーンです。    世紀の大ジャンプを決めたミニパトバイクは、ストロークの短いサスペンションで荷重を受け止めきれず、フレームがしなることで乗員を守ってくれた。  フレームネックが歪んだのか、キャスターが寝た様なダルいハンドリングになり、コントロールが難しい。  それでも、滑りやすい打ちっぱなしコンクリートの上を、スライドしながら転倒せずにスクーターを止めた。 「さて、この下からはすぐに皆さん、いらっしゃいますよねぇ。古いビルみたいに屋上に給水塔でもあればかんたんだったんだけど……」  さて、どう制圧しましょうか。詩琳はちょっとだけ考える。 「まぁ、|拳銃《サクラ》があるし、なんとかなるかぁ」  そう言いながらヘルメットを外す。肩口で切り揃えられたボブカットが、さらりと揺れた。  外したヘルメットは、顎紐を一番伸ばしてメーター部のキーにひっかけ、帽体をヘッドライトに被せる。  このスクーターは、ヘッドライトを消すことができないために力技で隠した。  一度屋上ドアに耳を当て、内部の音を聞く。少なくともすぐ近くに音を出している人はいないらしい。  スクーターに戻り、ドアの前まで移動する。 「さて、レディー……ロックンロール!」  ドアを蹴破りスクーターで侵入。すぐさま非常階段を下っていく。  異音を聞きつけた他国の間者が階下の扉から出てきてこちらを向いた。  手には木製ストック付きのアサルトライフル、北のあの国だろう。 「食らえっ、目からビームっ!」  相手が銃を構える前に、詩琳はヘルメットの位置をずらした。  ハイビームにしたヘッドライトが相手の目を焼いていく。その光は、暗順応した目には十分すぎる明るさだった。  そして、そこに階段から降ってきたスクーターが突っ込んだ。 「よし、良いもの貰った! AK74……じゃなくてTYPE88ね。ロシア製の|消音器《サプレッサー》までついてるじゃない。ラッキー」  倒した相手から銃と予備マガジンを奪うと、開いた扉から建物に侵入した。  と言ってもスクーターである。  いくら日本のスクーターが静かでも、夜中のビルの中を走り回れば、チンドン屋と大差ない。  しかも、時々くぐもった銃声まで響いてくるのだ。ビルの中で周囲を包囲しているSATに集中していた敵さんたちは、上を下への大騒ぎとなった。 「誰一人として即応体制で出てこないの、練度低いのかしら……」  いや、普通はこんなフル装備の一部隊相手に、たった一人で無双してくるとか想定してないでしょ……  また一人、二人と敵兵は倒されていった。  ビルの外はビルの外で混乱していた。  先ほど、幸田巡査がビル制圧すると通信をしてきた後に通信が途絶。  その後、ビルの上層が騒がしくなったと思えば、段々と騒ぎの中心が下がってきて……  正面玄関脇の通用口が開き、そこからスクーターに乗った婦警が、アサルトライフル担いで登場した。 「こちらのビルはあらかた制圧終わったと思います! ただ、確認はとってませんので|近接戦闘《C Q B》があると想定して侵入してください! わたしは次の現場見てきますねっ!」  そして、婦警がアサルトライフルを担いだまま、夜の闇に消えていった。         ♦︎  一方その頃、港湾地区では特戦群と侵入者の戦いが激化していた。  中央埠頭と須崎埠頭、箱崎埠頭にそれぞれ別の国が船をつけており、中央と須崎に向かったオレンジ隊とグレープ隊は仕事を済ませている。残りのアップル隊は未だ交戦中。なかなか手強い相手の様だ。 「隊長! 詩琳ちゃんさんから連絡です。今から応援に入ると……」 「あのおてんばおばさん、まーた突っ込んでくるのかよっ! あーもう、ジュースとパイは狙撃位置の確保に努めろ。ジャムは|X2D《ドローン》あげろ、|船の右側《スターボード》の状況を確認したい。ジャックとティーはアサルト要員、ジュースとパイが動いたら便乗しろ」 「いえ、隊長。遅かったみたいです……」 「あ?」  隊長が顔を向けると、くたびれたスクーターに乗った婦警がアサルトライフルを背負ってやってきた。 