橋本直 / 第5話

序章5 独立の後に残った戦火

『昼休みの食堂の隅で、僕が弁当の蓋を開けた時には、西園寺かなめ中尉はもう食べ終えていた』 『司法局実働部隊機動部隊第一小隊二番機担当。隊の皆からは『貴族のくせに貧乏舌で早食い』と呼ばれている人だ』 『早い。あまりにも早い。同じ宅配弁当屋の弁当を食べているカウラはまだ半分も食べていないし、いかなる食べ物にも食材と作った料理人に敬意を持つべきだと考えているランはまだふたを開けて香りを楽しみながらついて来た味噌汁の準備をしている状態だった』 『しかも彼女は食後の茶を飲むでもなく、分解した拳銃を布の上に並べ、慣れた手つきで整備を始めていた』 『そんな西園寺さんがハンガーで買ってきた安いのが売りの仕出し弁当の蓋を開けたばかりの僕に話しかけてきた『神前。飯を食いながらでいい。遼州独立後の混乱くらいは覚えろ。オメエもこの遼州星系の治安を守る『特殊な部隊』の一員なんだ。だったら何を守るべきか知らねえで戦うなんて馬鹿なことは考えねえよな?』相変わらず西園寺さんの言葉は一方的で反論を許さない口調を帯びていたのが気になった』 『『昼休みに銃を整備しながら聞く話なんですか、それ……僕は弁当を食べたいんで……でも、どうせちゃんと聞かないと射殺するとか言うんでしょ?』僕も何か気に食わないことがあるとすぐに『射殺する!』と言って銃を向けて来る西園寺さんの行動パターンには慣れてきたところだった』 『『なあに、こんな話は昼休みだからするんだ。勤務中なら訓練にする。オメエの射撃の癖をなんとかならねえのか射撃指導担当のアタシとしてもそれなりに考えているんだ。だから、今聞け』西園寺さんの口調はいつもの反論を許さない命令口調のそれだった』    徳川家の血を引く田安は太陽系の金星に当たる星である遼州圏第二惑星『甲武』で21世紀の2度にわたる極東核戦争で滅亡した日本国からの移民を受け入れた。彼にとって国家を失った東アジア人の中でも徳川家の臣下たる日本人の人権をアメリカの支配で完全にはく奪された状況はみるに堪えない状況だった。  彼は『リャオ』の延々と焼き畑農業以上の科学力をまったく持とうとしなかった姿勢に感銘を受け、自分の理想とする日本の江戸以前の体制を復活させた『甲武国』を建国し、地球圏の田安の言うところの『堕落した近代文明』の悪影響を免れるため国交を断絶した。  しかし彼が復活させたのは、旧日本から移住した市民たちの想像したような独立した日本国ではなく、封建制の鎖をまとった『江戸以前の日本』だった。文化程度は再度遼州圏に野心を抱く理由に満ちている地球圏に対抗するために大正時代の文化スタイルを取り入れ、公家、武家、平民という隔絶した身分制度を持ち身分秩序と血統主義による文化復興を成し遂げようと国家建設を始めた。彼の娘婿である『リャオ』からの使者として田安の決起の説得に当たった西園寺|基《もとい》を公家の頂点である関白に据え、武家政治と公家政治の混合した国家建設が始動することとなった。   『銃のスライドをフレームから分割しながら西園寺さんはさもそれが当然のように語った。西園寺さんにとっては目をつぶっていても西園寺さんの愛銃XDM40のスプリングやビスの一本すら位置が分かると言うほどにその動作は手慣れたものだった』   『『西園寺基……アタシの先祖のやり方は汚いとでも言いたい顔してるな。確かに田安高家は英雄だ。だが英雄が国を治められるとは限らねえ。英雄は生きている間は英雄だが……死んでまで自分の意思を通せるような英雄では無かった。それだけの話だ』西園寺さんの言葉に僕の箸は自然に遅くなる』 『西園寺さんは銃身を覗き込み、淡々と言った』 『『だから西園寺基が全権を取り上げた。必要だったからだ。政治の世界では必要がすべてだ。それをアタシの先祖である西園寺基はその必要に応じて自分の国の形を実現した……そんなに田安高家の理想が必要なら何時でもアタシがそいつと勝負してやる』西園寺さんはそういうと銃身を見つめていた目を誠に向けてきた。その目は時々誠に実弾入りの銃口を向けて来る目に似ていたので僕は首を横に振った』 『『必要って……そんな簡単に……この遼州圏を地球圏の支配から救ってくれた人でしょ?