橋本直 / 第87話

第82話 救出された者だけが知らない

「まったく、『上官命令ったって無茶がありますよ!』とか反論して来る度胸もねえのかよ。素直なのは戦場では自慢にはならねえぞ。まったく冗談もわからねえとは……所詮、オメエも弾の飛び交う場所でのジョークが通じねえ正規教育の兵隊さんだってことか?ったく。それにしても……下手な射撃だなあ」  誠の撃った弾丸が全て天井に当たっているのを確認すると、かなめは静かにタバコの吸い殻を廊下に投げた。  肩で息をしていた誠の耳に思いもかけない足音が響いて誠は銃を向けた。  誠の拳銃はすでに全弾撃ち尽くしてスライドが開いていた。震える銃口の先にはアサルトライフルHK53を構えているカウラとその背後には小さな手にあつらえたような見慣れない小型拳銃を持った、ちっちゃなランの姿があった。 「神前、貴様は無事なようだな、西園寺!」  銃口を下げて中腰で進んでくるカウラが叫んだ。その表情は死体を見ながら薄ら笑いを浮かべているかなめを咎めているように見えた。  その後ろで、ランが戦闘は終わったというように悠然とカウラを追い抜いて誠達の前に立ち誠とかなめを見比べる。 「へー……神前、生きてたんだ。西園寺の事だから間抜けな神前を見つけたらすぐに邪魔だから殺すんじゃねーかと思ったけどな」  ランはそんな冗談を言いながら、ちっちゃい小型のサブマシンガンFN-P90の銃口を上にあげた。悠然と誠に向かって歩いて来たランはその幼女にしか見えない体からは想像のできないような迫力で責任者らしい貫禄のある笑みを浮かべて誠の肩を叩いた。  誠はしゃがみこんで改造拳銃を構えたまま固まっていた。 「ヒデエな姐御。アタシは戦場の流儀って奴を懇切・丁寧に教えてやったんだよ!なあ!神前!」  かなめの言葉を聞きながらランとカウラが手を伸ばすが誠は足がすくんで立ち上がれない。  誠には周りの言葉が他人事のように感じられていた。  緊張の糸が切れてただ視界の中で動き回るフル武装の『特殊な部隊』の隊員達を呆然と見つめていた。 「まー、神前が無事だったのが一番だ。しかし、初めての撃ち合いでこんなに青い顔になるとはアタシも思ってなかったわ。それに西園寺、どんな脅しで神前をいたぶったんだ?どう見ても肩を貸すのが必要な程度には、消耗しているように見えっけどな……戦場の流儀を教えるのと部下を虐めて楽しむのは訳が違うんだよ。いい加減その『女王様』気質は何とか直せ。オメエの前の仕事で潜入するために本当に『女王様』として縄や鞭や蠟燭でお客を接待することはうちの業務にはねーんだから」  黒い戦闘服に身を包んだ普段は白つなぎを着て機体を弄っている整備班員だとかなめが言っていた隊員たちに指示を出していたランが誠に手を伸ばす。  その声で、誠はようやく意識を取り戻した。顔の周りの筋肉が硬直して口元が不自然に曲がっていることが気になった。  誠の手にはまだ粗末な改造拳銃が握られている。  その手をランの1回り小さな手がつかんで指の力を抜かせて拳銃を引き剥がした。 「大丈夫か?コイツ。こんなんじゃ次もまたアタシは酷い苦労をさせられることになりそうだぞ」  誠の背後でかなめの声が聞こえる。  次第にはっきりとしていく意識の中、誠はようやくランの伸ばした手を握って立ち上がろうと震える足に力を込めた。 「それにしても、ランの姐御。ずいぶんと早ええんじゃねえのか?この役立たずの『素質』がばれるには、少しくらい時間がかかると叔父貴からは聞いてたんだが」  かなめは箱から出したタバコに手をかけながらそう言って見せた。  誠は何のことだか分からず、ただ呆然と渡されたジッポでかなめのタバコに火を点す。 「どうせ、あの『駄目人間』があんまり誰も神前がうちに来てから誰も動きを見せる様子が無いから自分の方からリークしたんだろ?神前の『法術師』としての『素質』を知ってる連中も『法術』に詳しい連中ならそう簡単には手を出してこねえ。だから『法術』についていい加減な知識しか持ってねー連中なら、すぐ飛びついてくるってわけだ。そして、早速飛びついて来たのがこの様だ」  あっさりとランは可愛らしい声でそう言った。 「叔父貴の奴……『法術』の怖さを知らねえ密入国した地球圏の『マフィア』がその情報を知ったら金に目をくらんで東和のヤクザに声をかけてすぐに襲撃してくると見込んでたな。