橋本直 / 第112話
第107話 技術屋の知らない技術
「島田先輩!僕の機体が来たんですよね!これからはよろしくお願いしますね!しっかり面倒を見てください!」
誠は島田には舎弟認定されているので、とりあえず島田の機嫌だけは損ねないように気を使って、技術者との会話を終えた島田に声をかける。声がハンガーの空間に跳ね返り、上方の梁で小さく反響する。
「おう、神前と……まあ皆さんお揃いで……見ての通り……お待ちかねの神前の機体……『05式特戦乙型』ちゃんと受領しましたよ。俺もまあ……こいつは楽しみにしてたんで。新型……バイクにしても兵器にしても技術屋には堪えられませんや。神前に言われなくてもどこまでも完璧にコイツの本来の限界性能を出せるようにメーカーの組んだだけの状態から仕上げてみせるぞ」
ニタニタ笑いで返す島田。ポケットから出したグローブを片手だけはめ、もう片手で髪をかき上げるしぐさが板についている。
「機体……どうなんだ?貴様は馬鹿だから西園寺並にはしゃいで菱川の技術者にこれと言うほど質問攻めにしていると思ったが……意外と静かじゃないか?何かあるのか?」
カウラが短く訊く。視線はもう荷台の影、装甲の輪郭を追っている。
「ベルガー大尉、馬鹿はねえんじゃないっすか?まあ、新型らしく搭載されているエンジンの世代が違うんでこれまでの三機より出力が上ですよ。なんでも、これまでの三機に積んでるエンジンが試験製造中の07式と同型のエンジンなんですが、コイツに積んでるのは現在07式の正式採用後に改良が加えられ新型エンジンを積んでるんで出力的にはお二人の機体の20%増し……それに05式の欠点の重力制御パルス推進システムの見直しで機動性もかなりマシになったって話ですけど……まあ『焼け石に水』ってところですかね。05式の機動性の欠如は根本的に設計を見直さない限りどうにもならねえ致命的な問題ですから……ただ……一つ気になることがありまして……菱川の技術者より前に俺に技術の師匠に当たる女性からそのことについては聞かされていたんですが……どうにもねえ……」
整備班長らしく『特殊な部隊』の保有する05式から誠の『乙型』に施された改良を語る島田だが、その表情は冴えなかった。
「ただ何なんだよ。班長だろ?問題点があるならちゃんと説明しろよ。かわいい後輩が乗るんだぞ……そんぐらい説明できて当たりめえだろうが!オメエの技術屋の師匠が何を言おうが……ああ、オメエは年上の女で自分に目を掛けてくれた人間には逆らえねえんだったな。実際ここでもランの姐御には頭が上がらねえし。でも、その女が何を言ったかなんてアタシには関係ねえ!そいつも『特殊な部隊』の隊員じゃねえんだ!独り立ちした弟子のオメエに文句を言う資格なんかねえ!オメエが神前を舎弟として寮で顎で使ってることはバレてるんだ!隠し事は無駄だ!正直に話せ!」
自信なさげに手にした05式乙型の受領証にサインをする島田をにらみつけながらかなめはどなった。
「いやあね、どうもこうも……神前の野郎の『力』を引き出すっていう触れ込みの例の『法術増幅システム』ってのが……ねえ……そのシステムが搭載されてるのは聞いてはいたんですが……『法術増幅システム』の肝心要の部品である『法術増幅触媒』という板切れみたいな部品の存在が……どうもねえ……」
島田は少し不機嫌そうに眉を寄せる。言い淀む、その珍しさ自体が不穏のサインだ。
整備班員達は顔を見合わせた。誰も『法術増幅触媒』という単語に聞き覚えが無かった。
若い整備兵の一人が無意識に工具箱を閉じる音だけが、やけに大きく響いた。
「『法術増幅システム』……それなんですか?例の僕専用のシミュレータにあるゲージと関係があるシステムなんですか?」
島田の言葉が言葉を濁す理由が理解できず、誠は素直に訊き返す。
荷台の上、緑の装甲の肌理が夕陽に照らされ、蜂の巣状の継ぎの線がうっすら浮き上がる。
