橋本直 / 第18話

第13話 罠の名前は辞令

「しゃーねーなー。あの『馬鹿娘達』と『ゆかいな仲間達』の話は、うちじゃ避けて通れねーからな。うちにゃー馬鹿がいる。特に厄介なのが五匹……いや、女三匹に男二匹だ。女三匹はまだいい。世間様に迷惑をかけるたびに、アタシが頭を下げれば一応済む。問題は男二匹だ。あれは、馬鹿の質が違う。うちじゃー避けて通れねーからな。特に一人の男の馬鹿は……割り算できない馬鹿がいてさー。その馬鹿の一人である隊長は……あの『プライドゼロ』は別格だな。確かにアイツは自分のケツは自分で拭けるからアタシの迷惑にはなっていねーがアイツが激安風俗に行くたびに持ち帰ってくるインフルエンザなどで技術部の連中が次々と倒れるのでアタシにとってはそっちの方が迷惑だ。ちなみにうちはこの男社会の東和共和国にあって女がすべてを支配する職場だからな。まーアタシがオメーを迎えに来たこと自体で良く分かってるとは思うがな。オメーの上官も二人とも女だ。社会不適合者の女子といつ殺人者に格上げされてもおかしくない女子がオメーの上官になる。これは決まったことだ。オメーが何を言っても変更はねー」  ランは、ひどいことを言っている自覚だけはあるらしく、わずかに言葉を濁した。 「あの……『馬鹿』とか『ゆかいな仲間達』とか『割り算できない』とか『プライドゼロ』とか……クバルカ中佐、無茶苦茶言ってません?それに女性上位って……まあ、常識の範囲内なら問題ないですけど……そんな社会不適合者確実な上司やいつ殺人者として逮捕されるか分からない上司なんて僕は持ちたくないですよ。社会不適合者ってどのように社会に適応できないでいるんです?具体的に言ってもらわないと分からないですよ。それと殺人者予備軍の人もなんでそんなに人を殺しそうなんです?常に銃でも持ち歩いていて、カッとなるとすぐに銃を抜くような人なんですか?そんな人が上司だなんて聞いてないですよ……」  誠はランの言葉に冷や汗をかきながらつぶやく。 「なーに。隠し事なんてーのはいつかバレるもんだ。たぶん、主要な馬鹿な女と究極の馬鹿の男が一名オメーとやたら絡むことになる。まあ、アイツ等も悪気があるわけではねーんだ。パチンコ魔で年中闇金に借金している小隊長や気に入らないと常に持ち歩いてる銃で平然と目の前の気に入らない人間を射殺する女が上司になることに関しては隠しても意味がねえ。下手に隠したらオメーが闇金のカモになって東都湾に、コンクリ詰めのドラム缶ごと沈むか、射撃女の射撃の的になるかどっちかの運命しか待ち受けていねーわけだからな」  一度ランは誠を振り向いた。そして、困惑の表情を浮かべる誠を確認すると、再び前を向き運転に集中する。 「多分、オメーはそいつ等にとっちゃ常識外れの馬鹿だ。金を無心するパワハラ、『女王様』なら当然『雄豚』には許されると信じてやまねえセクハラ、そして男の方も隊長はオメーをおもちゃとして面白がるだろうし、アタシが世話してるうちの隊員でそれなりの人望もある男だが、オメーの気の弱さを考えると本来の『ヤンキー』としての本性をあらわにしてオメーを支配しようとするに決まってる。その他三人目のオメーの配属を知った時点で舌なめずりをしていた結婚紹介所から100件断られた女がオメーの顔写真と履歴書を見て満面の笑みを浮かべてやがった。アイツ等に手加減という文字は存在しねー。社会問題になるようなハラスメントのターゲットにオメーはなる。かわいそうに……まあ、こんなことを最初から言ってくれる職場ってレアらしいな。その点では感謝しろよ、アタシに」  ……ランは、ひどいことを言った。    その内容通りの職場が実際にあるなら、すぐに然るべき機関に相談するべきだ。    誠にも、それくらいの常識はある。 「冗談……ですよね?普通それが日常でも少しはオブラートにくるむとかするもんじゃないですか。それに僕は『モテない宇宙人』である遼州人であるという自覚はありますが、クバルカ中佐の言葉を聞く限りモテるモテないの問題以前に刑務所のお世話になりそうな女子しかいないということをクバルカ中佐はそう言いたいんですよね?モテるのはうれしいですけど前科者になりたいとは僕は一度も思ったことはないので」  恐る恐る、誠はランに問いかけた。  一瞬、時が止まった。  低速で走っていた車が、前の車が停止するタイミングで止まった。    すると、ランは満面の笑みを浮かべて振り返った。 「ほう、モテ男は言うことが違うねー。おい、能無し! テメーみてーな落ちこぼれに、人並みの職場が待ってるとでも思ったか? クズにはクズにふさわしい空席がある。そこにテメーを座らせる。そのためにアタシは今、車を運転してるんだよ!アタシがさっき、うちは馬鹿しかいねーカスの集団だって紹介したのは、そいつ等に会ったとき、テメーみてーな無能が卒倒しない為のアタシなりの配慮だ!そのくらい察しろ、低能!」  誠は返事をしようとした。  だが、ランの勢いは止まらない。  小さな背中が、運転席で妙に大きく見えた。 「それにこの処女・童貞率が70%を超えてる国でそんな口を叩けるとはさぞこれまでモテたんだろうな?