橋本直 / 第17話

第12話 豊川へ向かう道

 車は東和共和国の首都・東都の都心を抜け、千要の主要都市に向かう高速道路へと乗り入れた。 「千要道……このまま東銀道に行くつもりですか?それとも東関道から成畑空港って……空港の警備に人型機動兵器なんて洒落になりませんよ。それともそのまま南下して立山道まで行くつもりですか?このまま行くと……海ですね……まあ、立山道まで行けば途中で東和海軍の冨裏基地があるからそれも納得できますけど。でも僕は東和海軍に出向になったわけじゃないですよね?それと海軍の水中用シュツルム・パンツァーはそれなりの慣れが必要になるから一から訓練のし直しになるなって教官から言われてます」  誠は沈黙に耐えかねて、何気なく口を開いた。千要道は千要市内でそのまま東の大遼洋の砂浜で知られる百里浜に続く東銀道と千要半島の東都湾の内湾を通る立山道に分かれる。立山道は千要半島の先端の立山市まで続いているが、誠の印象ではゴールデンウイークの度に潮干狩り客で渋滞する富裏付近の干潟が有名なイメージが強かった。 「東銀?なんでそんな砂浜しかねえところに行かなきゃなんねーんだ?そんなに海水浴がしてーのか?成畑?そこにアタシ等の隊があるなんて誰が言った?あんないざ戦争になったら真っ先に攻撃対象になる場所に基地を作って何が楽しいんだよ。東和海軍の冨裏基地?あそこに行って名物のアサリラーメンでも食うつもりか?まあ、バターが効いたあれもそれはそれで結構旨いもんだが。そもそもなんで海なんかに行かなきゃなんねーんだ?そんなに海が好きなのか?それに水中用シュツルム・パンツァーのパイロットはそもそも水中用シュツルム・パンツァーの専用の教育を東和海軍で受けて配属されるもんだ。そんなところにオメーの座る席があると思ってんのか?オメーの実績から考えるとそれは思い上がり以外のなにものでもねーよな。そんなオメーの観光地脳に対応したところまでは行かねーよ。行き先は千要半島の中心部の豊川だ。東関道に入ってすぐに千要北インターチェンジがあるからそこから降りて30分位の場所だ。まー、東都の下町生まれのオメーには知らねー場所かも知れねーがな。今は|一川《いちかわ》か……後は豊川の基地まで50キロ。時間にして一時間前後……まー渋滞が無ければだけどな。まあ、ここから先はコンビナート続きで見ての通りの渋滞続きだ。いつ着くのかは保証は出来ないがな」  ランはまた急停車したトレーラーの後ろでブレーキを踏むと淡々と答えた。 「知ってますよ、千要市と合併するとかしないとかで揉めてた豊川でしょ?僕をそんなに馬鹿にしないでください。千要県ですよね。知ってます。その先まで行くと成畑空港がある……って、あそこって東都に通うサラリーマンが一戸建てを買う住宅街しかないじゃないですか?そんなところに基地があるなんて聞いたことが無いですよ。そんなところに基地なんて……しかもシュツルム・パンツァーなどという戦闘能力の高い人型機動兵器を配置する意味が分からないんですけど」  車の窓の外、中央環状線の外側に見える高層ビル群を眺めながら、誠は疑問を口にした。 「まあ、国鉄と私鉄で一時間前後のベッドタウンだし、五年前の第二次遼州大戦で、東和共和国は地球圏向けの戦時国債を大量に引き受けた。その償還期を迎えたことで、ここらは開発が進んでる。ああ、シュツルム・パンツァーを運用するうちらの基地があそこにある理由が知りて―のか?あそこには、菱川重工の工場がある。それにオメエも知ってるだろ。一応軍に籍はあったわけだから。まあそれは良いとして隣にシュツルム・パンツァーの開発そのものを行っている工場があるというのはアタシ等にとってはとても都合がいー。アタシ等の出動範囲は遼州圏全域だ。別にどこに基地があろうが関係ねーな。それよりも常に配備されたシュツルム・パンツァーを最高の状態で維持管理できる環境があることが優先事項だ。そのくらいは理系だったら当たり前の話じゃねーのか?」  ランがさも得意げに独り言のようにつぶやく。  ランの声はちっちゃい身体に見合ってそれほど大きくない。  だが、言葉の端に刃物の背で撫でられるような圧があった。  誠は反論を考えたが、考えたそばから喉の奥で折れた。 「行き先は菱川重工って言いましたよね?……東和では航空機や宇宙船建造の四大メーカーです……僕も就職面接で会社説明会は行きました。それからの音沙汰は無いですけど。確かにあそこはシュツルム・パンツァーも作ってましたね。東和陸軍やモンキーモデルが遼帝国に採用されたくらいのシュツルム・パンツァー製造に関しては技術を持っているメーカーですから。僕も履歴書の志望動機の欄にそんな技術力に貢献したいと書いたんですけど……やっぱりシュツルム・パンツァーって兵器としては失敗作なんですかね。見事に何の反応も無かったってことは菱川の人事部の人達もシュツルム・パンツァーの設計スタッフなんてこれ以上必要ないからむしろコスパの良い飛行戦車の開発技術者が欲しいと考えているとか……11式でしたっけ?東和陸軍に今年採用された飛行戦車。そもそも、その前年に採用されたシュツルム・パンツァーの07式の採用理由が良く分からなくなるような性能らしいじゃないですか。まあ、シュツルム・パンツァーは一人で操縦できますけど飛行戦車は車長、操縦手、砲手の三人を育成しないと機能しないんでそこらあたりがシュツルム・パンツァーの利点だと僕は思うんですけど……」  誠は思い出しながら答えた。 