橋本直 / 第21話

第16話 魔法少女になれない英雄

「あの……」  いつの間にか眠っていた誠が目覚めた。薄曇りの空、窓ガラスの内側に結露がついている。誠は乗り物酔いがひどいのは自覚しているが、それ以上に一度寝ると二度と起きない性質により乗り物酔いが予想される場面では、寝ることを心掛けていた。  ただ、自分が操縦するシュツルム・パンツァーで寝るわけにはいかないので何度吐いたか覚えていないほどだった。そんなパイロット教習課程での無茶な訓練を思い出すと今となっては自然と笑みがこぼれてくる。  外の湿気はかなりのもののようだ。  今は七月初旬。真夏である。ここ東都の七月は曇っていても気温が三十度を軽く超える。  蒸し暑さを想像しながら、誠は汗をぬぐった。  東和宇宙軍本部の地下駐車場で車に乗り、ランに好き放題罵倒され、勧められるまま酔い止めを飲んで眠った。  そして今、車はどうやら一般道に入っているらしい。  『可愛らしい萌え萌えロリータな上官』の高級国産車の中である。  外を見る気分にならず、誠は伸びをしながらランの座る運転席の後ろをぼんやり眺めた。 「やっと起きたか……よく寝てたんで、声を掛けそびれた……オメー寝言で何度も口にしてたな。魔法少女か……アタシも『魔法少女』にはなってみてーんだ……つーかアタシ以上に『魔法少女』に向いている人間がこの宇宙に居ねーのに地球人は『魔法少女』を発明したのは自分達だと威張っていることには少し不満を感じてるんだ。それで、さっきオメーが寝言で言ってたろ。『ランちゃん魔法少女萌え〜』とか。萌えるなら萌えろ。アタシは常に『魔法少女』になりたいと思っている。地球人のアニメに出て来る『魔法少女』は、その名に値しねーくらい弱い。見てるとイライラして、アタシこそが『魔法少女』だと名乗り出たくなる。あんな魔法はアタシの……いや、なんでもねー。聞かなかったことにしろ」  誠はその言葉で夢の中で敵の妖怪たちを次々と魔法の杖から放つ『魔法』で打ち払う無敵の魔法少女の姿のランの戦いの夢を見ていたことを思い出し、同時にそのことをかなり詳細に寝言として口にしていたことをランに聞かれていたことを知って赤面した。そしてまるでそんな魔法少女たちを完全に雑魚扱いしている上にその言葉尻をごまかして見せるランの態度が妙に気になった。  ただ、ランは『魔法少女』に限りないあこがれを抱いているということはその笑顔を見れば分かった。 「『魔法少女』……いつかはアタシもそー呼ばれてみてーもんだ。あの攻撃魔法はアタシから言わせると貧弱で見ていられねーもんだが、あの戦闘コスチュームに一瞬で変身するなんて芸当はアタシにも出来ねー。アタシは地球人が考えた空想の『魔法少女』のすべてに勝てる自信はあるが、あの変身が出来るというだけでアタシの勝利は意味のねーもんなんだ。地球人の想像力が無限?そりゃーアタシに会ったことがねーから言える言葉だな。地球人の考えたヒーローの出来ることはアタシにも一通りできる。というか、アタシから『あんなの使えて自慢する気か?』という技を自慢げに使ってる時点で地球人は終わってる。あの地球の大国アメリカのアニメや映画に出てくるヒーローの技はアタシはほとんどできるが、日本系のバトル魔法少女アニメの魔法少女たちが使える『変身』だけは何度試しても使えねーんだ。魔法は想像力のもたらした望む形に過ぎなくて無力な地球人の特権だよと『駄目隊長』は言うが、あの地球人の想像した魔法とやらのほとんどを使えるアタシには『変身』だけが出来ねーってのは屈辱なんだ」  ハンドルを握りながらランはしみじみと心の底からアニメの『魔法少女』を尊敬しているという調子でそうつぶやいた。  