橋本直 / 第52話

第47話 占拠完了

「どうせまずは焼鳥盛り合わせだろ?アタシはキープしてある奴出して!神前はデカいから、豚串も食っとけ。甲武じゃ天然肉なんて貧乏士族には高級品だからな。鶏だ豚だなんて贅沢言うな!」    一人静かに小夏から受け取ったおしぼりで丁寧に手を拭っているカウラの背後からかなめがそう言って冷やかした。 「アメリアさんと誠さん、飲み物は生中でいいかしら?カウラさんは烏龍茶ね。警察官が飲酒運転で捕まるわけにはいかないでしょ?まあ、島田君は時々捕まってその度にクバルカ中佐に迷惑をかけているみたいだけど、カウラさんはそんなことはしないわよね?」 「やっぱり春子さんは分かってらっしゃる!カウラも島田の真似して飲酒運転してランの姐御の手を煩わせるようなことなんてすんじゃねえぞ!」  春子とアメリアの絶妙な息の合い方を見て、誠はもし部隊に残ればこの店に入り浸ることになるであろうことを予想してなんだかうれしい気分になった。  厨房で焼き鳥を串に刺す老人の手は細く、だが熟練のリズムを刻む。炭の火の赤が顔に映るたび、店内は温かい光で満たされる。誠はその景色が心底安らぐのを感じた。 「なんだかいい店ですね……僕、友達が少ないんであまり飲む機会とかないけどそんな気がします」  焼鳥の煙の漂う店内で春子と小夏が手分けして運んで来たグラスを受け取りながら誠はそう言って笑った。 「良い店よ、ここは……なんと言うか、落ち着くし」  アメリアは笑顔でそう言った。そして小夏が苦い顔をしてかなめの前に誠が初めて見るような酒瓶を置いた。 「なんですか?そのお酒」  誠は好奇心に駆られて尋ねる。 「ラムだよ。『レモンハート』。こいつに出会ったのは……あれはベルルカンの某失敗国家の傭兵が集まるようなダウンタウンの酒場だった……細かい街の名前とかは軍事機密だから教えられねえがな」 「長くなるんでしょ?かなめちゃんのそのうんちく……その後にラムの銘柄のオンパレード……私は全部復唱できるけどしましょうか?今。」  かなめがうんちくを傾けようとしたとき、アメリアが手をかざしてそれを抑えた。  かなめのうんちくは熱量が高い。誠はそれを聞くのも嫌いではない。だが今は祝宴の始まりだ。アメリアの制御は場を和らげる仕事をする。  しかたなくかなめはグラスにラムを注いで苦笑いを浮かべる。 『カンパーイ!』  四人は元気よくそう叫んだ。  ピンクのTシャツに『浪花節』と書かれた、紺色の長い髪の長身美女……アメリアは、ジョッキのビールを一口飲んでテーブルに置いた。ジョッキのビールを一口飲んでテーブルに置いた。  そして、真剣な表情でウーロン茶を飲んでいる緑の髪のポニーテールの美女はそのグラスを手に周りの三人の様子を見守っている。周りの客が次々と勘定を済ませて帰っているのはこの中のボブカットの美女の脇にあるものがぶら下がっているからだった。  そのぶら下がっているもの……明らかに誰が見ても分かるような茶色いホルスターと黒く光る拳銃。誠には出て言った客の一人が近くの警察署に通報しないかどうかが心配になった。 「かなめさん。拳銃はちゃんとお客さんに見えないようにしてね」  春子はカウンターから出て、かなめの隣に立った。 「アタシ等は『武装警察』なんだ。銃ぐらい持ってて当たり前だし、許可は取ってあるぜ。ビビる腰抜けは勝手にビビらしとけ。それに減った売り上げも、今日はアタシがこれを一本空けるからちゃら。しかもアタシのキープしてあるボトルはちっこい姐御のツケでなく現金で払うわけ。それなら文句ないんじゃないですか?春子さん」  そう言って、焼き鳥屋に何故か置いてあるラムの高級銘柄として知られる『レモンハート』の注がれたグラスを傾けて一人ニヤリと笑った。  笑いの裏側にある緩い掟がこの店のやり方を成り立たせている。