橋本直 / 第19話

第14話 詐欺られた英雄

 ランの動揺は誠の目から見ても明らかだった。  ちょうど、ランの見た目ぐらいの頃の誠も同じような状況に陥ったことがあることが思い出される。  比較的手のかからない子供だった誠も時々母に話したら確実に怒られるようないたずらをしたことはないわけでは無かった。黙って誤魔化したつもりで部屋に戻っても、夕食の席に着いた時点で、母にはもう隠し事がバレていた。  先ほどまで定期的に往復していた前方の車を見るランの視線と車内のモニターに映し出される将棋中継を見る頻度が明らかに変わっていた。  誠を罵ってからはしばらく黙り込んで時々ちらちらと誠の様子を伺っているのが分かる。  この上司は部下に隠し事をできない人物なのだ。誠はそう確信を抱いて思い切って探るように切り出した。 「あったことあるんですね……特殊詐欺……あんなのかかるのどうかしてると思ってたんですけど……現実に居るんだ……人に簡単にお金を上げると自分にも相手にも良いことは何もないって母さんは言ってましたよ」  誠はランの明らかに動揺している様子を観察しながら、何気なく言ってみた。 「……なんだよ……アタシを馬鹿にしてーのか?なんとでも言え!確かに特殊詐欺に遭ったことはある!しかも一回や二回じゃねーのも事実だ!中でもひどいときは借金で首が回らなくなってガス管くわえてて住んでた寮を吹き飛ばしたこともある!オメーにはその権利がある!確かにアタシの部下にもアタシほど詐欺に狙われていて見事に引っかかった人間は一人も居ねーらしいな!馬鹿にするならしろ!アタシは被害者だ!アタシは何にも悪いことはしてねー!」  そう言うと、ランはうつむいたまま静かに肩を落とし、ブルブルと震えだした。 「やっぱり、あったんですね……手口は何ですか?絵画詐欺ですか?振り込め詐欺?それとも投資詐欺?未公開株の優先割り当て詐欺……いや、クバルカ中佐はそんな損得勘定で動くような人じゃないですよね?あれですか、クバルカ中佐のことだから情に付け込んで金をせびるタイプの詐欺のカモになりそうですね……妊婦を轢いたから隠密に処理したいとか。甥が会社の金を無くしたからそれを保証してくれとか……妊婦を轢くような知り合いも甥も居そうじゃないですけどクバルカ中佐なら引っかかりそうですよね?」  誠はここぞとばかりにこれまで毒舌でやられっぱなしの幼女に向けて勝利を確信してそうつぶやいた。 「どうしたらそんなありもしない嘘に見事に引っかかるんですか?自分の家族や関係者にそんなことをしそうな人がいないかくらいは思いつかないんですか?頭大丈夫ですか?それとガス管くわえててガス爆発に巻き込まれた割にはよく平気で車を運転していますね?そんなに中佐は頑丈なんですか?」  誠が調子に乗って言葉を続けると、ランはゆっくりと顔を上げて目に涙を浮かべ始めた。  言うことはことごとく図星だった。ランの鋭い目つきの中に涙を浮かべ、完全に幼女のものだった。かつて誠が母を騙そうとしてそのすべてがバレていた時の反応そのままにランは目に涙をためて見ていた将棋中継を見ることも忘れて泣き始めた。  顔も、口元も、表情も、まるで本物の子供……。その誠を恐怖させるほどの圧倒的な迫力を感じさせる強さの裏付けのある自信はそこには無かった。 「うー……」  誠は初めて、ランを少しだけ上から見た気がした。  身長ではない。  会話の主導権を、ほんの一瞬だけ握った気がしたのだ。  萌え要素全開の泣きそうな目に、大粒の涙をためた幼女がそこにいた。  恐らく誠の『情』に訴えかける特殊詐欺にはことごとく引っかかったことがあるのだろう。  ランのハンドルを握る手は激しく震えていた。  誠は、さっきまで『人類最強』と豪語していた人物と同一であることを、頭では理解しながらも感情が拒否していた。  戦場では敵の罠を嗅ぎ分けるはずの英雄が、善意を装った電話一本には勝てなかったらしい。 『かわいい……というかこんな人が僕の上司なの?この人、知識や戦闘技術はともかく心は8歳児じゃん。僕は8歳児の下で働くことになるの?』  さっきまでの態度の大きい、口の悪いガキとは打って変わって、今や見る者すべてが抱きしめたくなるようなキュートな幼女として存在している。そしてこれからもその幼女の下で働き続けることになることについて誠は萌えと同時に一抹の不安を感じていた。  ランの視線が遠慮がちに誠を伺い、タイミングを見計らっているように見えた。   『かわいいね、君』と言うべきか、それとも何も言わない方がいいのか、誠は迷ったまま見つめ返す。  二人はしばし見つめ合った。  次の瞬間……。  ランはサッと涙を拭い、顔を真っ赤に染める。  バックミラーの中で、ランの目だけが動いた。  さっきまで涙をためていた幼女の目ではない。  戦場で、誰を先に殺すかを決める目だった。  まるで湯気が出るかのように、真っ赤になった彼女は慌てて運転の姿勢に戻った。 「あのー、ランちゃん……?」  誠は戸惑いながらも、背を向けたランに声をかけた。そこにはこれまでの誰がどう見ても情で簡単に罠に引っかかる『馬鹿』そのものの幼女の姿は無く、再び鬼の中佐の表情が浮かんでいた。  誠は、その瞬間だけ、相手が本当に自分より年下の子供に見えた。  だから、踏み込んでしまった。  しかしその誠の判断は遅すぎた。  