橋本直 / 第114話

第109話 見えない間合い

 赤いシミュレータのハッチが開くと何度もそのハッチの動きが遅いと連打する音がシミュレータールームに響いた。 「おいおいおい!神前のシュツルム・パンツァー操縦が下手って話は……嘘かよ!また負けちまった……まあ、今回もちっちゃい姐御の援護が有ったって理由はつくけど……神前の馬鹿に二連敗したって言う事実は消えねえ!恥の上書きだわ!」  かなめの悔しさににじみ出るような叫びがその中からはじける。  整備班が島田が言うには『納入された機体に施される儀式のようなもの』と言う誠の機体の完全解体機能検査を始めたところで、ランは誠たちをシミュレータールームに誘い、今度はパイロットスーツにヘルメット装備と言うこれまでとはまるで違う雰囲気の誠にとって2回目の集団戦形式の模擬戦が行われた。    シミュレータールームの空気には、隣のハンガーから流れ込んできた油と金属粉の匂いが、うっすらと漂っていた。  今回のシミュレータを使っての模擬戦は誠とクバルカ・ラン中佐対西園寺かなめ中尉と第一小隊長カウラ・ベルガー大尉の対決だった。    立方体のブースが四基。各ブースには全天周囲表示の湾曲スクリーン、カーボン製の簡易コクピット、汗を吸ったハーネス。足元のラバーは削れ、白いチョークで『係員以外立入禁止』の線が引かれている。  当然、今回は機動部隊のフルメンバーの参加と言うことで飛び道具はありだった。かなめやカウラ、そして野次馬としてコントロールルームからその様子を見守るアメリアを始めとする運航部の女子達の誰もが誠を戦力に数えていなかった。    入室前、モニタには『東都湾岸地区/租界_洋上2km(旧港倉庫区画)』『弾薬制限:標準/ECM有効』『ラグ補正:±6ms』と走る。水色の文字は容赦ない。  しかし、始まってみるとその予想は完全に裏切られるものだった。    仮想戦場は潮風を模した粒子エフェクトと低い環境音。ヘッドセットの骨伝導が鼓膜の外で鳴り、現実の騒音は遮られる。誠は脈拍が生体監視モニターの右上に現れるのを見た(87→93→101)。  模擬戦開始直後、ランは誠の背後で突進するかなめとカウラを見つめているだけで一切移動もせずに後方で230mmカービンでの牽制射撃をするばかりで前に出てくる様子はなかった。前方で敵を迎えるべく立ちはだかる誠機はカウラの電子戦仕様の05式の影を利用した、かなめの230mmロングレンジレールガンによる望遠射撃を持ち前の勘と反射神経でよけ続けた。    射撃のたびに誠の命綱である弾道計算テキストが『緑→灰』へ点滅した。かなめの射撃は正確であるだけにAIにはその予測は簡単にできた。誠を完全に舐めてかかっていたかなめは、誠が理系らしくシステムの癖を掴むのが異様に早いという事実を、完全に見落としていた。  前線でかなめの狙撃やカウラのけん制のようなECM放射を避け続けている誠に対して、ランのカーソルは常に味方アイコンの後ろで揺れが小さい。援護に徹する動きは、誰が見ても『教える者の位置』だった。  ランは完全に自分の能力を消して誠のフォローに回ると言う教導官出身らしい誠の成長を促す戦いを望んでいた。    チャット欄に短い文言……《突禁:突っ込むな 右:右倉庫影》《左:神前、呼吸》。それ以上の通信は無い。余白で育てるやり方だ。  対するかなめ・カウラ組は、カウラ機の背後からかなめが狙撃し、突進してくる誠機にはカウラが指向性ECMを浴びせる形で対応した。しかし、誠機は持ち前の反射神経で広範囲ECMの有効範囲を測るようにかわし続け、カウラはその動きを捉えきれなかった。    画面に生じるノイズの|靄《もや》、レーダーの偽反応、視界をかすめる薄い人影。誠は理系らしくこれまで暇な時間に理解した東和宇宙軍の得意とする電子戦兵器の特性を理解して、カウラの機体の電子機器が自機の各種センサーを狂わせて生じる『遅れて見える影』の癖を覚え、そこを『実体』と逆算して脚を出す。  