その人の理想を……』そんな僕の言葉を聞くと西園寺さんはいかにも馬鹿にするような調子で鼻で笑っていた』 『『だからだよ、理想を実現するのは簡単じゃねえ。現実的に……かつ自分がより田安高家の理想に近い国の形にする為にだからやったんだ。結果、国の形が田安高家の理想とはちょっとずれたのは誤差の範囲だ。問題ねえ』西園寺さんは何事も無いようにそう言った』 『西園寺さんは政治のことを語る時、時々そんな残酷なことを言うので、僕は少し戸惑うことが多い』    ドイツ系とフランス系とイタリア系の住民で、『超富裕層』から安い労働力である移民に職を奪われた上にそのことを問題視することで国家の監視下に置かれることになった排外主義を唱える白人たちは第四惑星で太陽系の火星に当たる『ゲルパルト』を支配し、ヒトラーの理想とする完全雇用を実現する労働者とその指導者に絶対的忠誠を尽くす白人至上主義国家である国家社会主義体制を国是とした『ゲルパルト第四帝国』を建国した。彼等は地球人のユダヤ人こそが『超富裕層』による経済至上主義的環境破壊と核戦争を生み出す源であると非難し遼州圏においては地球圏との対決を常に望む国家として地球圏から認識された。  ただ、火星によく似た環境はそのままでは人類の生存には向かないということで遼州人の国家である東和共和国の技術的資金的支援によりテラフォーミングを行い、完全に20世紀西ヨーロッパを再現する環境を作り上げることに血道を上げることになった。  第五惑星以遠の惑星を支配する地球を追放同然に追い出された共産主義者のスラブ系の地球人達は『外惑星社会主義共和国連邦』を建国し、マルクスレーニン主義を国家理念とする社会主義体制の国家を再興した。遼州太陽から遠く、資源の少ない第五・第六惑星の過酷な環境下では生存そのものが難しく、労働生産性をいくら向上させても消費に追いつかないという環境があったため、配給制や警察国家的な管理体制でなければ生存そのものが難しいという状況が彼等を丁度スターリン体制下のソビエトのような環境に置くことになった。  遼大陸の北部ではアメリカとロシア、そしてインドに分割された中国からの移民が毛沢東的共産主義国家『遼北人民共和国』を建国した。彼等は大地に眠る多数のダイヤモンド鉱山と多くのジェダイト鉱山やレアメタル鉱山を握り、資源において他の遼州加盟国に影響力を行使しながら社会主義体制の一党独裁体制を維持しながらも資本主義的な経済システムを導入し党がこれを管理統括する形で最盛期中国の復活を目指すことになった。  同じく、遼大陸の西の砂漠の油田地帯には地球で人口が増えすぎたイスラム教国からの移民達が、イスラム教を国教とする『西モスレム首長国連邦』を建国した。マホメットの直系を名乗る部族の盟主たちを率いる王の支配するこの国は石油の大量消費国である経済大国東和共和国への原油の安定した収入を元に国営化し国王の私物と化した国家に多数の公務員を雇い入れることで失業問題を解決する方策により繁栄を続けた。  これら地球人の国に同調してこの星の原住民である『リャオ』は遼大陸南部を支配する『遼帝国』を建国した。遼帝国は独立戦争の精神的支柱となった数少ない『リャオ』の伝説を伝える数々の歌を知るという巫女である|遼薫《りょうくん》を太宗として皇帝に迎え、独立戦争で数々の戦勲を立てた『賊将』カバラが彼女の夫となり遼州圏の元地球人国家群に対してこの地が『リャオ』の土地だと思い知らせる存在として尊重されることになった。  時の遼帝国宰相が共産化した遼北への入国を拒否した香港出身の中国人であったこともあり、その風俗は中国の宋代を元にして遼帝国の首都央都には宋の開封を模した宮殿が作られることになった。  これとは別にこれまでの独立戦争の戦火から免れていた東の火山列島には『東和共和国』が『リャオ』の国として成立していた。彼等『リャオ』は地球人入植の際に言語を奪われていたが、『リャオ』も独立を宣言した『元地球人』達も地球での共通語となっていた英語の使用を拒否し『東和共和国』や独立の英雄『田安高家』の独立宣言で使用された日本語が遼州圏の公用語となった。彼等はそれまでの自称していた『リャオ』という名称を遼州圏の公用語である日本語表記で『遼州人』と名乗るようになった。  