幻翠仁 / 第4話

第4話 脈の共鳴②

 スタンを見つけるのはそう難しくはなかった。  王都の東側へ近付くほど、人の流れは一方向になっていた。上層区の住民は西へ逃げ、騎士たちはその間を縫うように東へ走っている。怒号と悲鳴が幾重にも重なり、普段なら夜明けまで馬車の絶えない大通りには、横転した荷車や放り出された荷物が散乱していた。  その向こうで、白い光が弾ける。  カガンは屋根の縁を蹴った。隣の建物へ飛び移り、さらにその先へ向かう。眼下を走るより早い。何より、人混みに巻き込まれずに済む。胸の痛みは消えていない。それでも、西へ向かおうとしたときよりはマシだった。近付くほど焼けた杭を突き立てられたような熱が、少しずつ薄れていく。 「東区の住民を西へ! 中央通りは使うな!」  聞き覚えのある声がした。  カガンは足を止める。眼下の広場に、スタンがいた。鎧を身に着ける暇すらなかったらしい。白い上衣のまま、腰に剣だけを|佩《は》いている。長い臙脂色の髪が夜風に煽られ、その周囲を十数人の騎士が固めていた。 「第二隊は南へ回れ! 倒すことより避難を優先しろ! 建物の中にも残っている者がいる!」  部下へ指示を飛ばしながら、スタン自身も動いていた。  剣を抜く。白光が刃を包んだ。  次の瞬間には、通りへ入り込んできた異形の首が飛んでいる。  カガンは屋根の上から目を細めた。  小さい。最初は、本当に子供が走ってきたのかと思った。背丈はスタンの腰ほどしかない。裸の身体は骨へ皮を貼り付けただけのように痩せ細り、細い腕は膝より下まで垂れている。そのくせ頭部だけが不自然に大きかった。首がその重さに耐えられないのか、どれも俯くように歩いている。顔がない。目も、鼻も。凹凸のない皮膚の中央に、小さな裂け目だけが開いている。 「……くだ……サい」  裂け目が動いた。  人の声だった。酷く幼い。 「……くダさい……」  一体ではない。路地から、建物の陰から、壊れた馬車の下から、小さな影が次々と這い出してくる。十。二十。数える気が失せた。裂け目から落ちてきた数より明らかに多い。いつの間にこれほど増えたのか、それとも見えなかっただけなのか。石畳を踏む裸足の音が、ざらざらと広場を満たしている。  異形の一体が、逃げ遅れた女の服を掴んだ。 「……クだサい」 「いや……! 来ないで!」  女が腕を振り払う。  異形の首が傾いた。もう一度、手を伸ばす。 「くダさイ」  女が後退すると、俯いていた異形の口が開いた。顔の中央にあった小さな裂け目が、顎の下まで一気に裂ける。すかさず騎士が割って入った。剣が振り下ろされるより先に、異形が跳ぶ。小さな身体からは想像もつかない勢いで騎士の胸へ飛びつき、鎧の隙間へ指を差し込もうとする。だが、横合いから白い閃光が|迸《ほとばし》った。異形の身体が横へ吹っ飛ぶ。スタンだった。 「下がれ!」  倒れた騎士の前へ立つ。  異形が起き上がる。斬られた脇腹から黒いものが垂れていた。それでも痛みを感じている様子はない。 「……たスけテ」  伸ばされた手が、宙を掻いた。  細い。子供の腕と|見紛《みまが》うほど細く、節ばった指の先には黒ずんだ爪が生えている。その姿でそんな言葉を吐かれると、異形だと理解していても、一瞬だけ目の前のものが何なのか分からなくなる。  スタンの剣が止まった。ほんの一瞬だった。  白光が夜を|薙《な》ぐ。異形の首が胴から離れ、石畳へ転がった。頭部を失った身体は二、三歩ほど頼りなく前へ進み、ながて膝から崩れ落ちる。黒い液体が石畳へ広がり、その輪郭が急速に乾いていった。  カガンは黙って見下ろしていた。  