綿ダッコ / 第3話

第2話 大、胆…………

 「(殿方がここで|侍司《はべりづかさ》つまり、警備の職に就けないか舞子様に聞いてみます。それまでは、ここに隠れておいてください。食事も私のを分けますので)」 「(ありがとうございます…………)」  それから、安良子さんはまた表へ戻っていった。  紙に何かを書いている音がしてきた。  仕事中やったんかな…………?  だとしたら、申し訳ない。 「(雅道様……さん…………?、漢詩は出来ますか?)」  どうしようかと、キョロキョロしていたら、一つの冊子を持って安良子さんが顔を覗かせた。 「(あっ、全然雅道で大丈夫です。…………漢詩、全然出来ないです)」 「(分かりました。じゃあ雅道さん、この冊子で勉強しましょう。舞子様に推薦する理由が欲しいのです)」  声量はさっきまでと一緒だった。  けど、声色は落ち着いていた。  …………多分。 「(まず、読み方は——)」  安良子さんの教え方は、本当に上手かった。  舞子の目に留まった理由が分かった気がする。  正直、今の古典の先生よりも安良子さんに教えて欲しい。  …………今言ってもしょうがないんですけどね。 「(分かりましたか?)」 「(はい、何と、なく、は…………)」  唾を飲む度に、喉に激痛が走る。  上手く返事が出来ない。   さっき、走ったせいだろう。 「(す、すみません。喉が渇いてて…………)」 「(分かりました。すぐにご用意します)」  安良子さんは、表に行った。  油断したら、喉の激痛にやられそうになる。  おこがましいことは分かっているが、早く持ってきて欲しい。 「(すみません…………。お水を貯めておく樽になかったので、一旦私が飲んでいたものを)」  なら、しゃぁ…………なくないな!?  いやいや、初対面の人に間接キスをさせるか!?  しかも、異性にさ!!  この時代に間接キスの概念があるのかは知らんよ?  けど、俺の辞書にはあるんやって…………。 「(い、いえ、なら大丈夫です…………)」  安良子さんは、不思議そうに首を傾げていた。 アニメなら、頭の上に「?」が付いている。 「(私は、喉が渇いていないので、大丈夫ですよ?)」  いや、そういうことじゃないんやって…………。 「(喉が渇いているのなら、飲んだほうが良いです)」  安良子さんは、上目遣いでお椀を持ち上げた。  俺は、その状況に耐えきれなくなって、渋々受け取った。 「(ん、冷たい…………)」  さっき…………いや、現代に居たときから冷たい飲み物を飲んでいなかった俺にとって、生き返るような冷たさだった。  間接キスのことなんて、もはや、どうでも良くなる程には。 「(暑かったですよね…………。気付けず、申し訳ありませんてした…………)」 「(い、いえ…………)」  安良子さんの方を見ると、妙に意識してしまう。  返事すら、しっかり出来ない。 「(体調は大丈夫ですか?)」  安良子さんに飲み終えたお椀を渡すと、俺の額に小さな手を当ててきた。  …………近い。 「(あ、安良子さん!?)」  もはや、「知らない人に詰められてる…………」なんていう恐怖はない。  「なんでここまでするんや?」という気持ちの方が強い。  それに、こんなに異性の顔が近ければ、動揺するに決まっている。 「(よく分からないんですけど…………大丈夫そうですね)」  安良子さんがようやく離れて、ホッとしたのか、胸を撫で下ろしていた。  安良子さんを直視出来ない。 「(井戸から取ってきますね)」  そう言って、安良子さんはまた表に行った。  俺は、しばらくの間、地蔵のようにその場に硬直していた。

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