誠は戦場を知っているわけではない。だが、現象を数式のように見る癖があった。  次第に前方で誠を瞬殺できると思っていたカウラは目算が狂ったとでもいうように焦り始め、電子戦専用機には自衛武装に過ぎない230mmカービンで誠の進撃を止めるのが精いっぱいという状況になった。  一向にカウラが誠を捉えることができない状況を見て焦ったかなめが230㎜ロングレンジレールガンの長い射程の意味を失うほどに前進してきたところで、それまで後方で動くことのなかったランが突進してきて狙いをかなめに絞り、『サイボーグ』対『人類最強』の銃撃戦が展開されることとなった。    銃声は実音と違い抑制されたサンプルだが、被弾警告の赤フラッシュは容赦ない。照準線の交錯が、仮想でも胃を冷たくする。  熱くなって連射の利かない230mmロングレンジレールガンをむやみに撃ちまくるかなめに対し、戦場に慣れたランはそのサイボーグの貴重な一撃の射撃を紙一重でかわすエースにふさわしい的確な機動操作でかなめを翻弄した。    機体のシルエットが倒れ込む寸前に起き上がる『無駄のない蛇行』。ドローン視点で見ると、その軌跡は一本の細い糸のように美しい。  一方の誠とカウラの方はなかなかの熱戦となった。自衛用で重装甲を売りにする05式の装甲からすれば対応可能な兵器とは言えカウラ機の230mmカービンの一撃は誠には脅威である。確かにコックピット付近ならばその重装甲で威力を相殺できるが、センサーの塊である頭部や装甲の薄い腕部や脚部を狙われてそれで戦力を削がれたところに接近戦を仕掛けられれば勝負にならない。  そうは言ってもカウラにとっても格闘戦ではかなめをも凌駕する誠の突進は脅威なので、必然的に誠の突進を狙う進撃を止めるための牽制射撃と隙をついてのECMによる電子戦で誠の足を止めるという互角の戦いが展開された。    カウラのECMはダミーの足跡まで撒く。誠の局所位置特定モニターには三つの『カウラ』が表示されるが、一瞬だけ風下に砂塵の流れが寄った……誠はそこに踏み込んだ。これは自分の間合いに飛び込むチャンスだと剣道場で鍛えた誠の勘がそう告げていた。  そんな誠の突進をなんとか牽制射撃で阻止したカウラだが、自分の射撃の下手さを理解し、230mmカービンを全く使う気のない誠が接近するたびに、カウラがダミー信号を放出し、電子戦を仕掛けた。  カウラは誠を侮っていた。  だが一度危険と判断すると、すぐに戦い方を変えた。  その切り替えの早さこそが、第一小隊長としての彼女の強みだった。  それでもカウラの230mmカービンを紙一重で避けつつ突進の機会を伺う誠にカウラは必死に抵抗を続けた。    誠はライフルの安全装置を無意識にかけ直し、|鞘《さや》に触れていた。格闘戦用モードが立ち上がると、胸の動悸は落ち着く。自分の『得意』に戻るだけだ。常に格闘戦闘が可能な『誠の間合い』に入れば勝てる……その確信だけが誠の驚異的な反射神経によるカウラの牽制射撃を避ける動作を支えていた。  だが、誠はこれまでのカウラの機動にある規則性があることが見えてきて、それに賭けてレーダーの感度を上げた一瞬の間にカウラ機の『実際の影』を見つけた瞬間、誠の背骨を電流みたいな確信が走った。格闘戦にしか自分の生きる道を見いだせない誠はその瞬間を見逃さずに反射的にダッシュで距離を詰めた。    床テクスチャの反射計算が一瞬追いつかず、影と影のズレが出た。……その『ズレ』こそ、仮想空間の綻びであり、人の目が拾える手掛かりだ。  驚いてとっさに回避行動を取るカウラ機より先に、誠のシュツルム・パンツァーのダンビラが引き抜かれカウラ機をかすめた。    衝撃は触覚スーツの背中側アクチュエータが演出。軽い電気の『びり』と、振動が肘に走る。  カウラも一度は誠機のダンビラの出足の鋭さと間合いの遠さを知って、常に誠から格闘戦を仕掛けられる距離への接近を避けるような戦い方をした。  