助けて。何とも妙な言葉だった。異形が人の言葉を使うこと自体は、大して珍しくもない。意味の通じない単語を繰り返すものもいれば、死んだ人間の声を真似るものもいる。魔王の残した呪いが人を惑わすためにそうしている。少なくとも、世間ではそういうことになっていた。  カガンにとっては、どちらでもよかった。異形が本当に助けを求めていようが、人間の言葉を真似ているだけだろうが、腹を裂かれれば人は死ぬ。殺しに来るものを殺すのに、その内心まで理解してやる必要はない。  人間相手だって同じだった。  命乞いなら何度も聞いた。助けてくれ。殺さないでくれ。金なら払う。家族がいる。俺は悪くない。それを聞くたびに仕事をやめていたなら、とっくに暗殺者など廃業している。だからどうでもいい。どうでもいいはずなのに、異形の頭部が灰へ崩れていくまで、カガンの目はそこから離れなかった。 「……ください」  別の声がした。広場へ視線を戻す。 「クださい」 「……たすケて」 「ください」  あちらこちらから聞こえてくる。  どれも同じような姿だった。痩せた身体。大きな頭。顔のない頭部。小さな口。それらが石畳を裸足で歩き、逃げ惑う人間へ手を伸ばしている。  奇妙だった。襲うなら襲えばいい。異形とは得てしてそういうものだ。人間を見つけ、殺す。喰うものもいる。弄ぶものもいる。何の目的もなく身体を引き裂くものすらいる。それが紛うことなき魔王の残滓であり、人間へ向けられた千年前の呪いなのだと誰もが知っている。  なのに、こいつらは最初に手を伸ばす。  拒まれてから、襲う。まるで――そこまで考えたところで、カガンは鼻から息を吐いた。馬鹿馬鹿しい。異形の考えていることなど知ったことではない。今考えるべきなのは、自分の胸だ。  上衣の上から胸元を押さえる。  痛みは、ほとんど消えていた。完全ではない。心臓のさらに奥、自分の身体には本来存在しないはずの場所に、鈍い熱が残っている。それでも、先ほどまで呼吸することすら億劫だった痛みと比べれば、ないも同然だった。  視線が自然と広場の中央へ向かう。  スタン・カルティエ。百歩も離れていない。 「……冗談だろ」  口から漏れた。  偶然。そう片付けるには、さすがに回数が多すぎた。あの男を見張り始めてから妙な鼓動が始まった。近付けば強くなった。空が裂ければ、奴も同じように胸を押さえていた。そして今度は、離れれば痛み、近付けば治まる。  胸の異常とスタン。  そこに何の関係もないと考える方が難しい。  だからといって、関係があると認めたところで何が分かるわけでもない。  まさか本人のところへ降りていって、お前の近くにいると胸の具合がいい、などと相談するわけにもいかない。そんなことを口にするくらいなら、まだ胸を掻っ捌いて中身を確かめた方が早いし、何より吐き気もしない。  そもそも、相手は騎士団長だ。  自分は暗殺者。つい先ほどまで、その男の窓に張り付いて喉を切る機会を窺っていた。事情を説明したところで、仲良く医者へ行ける関係ではない。  カガンは広場から離れるように屋根の上を歩き出した。  これ以上近付く必要はない。胸の痛みが出ない距離だけ分かれば十分だ。異形騒ぎが収まるまで適当に近くへ潜み、そのあと考える。最悪、仕事は放棄してもいい。前金を返すのは惜しいが、訳の分からない現象に命を賭けるほど金には困ってはいない。そう考えて、二歩。眼下で悲鳴が上がった。  カガンは足を止めた。  見なければよかったと思いながら、見る。  路地の出口に、子供がいた。  本物の方だった。六つか七つ。寝間着らしい薄い服のまま、石壁へ背中を押し付けている。