「お手伝いにきましたよー。さくっと終わらせないと、あとで師匠に蹴られそうだし、やっちゃいましょう! あ、|銃剣《バヨネット》一本貸してください!」  そう言った瞬間には、副官の腰からバヨネットを抜き取っていた。手癖悪いな。 「詩琳ちゃん、無茶はしないでも……」 「だから、撹乱だけしてきますよ。ほら、わたし婦警さんじゃないですか。あんまりバンバン撃つのは良くないと思うんですよね」  そう言いながら、背中のアサルトライフルを副官氏に押し付ける。 「じゃ、適当に撹乱したら合図しますねっ! あ、入る時だけ援護してほしいです」  そう言い放ち、スクーターを船に向ける。  相手は全長150メートル、総トン数1万5千トン級のRORO貨物船だ。車両展開するつもりだったのか、車両タラップも下ろされている。  そこに、小さな白いスクーターに乗った婦警さんが、全速力で駆け込んでいった。 「勘弁してよ……詩琳ちゃんさん……」  この隊長、入隊当初から詩琳ちゃんさんに、訓練でコテンパンにのされ続けていたのは、内緒である。 「仕方ない、ジュース、パイ、敵に顔を出させるな! 顔出したやつは確実に仕留めろ! ジャックとティーはLAVにあと三人積んで、詩琳ちゃんに続け。ジャム、X2Dもう一機上げられるか? ジャックとティーに先行して飛び込ませろっ! って、もう敵が海に放り込まれてるしっ!」  車両搬入口から、でかい白人男性が海に放り出されていくのが見えた。  一方の詩琳ちゃん、大きく口を開けた車両開口部に無策で突っ込めば、飛び込んだ瞬間に蜂の巣である。どう考えても待ち構えてるしね。  というわけで、策である。  ここから戦闘車両も下ろすつもりだったのなら、内部は普通のRORO船の様にギチギチに車を詰め込んでいるはずがなかった。  しかし、それなりには積んであるだろう。ならばその車両は敵になる脅威ではなく、身を隠すための障害物として使えるはずだ。  こちらは車両デッキを縦横無尽に走り回れる小型スクーターである。あとは弾に当たらない様な立ち回りだけ心がけるっ!  飛び込む瞬間が一番危険なのは承知の上。だからここは……えいっ!  ここまでくる途中の自販機で仕入れた空き缶。  この、ただの空き缶を開口部付近天井に投げつけた。  カンっ! 外から投げ込まれた缶状のものが跳ね返る……ある程度訓練された軍人ならば、目と耳を守ろうと体を動かしていく……そう、|閃光音響手榴弾《フラッシュ・バン》と誤認させていくスタイルである。  特殊部隊並みの精鋭ならば騙されないだろうが、まだ船内に残ってる程度の相手なら…。ほら、入り口すぐの場所に隙だらけの軍人が。即座にスクーターのリヤをロックさせ、フロントタイヤを支点にしてリヤタイヤで男を跳ね飛ばす。  飛んだ先が海だったのは幸いだ。これで一人減らせた。  ただ、カンカンがフェイクだった事なんて一瞬でバレる。目を開けた相手に撃たれる前に、障害物の裏に入り込んだ。  そこに立ち、こちらに銃口を向けようとしている男の手首に、バヨネットを叩き込む。  実は詩琳の私物ナイフと違い、一般隊員のバヨネットには平時には刃がつけられていない。そのため、いきなり大出血の様な事態にはならないのだ。 「はい、二人目」  その頃には、もう周りの車両にバンバンと弾が飛び始めてきていた。 「敵の装甲車を盾にできるのって、いいですねぇ。流石に小銃弾ぐらいじゃびくともしませんね、これ」  そう言いつつ、目の前のティーグル装甲車のリヤハッチを開ける。 「おー、いいもの発見っ!」  RPG-26。旧ソ連製の対戦車装備だ。あの有名な『修羅の国、福岡県』を代表する『暴力団倉庫から押収されたグレラン』がこれである。  これと『花壇に置かれていた手榴弾』が二大伝説だ。  まさにこの舞台に相応しい装備であろう。 「あら、その手榴弾もありましたっ! ってことで、お借りしますねー」  手榴弾をポケットに詰め込み、RPGの固定具を外し、RPG本体も取り出す。  