橋本直 / 第20話

第15話 戦力外の採用理由

 千要道名物の渋滞にはまったランの車は、静かに発進した。アクセルを吹かしながらランは大きく息をして精神を整えるようなしぐさを見せた。その態度が誠の不安を掻き立てたのだが、そのようなことはランには特に問題になるところではないようだった。 「はっきり言って今のオメーは役立たずだ。東和宇宙軍の教官の報告書にもちゃんとそう書いてある。確かにあの『駄目隊長』が意地でもそうオメーに自覚させるなと教官やパイロット教習所の所長には釘を刺しておいたからオメーにその自覚があるかどーかは知らねーが、実際オメーの上司となるアタシとしてはこんな役立たずを戦場に連れ出すこと自体が無理だと思っちまうほどの能無しだ。……ただな」  ランはそこで一度、言葉を切った。 「もしオメーが本当に役立たずなだけで、『駄目隊長』が言うような力も無い、ただの見込み違いだったら、今ごろ近くの駅で降ろしてる」  誠は分かっていた。  分かっていたが、他人の口から断定されると、やはり胸の奥が少し沈んだ。  ただ、そんな落ち込んだ誠の顔をバックミラー越しに見たランの顔には笑顔があった。   「これまで無駄話をしていた間にアタシが感じた正直な感想として、オメーはウチに必要な人間だってことはわかったわ。これまでのアタシとの会話でオメーがうちの『馬鹿』な隊員達には稀な存在だということは理解できた。さっき言ったようにオメーにはうちの馬鹿には無いアタシ等『特殊な部隊』の隊員にはレアな『才能』がある。それだけは認めてやる」  車は順調に走り始める。東関道に入り、渋滞を抜けたらしい。車は加速し制限速度の120キロで車は東へと走り続けた。 「とりあえずアタシがオメーに与える仕事は、詰め所で椅子に座ってること、それだけだ」  誠は一瞬、言葉の意味を理解できなかった。  戦えない。  役に立たない。  それは分かっていた。  だが、『何もしなくていい』と言われるのは、それとは別の種類の否定だった。  ランは断定口調でそういうと渋滞の中でようやく動き出した、前方の危険物積載のタンクローリーを見て車を発進させた。 「アタシもこんなことをオメーに言うのは残酷だとは思ってる。たぶんそれ自体がオメーにはかなり苦行だということは数時間もその椅子に座っていれば理解できると思うが世の中の職場なんてみんなそんなもんだ。アタシみたいに誰もが活躍を期待してその存在が居なくなることを恐怖するような存在なら別だが、一般の若い新卒の学生が会社や役所で要求されるのはそんな自分がいかに役に立たない『糞』であるかを自覚するために必要な時間なんだ。ああ、地球圏は別だな。あそこはそもそも労働者なんて存在しねーし、役所で初日に要求される職務がこなせないようなら即日解雇でそのまま放射能に塗れた飢えと隣り合わせの『市民』の階級に落とされる。でも、ここは20世紀末の日本を再現した東和共和国だ。解雇規制は厳しいし、失業してもフリーターとして食うには困らねー。ただ、アタシがオメーに特別に期待しているのは時々その『才能』を発揮して場を和ませるぐらいの期待しかしていねー」  ランの毒舌にそれを覚悟していた誠だが、それはそれで傷ついていた。 「今のうちの部隊は隊員達の男も女も我が強すぎてギスギスしているんだ。『駄目隊長』はそんな状態じゃ実際にうちの出動が有った時には役には立たねーっていうがアタシもまったくその通りだと思うわ。連中はうちに回されてくるくらいだから他に行き場のない『落ちこぼれ』ばかりだ。だが、ただの落ちこぼれに食い扶持を与えるほど同盟機構は予算に恵まれた組織じゃねーんだ。連中もちょっと環境が変われば大化けする余地があるのはアイツ等の日常を管理しているアタシの目から見てもすぐにわかる。だからオメーはその『才能』で連中を大化けさせて司法局の嫌がらせとしか思えねー人事関係の連中に目にもの見せてやれ。オメーにアタシが期待しているのはそれだけだ。逆に言うと、それをしている限り、オメーを必要としている職場であるという自覚が持てるわけだ。