橋本直 / 第16話

第11話 特殊な部隊の洗礼

「はあ、そのように努力します。まあ、僕の場合はナビとかAIによる操縦補助とか言う以前の問題なので。それにしても司法局実働部隊ってどこにあるんですか?それ聞かなかったです……どこにあるんです?もう、この車は首都高から千要道に入って千要県に入りましたよね?司法局に行くんじゃないんですか?司法局も同盟機構のある東都にあると思うんですけど……違うんですか?それと司法と言えば警察でしょ?そんな千要の片田舎みたいな場所が必要になるとは思えないんですけど」  純粋な疑問を口にした誠に、ランは一瞬唖然とした後、右手で頭を軽く叩きながら再び前方を見つめた。  ランの眉間に、子供の顔には似合わない深い皺が寄った。  口元は笑っている。  だが、その笑みは完全に怒っている人間のものだった。 「そんなことも知らねーで人事部の辞令を貰ったのか?普通の人間ならその部隊の場所くらい聞くだろ?それに『司法執行機関』の武装が警察官が手に持てる装備に限られるなんて誰が決めたんだ?決めた人間がいるのならそいつをオメーが紹介してくれよ。アタシがそいつの顔をなでなでしてちゃんと『司法執行機関』にはもうちょっと重装備が必要な理由という奴を説教してやる。それとオメーのさっきからしてくる質問を総合するとオメーが『馬鹿』であるということが良く分かるな。少し気の利く奴ならさらにその部隊の指揮官の特徴を尋ねるもんだ。もっと先が読める人間ならそこの配備されている兵器や機材、そしてそのパイロットの性格まで人事部の責任者に確認するもんだ。その点ではオメーがいつまでも就職先が決まらなかった理由はよく分かった。そこで質問だ。オメーの配属先はどこだ?言ってみろ。アタシはオメーが東和宇宙軍の地下駐車場でしきりと渡された辞令を見ているところをしっかり観察してたんだ。覚えてるよな?覚えていなきゃ―オメーは立派な若年性健忘症だ!」  明らかに怒りを抑えていることが分かる口調で、ランは問い詰める。  誠は反論しようとして、口を開いた。  だが、ランの視線がバックミラー越しに突き刺さった瞬間、その言葉は喉の奥で止まった。  小さな身体のはずなのに、車内の空気だけが急に狭くなった気がした。 「正式名称が無茶苦茶長くて……なんだか『特殊な部隊』って呼ばれてるところですけど……ああ、思い出しました、正式名称は『遼州同盟機構司法局実働部隊』……だったと思います……そこではさっき言ったようなシュツルム・パンツァーを必要とする部隊なんですか?そんな重武装のお巡りさんなんて聞いたことが無いですよ。そんな強力な武装が必要な部隊って……一体何なんです?」  誠は素直に答えた。それ以上に誠が地下駐車場にやって来た時からランに観察され続けていたという気恥ずかしさに思わず赤面していた。 「思います?その認知症の疑いが見受けられるような記憶力って……オメーは本当に23歳なのか?実はアタシの見た目に合わせて脳は8歳まで退化してるんじゃねーのか?それでも聞くぞ、そいつはどこにある……言えるだろ?それくらい。そんぐらい出来なきゃ社会人失格だ。言えるだろ?当然?これからオメーはそこで勤務をするわけだ。生活の拠点は常にそこになる。大学生だって自分が受ける大学の校舎がどこにあるかを基準にどこの大学を受けるか決めるんだ。その点オメーは社会人だ。確かに辞令が出た以上、オメーはそこの場所がどこだろうが拒否する権限はねーのは確かだ。それが嫌なら東和宇宙軍を辞めて転職活動を始めなきゃならねーな。でもまーそれ以前にまず自分がどんなところで働くのか。辞令を受け取った時点でその部隊を手持ちの携帯端末で調べるくらいのことは出来る時間は十分あった。どうやらオメーはそれをしていないらしーな。これから命をかけるかもしれねー職場に対してそれは失礼なことだと思わねーのか?今でもアタシの部下はそこで活動を続けている。