誠はそのさりげない秩序感に安心を覚える。  困惑する誠にアメリアが耳を貸すように合図した。 「かなめちゃんはね、ここを二十世紀末のヨハネスブルグやモガディシュと思い込みたいのよ。確かに、うちは法的に銃を持ち歩いてもいいことになってるけど、日常的に持ち歩いてるのはこの娘だけ……この治安の良い東和で銃なんて持ち歩くのはどうかと思うんだけど……」  そんなとんでもないかなめの思考回路を『浪花節』と白抜きされたピンクのTシャツを着たアメリアに言われて誠はただおびえる視線で武装しているかなめに目を向けた。 「全部聞こえてんぜ、アメリア。アタシは常在戦場が身上なの。安心しな。最近はやりの反同盟主義とか、新なんたら主義とかのセクト共はみんな手製の密造拳銃なんかで武装してるんだ。そいつを見つけてアタシに銃口を向けた瞬間には即射殺する。その為に銃を持ち歩いてるんだ」  そう言ってかなめはホルスターの中の銃を見せつけるように右手で軽く叩く。  小夏はかなめのホルスターを一瞥しただけで、もう見なかった。    怖がっていない。    ただ、邪魔な常連の荷物を見るような目だった。  春子はその仕草をあきれたように見つめながらも、どこか満足げだった。店の空気が引き締まり、客の顔が笑う。誠はその均衡に妙な居心地の良さを感じる。 「うちはいわゆる『殺人許可書』の出る部隊だから。射殺した後で、それが合理的であれば、職務を執行したという事でボーナスが出る。まあ、今のところそんなことを信じて日常的に銃を持ち歩いているのはこいつだけだが」  そう言ってカウラはお通しの青菜の味噌和えを噛みしめていた。 「『殺人許可書』……のある部隊なんですか?やっぱりうちは『特殊な部隊』なんですね」  誠は恐怖に震えながら三人の美女を見渡す。 「もちろん俗称だ。正式にはそんな物騒な名前ではない。長い正式名称とそれに関する一連の通達が我々の端末には入力されている。この場で見せてもいいが、飲み会でそんなものを見たくはないだろ?」  カウラは携帯端末を取り出そうとしてやめるとすぐに烏龍茶のグラスのストローに口を寄せた。  それでも、目の前の焼き鳥の煙とビールの泡、仲間たちの喧騒が、現実の怖さを薄めてくれる。誠はその慰めを素直に受け入れることにした。  その瞬間、三人とも悪い笑みを浮かべた。 「大丈夫よ。今のところはうちでトラブルなんてないもの。部隊が駐屯する前の三年前まではこの通りは夜は危ないことで知られてたらしいけど、かなめさんが時々武装して現れるおかげで、もめ事とかなくなったって聞いてるし……かなめさんの銃も撃たないんだったら町の人もモデルガンを持ち歩いてるのと大差ないくらいにしか思ってないわよ……それより神前君争奪戦に私も参加していいかしら?」  春子はあっけらかんとそう言った。 「春子さん!それは禁止です!まず私に優先権があります!私は結婚相談所に500万つぎ込んだんですよ!それを逆にお金をもらう立場になって誠ちゃんまで取られたら私が馬鹿みたいじゃないですか!」  これまでにない真顔で、アメリアが春子の言葉に必死になって叫んでいた。  春子は笑っている。    だが、その笑顔は店を仕切る女の笑顔だった。    武装警察だろうが、特務だろうが、この暖簾の内側では春子の客でしかない。 「アメリアさん、冗談も分からないのね……でもこんなに狼狽えるアメリアさんが見られるなんて今日はいい日になるかも♪」  春子の声に含まれる軽い毒のようなものに、誠は背筋がぞくりとした。だが同時に、『この店は守られている』という実感もまた得る。春子という人物の存在が、その背後にある複雑な歴史をやんわりと覆い隠しているのだ。  誠は助けを求めるべき女将がこの非日常をあっさりと受け入れている事実を知り退路を断たれた気分で店内を見渡した。  