綿ダッコ / 第48話

第47話 居ない!!

 あれから、清見女房は戻ってきたが、安良子さんは戻ってきていない。  何かあったのだろうか…………。 「……雅道、安良子の様子を見てきてちょうだい」  舞子は、俺たちに感情を隠す気はなさそうだ。  明らかに、不安そうであり焦っている顔だ。 「承知致しました!!」  廊下を走った。  距離的にはそこまで遠くない。  けど、一刻を争うことが起きているかもしれない。 「雅道、仕事を放り出したのかしら?」  廊下を走っていると、1人の上級女房に声をかけられた。 「いえ、安良子さんの様子を見に行こうと」 「あら、男性が女性の部屋に入っていいと思っているの?」  …………ごもっともだ。  忘れていたが、本来は良くないことだ。  けど、舞子の指示だ。 「分かっております。しかし、舞子様のご指示ですので」 「そんな指示、舞子様が出すはずがないじゃない」  いや、本当に出されてるんやけど…………。 「いえ、されておりますが…………」 「舞子様のお顔を汚す気!!」  その人は突然、右頬にビンタをしてきた。 「安良子と舞子様を貶めようと計画するんでしょう!!密告させないつもりでしょう。舞子様のご指示と偽って!!」 「そんなこと、するはずがありません!!そもそも、舞子様は命の恩人です!!」 「冗談はよしなさい!!」 「じゃあ、舞子様に聞かれてはどうですか!!」  それが手っ取り早い。   そもそも、なんでそこまで噛み付いてくるんや…………? 「安良子も大概だけど、あなたも最低ね」 「は?」  最低って…………。  何を根拠に…………。 「安良子なんかに紹介されるからこうなるのよ。安良子なんかに近づかなかったら良かったわね」  そう言って、その人は去っていった。  …………分かった。  これは疑われているだけじゃない。 ——いじめ、だ。  さっきのも、たまたまにしては違和感があった。  安良子さんは、そんなことを計画するような人物じゃない。  そもそも、俺と一緒に舞子への忠誠を誓った。  それを無下にするような性格じゃない。 「安良子さん、大丈夫ですか!!」  俺は有無を言わさず、御簾を上げた。  無礼など、どうでもいい。 「ま、雅道さん…………」  安良子さんが涙で目を腫らしていた。 「安良子さん、大丈夫ですか!?」  どうすればいいか、分からなかった。  昼だから、御簾を下げても中の様子はある程度見える。  迂闊に行動できない。 「……私は大丈夫ですから」 「いえ、舞子様のご指示で来ています。何でも言ってください」 「本当に大丈夫ですから…………」  きっと、泣いていたのもいじめに関してだろう。  俺は聞かないといけない。  舞子の指示なんか、関係ない。 「…………裏へ」  屏風の裏に安良子さんを連れて行った。  今度は、俺が手前だ。 「(…………いじめられているんですよね?)」 「(っ…………)」  安良子さんの目が開く。 「(…………いじめられていません)」  絶対に違う。  出会ってからは浅いけど、安良子さんのことは分かる。  これは、嘘をついている。 「(お話ください。俺も安良子さんの悲しい様子を見たくないんです!!)」 「(…………いじめられています)」  安良子さんは、泣き始めた。  でも、周りには聞こえない。 「(私は女房になる器ではありません。ましてや、乳母なんて以ての外です)」  そんなことはない。  安良子さんには、その器があるはずだ。  家柄は低いかもしれない。  けど、それ以上に優しいし、安心できる。 「(そんなことありません。俺を侍司にしてくれたじゃないですか)」 「(いえ、あれは——)」 「(……紛れもなく、安良子さんのおかげです。安良子さんが漢詩を教えてくれなかったら、自分はここに居ません)」 「(雅道さん…………)」  安良子さんは俺の服に顔をうずめて、たくさん泣いた。  俺はそれを受け止める。  それぐらいしか、出来ることがない。 「(…………いつから、いじめられているんですか?)」  安良子さんが落ち着いた頃、ちょっと言い渋ったが、聞いてみた。  もしかしたら、解決できるかもしれない。 「(舞子様に仕え始めた頃、私は髪が長くありませんでした)」  髪が短い?  そんな安良子さんが想像できないほど、今の安良子さんの髪は長い。 「(舞子様はそれをお許しくださいました。『短いままでもいいわよ』と)」  やっぱり、舞子は舞子だ。  でも、舞子が許してるのにいじめなんか起きるか…………? 「(しかし、それを他の女房はよく思わなかったのか、お許しくださった頃から、とある上級女房の方にいじめられるようになりました)」 「(…………ひどいですね)」  なるほど…………。  気に食わなかったのか。  それにしても、ひどい。  現代でも似たようなことはあるけど、時代は繰り返されるのか…………。 「(いえ、宮中では普通なことです。私が反対なことをしているのが、悪いんです…………)」  そんなことはないはずだ。  もちろん、主人である舞子が許さなかったら、話は変わってくるが…………。  舞子が許している以上、髪が短くても、それを実行しても、思っても、良いじゃないか。 「(安良子さん、髪を短くしたいんですか?)」 「(え…………?)」  安良子さんは泣いて腫れた目を見開きながら、キョトンとした顔をしていた。  まずは、安良子さんの気持ちを聞きたい。 「(確かに、したいと言えばしたいですが…………)」 「(じゃあ、安良子さんのなりたい安良子さんになりませんか?いや、させてください)」 「(雅道さん…………)」  安良子さんは自分の気持ちに反して断わると思って、逃げ道を塞いだ。  普通の会話では、卑怯な手かもしれない。  けど、これしかない。 「(お気持ちは嬉しいですが、意識を変えることは容易ではありません。舞子様の評判もありますし…………)」 「(そこも含めて変えましょうよ。未来の知識を持った自分も役に立つはずです)」  実際、役に立つかは分からない。  けど、一から変えていくよりはマシだろう。 「(…………分かりました。けれど、舞子様の評判を最優先でお願いします)」  分かっている。  安良子さんの舞子を思う気持ちも。  俺だって、そうだ。  舞子の評判を落とすつもりは毛頭ないし、そんなことをすれば不敬どころの話じゃない。  けど、安良子さんが我慢し続けるのも見てられない。 「(…………ありがとうございます、雅道さん)」  安良子さんはもう一度、俺の体に飛び込んだ。
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