「誰がランちゃんだ!遼南共和国で敵の8割を撃破したトップエースという言葉すら足りねーこのアタシに『ちゃん』付けできる資格のある人間は、これまでもいなかったし、これからも現れねーんだ!ちゃんと『偉大なるクバルカ中佐殿』と呼べ!それが嫌なら『人類最強のクバルカ中佐殿』と呼べ!アタシに勝てる人類はいねーんだ!まー相手が神様とか悪魔だったら、どーかわかんねーけどな!この世にアタシをちゃん付けで呼べるのはアタシを倒した一人のガキだけだ。そいつもアタシを『ランちゃん』と呼ぶが、アタシを尊重して『友達』と呼んでいる!うちの隊長の『駄目人間』もアタシを見ると恐れをなして逃げ出してその部下であるガキにアタシの相手をさせる以外に手はなかったくらいでアタシには一目置いている!新人のテメーがアタシをちゃん付けするなんて10億年はえーんだ!」  そう言って振り返ったランの表情には、先ほどの幼女らしさは微塵もなく、完全に元の口の悪いガキに戻っていた。ただその表情を見ている誠の胸に、説明のつかない小さな引っかかりが残った。  そして、今度は表情を消し、まるで悟りきった老練な戦士のような真剣な目つきで誠をにらみつける。 「……そんな……『人類最強』?吹いてるでしょ?それに『神』が友達になりたがる強さってどんなレベルの強さなんですか?それに上官が一目置いてるなんて……どうせ隊長はあの嵯峨とか言う人でしょ?あの人は信用できないんでそんな人に一目置かれても少しも自慢にならないと思いますよ。うちの母さんもあの人は問題だらけの人間失格の存在だって馬鹿にしてましたよ。そんな人になんで僕が頭を下げなきゃいけないんですか?どうせ司法局実働部隊の隊長もあの嵯峨とか言う人なんでしょ?あの人が問題だらけだから問題だらけの隊員達が集められて東和宇宙軍の人事部の禿げの大尉に『特殊な部隊』って馬鹿にされるようになったんですよね?僕は自分がパイロット失格なのは自覚してるんでそれはそれで良いんですけど、『人類最強』を自称するクバルカ中佐がなんでそんな問題だらけの部隊の指揮官をやってるんですか?特殊詐欺で借金抱えて首が回らなくなって嵯峨って人に脅されてるんですか?」  誠は明らかに詐欺被害者で弱点丸出しの幼女に向けてそう言い放った。どうせ司法局実働部隊の隊長はあの誠に妙に執着してきた嵯峨と言う男に決まっている。母が語る嵯峨と言う欠点だらけの男に誠は何の敬意も抱いていなかった。  そんな誠の挑発する発言を聞いても肩を震わせて詐欺にかかった事実を思い出しているランの姿は誠から見てもどう見ても幼女だった。  ただ、その眼光だけは、これまで誠が見たことのない鋭さと、見る者を威圧して黙らせる凄味を備えていた。 「随分と調子に乗ってデカい口を叩くじゃねーか。オメーはアタシの言うことを信じてねーのか?まあ、無理もねーわな。おかげでアタシも命じられて殺す相手を油断させる時にこのどう見てもガキの姿で随分役に立ったのは事実だからな。おかげでアタシが仕えた『外道』の敵対者を殺すたびに『|真紅《しんく》の粛清者』と呼ばれるようになった。後に遼帝国が滅んでシュツルム・パンツァーでの戦いが主流になって『|汗血馬《かんけつば》の|騎手《のりて》』って呼ばれる方になった方がよっぽどマシだった……アタシが遼南内戦では目の前の敵のほとんどを落とすとんでもないエースだって聞いてんだろ?状況を判断するには十分なヒントがあるんだ。敵を選んでから戦いな……オメーはパイロット失格だと自覚してる。それ以前に射撃が下手すぎて兵隊としても失格なのもアタシはオメーの関係書類に目を通して知ってるんだ。オメーはそんなに死にて―のか?今、アタシがその気になればオメーは次の瞬間には、この世ともオメーの好きな母ちゃんとも|永遠《とわ》の別れをする運命にある。その自覚は……今のその面を見るとねーみたいだな」  そう言ってぎろりとバックミラー越しに誠を見つめる殺気を帯びたランの瞳に誠は背筋が寒くなった。  誠も『汗血馬の騎手』の名を持つエースの存在を知っていた。    赤い機体を駆り、格闘戦無敵を誇ったエースの伝説を……。その信じられない撃墜数と無敵を誇る戦いぶりから『第二次遼州大戦にクバルカ・ランが参戦していたら地球圏は敗北していたことだろう』と東和宇宙軍の配属初期の戦史教育課程の内容で教官がそんな言葉を言ったのを誠は思い出した。 「アタシは自分の手札をこうして信頼できるとアタシが見込んだオメーに晒した。こういう『ヒント』が、いつもあるとは限らねー。1つのヒント……そこから自分の知識と勘でどうにか次に自分がするべきことを判断し、的確な行動に移す……まあ、ぽっと出のテメーにゃ無理だ。相手がそこまで配慮してくれると思うなよ。あの『脳ピンク』の隊長が目を付けたって言うから、下手な割に意外に筋があると踏んでたが……アタシの思い過ごしか……まあいいや。隊に着いて一週間も勤務すればそれがアタシの思い過ごしかそれともオメーがそれ以上の宝石の原石なのかは分かることだ。楽しみが増えてうれしーや」  百戦錬磨の古強者が放つようなセリフを吐き、ダメ押しの殺気を帯びた視線を放った後、何も言わずに前を向いた。  圧倒的迫力と、その見た目のギャップに、誠はただ呆然とするしかなかった。

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