遼州の元地球人による20世紀以前の政治体制を理想とする復古主義国家と遼州人の支配する2つの国の成立により地球圏の遼州圏支配は終わりを告げた。ただ、遼州圏の多くの資源は地球圏の『超富裕層』と『騎士階層』には魅力的なものであり続け、元地球人の国々がそのイデオロギーや宗教のあまりの相いれないところからいつでも軍事介入は可能だと考えて、各地に軍事基地を建設したり、元地球人同士の小競り合いを理由に二国間軍事同盟を結んでそれを理由に遼州圏に宇宙艦隊を配備し続けた。  唯一、最も外側の太陽系の冥王星に当たる北欧からの移民が建国したラップ共和国だけは地球圏からの入国者に対して高い入国権料を徴収することで豊かな経済圏を実現し20世紀的北欧福祉国家の再現を行うことができると考えて、地球圏のすべての国との国交を保ち、遼州圏の国々の中では唯一地球圏と国交を持つ国として独自の姿勢を持つようになった。 『西園寺さんはゆっくりとスライドから銃身を引き抜きながら話を続けた』 『『甲武は田安の夢だ。まあ、結局アタシ等西園寺家の人間がそいつを全部美味しくいただいたわけだけどな。ゲルパルトは髭の伍長が無能だったおかげで生まれた負け犬どもの復讐がすべての集団だ。外惑星は寒さと貧しさが作った警察国家。遼北は資源を握った毛オジサンの共産党。西モスレムはアラーの神が与えた油田で昔を思い出した王族の集合体だ。……ほら、分かりやすいだろ?』まるでふざけているかのように西園寺さんは僕にそう言った』 『『……それ、怒られませんか?』僕が聞いても分かることは分かるが、あまりに大雑把な西園寺さんの説明に呆れてそう言った』   『そんな僕の様子を見て一度中から目を話した西園寺さんは僕を見てこういった』 『『怒る奴は大体図星だから怒るんだよ……それが嘘ならちゃんと理屈立ててアタシに証明して見せろってんだ』その論理そのものが西園寺さんのそれだった』  こうして遼州圏は地球圏からの距離をとるようになっていった。  ただ、独立した遼州圏だが、遼州に移住した元地球人達はそもそも『地球から捨てられた』存在という共通点はあっても彼らの思想が相容れるものではなく、地球圏で20世紀までに続いた数多くの戦いと同じように戦いを|止《や》めることをしなかった。地球人はその遺伝子に戦いを望み殺しあうことを望むものだということを遼州人に思い知らせることになった。  特に『ゲルパルト第四帝国』と『外惑星社会主義共和国連邦』は、ファシズムと共産主義と言う相容れないイデオロギーをめぐりアステロイドベルトの一つの小惑星をめぐり数万の犠牲を出す戦いを毎年のように続けた。  第三惑星遼州では宗教を麻薬と見なす遼北共産党の指導する遼北人民共和国とイスラム教を国教として拡大路線に突き進む西モスレムが軍事衝突を繰り返しその度に数万の死者を出すのが当たり前になっていた。  そこに復古主義を国是とする『甲武国』が反共産主義を掲げてゲルパルトに味方して介入し、戦乱の火の手は瞬く間に燃え広がった。 『西園寺さんは銃身の掃除を一通り終えると再び銃を組み立て始めた。これがいつも西園寺さんの早食いの後に行われる毎日の光景だった』 『『でも、独立したなら、そこで戦争をやめればよかったんじゃないですか?』僕がそう言うと、西園寺さんは本気で不思議そうにこちらを見た。その西園寺さんの目は理解できない生き物を見るような目だった』 『『神前、本気で言ってんのか?お前、独立したら人間が急に賢くなると思ってるのか?地球人の歴史で戦争が無かった時代を上げてみ?……ああ、オメエは歴史知識ゼロだから私立理系大学に行ったんだったな』西園寺さんは時々そんな僕のコンプレックスに突き刺さるようなことを平気で言う』 『『……思ってはいませんけど』確かに僕が知っている日本史の人物で戦いと無縁だった人物がほとんどいないのは事実だった』 『そんな僕の言葉に満足するように笑うと、西園寺さんは手慣れた手つきで銃のスライドをフレームに差し込んだ。『なら分かれ。国が増えれば利害も増える。利害が増えれば戦争も増える。当たり前だ』 『そんな西園寺さんの言葉はどこか諦めたような口調だったのが僕には少し寂しかった』    その結果、独立の象徴ともいえる田安高家の死後五年、第一次遼州戦争が勃発した。  