「そう、それなんだよな。オメエも知っての通りうちで採用している05式は重装甲が売りなんだ。ともかく装甲が厚い。大きく三つの層で構成されたハニカム装甲が装甲貫徹力に優れた大口径のレールガンの弾丸をその厚さと構造で何とか食い止めようって寸法なんだが……この神前の専用機の『05式特戦乙型』にはその真ん中の層に『法術増幅触媒』の名目でシリコンをメイン素材に何かを混ぜ込んで作った『理解不能』な素材が使われてんだ……確かにそれがあの『ゲージ』とリンクしてるってのはこいつのOSを見ればシステムには疎い俺にでも分かるんだけど……でも、なんだかわからない原料で作られたなんだかわからない部品が機体に付いてるなんて……これを弄るのは俺達だぜ?なんでも、うちでは一番若い整備班の兵長が『法術担当』ってクバルカ中佐に指名されてアイツに聞けばわかると思ってさっきそいつを締め上げて吐かせようとしたんだが。そいつはクバルカ中佐から口止めされてるの一点張りで俺には言わねえんだ。俺は班長で直属の上司で先輩だぞとか言って脅してもだんまりだ。まったく話になんねえよ」
島田は苦笑いを添え、スパナの柄で装甲を『コン』と軽く叩く。澄んだ金属音ではなく、どこか鈍い、芯のある響きが返ってきた。整備班員が顔を見合わせる。
誠は途中から半分も理解できなかった。素材工学にも知見がある誠だが、シュツルム・パンツァーの装甲に使われる素材についてのことなどは大学では教えられていない。大学は卒業しただけと言う島田の知識の方が誠よりはるかに上なことだけはその怒りを帯びた口調で分かる。ただ、島田がいつもの軽口ではなく、本気で怒っていることだけは分かった。
「『理解不能』な素材って!オメエは技術屋だろうが!そんなランの姐御とオメエの女師匠とその若造しかその素材を知らねえなんてことが許されると思ってんのか!そんくらい自分で調べてなんとかするもんだろうが!神前は『法術師』だ。その『素質』を発揮するための素材だろ?材質は何だ?言ってみろ!言えるよな!ランの姐御が口止めしてるから知らねえ?そんな言い訳が世の中で通用するか!」
いつになく遠回りな言い方をする島田に、かなめが噛みつく。声に笑いはあるが、牙は隠していない。
「西園寺さん……そんなこと言われても困りますよ……ランの姐御にも俺は聞いたけど『素材の材質と機能については担当の西に言ったから問題ねー』の一言で終いだ。それにその素材について問い合わせた俺の技術屋としての『師匠』に当たる人から『別にお前が知らなくても問題ないからいじんないでね!『アレは法術増幅触媒』と言う部品なんだけど材質も機能も今は秘密だから!』って言われちゃいまして……。『法術』の発動した時の反応については勉強しているはずのひよこちゃんまで『大丈夫ですから。機能は保証します!』の一点張りだぜ?俺って……そんなに信頼されてねえのかな?俺。西の奴、クバルカ中佐の信頼が厚いってことで図に乗りやがって!上司に隠し事をするとはふてえ野郎だ!」
かなめは最初こそ茶化していたが、島田の声が低くなるにつれて、銃を磨く手を止めていた。
かなめにも島田の困惑は理解できるようだった。
機体のすべてを把握しておくべき島田にさえ、その機体の肝と呼べる情報が知らされていない『謎の機体』。実戦で、任務の目的も知らずに戦うことを数多く経験してきたかなめには今の島田の気持ちがよく理解できた。
一方のカウラはかなめの隣で黙って聞いていた。その眉をしかめた表情は技術的な細部よりも、整備責任者が情報から外されているという一点を問題視している顔だった。
島田は怒りの矛先を部下の西に向けて、困ったようにカウラを見る。愚痴を言いながらも、目は常に危険表示とセーフティピンの位置を追っている……職業病というより、習性に見えた。
「クバルカ中佐は知っているんだろう?だったらいつも一番中佐の世話になっている貴様が誠心誠意頭を下げればきっと教えて……」
「教えねえ!全部教えねえのは意地悪じゃねえ。知らねえ方が安全な情報があるんだよ!」
つぶやくカウラの背後から声が飛び、全員がそちらを向く。
小柄なクバルカ・ラン中佐が腕を組んで立っていた。夏用シャツの胸ポケットには、小さなドライバーと油で黒くなったメモ帳。背丈は小さくとも、ハンガーの空気を一瞬で握る声量だ。
