橋本直 / 第86話

第81話 血筋と銃声

「僕は……全然、西園寺さんのことをわかってなかったんですね……僕はこれまでずっと安全地帯で生きてきて……こんな世界がこんなに身近にあったなんて……」  立ち上がりながら誠はかなめに笑いかけた。それでも、今さら元いた場所には戻れないとも、同時に分かっていた。  階下の銃声が止み、どうやらカウラ達の制圧作戦も終了したようだった。  廃墟の空気は、まだ戦いの熱を引きずっていた。埃と血の匂いが混じり、窓から差し込む光は不均一な斑点模様を床に落としている。誠の胸はまだ高鳴り、掌は冷たく汗ばんでいた。  初めての戦闘……誠の内部で何かが静かに変わりつつあるのを、誠自身がかすかに感じていた。  かなめは立ち尽くす誠に近づくと、長身の誠の左肩を軽くたたいて皮肉に満ちた笑みを浮かべた。   「神前、その言い方はオメエはずいぶんと自分を賢い人間だと思い込んでるみてえだな。最近、オメエはよくアメリアと一緒にいるところを見るからな。アイツは電子の脳のアタシも時々ついて行けないほどの勘が働くことがある。IQ250は盛ってるわけじゃねえからな。ただし、あのおばさんと話をするとIQが上がるわけじゃねえんだ。そんなオメエがいつからシャーロック・ホームズになったんだ?確かにあのアマは初対面でアタシの経歴をネットも調べず全部当てやがった。何でもアイツに言わせるとアタシにはそんな証拠が山ほど見えるんだそうだ。オメエはアメリアじゃねえ。そんなオメエが人をこの数日で理解できる?そんなアメリアみたいな名探偵並みに賢いらしいオメエはアタシを何だと思ってたんだ?ただのガサツな機械の身体の姉ちゃんとか思ってたんだろ?違うか?うちは『特殊部隊』だぞ。その隊員ならこれくらいのことは出来て当たり前だ。オメエはパイロットだが同時にこうした白兵戦の技量も求められることになる……この前の射撃訓練で見てたがオメエの射撃の腕は絶望的だからな。早死にしたくなかったら……まあ、こっから先は自分で考えろ。オメエのその様子じゃあ良い頭を持っていると自分では思っているらしいからな」  挑発的な笑みを浮かべて、かなめはそのたれ目を誠に向けた。  この『戦い』の中で、かなめが初めて見せた心からの笑いがそこにあった。 「いえ、そんな……あの射撃訓練がそんなに重い意味を持ってるだなんて……ただ単に西園寺さんの趣味に仲間をつき合わせただけだと思ってました」  正直、誠はこれまでそう思っていた。  銃は人を殺すモノ。  その銃のスペシャリストが殺しのスペシャリストであっても別に不思議はない。 「まあ、どうでもいいか。事実、アタシが教えなかったからな。知らずに済めばいいことなんてこの世に山ほどある。雑魚相手に銃撃戦?コイツ等の射撃の酷さはオメエと五十歩百歩だ。そんなの相手にウロチョロするなんてアタシにとってはこんなのは遊園地のお散歩みたいなもんだ……そう言う女が普通に世の中には居る……知らなくてもいいことだが、オメエはさっきそれを知った。ただそれだけの話だ」  かなめの表情から再び本心を話す心の火が消えた。  それが誠には恐ろしく感じられた。 「まあ、アタシと叔父貴はこんな日常を生きて来たんだ。アタシはオメエに言わせれば隊長のオメエを|嵌《は》めた嵯峨と言う名のあの『駄目人間』を叔父貴と呼んでる。恥ずかしい話だが、アレはアタシの『叔父』だから……親父の義理の弟なんだ。アタシは甲武の貴族制度の頂点に立つその西園寺家の当主をしている……叔父貴はその養子としてうちで暮らしてた。ああ、名字が違う理由か?西園寺家から別れた甲武四大公家末席に嵯峨家ってのがあってね。そこが長いこと絶家になってたからそこを継いだんだ。軍部が嫌いで貴族制なんて辞めちまえって家訓の西園寺家の人間が、貴族制国家の頂点で軍人をやってるんだ。世の中随分と皮肉が効いてるもんだな」  かなめは安心したように、胸のポケットからタバコを取り出して一本くわえた。  そして、『仲間』として認めた人間を見るような目で誠を見つめた。