確かにオメーの経歴を知ってる人間とこれからオメーが手にする給料を見ればそんな女もいておかしくねーな!ただ、今のオメーは東和宇宙軍の士官候補生だ!それ以上でもそれ以下でもねーんだ!士官でも尉官で結婚したような話を教官から聞いたか?この国の女は計算高い。大企業のエリートの中でも出世コースに乗らなかった男には見向きもしねえ。軍も官僚もいずれは政治家に影響力を及ぼせるクラスじゃねーと相手にもしねー。まーそれでもこの国の人口が減らない理由はアタシは知ってるがおめーに教える義務はねーんだ。その点は覚悟しとけよ!」  誠は、怯えた表情を浮かべながら、ランを見つめた。    彼女は満足げに誠を上から下まで眺めた後、再び前を向いてハンドルを握りなおした。  さすがに、温厚なのが数少ない長所であると自覚している誠でも、ここまで罵られれば怒る。 『なんだ?このガキ……こいつがあの遼南内戦共和軍のエース?口が悪いだけの別人が来てるんじゃないのか……身分証は見せられた。でも、あんなもの偽造しようと思えばできるんじゃないか、あの見せてもらった戦闘映像の機体にもこのガキが乗ってたという証拠はないしな』  誠の目は、冷たいものへと変わる。 「……神前……まあいいや。若いオメーには分からないことがある。それを全部説明するほど、アタシは親切じゃねーからな。でだ、オメーに悪さしそうなアタシの部下達。まあ、言っても信じちゃくれねーだろうが、その悪さは、悪気でやってるわけじゃねーんだ。アイツ等が人間失格のクズだったらアタシはこの国の法律を犯してでも連中を斬り殺してる……でも連中はそこまでひどくはねえ。連中なりに気を使ってるんだ。そのことは分かってくれ」  停まっていたタンクローリーが動き出し車はまっすぐ進む。 「悪気じゃない?さっき聞いた限りでは悪気しか感じなかったんですけど……」  ランの言葉には悪気しか感じない。誠は半分ムキになりながらそんなことを口にした。 「そう言うなって。かばう義理はねーが、連中は悪人ではねーんだ……まあ例外がいるから全員そうだとは言わねーが、あの馬鹿共全員には、歓迎すべき人間を見抜く才能がある。まー大概、結果的にその人間に迷惑しかかけねーがな。そん時は笑って許してやれや。それが人間の度量と言う奴だ」  ランは淡々と言い放つが、誠には信じられなかった。 「それで、セクハラとかパワハラとかその他もろもろのハラスメントをするんですか? その『善意』とやらで……ただ迷惑なだけじゃないですか……うちは公務員だから労働基準監督署や職安が相手にしてくれないからって脅してるだけじゃないんですか?」  ここまで言われると誠も少し気になってランにそう言ってみた。ランは停まったタンクローリーを確認すると笑顔で振り返って誠の顔を見つめた。 「だから、そう感じたらうちを辞めてもいーって最初に言ったじゃねーか、そこを判断するのはオメー次第だ。アタシはうちの問題点を全部言った。それを判断できるかどうかはテメー次第だ」  相変わらずの口の悪さ。    完全に呆れ果てた誠は、視線を窓の外に移した。 「かわいそうだと思うよ、オメーは今回|嵌《は》められて……」 「チビ……今『嵌めた』って言いましたよね?」  その瞬間、車内から音が消えた。  将棋中継の解説も、エンジン音も、タイヤの音も、誠の耳には届かなかった。  聞こえたのは、ランが今たしかに口にした『嵌められて』という言葉だけだった。  誠の猜疑心は、一気に確信へと変わる。 「……聞き違いだろ……アタシはそんなこと……」  ランの口調が弱々しくなった。誠の質問に、ランの耳たぶがわずかに紅くなった。   『あ、図星なんだ』  ランの口調の変化と耳たぶの色で誠はその事実を悟った。    これまでの自信は完全に吹き飛び、言葉は震えていた。 「聞きました! ちゃんと『嵌めた』って……」  誠は言いかけて、途中で後悔した。    目の前の相手は、どう見ても幼女である。    さすがに幼女を困らせるのは、大人としての良心が痛む。 「コホン」  ランは咳払いをした。 「あのー、ランちゃん……」  誠は、優しく声をかける。その呼び方をした瞬間、誠は自分の背筋が冷えるのを感じた。  幼女扱いされた英雄の目が、完全に戦場のそれへ変わっていた。    だが、ランは完全無視。  誠が再び声をかけようとしたとき、車は左の路側帯に入り、停まった。 「ランちゃん?」  不穏な雰囲気が車内に漂う。 「おい、ボングラ」  ゆっくりと振り返ったランの目は、明らかに誠に向けて殺意を放っていた。 「あのー」  あまりの豹変ぶりに、誠は慌てる。 「おっ……、今、言い訳したな……誰が許可した。そんなこと一体誰が許可したんだ。言ってみろ……言えないよなー……そーだよなー。だーれもそんなこと許可してねーんだ」  ランは、にじり寄るように誠を睨みつける。 「言いました」  誠は静かに確信した。誠に残された選択肢は、それだけなのだと。 「嵌められるってのはな!馬鹿だから悪ぃんだよ!」  車内に響く、可愛らしい毒舌ボイス。    誠は、ただただ呆れるばかりだった。

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