橋本直 / 第4話

序章4 石斧と槍の独立戦争

『終業後の隊長室前の小会議室と呼べる四人で会議をするのがギリギリの狭い部屋で、僕は目の前の椅子に座ったちっちゃな『特殊な部隊』副隊長にして機動部隊長のクバルカ・ラン中佐の講義を受けていた』 『いつものことながら見た目だけなら、机の向こうに座っているのは八歳くらいの女の子にしか見えない幼女に長身の誠が熱心に耳を傾けて一方的に教えを受けている光景をはたから見れば相当奇妙な光景に見えるだろうと僕は想像して吹き出しそうになるのを必死にこらえている』   『だが、こちらを見上げる目だけは、明らかに僕より何十年も戦場を知っている人間のそれだった』 『『何度も言うが、神前。オメーは社会常識が本当に足りねーな。だから今日も三十分だけアタシが叩き込む。泣くなよ』そう言うランは時に誠が間抜けな質問をすると本当にその自称124cmだが、どう見てもさらに10cm以上小さな体に似合わない勢いで頭を殴ってくるのでその言葉は僕には洒落にならなかった』 『『泣きませんよ!』と答えたものの、何度か頭を小突かれて自然と涙が出たことがあったので僕の言葉には何の説得力も無かった』 『その声が震えているのを感じ取ったランはいかにも鬼教官の顔をして薄ら笑いを浮かべた『今の声がもう泣きそうなんだよ。本当に泣くんじゃねえぞ!』と言うランの口調は既に僕を泣かせる気満々だった』    しかし、『リャオ』と言う遅れた地球外知的生命体に出会うことで、戦争を本能に刷り込まれた地球人は、新たな恐怖に囚われていた。 『『リャオ』は戦いというものを理解していないし、科学というものを忌避している。しかし、同じように地球人が地球人より遅れた文明とばかり出会うとは限らない。しかも、その進んだ文明を持つ異星人が自分達と同じように好戦的な異星文明として存在していたのなら?』    地球を支配する『超富裕層』も『騎士階層』達も、今自分たちが行っているように、より強大な文明が地球を征服しに来る可能性を考えた。  それに備えてこの豊かな遼州星系をそのような異星文明から奪われないために『超富裕層』の政治家たちは国家間の利害関係を度外視して大艦隊を第二惑星『甲武星』に配置し、まだ出会わない地球人類と同等の異星文明に備えることでこの絶対に奪われてはならない豊かな星を永続的に支配できると安堵の息を漏らした。  遼州とそれを取り巻く星系で地球圏は絶対的支配権を確立し、地球圏外に『捨てられた』人々は地球圏の支配に喘ぎながら空を見上げ、自らの稼ぎを吸い上げていく地球圏を恨みながらため息をこぼすだけだった。  他にも知的生命体は存在しなかったもののいくつか酸素や水が存在し、地球人が生存するに足る惑星が次々と発見される中、地球外に植民した人々は地球圏内部での権益争いの影響を受けながら独自の生活様式を作り上げていった。  中でも、その『ゴールドラッシュ』の中心地である『遼州星系』は、開拓開始後十年も経つと、独自の動きを見せ始めた。  『ゴールドラッシュ』に浮かれて流れて来た『市民』達に対し、遼州星系の奴隷化され、他者を信じることしか知らなかった『リャオ』達に対してその境遇がいかにあってはならないものかと説く地球人の『市民』達が現れ始めたのだった。  彼等はそもそも『超富裕層』のネットやメディアの支配体制に対して疑問を持ち続けていた地球人たちだった。ただ黙々と自分達と同じような境遇にありながら家畜の食べるような食事と休むに足るとは思えない居住環境に何の疑問も持たない『リャオ』たちの置かれた環境に怒りを感じたのは人としては当然の反応と言えるものかもしれなかった。  唯々諾々と奴隷の境遇に満足していたかに見えた『リャオ』達は彼ら『地球に見捨てられた市民』の地位を捨てた元地球人達の言葉を聞くに従い、ことここに至ってようやく、地球人を自分たちを虐げる敵として認識し反旗を翻しはじめた。  それはまるでこれまで拒否してきた『戦い』を許された戦闘マシンのようなものだったと初期の『リャオ』たちの戦いぶりを見た『地球に見捨てられた市民』の元地球人たちの兵士は語り合った。  絶対に逆らうことが無いと信じていた『リャオ』が地球に『捨てられた』市民に説得されて決起するという事態は地球圏でその富に依存していた『超富裕層』と『騎士階層』に衝撃を与えた。  しかも、一度、反旗を翻した『リャオ』たちは石斧と槍と自分達を裏切った元地球人たちが持っていた旧式の武器しか持っていないはずなのに急速に支配地域を拡大しつつあるという事実に愕然とした。  『リャオ』たちは戦うと決めた瞬間から『捨てられた元地球人』の考えた戦術を超えるような作戦を提示してきた。『捨てられた元地球人』たちは『リャオ』たちの本来の姿が戦いの中にあるということをこのことで思い知ることになった。 