そしてかなめが語る自分の出自に誠はこれまでのかなめの粗暴な暴力馬鹿のイメージとどう見ても貧相で人を陥れる事しか能の無いような金のない嵯峨への思い込みが音を立てて崩れていくのを感じていた。 「オジキ?|叔父《おじ》さん?隊長が?あの『駄目人間』が?そして貴族制国家、甲武国の最上位の貴族の四大公家の筆頭の当主が西園寺さんで、隊長がその末席の当主?何かの冗談でしょ?なんでそんな人間がこんなに危ない仕事を……」  次から次へと訪れるかなめの隠された過去に誠は驚き続ける。  そして、耳には近づく銃撃戦の銃声が響いてきた。 「残念ながらそれは本当の話。アタシは認めたくねえがな。叔父貴は7年続いた第二次遼州大戦の敗戦後3年して遅れて復員したんだが、その時14歳のアタシが修学院女子中等部の友達二人を連れて外から帰ると、大概あの『駄目人間』が当時13歳の金髪の娘と一緒にうちに上がり込んでちゃぶ台で冷や飯にお茶をかけて食ってた。嵯峨家も甲武四大公家で公爵の爵位があって叔父貴の官位は内大臣だから甲武の公家貴族でもちょっとは知られたデカい屋敷を持ってるんだが、あそこには嫌な思い出があるから帰りたくねえとか言ってアタシの家にほとんど居候同様で父と娘で暮らしてた。アタシも叔父貴がその背中を見て軍人を目指すことを決めた人物に憧れて軍人になったわけだが……西園寺家は軍では嫌われててね。軍じゃ、西園寺家の人間には汚れ仕事を押し付けてもいいっていう伝統があるらしいや。そうして叔父貴もアタシも表にできねえような酷い仕事ばかり押し付けられて同じように殺しの世界に足を突っ込んで抜けられなくなった……血の因縁かね」  かなめは胸のポケットからタバコを取り出し、ジッポで火をつける。  誠は一瞬、目の前のかなめと、彼女の言葉の中に出てきた『西園寺家当主』という肩書きが結びつかなかった。  机に足を乗せ、銃を玩具のように扱い、口を開けば乱暴な言葉ばかり吐く女。  その女が、甲武国の頂点に立つ貴族の当主。  そして、あの嵯峨がその家に連なる男。  誠の中で、これまで冗談のように見えていた部隊の人間関係が、急に血筋と政治と戦争の匂いを帯び始めた。  そんな本来であれば誇るべき血筋の話を語るかなめの言葉には誠の思うような貴族の誇りに満ちた高貴さよりも自分の血の宿縁への恨み言とも愚痴ともいえるような自嘲の響きが満ちていた。  誠には、その『因縁』という言葉が、ただの冗談に聞こえなかった。  そして自分の身の上話を終えるとかなめは誠を見上げて、少し恥ずかしそうに笑った。 「……まあ、こんな話、普段なら絶対しねえけどな」  かなめはタバコの煙を吐きながら、誠から目をそらした。 「オメエが一度くらい死にかけたから、特別に聞かせてやっただけだ。勘違いすんなよ」  その恥じらいにはサイボーグだというかなめの現状を感じさせる雰囲気は無かった。  そんなかなめの笑顔が、すぐ近くでした銃声でまた戦場のそれに切り替わる。    誠は、かなめと嵯峨の過去の重さと、いまだに自分が戦闘地域にいるという事実の両方に押しつぶされかけて、銃を握った手を震わせていた。   「つまんねえ話を聞かせて済まなかったな。行くぞ、神前。こういう場面では銃撃戦が一段落して油断している制圧部隊に襲い掛かってくる多少頭の回る慎重な連中の方が厄介なんだ。そいつ等はアタシ等の襲撃を受けた時点で自分達に勝ち目がないと理解できるだけの判断力があるし、それが分かるってことはそれなりに危ないところに出入りした経験もあるってことだ。勝ち目がないと分かった段階でとりあえずアタシ等が完全に制圧に成功したと安心しているところに飛び出してきて脱出のためにどんな手段をとってくるか分かったもんじゃねえ。アタシが『鉄火場の後始末』の方法を教育してやる!」  そう言うとかなめは銃をもう一度、確実に握りなおした。  かなめは再び戦闘マシーンのかなめに戻っていた。 『やっぱりこの人は楽しんでる……人殺しを楽しむ目……こんな目の西園寺さんは見たくない……いくらそれが血の因縁……家の因縁だと言ってもそんな生き方……西園寺さん……隊長……間違ってるようにしか見えませんよ』  相変わらず残忍な笑いを浮かべているかなめを見て誠はそう思った。  