転んだのか、片方の膝から血が流れていた。  その前に異形がいる。背丈は、ほとんど同じだった。痩せ細った子供のような異形と、本物の子供。二つの小さな影が向かい合っている。 「……くだサい」  異形が手を伸ばす。  子供は動けない。恐怖で脚が固まっているのだろう。口だけが開き、声にならない息が漏れている。  近くの騎士は別の異形を相手にしていた。  スタンも遠い。間に合わない。  カガンは小さく舌打ちした。  左腕を振る。革帯から抜き取った刃が、夜気を一直線に裂いた。異形の側頭部へ突き刺さる。小さな身体が勢いのまま横へ倒れ、石畳を滑った。  その音で、子供がようやく我に返った。 「走れ!」  屋根の上から怒鳴る。  子供が顔を上げた。一瞬だけ、目が合った。白い髪と赤い瞳を捉えたのか、子供の顔が目に見えて強張る。その反応は知っていた。知らないはずがない。  助けられたことより先に、魔王の徴が目に入ったらしい。  別に構わなかった。感謝されたくて刃を投げたわけでもない。 「死にたくなきゃ走れ!」  もう一度怒鳴る。  今度こそ子供は走った。カガンから逃げたのか、異形から逃げたのかは知らない。どちらでも同じだった。生きて逃げた。それでいい。  視線を戻す。  広場の向こうで、スタンがこちらを見ていた。目が合った。初めてだった。これまで二日間、カガンは一方的にあの男を見てきた。屋根の上から。路地の陰から。窓の外から。だが、スタンがカガンを見るのは、これが初めてだ。  その視線が白い髪を捉えた。次に、赤い瞳。  僅かな変化だった。それでもカガンには分かった。知っている。その目を。驚きのあと、ほんの一瞬だけ生まれる警戒。白髪と赤眼。魔王の徴。千年前、人類を滅ぼそうとした存在と同じ色。聖騎士と謳われる騎士団長だろうが何だろうが、そこは同じらしい。カガンの口元に薄い笑いが浮かびかけた。 「子供を西へ逃がせ! そちらの路地はまだ安全だ!」  スタンの口から叫ばれた言葉に、カガンは眉を寄せた。  思っていたものと違った。拘束しろでも、魔王の徴だでもない。子供。  カガンは先ほど逃がした背中を見る。既に路地の奥へ消えかけている。 「もう逃げた」 「なら君も下がれ! ここは騎士団が引き受ける!」  今度こそ、カガンは少し黙った。  どうやら本気らしかった。白髪も。赤い目も。腰に下げた刃も。何一つ見えていないわけではないだろう。それでも今は、それより先に市民を逃がすことを選んだ。資料に書かれていた評判は、なるほど誇張ではなかったらしい。  だが――だからどうした。  立派な男だろうが、殺すときは死ぬ。むしろ仕事が面倒になるだけだ。  そう考えたところで、異形の群れが動いた。  路地の奥から十数体。小さな影が一斉に広場へ飛び出してくる。 「前列、崩すな!」  スタンが剣を構え直した。  騎士たちが一斉に応じる。白銀の刃が並び、魔導灯の淡い光を弾いた。広場の空気が一瞬だけ張り詰める。次の瞬間には、小さな影の群れがその列へ雪崩れ込んだ。数が多い。一体一体なら、騎士にとって脅威というほどではない。だが、小さいからこそ間合いの下へ潜り込む。剣を振り下ろすより早く足元へ入り、細い腕で膝や腰へ絡みつく。前列の騎士が一人、体勢を崩した。すぐ隣の男が肩を掴んで支え、その間へスタンの剣が滑り込む。  白光が走る。  二体。三体。まとめて薙ぎ払う。速い。無駄も少ない。  カガンは見下ろしたまま、降りるべきかどうかをまだ決めかねていた。  騎士団は仕事をしている。なら、自分が混ざる理由はない。さっきの子供は偶然だった。手が届く位置にいた。だから投げた。それだけだ。