バックミラー越しに見えるランの笑顔はどこか寂し気で自分の限界と無力感に打ちひしがれた少女のそれだった。 「ここだけの話だが連中の使える攻撃魔法。アタシは似たようなのはいくらでも使える。だがいわゆる『魔法少女』ができるフリフリ衣装や急に大人になるような変身魔法だけは使えねー。そんなものが使えねえヒーローなんてただの雑魚だ。アタシは地球人が考え出した存在で『魔法少女』を超える存在はねーと思ってる。地球の軍隊?そんなもん2年で絶滅させるのは簡単だ。『魔法少女』以外の地球人の考える強い人間なんて所詮アタシから言わせれば『強い』と言うが、何度もその戦闘シーンを見たらアタシより弱いぞ。なんであれが『ヒーロー』とか呼ばれてるんだ?連中が『ヒーロー』だ?変身や大人になれる方がよっぽどすごいじゃねーのか?音速や光速で走れる?空が飛べる?そんなのできて当たり前だ」  ランが当たり前のようにとんでもないことをつぶやく。  この瞬間、誠の中でこれまで信じてきた『科学』というものへの信頼が一気に蒸発した。  誠は『音速や光速で飛べるのが当たり前』と言い切るランの方がよっぽど異常で怖いと思ったが、この場でその力を発揮されたらろくなことにはならないと我慢した。 「今、『音速や光速で走れて当たり前』とか『空が飛べて当たり前』とか言いましたよね?出来るんですか?中佐は。だったらなんで車に乗ってるんです?それだったら僕を掴んでその『特殊な部隊』の部隊まで一気に音速で飛べばよかったんじゃないですか?その方が万年渋滞の首都高の渋滞にも引っかからなかったでしょうし、僕に自分の力を示すこともできたんじゃないですか?」  当たり前のように浮かんでくる疑問をランに向けた誠だがランは聞くまでもないというように振り向く様子すら見せない。 「音速でアタシがオメーを抱えて飛ぶ?そんなことが許されているなんて言う交通法規をアタシは見たことがねーぞ。そんなもん、もしアタシがそんなことやったら道路交通法違反だろーが。それ以前の問題があることも気付かねーのか?オメー理系の大学出てるよな?『ソニックブーム』って知ってるよな?アタシが音速に達する。その瞬間もの凄い衝撃波が発生する。そうなるとどうなる?この周りを走ってる車は全部吹っ飛ぶだろーが。そんな当たり前のことも分かんねーのか?そんな破壊行為をうちの破壊行為大好きな男女二人のアタシの頭を痛ませてやまねー問題児とおんなじことをさせてーのか?オメーはそんなことを言う時点で社会人失格だ。ちゃんとアタシが教育して一般的な『社会人』がいかなるものか教えてやる。オメーがうち以外に行き先が無かったのも納得だな。そんな子供じみた発想をしている時点で社会人失格だ。社会には法律がある、不文律と呼べるマナーがある。それくらいのことはオメーくらいの年なら知ってても当然とアタシは思ってたが東和じゃそうじゃねーらしいや」  誠もランの指摘で確かにランが音速に達した時点で相当な衝撃波が発生することは想像がついたし、その結果ランと誠が通った道路がまるで台風後の市街地のような有様になることは十分想像がついた。 「少なくともオメーにはそのあたりの知識はないということはこれまでの話ではっきりした。それとアタシが空を飛んでみろ。オメーもびっくりするだろ?もしそれを見た人物が心臓に持病のある人間だったらどうなる?心臓発作で死ぬぞ。そんなにオメーはアタシに人を殺させたいのか?力はあってもあえてそれを使わねーってのが絶対的強者の在り方だ。オメーは飛べねーよな?だから飛べるアタシのそう言った配慮を理解できねーんだ。地球人の連中はアタシが使える力をまるで理解していねー。そんなのアタシにすれば使えて当たり前の常識なんだ」  ここまでランの話を総合して湧いて来た誠にとっての疑問は『そもそもこの人にはシュツルム・パンツァーと言う機動兵器に乗る必要があるのか?』