誠はかなめに視線をやりながらも、下での話し声に耳をすませていた。  階段の下には聞こえてくる声の違いからして三人の男が待ち構えているのは素人の誠にも分かった。  先ほどからもめている二人の若いチンピラの声に混じって下から駆けつけたらしい低い男の声が聞こえる。三人とも自分が下からの急襲と上から降りてきて味方を次々と始末していくかなめの急襲に怯えて逃げ道が無いと悟ってとりあえず数で劣る上から迫る敵のかなめを駆逐して活路を見出すことで話がまとまった様子だった。 「どうするんですか?西園寺さん。三人はいますよ……後ろはカウラさん達に抑えられているのにまだ抵抗して来るなんて……相手も必死です。どうします?」  誠は銃を拾い上げながら、通路越しにかなめに話しかけた。  かなめは一瞬下を向いた後、誠に向き直った。 「これはカウラ達だけじゃなくてランの姐御が下の制圧部隊の指揮をしてるからな……あのちび中佐はアタシとオメエに試練としてわざとカウラ達にこの生き残りを殺さずにおいてアタシ等に始末させるつもりだ。まったく性格の悪い教官殿だぜ。神前、お前、|囮《おとり》になれ。そんなランの姐御の与えた課題をクリアーすると同時に偉大なる先輩様であるアタシにそれにふさわしい活躍をして忠誠を示して見せろ。オメエの銃の下手さは知ってる。でも身体能力だけは一流だと聞いてるぞ。つまり囮にはこれ以上ない才能の持主ってことだ。そんくらいの役には立って見せろ」  そう言うとかなめは飛び切り嬉しそうな顔をする。  まるで何事も無いようにその言葉は誠の耳に響いた。  誠は一瞬、かなめが冗談を言っているのだと思った。  だが、かなめの目は笑っていなかった。  さっきまで自分の過去を語っていた女は、もうそこにはいない。  いるのは、使えるものを使って敵を殺す戦闘員だった。 「そんなあ……」  誠はかなめに渡されたチンピラの銃を手に握って泣きそうな顔でかなめを見つめる。 「連中はもうこの戦いは負けと踏んで逃げる気満々の連中だ。階下のカウラ達はフル装備で数も多い。となると上に上がってアタシ等を始末してからビルの屋上を伝って隣のビル経由で逃げようと考える……そのくらいのことは思いついて当然の話だぞ。そんなことくらい場末のチンピラにだってわかる話だ。そんな連中に簡単に撃たれるようじゃあ先が知れてらあ。これがアタシ等の日常だ。嫌ならさっさとおっ死んだ方が楽だぜ?」  かなめは階下を覗き見てそう言い放った。  下のチンピラ達は弾を込め直したようですぐにサブマシンガンの掃射が降り注いでくる。 「どうしてもですか?走るのには自信はありますけど……相手は銃を持ってるんですよ?」  誠の浮かない表情を見て、かなめは正面から彼を見つめた。 「根性見せろよ!男の子だろ?それにこれは上官命令だ。アタシに逆らうのか?なんなら、連中の弾でなくアタシの銃で殺してやろうか?神前が命令違反をしたと言い訳をすれば、ランの姐御も許してくれるだろ」  かなめはそう言うと左手で誠にハンドサインを送る。  突入指示だった。 「うわーっ」  そう叫んで誠はそのまま踊り場に飛び出すと、拳銃を乱射しながら階段を駆け下りた。  かなめの視線が、自分を逃がさない。  ここで止まれば、本当に後ろから撃たれる。  誠は半ば反射的に床を蹴った。 「馬鹿野郎!それじゃあ自殺だ!」  かなめは慌ててそう叫ぶと、すぐさま後に続いて立ち上がり、次々と棒立ちの三人の男の額を撃ち抜いた。 「うわあ、ううぇぃ……」  瞬時に出来上がった三人の死体の間に、誠は力なく崩れ落ちた。  頭上を通り抜けた銃弾の風圧が、まだ耳の奥に残っている。  自分は今、勇敢に突っ込んだのではない。  ただ、恐怖に押し出されて走っただけだ。  そして、その無茶をかなめが撃ち抜いて、どうにか生き残っただけだった。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