後方が開けていないと自分が丸焼きになってしまうので、後方注意! そして、発射っ!  とりあえず敵が多そうな船体後部の居住区側へとぶっ放す。  撃ち出された72.5mmの擲弾は、船内隔壁を一枚撃ち抜いたところで爆発した。  元々戦車の装甲を撃ち抜く様な兵器だ。こんな場所で使うには、オーバーキルどころの話じゃない。 「隣の車にもあるかなー?」  あった。  そして再び船尾に向かって、ズドン。  って、何発撃つんだよ…… 「まだまだ車、並んでるわねぇ」  同じ場所に向けて、ズドン。  四台目を漁っているところに、友軍のLAVがやってきた。 「何やってるんすか、詩琳ちゃんさん……」 「ん? 揺動だけど?」 「いや、もうこれ俺たちの仕事無くなってんすけど」 「あら……ま、まだ船橋と機関室の制圧が残ってますよっ、じゃ、そちらの処理はお任せしますねー」  こうして、四台目から拝借したRPGと手榴弾を持ったままスクーターに飛び乗った詩琳は、夜の闇に飛び出して行った。         ♦︎ 「さて、そろそろ帰って指揮取らないと……あら? まだ残ってた?」  帰り際、埠頭を出て箱崎漁港の角を曲がる時、漁船に紛れた迷彩服を見つけた。 「星空迷彩……三カ国目ね。漁船で入った斥候かしら……」  そのままそっと追跡すると、やはり漁船へと乗り込んでいく。そして最後に周囲を警戒した瞬間に、詩琳と目が合った。  慌てて大声で船内に警報を叫びつつブルパップのライフルを向けてくる敵。短い中国語で的確に報告を入れる姿はなかなかの練度に見える。  しかし、詩琳は慌てず騒がずにっこり微笑みながら、四台目から貰ってきたRPGのトリガーを引いた……夜空に大きな爆炎が広がっていく。    大声で注意喚起されたおかげか、燃え上がる漁船の船首側から、二人ほどが海に飛び込んで行った。  深夜の海に飛び込んで、息を潜める敵を探すのは容易ではない。  ならば…… 「バイバーイ」  詩琳は安全ピンを抜いた手榴弾を、敵が潜っていそうな場所に放り込んで……水面に水柱が立ち昇った。         ♦︎ 「さて、幸田巡査。何か申し開きは?」 「はい? わたし、今回も真面目にやってましたよねっ⁉︎」 「まず、真面目の定義から始めたいのかね?」  東京、桜田門。警察庁本部。  内調へと出向中の詩琳ではあるが、身分的にはまだただの一巡査である。  あれから数日。参加してきた国の主力部隊は、作戦開始前にみな国へと帰って行った。  そして、ここ数日の国内ニュースは、博多で起きた大事件一色だ。 「さすがに埠頭で貨物船沈めたのはやりすぎだとは思わんかね?」 「たかだかRPG三発で沈んじゃうあの船の、ダメージコントロールが腐ってただけじゃないんですか?」  あの貨物船はあの後浸水し、着底擱座しているらしい。 「漁船大爆発も、すぐ隣の港で起きてるよな」 「たかだかRPG一発で沈んじゃう漁船の……」 「沈むわっ! んな、たかがFRP船、対戦車砲とか喰らったら沈むわっ!」 「RPG26は対戦車砲じゃないですよぅ、対戦車擲弾発射機で……」 「うっさいわっ! 普通の婦警はそんな細かいこと気にしないんだよっ!」 「細かいことにも注意を払わないと、良い警察官になれないって、警察学校で習いますよねっ⁈」 「ああ、もう今日は幸田巡査の顔は見たくない気分だわ……とっとと顛末書の用意してこいっ! あ、あと、習志野からも呼び出しかかってるぞ」 「げっ……習志野は嫌ですよぅ。なんとかなりませんか?」 「ならんわっ! お師匠様とやらに叱られてこいっ!」 「ううー、しょんぼりです……せっかく憧れの交番勤務できたのに、酷いですぅ」  日本の危機を救ったらしい詩琳さん。今日も今日とて平常運転。  みんな、そんな詩琳さんが大好きでした。  ただね、胃に穴が開くんだよ、この人と付き合ってると。

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