と言うことだった。確かにアメコミのヒーローは素手でも誠が訓練で乗って来た89式よりはるかに強い。それを『雑魚』と言い切り自信を見せるランが乗るに値する機動兵器が存在しうること自体が誠には信じられなかった。 「地球はアタシから見て何の意味も感じねえオリンピックとかに国家の威信をかけて金をかけてるらしーな……アタシから言わせると百メートル百メートルを0秒で走れねー奴は陸上選手を名乗る意味はねー。アタシは0秒だぞ。マラソン?これもアタシは周りの被害さえ考えなければちゃんと走れというなら1分切れる。それが出来ねーなら何のために遺伝子操作や交配制限までして必死にメダルを取りたがるんだ?地球人の『アスリート』という存在がアタシには理解できねーんだ。全競技、天地がどうひっくり返ろうが当たり前のようにアタシが勝つ。そもそもアタシには『スポーツ』と言うものの存在意味が分からねーんだ。全部アタシが出たら勝つからな。プロスポーツがほとんどねー遼州系でもだから遼州圏のあらゆるスポーツ競技では『ただし呂布奉先とクバルカ・ランの出場は禁止します』と丁寧に規定がある。そりゃあそうだ。別にアタシはスポーツには興味ねーから別にいいけど野球部の名誉監督としては屈辱の限りだな。野球のピッチャーもキャッチャーまで届く球が投げられるのはアタシから言わせると一種の才能だな。アタシが投げると手元を離れた瞬間に球が摩擦熱で蒸発するから……」  無力感で自分を嗤ってくれと言う口調のランを誠は一切笑うことが出来なかった。  ランは笑えと言うが今のランの言葉がすべて事実ならこの銀河にランを笑える存在がいるとは誠には信じられなかった。  ランの声には、誇張も冗談もなかった。  むしろ、恥じていた。  空を飛べることも、音速を超えられることも、光速に触れられることも、彼女にとっては自慢ではないらしい。  出来て当たり前のことしか出来ない。  だから自分は魔法少女には届かない。  ランは本気で、そう考えているようだった。  誠の頭の中で、大学で習った力学の式が一斉に崩れた。  音速。  衝撃波。  摩擦熱。  空気抵抗。  人体強度。  それらをひとつずつ検討しようとしたが、検討する前に結論が出ていた。  ……この人は、物理法則の側が遠慮する種類の存在だ。  誠は高校時代、左腕から155キロのストレートを投げて騒がれた。  その球速は、彼にとって少しだけ誇れる過去だった。  だがランの基準では、捕手のミットに届く球は遅すぎるらしい。  速い球とは、投げた瞬間に蒸発するもの。  誠は、自分の野球人生が今、幼女の一言で物理的に焼却された気がした。  誠は確かに手元での球速は速いかもしれないが、手元で投げた球が蒸発した時点で、野球のルールではボークになるのではとツッコみたかった。 「……どうだ?アタシが『人類最強』なんて名乗ってるわりに大したことがねー女だってよく分かったろ?笑うなら笑えよ。オメーにはその資格がある」  その声は、勝者の余裕ではなかった。  本気で、自分には何かが足りないと思っている者の声だった。  誠は笑えなかった。  笑った瞬間、自分の理解している世界の方が間違いだと認めることになりそうだった。  確かにそれだけの身体能力を持っていれば、エースパイロットになれて当然なのかもしれない。  だがランは、それを『出来て当たり前』のこととして語っていた。  誠は返す言葉を失い、窓の外へ視線を逃がした。  巨大なコンクリートの建物が並んでいる。  すれ違うトレーラーは、何も積まれていないものばかりだった。

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