『リャオ』達が提言してくる作戦は、貧弱な兵器を持つ自警団相手に真正面から戦おうとする『捨てられた』市民達を愕然とさせた。まるで戦うために生まれたゲリラ戦専門の特殊部隊のそれのように|正鵠《せいこく》をついており、決起を煽った『捨てられた』市民たちを愕然とさせた。  その真正面から戦うことを絶対に避ける徹底して合理的なゲリラ戦術で『戦争は核で一瞬で終わるもの』と考えていた地球圏出身の『対元地球人の反乱者対策』の為に派遣された正規軍に対抗することを開始したのだ。   『狭い第四会議室の部屋いっぱいに広げようとでもいうように得意げに短い腕で独立軍の奮闘を語るランを見ていると僕には自然と昔からの疑問が浮かんで来た』 『『その話って高校の歴史の教科書で読んだ時も、軍の教養課程で聞かされた時も眉唾なんですけど……そんなこと可能なんですか?』僕は目の前のちっちゃいのに『人類最強』らしいランに尋ねてみた』    『『そりゃあ正規の軍隊で正規の軍隊をゲリラ戦で倒す方法なんて下っ端の士官候補生に教えるわけねーだろーが。真正面から勝てねえなら、真正面に立つな。戦力差が百倍なら、敵が百倍強い場所で戦うな。そんなのは戦術以前の常識だ』とランは一言で誠の疑問を斬って捨てた』 『小難しい反論をするとそのまま日頃の自分の日常生活への説教に移る展開になるのは目に見えていたので僕は黙っていた』    ブービートラップ、スパイによる武器や艦船の強奪、人海戦術を駆使した断続的襲撃など、はじめは最新鋭の兵器で地球圏各国の軍は弓と石斧しか持たない原住民に対して優位を誇っていた。  しかし、数的不利と真正面からの衝突を避け、奇襲や意外性を狙った連続テロやライフラインを破壊しての軍人の現地での生存や活動そのものを脅かすような作戦を繰り広げた。  『ゲリラ戦の天才』であった『リャオ』達の抵抗は地球人の理解を超えた展開を見せた。  『リャオ』達は『捨てられた』市民から口伝で聞いたという小火器の使い方や鉱山にあった工具の加工機械でも製造可能な貧弱な小火器しか持たないのにもかかわらず、最新鋭の現代兵器で武装した地球圏から派遣された精鋭部隊相手に互角の戦いを続けた。 『ランはホワイトボードに石斧、槍、銃、宇宙艦と雑な絵を描いた。絵は壊滅的に下手だったが、そこに引かれた矢印だけは異様に正確だった』 『『いーか。武器が弱いなら、敵の強い場所で戦うな。補給を切る。寝てる時に叩く。道を壊す。水を止める。兵隊じゃなくて兵隊が生きる仕組みを殺す』いかにも戦いに慣れた古強者らしいランの言葉に僕は思わず息をのんだ』   『そう言って僕に説明を続けるランは見た目はどう見ても子供なのに、言っていることは完全に戦争そのものだった』    その戦いがなぜ互角なのか、地球の権力を独占する『超富裕層』の政治家にも『騎士階層』の軍高官や政府高官にも理解できなかった。  ただ、敗戦報告と破壊された地球の最新鋭兵器の写真に彼等はため息を漏らし軍の増派を決めるだけだった。  徒手空拳の『リャオ』と協力者元地球人の軍隊が精鋭の地球各国軍と互角以上の戦いを繰り広げている。  この状況を見て地球に住み生まれながらに特権を享受する『騎士階層』に属する職業軍人のエリート達に不満を抱く『市民』の多くは、原住民側に寝返り、戦いは一方的な虐殺から独立戦争へとその局面を変えつつあった。 『ランは誠が真剣に自分の話を聞いているのを確認すると満足げにうなずきながら話を続けた『けどな、神前。リャオが戦った理由は、戦術じゃねえ』ランは短い腕を組み、少しだけ目を伏せた』 『『誰かが『お前は奴隷じゃない』って言ってくれた。それだけだ。義理と人情の二ビットコンピュータでも、それくらいは分かる』そう言って笑うラン中佐の声は軽かった。   『だが、僕は笑えなかった。その戦いが、あまりにも多くの犠牲を払った結果なのだろうということはこれまでのランのこれまでの戦術の説明で実戦経験の少ない僕にも嫌というほど分かった』 『多くの犠牲の上に今の遼州圏の独立があることはランの言葉を聞けば戦いが嫌いな誠にも嫌でも思い知らされた』    戦いの初めは『市民』にちょうどいい憎悪の対象と適当な仕事を与えることができると歓迎していた『超富裕層』たちも敗戦に次ぐ敗戦の報を聞くたびに自分達の支配の根幹であるAIに作られた虚像による『市民』の民意による支配という国家支配の根幹にかかわる問題だと理解して、ただ敗北を繰り返す徴兵中心の軍隊ではなく、自らに絶対的忠誠を誓う職業軍人、すなわち『騎士階層』を中心とする精鋭部隊を遼州に派遣することで対応できると考えた。 『騎士階層』の職業軍人達は『リャオ』たちが得意とするゲリラ戦を封じるために『枯葉剤』などの障害となる森林地帯を消滅させようとするが、その散布の段階で、反乱を起こした独立軍にその散布作戦の情報は筒抜けになっており『枯葉剤』を撒こうとする航空戦力は発進以前に破壊されるためその作戦は断念させられた。  