『特殊な部隊』と陰口を叩かれてるアタシ等がオメーのそんなちょっとした『才能』で同盟機構にとってなくてはならねー存在に成長するなんて言うのはオメーにも自慢になるだろ?まったくこの職場はオメー向きだよ。別に仕事はしなくてもただ居るだけでうちは無敵の最強戦力へと大化けするんだ。良い身分だな……というかこれはオメーを選んだ『駄目隊長』の手柄か?」  誠は座りなおしながら、窓の外の高速道路の防音障壁の向こうの住宅街を眺めた。  戦闘能力でも、操縦技術でも、法務知識でもない。  ランが言う『才能』は、どう考えても軍人としての才能ではなさそうだった。 「席にいればいいんですか?それとその『才能』ってなんです?椅子に座っているだけで出来る事なんですか?それとクバルカ中佐は今の隊員に対して滅茶苦茶言ってません?さすがに上司からそんな目で見られてるなんて、今そこで勤務している人が知ったら怒ると思いますよ」  誠は恐る恐るつぶやく。ランの言葉の歯に衣着せぬ言葉に誠は正直怯んでいた。 「まあ、椅子にずーっと座ってろってのは、物の例えだ。ただ、オメーがその椅子に座っていてもあの馬鹿達はのこのこやってきてオメーと話をしたがる。そしてオメーが普通に会話をするだけでアイツ等は衝撃を受ける。あの馬鹿達はそのくらい社会の常識からかけ離れた存在だ。オメーが理系科目の知識しかねー理系馬鹿だってことは百も承知。そんな人間でも、外から自分がどう見られているか考えたこともねーあの馬鹿な連中と話をするだけでアイツ等も心を入れ替える。そしてオメーの『才能』が発揮されればアイツ等のこれまでの自分の常識的にはアウトな行動もようやくそれが世の中では許されないんだと自覚が出来る。まあ、うちはシュツルム・パンツァーなんていう物騒な人型機動兵器を使うという名目で設立された部隊だから例え出動があったとしても、オメーには何にもできねーからな。その時にはオメーの『才能』で目が覚めたうちの連中が命懸けで、オメーみてーな役立たずを守ってくれるんだ。いーだろ?そのオメーの『才能』をそん時に生かしてくれればいーだけだ。他の仕事ができるか?今見た限りそんなことができるとはアタシには思えねー」  バックミラーには、ランの不敵な笑みが浮かんでいた。 「『才能』ですか?いい加減その『才能』が何なのか教えてくれませんか?僕ニュータイプなんですか?心が読めるとか分かり合えるとか、それ専用の兵器が使えるとか……でも僕はフラナガン機関で教育を受けた記憶は無いんですけど……」  誠はその言葉に違和感を感じながら、つばを飲み込んだ。 「そんなアニメの架空の機関で育成する才能じゃねーんだ。オメーの才能はありふれていてそれでいて磨けば光る生まれ持っての才能だ。それゆえにオメーが不幸になる可能性があるのはそのアニメの機関と同じだがな。多少違和感は感じるかもしれねーが、とりあえずその『才能』はウチには他にねーんで、オメー以上にその『才能』がある人間でも来ねー限り、安泰だ。多分一日中その才能を発揮する機会が転がってるから、ぜひその『才能』を伸ばしてくれ。あの才能がある奴がうちにも一人いるが完全にその才能をその乗艦の糸目の女に殺されて時々転職雑誌を読んだりする有様だ。そんな状況をうちではいつまでも認めていられる状況じゃねーんだ。オメーにはその『才能』があるうえに精神的な耐性もその女より上だ。そう言う意味では『駄目隊長』の選択も間違いなかったということなんだろうな。うん、うん」  冷静なランの口調で語られるその言葉には、妙な重みがあった。 「あのー、その『才能』って……なんです?いい加減話してくれませんか?なんだか気持ちが悪いんだ……そんなフラナガン機関を必要としていない『才能』ならば僕に言ってくれても良いんじゃないですか?アレはジオンの軍事機密でしたけど、話を聞く限り僕の『才能』は軍事機密じゃないみたいなんで」  誠は一人悦に入っているランに向けて冷たい調子でそう言い放った。 「まあ、ずばり言わないのはアタシの教育方針でね。