連中は一人残らず救いようのねー馬鹿だがそれはそれとしてその仲間に対してオメーの態度は申し訳がねーとは思わねーのか?」  完全に説教口調に入ったランの語気がさらに強まる。 「知りません……確かに人事課を出て廊下で携帯端末で調べればよかったなあとは思ってますけど……っていうか……司法局実働部隊って何なんです?あとあの人事課の人が明らかに見下すような口調で『司法局実働部隊は特殊な部隊だ』って言ってましたけどなんであんなに東和宇宙軍の一禿大尉が見下すような目で僕のことを見る理由は何なんです?」  だが、どう考えても『特殊な部隊』という響きには、下ネタ方面の誤解を誘う何かがある。  見た目は8歳女児なのに中身はオッサンのランなら通じるだろうと本心を切り出す決心をした。 「それとも……特殊な部隊って、特殊浴場みたいな意味ですか?」  誠の無邪気な疑問に、ランの顔がみるみる怒りに染まる。  ランの声が一段低くなった。  それまで騒がしかっただけの罵倒が、急に本物の怒気を帯びる。  誠はまずい、と思った。 「このクソ野郎!テメーは軍人だろ?東和宇宙軍が誇る電子戦に特化した『シュツルム・パンツァー』を操るパイロットだろ?」  ランの声が車内に跳ねた。  小さな身体から出ているとは思えない声量だった。 「まあ、使えねード下手で失格だったから、どこの部隊からもお声がかからなかったのは事実だけどな!」  完全に誠の自覚している弱点を突いた言葉に誠は言葉を失ってそれから続くであろうランの罵倒を浴び続けることしかできなかった。 「だったら現在の銀河系での主力兵器である飛行戦車の近接戦闘の弱さに付け込み、格闘性能で圧倒する『シュツルム・パンツァー』を使う所に決まってるだろ!オメーも一年その訓練に血反吐を吐いて集中してたはずじゃねーか!少なくともアタシはそう聞いてんぞ!書類上オメーの籍がそこにあんの!頭にアタシの酒には欠かせねー白子ポン酢でもあん肝でも詰まってんだろ!ポン酒のアテとしてちょうどいいな!それとその人事課の事務仕事しか出来ねー禿の大尉がアタシ等を見下してるのは発足後二年、うちのメインメンバーが問題ばかり起こすもんだからその度にアタシが県警に呼び出されて頭を下げてるのが県警からどこかのルートで東和宇宙軍にもバレてるからだ!そんなうちの『脳ピンク』隊長が生活費月3万からどこをどうやって手に入れているのか理解不能な金で通ってる風俗店みてーなことはうちではやってねー!オメーの正面に座る予定の、怒らせると即座に射殺してくる女は、似たようなそいつみたいな見た目の女に虐められることにこの上ない幸福を感じていくらでも金を払う金持ち相手に金を稼いでいた時期があるらしーがアタシはそんな事には興味はねー!ましてやなんでアタシが変態親父の相手をして金を稼がなきゃならねーんだ?その理由を今ここで言ってみせろ!」  ランは怒りに任せてハンドルを放り出し、後部座席の誠を怒鳴りつけた。 「危ないですよ!興奮しないで!前を見て!前!運転中です!」  誠が慌てて叫ぶと、ランはハッとして、すぐにハンドルを握り直した。 「オメー……何にも知らないんだな……東都理科大……理系の単科大学最高峰も落ちたもんだ。まあ、アタシは明法大の夜間の文学部の出でね……オメーみたいなエリート学歴とは違うんだ。それにしても馬場大や三田義塾大やソフィア大なんかの私大三大巨頭と並び称されることもある私立理系の最高峰出身の一流大学出身の未来のエリートがこんな使えねー馬鹿を社会に放出するなんて……世も末だな。学歴が良ければ社会で使える?そんなのは嘘だな。事実、今ここでオメーがその世間の常識を完全に覆して見せている。会ったばかりの上官であるアタシをここまで不愉快にできるのは、一種の才能だな!それはそれで褒めてやってもいーくらいのもんだ!オメーが地球人だったらそのまま高速のバス停留所に車を停めて置き去りにしてそのまま隊に帰るところだったわ!」  