「落ちこぼれだとは聞いていたが飛行戦車とシュツルム・パンツァーの特性の違いをしっかり理解しているとはさすが東和理系単科大学最高峰の出身だな。アタシにはそんな回答はすぐに出てこねーよ。その点は気に入った。まーな。あれだぜ、菱川重工は昔っから兵器開発に関しては四大財閥系の重工業メーカーの中ではちゃんとした成績を残してるんだわ。そもそもうちで使うような実戦に耐えるシュツルム・パンツァーも作ってるのもあそこだけで他の三メーカーは正直『これを実戦に使うのか?』とテストパイロットとして乗ったアタシが思うような酷いシュツルム・パンツァーを『手足がついてる人型兵器なんだからシュツルム・パンツァー』でございというような欠陥機を平然とアタシの前に出して来る。先月、東和海軍に採用が決定した水中対応型局地『シュツルム・パンツァー』の『海|07《まるなな》式』を開発したのが、あそこだ。他の三メーカーの出来損ないとは違って良い出来だったぞ……あれはあれで。水中用には、水圧に耐えつつ機動性を確保するという難題がある。アレはそのどちらもクリアーしてた。採用する東和海軍も仮想敵の遼北の水中型『シュツルム・パンツァー』に勝てると威張ってた。どっちも遼州同盟加盟国だろ?まったくそんなところで競い合ってなんになるんだよ。地球の連中はいつも丸ごと遼州を手にするつもりで遼州に艦隊を派遣しているっていうのに」  ランはそう言うと、再び黙り込んだ。  しばらく沈黙が続いた後、ランが口を開く。 「その菱川重工。特にこれから行く豊川工場は、東和共和国建国時に国策で発足した『豊川砲兵工廠』が元になってる工場だ。それが菱川コンツェルンに払い下げられて、今に至ってる。伝統のある工場ってわけだ。東和共和国には、対地球人対策として作られた兵器工廠がいくつもあった。そのうち他の三大財閥に払い下げられた工場は、結局、国内向けの自動車や建設機械を作る工場になっちまった。確かにその技術が生かせるのは分かるが、兵器工廠は兵器を作ってなんぼだろ?それが払い下げられると兵器じゃ儲けが取れないと知ってこのありさまだ。まあ、東和共和国ご自慢で地球人に圧倒的な有利を誇る電子戦装備については毎年新製品を出してるが、そんなもんそれを戦場まで運べる航空・航宙戦闘機や飛行戦車やシュツルム・パンツァーあっての電子戦装備だろ?いくら性能が向上しても敵も誰も居ないところでそんなことしても近くの味方の迷惑になるだけだ。まあ、その点では菱川財閥はちゃんと電子戦装備をどう生かすかを理解して兵器開発を行っている。東和建国の400年の歴史を背負った工場。興味がねー訳じゃねーよな?」  ランの説明に誠は驚いた。  言葉の意味を反芻しながら、誠は高速道を走る車の窓の外を見た。  防音壁の向こうには住宅街、工場、倉庫が広がり、視線を前に戻せば、渋滞するトラックの列がどこまでも続いていた。  これから自分が行く場所は、司法局という名前から想像した庁舎ではなく、明らかに兵器と油と鉄の匂いがする場所だった。 「そんな歴史が……というか他の三財閥のメーカー……クバルカ中佐は徹底的にこき下ろしてますね。僕も一応履歴書は送りましたけど反応はありませんでしたが」  誠はランの毒舌に耐えながらそう口にした。 「まあ、色々理屈は立てようがあるが、要は古い工場なんだわ。今じゃ、臨海部の新設工場に主要な生産ラインが移ったが、遊休地もたんまりある……そこで、アタシ等の部隊があるってわけだ」  誠はランの表情をバックミラーでうかがう。 「それにしても……豊川か……」  誠は、まだ見ぬ新たな土地の名を、かみしめるように呟いた。  車の外。    郊外へと向かう国道に寄り添う建物たちは、次第に小さくなり、誠にもここが都心部とは呼べない場所になったことが分かった。 「そういやー、オメー。さっきからアタシの話を聞いてばかりで、自分から職場環境とか聞かねーんだな?結構大事だと思うんだがな。アタシは。まあ、そんなに危機感がねーのは、|酒盗《しゅとう》でも詰まってんだろ?自分が一生をかける職場がどんな職場か考えねえってことは結局何にも考えずに自慢の銃に一発も弾が無いのに護衛もつけずに軍鶏鍋を食っててあっさり暗殺された幕末の英雄坂本龍馬くらいのもんだ。アイツも金と人望はあったがアタシが見ると頭はさしてよくなかったみたいだな。英雄は殺された時点で英雄失格だ。それが歴史だ。どうせ竜馬の頭にも土佐名物の酒盗が脳みその代わりにつまってたんだろうよ。オメー酒盗も知らねえだろ?カツオの内臓の塩辛のことだ。くせーが、慣れると味があって良いもんだぞ、あれも」  突然ぽつりとランがそう言った。 「そのつまみの好み……クバルカ中佐は完全な日本酒党なんですね。職場環境って……何か問題でもあるんですか?」  誠がそれとなく尋ねてみた。    運転席では、頭の頂点しか見えないランが、その頂点を驚いたようにピクリと動かした。  また、しばらく沈黙が流れた。 「やっぱ、言わなきゃだめだよな……言わなきゃ。次は乾き物で行こうと思ったけど」  ランは珍しく将棋中継にも視線を戻さなかった。  小さな指が、ハンドルを一度だけ叩く。  その仕草だけで、誠はこれから聞かされる話が、豊川工場の歴史よりずっと厄介なものだと悟った。

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