別に、今度も同じことをする必要も、ましてや義理もない。  そう思ったとき、胸の奥が一度だけ強く脈打った。  反射的に手を当てる。同時に、広場の中央でスタンの動きが鈍った。ほんの一瞬。剣を振り抜いた直後、胸元へ手をやる。見間違いではない。  カガンは舌打ちした。  気に食わない。何が気に食わないのか、自分でも分かっている。あの男と自分の身体に、何か同じものがある。その可能性だ。生まれも育ちも違う。見た目など似てもいない。片や王国騎士団長。片や路地裏で金を受け取って人を殺す男。共通点などあるはずがない。なのに、勝手に呼応している。  馬鹿げていた。だから確かめる。それだけだ、と思うことにした。  カガンは屋根の端へ歩いた。下では騎士たちが押され始めている。最前列の一人が異形を斬り払った直後、別の一体に腕へ飛びつかれた。さらに足元へもう一体。小さな身体が群がるほど、剣は振りづらくなる。  スタンがその隙間へ踏み込んだ。 「下がれ!」  剣が|閃《ひらめ》く。  だが、今度は完全には間に合わない。異形の一体が死角から跳んだ。スタンの背後。騎士たちの視線は前方へ集中している。誰も見ていない。 「……チッ」  身体が先に動いた。  屋根を蹴る。落下しながら短剣を抜く。|庇《ひさし》へ片足を掛け、勢いを殺し、そのまま石畳へ降りた。着地と同時に腕を振る。刃が異形の肩口へ突き刺さる。浅い。異形が振り返った。顔のない頭がこちらを向く。  カガンは距離を詰めた。  突き刺した短剣をそのまま掴み、刃を横へ引く。黒い液体が飛ぶ。細い身体が|蹌踉《よろ》めいたところへ膝を入れ、そのまま地面へ叩きつけた。  止め。胸へ刃を突き下ろす。異形の身体が一度だけ跳ねた。  そのまま動かなくなる。 「何をしている!」  横から声が飛んだ。  スタンだった。カガンは短剣を抜き、黒い液体を一振りで払う。 「見りゃ分かるだろ」 「そういう意味ではない!」  なら、どういう意味だと思ったが、聞く気はなかった。  スタンの剣が動く。こちらへ向けてではない。カガンの横を抜けた白光が、背後から迫っていた異形を斬り飛ばした。 「下がれと言ったはずだ!」 「うるせぇな……別に良いだろうが」 「良いわけがないだろう!」  即座に帰ってきた声が思いの外真っ直ぐで、カガンは眉を寄せた。  何がそんなに良くないのか。許可なく戦場へ入ったことか、それとも素性の知れない人間が騎士団の陣形へ混ざっていることか。どちらにせよ、今更追い出している暇などないだろう。足元ではまだ異形が|蠢《うごめ》いているし路地の向こうからも新しい気配が近付いている。  スタンもそれは分かっているらしい。  こちらを睨んだのは一瞬だけで、すぐに視線を前へ戻した。 「右から来る!」  言われるまでもなく見えていた。  カガンは身を低くする。異形が飛び込んで来る。頭上を細い腕が掠め、肉が腐ったような黒い匂いが鼻を突いた。踏み込む。脇腹へ短剣を入れ、そのまま身体を|捻《ひね》る。刃先が何か硬いものに当たった。骨か、それに似た何かか。力任せには抜かず、角度を変えて滑らせる。そして腕を引く。  異形が横倒しになる。  その向こうで、白い光が閃いた。スタンの剣だった。  剣先が異形の胸を貫き、背中から光が突き抜ける。長い臙脂色の髪が遅れて揺れた。次の一体へ向き直るまでが早い。力任せに薙いでいるように見えて、実際は違う。肩も腰もほとんどぶれていない。必要な分だけ踏み込み、必要な分だけ振る。二日間見張っていたときには分からなかったが、近くで見ると余計によく分かる。上手い。認めたくはないが、上手い。  