誠には格闘戦では絶対に勝てない……それがカウラの出した結論だった。    彼女は慌てて誠の間合いから脱出し、あくまで射撃戦で決着をつけようと距離を取り直す。  距離を詰めようと迫る誠と距離を取って誠の未熟な操縦技術に勝機を見出そうとするカウラ。  勝負は一向につきそうになかった。    双方の距離は二十五→三十二→二十八mとゴムのように伸縮。秒針が遅い。観戦席のアメリア達は息を飲む。  しかし、かなめの相手をしながらその様子をエースらしい余裕で戦場の全体を観察していたランのかなめの隙を突いた230mmカービンの一撃で誠にだけ意識を集中していたために完全に隙をつかれる形になったカウラが落ちると形勢は一気に誠チームに傾いた。  かなめにとって、強いパイロットとは経験を積んだ者だった。  だから、誠のように戦場経験のない新人が、理屈だけで自分たちの癖を読んでくるという発想がなかった。    『カウラ機撃墜』の白字がふっと浮かび、カウラ機の表示が薄灰にフェードした。カウラは淡々と《観戦モード移行》を押す。声は静かだが、目は笑っていた。  一対二で不利になったかなめはカウラ機の残骸を盾にしての距離を生かしての長距離射撃の優位を失ってランの230mmカービンの狙撃から逃げつつ、サイボーグ専用機にのみ装備されている光学迷彩を駆使してランを引き離し再び距離による優位を得ようと動いた。距離を取ればかなめの機体05式甲型狙撃仕様の230mmロングレンジレールガンの長い射程とサイボーグの精密射撃で生身のランや誠に対して有利に立てる。それは白兵戦等での実戦慣れしたかなめならではの計算だった。    画面のコントラストがわずかに沈む。温度差のエフェクトは切られている……かなめの選択だ。誠のセンサーは『沈黙』だけを返す。  敵が視界にもセンサーにも映らない。  誠にとって、それは初めての状況だった。  誠は目的を見失って動くことができず、再び戦局はかなめに有利に傾くかに見えた。    無音の恐怖。ヘッドセットの内側に自分の呼吸音だけが増幅される。  しかしかなめは不用意にも十分な距離を取る前に無防備な誠を狙って230mmロングレンジレールガンを発射した。  しかし、それは『人類最強』を自称するエースのランから言わせれば『うかつすぎる一撃』にしか見えないものだった。かなめのロングレンジレールガンのわずかな発射炎で発射位置特定したランはすかさずその位置へ230mmカービンを連射した。    発砲光の残像は0.3秒も残らない。だがランにはかなめの位置を特定するには十分な証拠と言えた。反射の一撃、理論武装のようなタイミングだった。  百戦錬磨のエースであるランには、発砲位置からかなめの潜伏場所を割り出すことなど容易なことだった。    次フレームで既に角度が合い、次の次で確殺角。教範の図そのままの軌跡なのに、人がやると芸術になる。  そして十分な距離も取れずにランの230mmカービンの有効射程内で位置のバレたかなめはランの230mmカービンの的に過ぎなかった。    かなめの画面に白い終幕。舌打ちが現実の部屋に漏れ、周囲が笑う。距離を取っての射程での優位を取るまで誠への攻撃を待てなかった僚機のかなめのいつもの癖に撃墜状態で待機中だったカウラは大きなため息をついて首を横に振った。  かなめは、誠をまだ自分に偶然だけで勝つことが出来た『下手な新人』として見ていた。  だが誠は、自分の下手さを知っている分、頼るべきものを間違えなかった。  格闘戦にだけ活路を見出した誠にカウラを落とされ、その援護もできなかった。  自分のうかつさを噛み締めるように、かなめは悔しげに舌打ちした。  かなめは、まだ認めきれていなかった。  あの鈍臭い新人が、自分達の戦場に食らいつき始めているという事実を。
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