参加しなかったのは、永世中立を国是とする東和共和国と、独立後に鎖国していた遼帝国だけだった。  地球圏の『超富裕層』たちはその機会を待っていたかのように軍の増派を決めてすでにある遼州圏の基地の強化を図りつつ両勢力が潰しあう状態で衰えた勢力への介入の機会をうかがうようになった。  『反ナチズム』の立場を利用して共産主義にはまったく興味は無かったものの地球に再びカギ十字の旗がはためくことを嫌った地球圏からの支援により『外惑星社会主義共和国連邦』と『遼北人民共和国』の同盟が優位に戦局を動かす中、地球圏からの支援を届ける役割を果たしていたラップ共和国の仲介もあって5年後にこの戦いが終わった時にはすでに5億人の命が奪われていた。  遼州人の国である東和共和国は遼州圏に移住した元地球人が戦争を好むことに嫌気をさし、その原因を『科学文明』にあると考えた。東和共和国は電子戦をメインとして戦力そのものを無力化することを目的とする東和宇宙軍を設立し、まるでハリネズミのように武装して一国平和主義を貫く方針を確定した。  その年には宰相の助言により鎖国をし、青銅器文明のまま時が停まっている遼帝国はいざ知らず、多少の文明を持っている東和共和国は国内のデジタル化を停止することで戦争の恐怖から逃げ出そうとした。  東和の技術は超高速アナログ通信や旧時代のメディアであるCDやレーザーディスクが我が物顔で店頭に並び、役所では書類と印鑑が現役のアナログな世界が続いていた。  東和共和国では家電の新製品が開発されても機能の変更は一切行われることは無く、東和共和国の99%を占める遼州人の顧客の関心はそのデザインと配色だけで製品を選ぶという決定的な地球人とは違う性質があった。『今不便が無いのに何で値段を上げて新製品を出すんだ?』。VHSビデオに代わりDVDレコーダーが発売されたものの数週間で一台も売れなかったということが遼州人の地球人とは違う商品選びの基準であることは地球人の旅行者を呆れさせることだった。  遼帝国が内部崩壊から鎖国を解禁した後も、東和共和国の時はまるで止まったようにそこにはアナログな世界が広がっていた。遼州圏の元地球人の国々も表立っては大規模な武力衝突を避け、それぞれに緊張を孕みつつ、介入を狙う地球圏との非公式の関係を保ちながら時は流れた。  そうして『第一次遼州大戦』終結から400年の時が流れた。  人はこの世界がいつまでも続くかのように信じ込んでいた。しかし、再び『甲武』と『ゲルパルト』の枢軸同盟と『外惑星』と『遼北』を中心とする連合国、そして地球圏の影が迫っていた。  そして今、新たな戦乱の足音が、静かに世界を包み始めていた……。 『西園寺さんはマガジンを手に取り、指先で軽く叩いた』 『『神前……オメエは戦争は嫌いか?』突然の問いに僕は戸惑って口に運んだ蕗の甘露煮を落とすところだった』 『『好きな人の方がおかしいと思います……まあ、僕は地球人にはあまり会ったことが無いんで、地球人はどうだか知りませんが』僕は西園寺さんも半分は遼州人の血を引いていることを思い出してそう口にした』 『『そうか。遼州人はみんな戦争が嫌いなんだな。あれだけ人を殺しておいて叔父貴は戦争が嫌いだと言うが……私は嫌いじゃない』やっぱりアタシも地球人の血が出るのかね』西園寺さんがスライドをフレームに固定するピンを刺して銃の整備を終えるとそう言った。いつもの西園寺さんにしか見えないからこそ、その言葉が怖かった』 『西園寺さんの言葉があまりにも自然に言われて、僕はご飯に伸ばしかけた箸を止めた』 『『だけど、負ける戦争はアタシは嫌いだ。無能が始める戦争はもっと嫌いだ。アタシの国は負ける戦いでも美しければそれで良いとか抜かす『サムライ』がデカい顔をしている。負けた戦いに美しさなんかねえのにな……連中は馬鹿か?』そう言うと西園寺さんはマガジンを組み上げた銃に叩きこんだ』 『僕は『あの戦い』で僕が殺した『サムライ』たちも喜んで死んでいったのだろうかと気になると同時に、それならば、僕は地球人とは絶対に分かり合えない事だけは分かってきていた』

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