もっとも、だから殺せないという話にはならない。  剣が上手かろうと眠れば無防備になるし、身体に張り巡らされた血管の位置が変わるわけでもない。人間である限り、殺し方はいくらでもある。  カガンは短剣の柄を握り直す。  異形が一体、二人の間へ割り込む。  カガンは左へ回った。スタンは右。  互いに合わせたわけではない。ただ、異形を中心にして自然と反対側へ回っただけだった。カガンが足を払う。細い身体が傾く。そこへスタンの剣が入った。首が飛ぶ。次。今度はスタンが剣で異形の腕を弾いた。開いた胴へカガンが短剣を突き込む。そのまま抜く。互いに一言も交わさなかった。  スタンが前へ出た。カガンも同時に動いた。  互いに気付いて、一瞬だけ足が止まる。  その隙を異形は見逃さなかった。  小さな身体が跳ねる。カガンが避ける。スタンも身を捻った。異形は二人の間を抜け、そのまま後方にいた騎士へ向かう。 「後ろだ!」  スタンが叫ぶ。  騎士が振り返るより早く、カガンは短剣を投げた。刃が異形の背中へ突き刺さる。勢いは止まらない。スタンが駆け、異形の肩を掴み、騎士から引き剥がす。そのまま剣を突き立てた。白い上衣へ黒い飛沫が飛び、斑点を作った。  広場の端で、騎士たちの声が上がる。  押し返している。異形の数は目に見えて減っていた。最初は広場を埋め尽くすほどいた小さな影が、今はところどころに残るだけになっている。逃げ遅れていた住民もほとんど見えない。別隊が避難路を確保したのだろう。  そろそろ終わる。カガンはそう判断した。  なら、自分も消えるべきだった。ここに居続ければ、いずれ誰かが余計なことに気付く。武器の数。身のこなし。部外者。何より、白髪と赤眼。騒ぎが収まれば、共闘しているスタンと言えど、今みたいに放ってはおかないだろう。それ以前に、暗殺対象の目の前にいつまでも突っ立っている暗殺者など間抜けにもほどがあるし、同業者から見れば笑い|種《ぐさ》だ。  カガンは広場の出口へ視線をやった。  西へ抜ける路地。人影はない。今なら行ける。  短剣を拾うため、一歩下がる。 「……ッ」  胸が締まった。思わず息が止まる。  さっきまで鈍い熱に変わっていたものが、急に輪郭を取り戻した。肋骨の内側を掴まれ、そのまま捻られたような痛み。  一歩。たった一歩だ。それだけで、こうも痛むのか。  カガンは奥歯を噛んだ。  分かりやす過ぎる。  分かりやす過ぎるからこそ、腹が立った。 「……ふざけんなよ」 「何だ?」  近くにいたスタンが振り向く。 「何でもねぇ」 「なら戦闘中に立ち止まるな!」 「誰のせいだと思ってんだ」 「何の話だ!」  それを説明できるなら苦労はない。  カガンは返事をせず、一体へ向き直った。異形が石畳を這っていた。片腕を失い、片脚も途中からなくなっている。それでも前へ進んでいる。顔のない頭部を揺らしながら、近くに倒れていた騎士へ手を伸ばしていた。  スタンが先に動く。剣を振り上げる。  その瞬間、別の気配がした。  横。壊れた荷車の下。死んでいたと思っていた異形が起き上がる。  カガンからは見える。スタンからは見えない。 「横だ!」  叫ぶ。スタンが振り向くが、遅い。  異形が跳んだ。カガンは地面を蹴った。考える暇はなかった。スタンの肩を掴む。強く引く。身体がこちらへ崩れる。異形の爪が、さっきまでスタンの首があった場所を裂いた。近い。互いの肩がぶつかる。カガンの手は、スタンの上衣越しに肩を掴んでいた。その瞬間――胸の奥で、何かが弾けた。

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