それで実行犯はこうしてアタシ等に始末させて自分は連中を狩りだす……神前を『餌』かなんかだと思ってるんだろ。普通そんなことするか?自分の部下を『密入国したマフィアの幹部を釣り上げる餌』に」  かなめは吐き捨てるようにそう言うとタバコの煙をわざと誠に向けて吐き出した。誠はその煙を吸い込んで咳き込む。 「あのー、僕の『素質』って?それと『法術師』って何ですか?いい加減教えてくださいよ。僕も東和宇宙軍に居ましたから軍事機密と言われたらどうしようもないのは分かりますけど、クバルカ中佐は権限からして必要があれば僕にそれを教える権限があると思いますけど……違いますか?」  誠はたまらず上層部の意向を一番知っていそうなランにそう尋ねた。 「そこまで分かってんなら何も言うな。これまでそれっぽい『ヒント』は言ったぞアタシは。テメーの『脳味噌』で考えろ!それなりの大学出てるんだろ?じゃあ、島田みたいに、一から教えないと何もわからねー馬鹿とは違うわけだ。そういうのは自分で考えてこそ初めて意味があるんだ」  ランは生存者が見当たらない散らかった雑居ビルの壁の割れ目などをのぞきながら、わざと誠から眼を逸らすようにしてそう答えた。  ランは笑っていた。  だがその笑顔は、誠が何も知らないことを前提にした笑顔だった。 「アタシもランの姐御が何も言わねえならノーコメント。叔父貴に口止めされててね」  そう言うとかなめはタバコを口にくわえて誠から目を反らした。 「私も言うことは無い。今は言うべきではないからな。それが武装警察と言うものだ」  カウラは自動小銃を手に、乱雑に置かれたテーブルやゴミの後ろを探りながら、そう言った。 「まあ、お前さんの知らないお前さんの『素質』はそのうち嫌でも分かるわな。『時』が来れば。それより、肝心の叔父貴はどうしてるんだ?姐御」  かなめはそう言いながら苦笑いをした。  その視線は担架に乗せて運ばれる、瀕死の組織構成員に注がれた。  一方、ランはかわいらしい姿には似合わない冷静沈着な態度でかなめを見上げた。 「あー、隊長ならアメリアと運航部の変な髪の色の女芸人連中を連れて、こいつ等のクライアントのところにご挨拶に行ってわ。まあ『|国綱《くにつな》』抱えて出かけてったからな。もしかしたら今ごろには、そいつの首でも挙げてるんじゃねえのか?」  ランは無関心を装うようにかなめにそう言うと階段を昇ってきた東都警察の幹部警察官の挨拶を受けていた。  三人の会話は、誠の頭上で交わされていた。  『法術師』。  『素質』。  『クライアント』。  どの言葉も、自分に関係しているはずなのに、自分だけが意味を知らない。  誠はそこで初めて、自分が救出されたのではなく、まだ何か大きな作戦の途中に置かれているのだと気づいた。  ランもかなめもカウラも、誠の知らない前提で会話を進めている。  誠だけが、大人の会話に混ぜてもらえない子供のようだった。 「『|粟田口国綱《あわたぐちくにつな》』か……あんな『美術品』でなにする気だよ……叔父貴。まあ機能としては『人切り包丁』だから、斬るんだろうな、誰かを」  誠はその日本刀『粟田口国綱』の名を知っていた。  誠の実家の道場主である母の前で、嵯峨はその『粟田口国綱』を誠の母、薫に見せていたのを思い出した。重そうな刀身とキラリと光る刃に幼い誠は肝を冷やしたことが思い出される。薫はそんな誠を見てただ笑っていたことだけがその時の誠の記憶のすべてだった。 「まあ、『マフィア連中』も多分、馬鹿じゃないだろうな。『国綱』を持っている隊長に、『無駄な喧嘩』を売るような酔狂な人間なら組織に抹殺されているはずだ。遼州圏に来る前にな」  自動小銃のマガジンを抜きながらカウラはそう言った。  誠も聞いたことがある江戸時代後期の火付け盗賊改方の初代長官長谷川平蔵の愛刀『粟田口国綱』の剣先の鋭さを見たとき、誠はまだ小学生にすらなっていない子供だった。  社会や歴史に興味はない誠だったが、名刀の誉れ高いその名を聞くその剣の重たい刀身を見て、それが『人を叩き斬る』ための刀であることはすぐに直感した。  その時の刀を手にした嵯峨の殺気のこもった目を思い出して誠の体が自然とこわばる。  