さすがに粘っていた最後の客もレジで精算を済ませていた。  つまり、店内には四人の他にレジを操作していた中学生の制服を着た小夏と串焼きを焼いている老人だけになった。  店内の音が一瞬鎮まる。炭火のはぜる音、箸の触れる音がよく聞こえる。誠はその静かな瞬間を、これから続く賑わいへの前奏だと感じる。  そして、アメリアがごそごそ手にしていた小さなバッグから何かを取り出そうとしていた。 「アメリアさん……銃ですか?」  誠はもうすでに人間不信になっていた。本来なら、銃をぶら下げた客がいる飲み屋からは全力で逃げ出すべきなのだろう、と地球科学を信じる頭の一角がしつこく囁いていた。  この三人の女は『殺人許可』によるボーナスが欲しくて銃で武装して襲ってくる敵を待っている。そんな妄想に誠は駆られていた。しかし、誠の予想に反してアメリアは静かに通話が可能なタブレット端末を取り出した。 「ちょっと連絡するからね」  そう言って携帯端末の画面を押すアメリア。誠はそれが何かの起爆スイッチに違いないと、逃げる用意だけしながらアメリアを見つめた。 「占拠完了……オーバー」  それだけ言うとまた微笑みながらアメリアはタブレットをバッグに戻す。  誠はようやく理解した。    かなめが銃を見せびらかす。    一般客が自然に帰る。    店が空く。    そこへアメリアが連絡を入れる。    つまりこれは、予約ではなく、実力行使による席取りだった。  しかも、かなめ本人は自分が席取り要員に使われていることに気づいていない。 「予約しろよ!銃で客を追い出してから仲間呼ぶなよ!」  小夏が叫んだ。誠は、三人が毎回こんなふうに店を占拠していることを察した。 「これ、歓迎会じゃなくて作戦行動ですよね?」  誠は自分がいいおもちゃにされているに違いないという事実に気づいた。  それでも逃げ出さなかった自分に、誠は少しだけ驚いていた。 「そうよ。作戦名は『新人歓迎』」 「細けえこと気にすんな。成功してんだろ」  アメリアとかなめは誠のツッコミに開き直ったようにそう言った。 「見事にガラガラ……」 「アタシ達もいつもの!」  引き戸を開けて次々と男女の若者が流れ込んでくる。先ほどの会話から推測すると全員が『特殊な部隊』の隊員であることはこんなことが初めての誠でもわかる。  店内の空気は瞬時に温度を上げ、笑い声や怒鳴り声が飛び交う。誠はその渦の中心へと、ゆっくりと歩み寄る自分を感じた。 「つまりこれが、うち流の新入隊員歓迎会。びっくりしたでしょ?そう言えば、島田君とひよこちゃんは?」  アメリアは再びハメられて唖然としている誠の顔をつまみにビールをあおった。 「ああ、班長ならバイクのエンジンの吹きあがりが気に食わないから今日はキャンセルだそうです。それとひよこは定例の詩の発表会があるとかで……」 「ちっちゃい姐御の金でタダで酒が飲めるのにもったいないねえ……俺達も焼き鳥盛り合わせ!」 「生中も!」  あっという間に狭い店内は一杯になり、男女の隊員の叫び声が店内に響いた。  春子は手際よく注文をさばき、老人は黙々と串を返す。小夏は嬉々として皿を運び回る。誠はその中に溶けこみながら、初めてここに『居場所』ができたように感じていた。 「はいはーい!」  さっきまでのふくれっ面はどこへやら、小夏が店内を元気に走り回った。  騒がしくて、うるさくて、理不尽で。    それでも誠には、この『特殊な部隊』の隊員たちの喧噪が、少しだけ心地よく感じられた。    そして、この喧噪をまた味わいたいと思っている自分に気づいた。    逃げ出さなかった自分に、誠は少しだけ驚いていた。

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