さらに、この状況はもはや核による民族浄化によってしか解決できないと考えた地球軍だが、そのミサイルは発射され、『リャオ』や地球に反旗を翻した『捨てられた元地球人』たちの拠点に落ちたが、肝心の核物質の起爆が起きなかったために、ただそのミサイルは放射能を放つ物質を弾頭に抱えた物体がその現場に落下したというだけで終わった。 『超富裕層』からなんとしても遼州星系の紛争を止めるように命じられた『騎士階層』の軍人達もなぜ核兵器が起爆しないのか理解できないままにただ、敗北に次ぐ敗北を続けるだけで足手まといになる徴兵した愛国心や国家への忠誠心だけは一人前の『市民』があてにならない事実を目の当たりにするばかりで、目の前の敗北を受け入れるよりほかになく、ひたすら自らの敗戦責任により特権を剥奪されて『市民』に落とされることに恐怖しながら国家を支配する『超富裕層』に敗北報告を送り続けること以外のことはできなかった。  そんな中、地球圏と遼州圏にとっては大きな動きが起きた。  地球圏が国家を超えて地球圏よりも進んだ異星人との戦いに備えて遼州圏の第二惑星『甲武星』に駐屯させた『地球宇宙軍遼州派遣軍提督』田安高家中将は地球圏の『超富裕層』の戦い方に不満を感じる『騎士階層』に属する軍人の一人だった。『捨てられた元地球人』たちは彼の性格を理解した上で彼の趣味に合う使者を派遣し、『超富裕層』の支配する地球圏からの離反を働きかけた。  田安はまるでこの使者を待っていたかのようにその使者に丁寧に応対すると反地球圏独立戦争への決起の誘いに応じた。  田安高家は、徳川吉宗が興した『御三卿』の一つ、田安家の末裔だった。  田安家は将軍家を継ぐ資格を持つ一門であり、歴史上、徳川家茂を輩出した家でもある。  彼はあえて本姓である徳川を名乗らず、『田安』の姓を名乗っていた数少ない日本人の生き残りだった。  二度の極東核戦争で、極東に住む『市民』達は住む場所を追われた。  特に、アメリカに併合されたアメリカ信託領ジャパンは、放射能濃度が高く、旧日本人にとって苛酷な土地となっていた。  田安はその現状を激しい口調で非難し、旧日本人を遼州星系に招き入れると宣言した。  科学を信奉してやまない地球圏からすればこの無謀にも見える『リャオ』の抵抗運動に同調することには多くの反対意見もあったが、田安はこれらに耳を貸さず『富でなく伝統で国は動くべき』との思想から地球圏を裏切った。  彼にとって経済理論がすべての理論に優越した結果、滅びに向かう地球人の『超富裕層』支配はみるに堪えない惨状にしか映らなかった。  遼州星系で最大の宇宙軍戦力の寝返りにより、遼州本星への地球圏からの補給路が断たれた地球圏各国の軍隊は独立に向かう『リャオ』と『地球圏から捨てられた市民』の連合軍の前に多くの場合戦わずして屈せざるを得ない状況に陥り遼州圏の地球からの独立へと向かっていった。  『超富裕層』のイメージ戦略を無視した真の意味で人間的な社会がこの遼州には存在する。  田安は独立を祝う会議で、こう語った。 『超富裕層』のイメージ戦略を無視した、真の意味で人間的な社会が、この遼州には存在する。  その後、彼は『捨てられた元地球人』たちの代表者と会合を持った。  彼らはイデオロギーの違いを超え、『経済効率のみを重視する地球圏の政治制度を否定する星系』として、遼州圏を成立させることで合意した。田安は自ら彼らを代表して地球圏のもはや形式でしかなくなった国連事務総長を招いての会議に臨んで遼州圏の国家群の国連からの完全離脱を宣言する文書に調印することで『リャオ』と『捨てられた元地球人』の国家群は地球圏からの完全なる独立を達成した。   『そこまで言うとランはちっちゃな身体を伸ばすように長身の僕を見上げてきた」 『けどな、神前。忘れんな。勝った奴が偉いんじゃねえ。死んだ奴に顔向けできる勝ち方をした奴だけが、勝ったって言っていいんだ』と言うランの顔はどこか寂し気で僕は思わず黙り込んだ』   『そんなしばらくの沈黙の後、『神前』とランに名前を呼ばれただけで、僕の背筋が自然に伸びた』 『『お前はまだ、戦争を兵器の数で見てる。だから分かんねえんだ。戦争はな、相手が何を失ったら動けなくなるかを見るもんだ』ランは椅子の上に立ち、僕の額を指で小突いた』 『『ここを使え。でなきゃ、そのデカい図体はただの的だ』そう言って笑うランのいつもの裏表のない笑顔に僕は痛みに耐えながら苦笑いを浮かべていた』 『『……はい』今日の社会常識講座でも僕に反論の余地は、どこにもなかった』

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