誠はその恐怖から自分の手の中の改造拳銃を見た。  そして周りの遅れて到着した東都警察の鑑識職員に囲まれたチンピラの死体を見て思わず意識が薄くなっていく。誠は思わず銃を取り落とした。 「神前。そう簡単に銃は落とすな、安物の改造拳銃だからな。暴発の危険がある」  カウラが優しい調子で落ちた拳銃を拾い上げて誠に渡す。 「申し訳ありません」  彼女の緊張した言葉が誠の緩んだ気持ちを引き締め直すように意識をはっきりさせた。誠はカウラの差し出す拳銃を受け取りながらようやく体が動くようになったことを確認しながら誠は立ち上がった。 「とりあえず下に降りるか」  カウラの言葉にかなめもランも納得したように狭い雑居ビルの階段を降り始めた。  誠もその後に続いて階段を下りる。  先ほどまで恐怖と混乱で動かなかった体が、思いのほか自由に動くのを感じて、誠はほっとした。 「なんだ、泣いたカラスがもう笑ってやがる……その回復力の早さだけは認めてやってもいいかな」  タバコを投げ捨ててもみ消したかなめがそう言って笑った。 「西園寺、口が過ぎるぞ。神前にとってはこれがはじめての命のやり取りだ。そのような状況にいきなり送り込まれて正気でいられるのは私のように『そのために作られた人間』くらいだ」  カウラはそう言うと踊り場に倒れている死体をよけながら一階に向かう階段を降りる。  そんなカウラの態度が気に入らないと言うようにかなめは目を反らした。 「僕は……助かったんですね……。」  誠は自分に言い聞かせるようにそう呟いたが、胸の奥に渦巻く感情が何なのか、自分でもわからなかった。  安堵?恐怖?それとも、ただの疲労感?  目の前の血まみれの床を見つめながら、誠は自分の感情を言葉にすることができなかった。 「そうだな。礼が欲しいな……さっき言ったようにアタシは金持ちの貴族だからモノや金は要らねえぞ」  かなめは一瞬だけ、誠の顔を正面から見た。  だがすぐに照れくさそうに視線を逸らした。 「……まあ、礼くらいなら受け取ってやらねえこともねえけどな」  かなめは再びタバコを取り出しながらそのタレ目で誠をにらんだ。  真正面から誠がかなめを見つめると、自分の行ったことを恥じたようにかなめは目を逸らした。 「何が……お金じゃないのはありがたいですけど……やっぱりもう一回アイスを買いに行かないといけないんですか。はい、わかりました、今度はかき氷じゃなくて高級アイスを選ぶことにします」  誠はかなめの言葉に戸惑ったようにそうつぶやくのがやっとだった。誠の返しに呆れ切った顔をしたかなめは頭を掻きむしって軽蔑した視線で誠を見下した。 「本当にオメエは典型的な『モテない宇宙人』遼州人だな!こういう時に女が何を欲しがるかをまるで理解していねえ!オメエにゃ期待してねえよ。まあ、さっきのビルの屋上みたいに、盛大にやらかさなかったのは褒めてやるがな。さすがアタシの後輩ってところかな」  かなめは、怯えて座り込む誠からわざと目を逸らし、天井を見上げながら皮肉を込めた調子でそう言った。  かなめの言葉に誠はただ黙り込むばかりだった。  立ち込める『死』のもたらす臭いに誠は恐怖から『吐く』ことすらできなかった。  かなめはそんな誠を見下ろしながら、煙草の灰を丁寧に落とした。戦場での冷酷さと、身近な人間に向ける一瞬の優しさが彼女の表情を交互に支配している。  誠はそこでようやく理解する。……この人は、ただの冷たい機械なんかじゃない。彼女のやり方は荒っぽい。だが結果として命を守るのなら、誠はその方法に謝意を抱かずにはいられなかった。  ただ被害者意識だけでランのランニングに耐え、かなめの射撃訓練に付き合っていた日々には、もう戻れない。  誠はそんなことを考えながら思い出したように左耳の嵯峨に渡された通信機を取り出した。  左耳の通信機は、もう沈黙していた。  だが誠には、それがまだ自分を監視しているように思えた。    嵯峨がそれを誠に渡したのは助けるためだったのか。  それとも、最初から自分を餌にするためだったのか。  誠にはもう、その二つを区別することができなかった。

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