「中佐……そこを何とかなりませんかね……俺達がいじるんですよ、こいつを。西の若造しか知らねえシステムを俺の部下の全員でいじるんですよ?見た限りその『法術増幅触媒』は乙型のほぼ全三層装甲板の中間層を覆うように装備されているんですよ?ばらすたびに俺の部下達は嫌でもそいつを手袋越しに触ることになる……そん時に何か問題が起きたらだれが責任を取るんです?俺は嫌ですよ……なんだかわからないものを弄ってたら事故りましたなんて労基署で言ったらそれこそ技術屋の恥だ。そもそもその部品の材質も機能も俺が知らねえなんて俺の|面子《めんつ》が丸つぶれですよ。俺が怖いのは二つです。一つは、通常整備で班員が触る素材なのに、材質も反応条件も知らされてねえこと。もう一つは、被弾時ですよ。第一装甲を抜かれて、その『触媒』に弾頭が触れた時、何が起きるのか。爆発するのか、発熱するのか、神前の法術と変な反応をするのか……それを知らねえまま整備しろってのは、技術屋にとっては拷問ですよ……その訳の分からない『法術増幅触媒』を剥がして修理をするのは俺達ですよ……そんなこいつをいじる俺達がそれを知らなきゃその時どんな反応が起きるか分からない『法術増幅触媒』の反応に対応する対策の立てようがない。西の餓鬼一人で何とかなる代物なんですか?何かあった時の責任を取らされる俺の身にもなってくださいよ」
島田の声音は低いが真剣だ。整備班員も手を止め、ランへ視線を寄せる。
「その心配はねー!理由は三つだ。まず『法術増幅触媒』が有る機体をレールガンで撃ち抜ける奴があるならアタシがお目にかかりて―ぐらいだ!それに『菱川製』の『法術増幅触媒』はそれ自体はシリコンを主体とした安定した素材にオメーにも隠したくなるような特殊だけれども安定した素材を使ってるから劣化ウランだろうがタングステンだろうが被弾してもなんの問題は起きねえ!もし万が一こいつが原因で何か問題が起きた場合はオメーじゃなくてアタシが責任を取る!それがアタシの役目だからな!責任はオメーじゃなくてアタシにあるわけだから何の問題があるんだ?それに安定した素材で『甲型』の中間素材である変性セラミックと同様に扱っても構わねえ素材なんだから安心しろ!それとも何か?そもそもオメエはこの05式の甲型の素材の表面加工に使われてる技術で必要とされる素材の名前を全部言えるのか?言えねえだろ?それでも何の事故も起きてねー!オメーには何の問題もねーじゃねーか!」
ランは迷いなく言い切り、さっとトレーラーの前へ。小さな影が夕陽の色を濃くする。その言い方が冗談ではないと、島田も班員も知っている。
ランが『責任を取る』と言った時、それは本当に『何かを捨てる覚悟』を含んでいる。ちっちゃな副隊長はその小さい身体でそれを示して見せることで島田達屈強な男達で構成された整備班を従えてきた。
「こいつはな、これまでの量産型シュツルム・パンツァーにはどれにも無かったシステムを積んでる。一部の遼州人にとっては『画期的』な代物だ。『法術増幅触媒』を使った、『法術増幅システム』ってやつだ。いずれアタシの機体にも同様の装備をする……まあ、予算が付いたらだけど」
胸を張る。誠は『予算』という単語に、現実に引き戻される。ハンガーの壁に貼られた『本年度:消耗品節約』『洗剤希釈比率』といった悲しい張り紙がなぜか目に入る。
「俺もこいつの仕様書の見方とその部品の発注書は目を通してるんで。俺にも原料がよく分からないその『法術増幅触媒』とやらがトンデモナイ値段だってことは分かりますよ……それに今のうちの予算の予備費も俺は知ってます……つまり、中佐の機体には一生付きません!そもそも2年前の隊の発足以来、機体にかける特別予算が出たことなんて一度も無いじゃないですか!それ用の予備費を司法局が用意してくれるんですか?無理でしょ?じゃあ中佐は諦めてください」
島田のツッコミは即答だった。整備班の何人かが肩をすくめ、笑いをこらえる。
ランは島田の予算云々の言葉を無視して誠に目を向けた。
その笑顔を見た瞬間、誠は『またロクでもない話が始まる』と本能で理解した。