わかる奴はわかるってことだ。ちなみにその『才能』を極めると、テレビに出られる。良いだろ?特に漫才では確実に必要にされる『才能』だ」  誠は、しばらく何も言えなかった。  戦場。  司法局。  人型機動兵器。  そして、漫才。  それらの単語が誠の頭の中ではどれもひとつも同じ箱に入らなかった。 「ぶっちゃけた話、お笑いにうるさいうちの糸目のデカい女に言わせると『今のテレビに出ている芸人には神前を超える存在は居ない』と念を押されているくらいなんだ。それと年がら年中発砲して暴れるその糸目のデカい女に言わせると『天性のボケ』と言う女もしっかりいる。だから自信を持って、オメーはうちをクビになってもそのどちらかが相方になって夫婦漫才をする事でテレビタレントとして生きていくことができる。特にそいつは元落語家だ。ネタは奴が書いてくれる。オメーは思う存分その『才能』を発揮するだけでいーんだ」  ランはようやく落ち着いたようで相変わらず将棋の対局の画面を見つめていた。どうやら一方が投了して勝負がつき、対局の説明の画面に映っているところだった。 「テレビ?要するに僕に漫才をやれとでも言うんですか?お笑いの養成所は序列が厳しいから大変ですし、賞レースも事務所の力学が反映されるので僕はどこの芸能事務所にも所属してないから無理ですよ。それに僕、お笑い番組とかバラエティーとか見ませんよ。アニメしか見ないんで」  誠はオタクなのでバラエティー番組も歌番組もニュース番組も母が適当にチャンネルを合わせたとき以外は目にすることの無い青年だった。 「そーだ、テレビだ。アレはアレで良い金になるみてーだぞ。うちのアタシと同格と言うことになっている部長のやたら身長がデカいだけの女が喜んでその話をしてくるけどアタシには関心ねーから無視してるけど。ま、今は知らなくていい。知ったらどうなるか、決まってんだろ。その『才能』だけが取り柄の自分に絶望するよなー」  誠はその得意げなランの振り返った自信ありげな瞳が怖かった。 『僕は芸人になるために軍に入ったのか? いや、そもそもここは軍なのか?』  考えれば考えるほど、  どこで道を間違えたのか分からなくなっていった。  誠のそんな自分の運命が珍妙を通り越して、非常識な方向に向かうかもしれないという恐怖に囚われていたが、そんな誠の心情とは関係なく次第に出口から出ていくトレーラーを中心とした大型車が減って車はスムーズに、四車線の国道を進む。  誠は、しばらく何も言えなかった。  戦場。  司法局。  人型機動兵器。  どれも命に関わる言葉だった。  ……そこに、『漫才』という単語だけが混ざっている。  理解が追いつかないのではない。  誠の理性がその『才能』のどう考えても導かれる答えに達することを拒否していた。 「道は思ったより空いてるな。とりあえず、あと30分くれーかかる。寝とけ。スカタン。オメーが乗り物に乗るとやたら吐くことは調査済みなんだ。無駄にゲロでも吐いてみろ……殺すかんな!その間にアタシはさっきの将棋中継の解説とこの機械に入ってる過去の対局データでも見てるわ……まあ将棋はアタシの趣味なんでね」  ランはそう言って黙り込んだ。  誠はちらりとバックミラーを見た。    ランは明らかにそわそわしていた。  将棋の画面を見ているふりをしながら、  バックミラーに映る誠の様子を何度も確認している。  ……気にしているのだ。  自分の言った誠に期待している『才能』の一言の意味を。 「眠った方がいいですか? 僕」  その問いに、ランはふっと微笑んだ。  誠にも、初対面の上司の車で胃の内容物を口から出すわけにはいかないという常識はあった。    ランの言葉に甘え、錠剤を飲んで眠る。もちろん、それは『乗り物酔い』の薬である。    薬の効果で誠はすぐに眠りについた。こうして、かわいい上司の前で醜態をさらさずに済んだのだった。

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