綿ダッコ / 第15話

第14話 初勤務は平和であってくれ……!!

 気付いたら朝だった。  敷物から体を起こす。  ビルだとかそんなものもなく、現代人からしたら自然に囲まれているようなものだった。 「雅道さん、朝でございます。お食事の作り方をお教えいたします」 「おはようございます」  俺は、急いで屏風の後ろで着替える。  内宮用の服は、幾分か着やすかった。  刀を腰に付ける。  一気に重量が増した。 「まず、火はこうやって——」  作り方を一通り教えてもらった。  けど、火を起こすこと以外は、現代とあまり変わらなかった。 「食べ終えた後、一緒にご挨拶にいきましょう。私のした通りにしてください」  正直、不安だった。  けど、安良子さんが居てくれるなら安心や。  急いでご飯を食べ、食器を洗う。  とは言っても、現代とは違い、井戸水をかけて擦るだけ。 「雅道さん、ご立派なお姿です」 「あ、ありがとうございます」  笑顔の安良子さんに、急に褒められた。  どうすれば良いか分からなくなって、しどろもどろになる。  そのまま何事もなく、俺と安良子さんは、舞子の部屋の前まで来た。 「舞子様、授倉雅道が参上しました」 「ありがとう、安良子。雅道は入りなさい。安良子はまた指示するから部屋に戻りなさい」 「「承知いたしました」」  御簾が開けられ、中に入る。  舞子の側には1人の上級女房が居た。 「雅道、今日からよろしくね」 「よろしくお願いいたします」  そして、それらしい顔をして警備にあたる。  万が一、何かあった時には刀を振る。  そんなことを出来る自信はない。  それから気を張って警備にあたっていたが、特段問題は起きなかった。  そもそも、人が来ることの方が稀であった。 「舞子様、失礼致します」  そこに、安良子さんがやってきた。 「御簾を上げてちょうだい」  昨日のような声とは違い、大人びた声で上級女房に指示を出す。  そういえば、この時期の舞子って、何歳やったけな…………? 「失礼いたします」  安良子さんは、扇子を広げていた。 「『|漢詩之書《かんしのしょ》』の書き写しでございます」 「あら、もう出来たの?」 「はい、間違いがないように確認もしております」 「ありがとうね」  舞子は、部屋に居た女房に何か指示を出して、その本をどこかへ持って行かせた。 「ちょうど良かった。安良子、これからは毎日ここに来てちょうだい」 「え、私なんかがですか…………?」  舞子は、さっきまでの大人びた声とは違い、嬉しそうな声になっていた。  そういえば、安良子さんが俺関係以外でここに来る回数は少なかったような…………。 「安良子だからよ。漢詩を集中的に教えて欲しいの。だから、良いわよね?」 「はい、もちろんでございます」 「さすがに、今日は準備も出来てないだろうから、明日からよろしくね」 「承知致しました」  そう言って、安良子さんが部屋から出ていった。 「雅道、暇じゃないかしら?」 「だ、大丈夫でございます」  急に話しかけられて、咄嗟に返事が出来なかった。 「何かあったら、遠慮なく聞いてね」  舞子は今日一の笑顔を向けた。  …………あなたと初めて会ったの、昨日ですよ? ◇ ◇ ◇ ◇  それから、特段何もなかった。  夜になると、食事などが運ばれてくるが、それは博物館や授業で習った、ただの日常だった。 「巳之助、今日の警備で何か不審な点はあった?」 「いえ、何もございませんでした」 「そう。明日もよろしくね」 「承知致しました」  舞子の表情が少し暗いような気もしたが、笑顔ではあった。 「雅道もお疲れ様。後は女房たちに任せるから、大丈夫よ」 「承知致しました」 「あっ、それと、明日は安良子にこの内宮を案内してもらいなさい。もうすぐ産まれるとは思うけど、一応ね」 「承知致しました」  …………やっぱり、舞子の声を聞いていると、部活の先輩を思い出す。 ◇ ◇ ◇ ◇  廊下はたくさんのロウソクと月明かりによって、灯されていた。  歌を詠みたくなる理由が本当に分かる気がする。  安良子さんの部屋の前まで来たとき、物音が聞こえてきた。 「安良子さん、お食事中でしょうか?」  俺は何気なしに、声をかけてみた。 「ひゃい!?」  中から、驚いた様子で安良子さんが出てきた。  扇子を持つ手が、少し震えているような気がする。  というか、確実に震えてる。  だって、口元がチラチラ見えてるんだもん。 「すみません。何をしているのか気になりまして…………」 「あ、明日からの本を選んでおりまして…………」 「そうだったんですね。失礼いたしました」 「い、いえ…………」  そのまま、安良子さんは部屋に戻っていった。  俺も自分の部屋に戻り、刀を下ろしてラフな格好になる。  これから、夕飯を作らんと。  俺は、目の前の庭で火を起こして鍋で雑穀を炊く。  その間に、食器や他の食材の準備もする。  鍋をもう一つ取りに行こうと、部屋に戻ろうしたが—— 「あっ…………」  すると、そこには扇子を広げていない安良子さんが、部屋から出てきていた。  慌てて、扇子を広げようとするが、取り出せていない。  というか、持っていないんじゃないか? 「どうしたんですか?」 「い、いえ…………」  さっきまで、漢詩の教材を選んでいたはずだ。  じゃあ、なんで…………。  うん?  目線がこっち向いてないような…………。 「もしかして、夕食、食べてません?」  安良子さんは、俺の後ろに向けていた目線を明らかに逸らした。 「は、はい…………」  やっぱり。  今ですら細すぎるぐらいやのに、これ以上食事取らんかったら、やばいって。 「じゃあ、安良子さんの分も作りますね」 「い、いえ、お手を煩わせてしまいますので…………」 「自分を助けてくれたお礼です。なので、部屋でゆっくりしておいてください」  安良子さんにそう言うと、部屋に戻って行った。 「安良子さん、お食事が出来ました」 「あ、ありがとうございます…………」  安良子さんは、扇子を広げて御簾を上げた。  今日の献立は、魚を2尾と雑穀のご飯、そして魚の出汁をとった汁物だ。  まぁ、俺に合わせた食事ではあるんだけどね…………。 「安良子さん、無理はしないでくださいね」 「は、はい…………」  よくよく見ると、安良子さんは顔のおしろいが落ちかけていた。   きっと、舞子に教えるための教材を準備していたのだろう。  現代より涼しいとはいっても、十二単は暑いと思う。  それに、部屋の中で扇風機みたいな自動で風を送る物もなければ、尚更だろう。 「あ、ありがとう…………」

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