ランは自分自身を落ち着かせるように、静かな口調で言葉を絞り出す。  ただ一つ分かるのは、今ここで余計なことを言えば本当に高速道路に置き去りにされるということだった。  ランは運転しながら、自分の口撃に青ざめている誠の様子をバックミラーで伺っていた。 「遼州同盟司法局は知りませんけどその名前から役割は想像は付きますよ。遼州同盟加盟国の警察を統括する組織で、国際犯罪の捜査の指揮とか、海外逃亡犯の情報を配ったり……まあ、テレビのニュースにも時々出てきますから。でもその下に『実働部隊』なんてものがあるなんて……聞いたことがない。機密が必要な組織なんですか?」  下手に知ったかぶりをしても見透かされると思った誠は正直にそう言って見た。ランは一瞬ハンドルを握りながら表情を曇らせるが、この人には一気に話をしないと理解してもらえないと思った誠は話を続けた。 「『特殊な部隊』はシュツルム・パンツァーを使うとか言ってましたね?あれ、相当強力な兵器ですよ。しかも飛行戦車みたいに火力と装甲一辺倒の戦闘機械というわけでもない。でも、そんな強力な兵器を必要とする警察組織……その設立目的は何なんですか?」  その言葉は誠の本心だった。  辞令を受け取ったときから、どうせロクなところではないと思っていたが、まさか本当に誰も知らない組織だとは思わなかった。 「なーに、所属なんてーもんは方便って奴だ。司法局という『警察組織』の下に軍隊並みの武装を持った部隊を配備する……それにはちゃんとした理由があるんだ。まあ、お巡りさんの身分があると色々便利っちゃ便利だしな。うちの『仕事』とされてるもんは、正規の兵隊さんが政治的理由とかなんやらで出ていけないところに出かけてって喧嘩すること……その為に巡洋艦に匹敵する火力と防御力を誇る運用艦と『シュツルム・パンツァー』という正規の軍隊と一戦交えることができるだけの兵器を用意する。まあ、そんぐらいの知識でいーんじゃねーか?今んところ……オメエには……アタシはオメーの教習レポートを見た段階であまり期待はしていねえが……これまで来たような元地球人の遼州同盟加盟国の操縦だけが取り柄の馬鹿が来るのを考えるとずいぶんマシだ。アタシは地球人が嫌いでね。後漢の太宗劉秀が詩に『人は足ることを知らずして苦しむ、今隴を得て蜀を望む頭髪為に白し』とある。地球人は足りるということを知らねーんだ。地上で攻められると知ったらどこまででも攻めていく。そして今、宇宙で攻められると知ったら宇宙のどこまでも攻めていく。そんな攻められるアタシ等の気持ちを考える事も出来ねーような地球人には生きている価値はねー。隊長の許可があれば三年で根絶やしにしてやるよ。隊長は『お願いだからそれだけはやめてね。出来るのは知ってるけど』というけど今この瞬間にもやってやりてえ気分になるくらいだ」  誠は、自分が叱られているのか、部隊の説明を受けているのか、地球人批判を聞かされているのか、途中から分からなくなっていた。  誠は、ランが怒鳴っているのに、どこか自分を見捨てていないことにも気づいていた。  だから余計に逃げ道がなかった。 「まあ、うちが何者かなんて知識が必要になる頃まで、オメーが逃げ出さなかったら……そん時教えてやんよ……警察官であり、同時に軍人でもある。その立場を説明するのにはオメーの一流大学での頭が必要で、アタシの二流大学出の頭じゃ足りねーんだ。司法試験を一発で通って法律学の博士号まで持ってるあの『駄目人間』ならその説明ぐらい見事にして見せるだろうよ。アイツから言わせればその一流大学の首席ですら馬鹿にしか見えねーらしいんだがな」  その言葉に誠は不安を感じ、思わずバックミラーを覗き込んだ。  そこに映るランの口元は、楽しそうに笑っていた。

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