最強バトルの人 / 第149話
第60話 覚悟
ウーミン「あと、二人だ」
ウーミンの体から、気が漏れ出すのがわかる。
“黒い龍”。
ウーミンは間違いなく一人だ。
しかし、身体に黒龍が巻き付いているかのように見える。
シャオ「――子パンダちゃん!!」
子パンダ「キュウ!」トコトコ
子パンダが、負傷した火鍋に駆け寄る。
そして、火鍋の下にもふもふの体を潜らせ、背負い上げた。
子パンダの役割は、救護。
誰かが怪我をしたら、ウーミンの目の届かないところまで運び込み、休ませる。
子パンダは、とことことこっ、と駆け出した。
シャオ(――ばぁちゃん――!)
――ばぁちゃんと組み手をしたり、お店を回すなかで、私は何かを掴んだ。
“覚醒”。
なにか大きなものの“流れ”を読む力――。
――『全部を見る』。
あるいは、『何も見ない』。
私の視界は、面ではなく円、いや、球になる。
ウーミンの動きが。“流れ”が。
透明になったように、明らかになった。
ウーミン「――死ねいっ!!」
ウーミンの拳が、私を襲う。
子パンダちゃんは、火鍋を瓦礫の影に隠した。
ヨウエンは、ウーミンの隙を狙っている。
風が、遠くの木々を揺らす。
まだ眠い鳥が、木から飛び立つ。
全部が頭の中を通り過ぎ、私の体は、ウーミンの拳をすでに避け切っている。
考える前に、体が動く。
その極地。
これが、私の“覚醒”。
ウーミン「――娘。貴様も、心の“流れ”を読むか」
私は、ぼーっとした目のまま、応える。
シャオ「――ばぁちゃんみたいに、心は読めないアル。でも、全部が読めるアル」
ウーミン「――ほざけっ!!」
ウーミンの脚が、私を狙う。
これも、避ける。
シャオ「――『発勁』っ!!」
ウーミン「――ぐぅ!」
私は両手の掌底を、ウーミンの胸に叩き込んだ。
手応えあり!
まともに入った!
――とん。
ウーミンの指が、私の腕に触れる。
ただ“触れた”だけ。
それなのに。
――?
私の体が、急に重くなる。
――なんだ。
さっきまで全部が読めていたのに。
急に。“流れ”が途切れた――。
ギャオッッ!!
ウーミンの二撃目が。
龍の尾が。私の顔面を捉え――。
脳裏にひとつのイメージが浮かんだ。
死――。
ヨウエン「シャオーーーー!!」
ヨウエン。
ヨウエンの体当たりが、ウーミンをよろめかせ、転ばせた。
ヨウエン「シャオ! 宗師は、“流れ”を殺します! あなたの読む“流れ”も!」
ウーミンは瓦礫の上で受け身を取る。
標的は、依然、私だ。
ウーミン「――娘よ。貴様も“流れ”を読むようだが。“そんなもの”は、儂には通用せん」
私の眉間にしわがよる。
シャオ「――“そんなもの”? これは、ばぁちゃんと作り出した! 覚醒した私の、新しい奥義――!」
ウーミン「“完成”していない奥義では、儂は殺せぬ。修行が足りんわ」
ウーミンが、肩をこきこきと鳴らす。
ウーミン「そんなものは極地とは呼べぬ。機を急いたな」
世界の全てが読めるような気がしたあの日とは、似ても似つかない。
私の心は、老厨中華飯店で暮らす前のようだった。
ウーミン「貴様には、これで十分だ」
ウーミンは、体を回転させ。
――蹴りで瓦礫を砕いた!
ガゴォォン!!
砕けた瓦礫の破片が、私に飛んでくる――!
よけられない――!
シャオ「――きゃあぁっ!!」
慌てて顔を両手で防ぐ。
拳ほどの瓦礫が、何個も、私の体にめり込んだ。
ウーミン「娘よ。婆《ばばあ》は貴様に、何を見出した。それとも、耄碌《もうろく》しただけか」
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
ウーミンが、近づいてくる。
私は必死に、何か大きなものの“流れ”を読もうとした。
シャオ(――ばぁちゃん――!)
私の視界を、何かが遮る。
黒い長衣。すらっとしたシルエット。
細身の男。ヨウエンだ。
ウーミン「――退けい、妖燕火。まずは、その小娘だ」
ヨウエン「させません。あなたの野望は、私が砕きます」
ヨウエンは、黒龍の黒い長衣を脱ぎ去った。
ヨウエン「――それに私は、もう妖燕火ではありません」
中には、真っ白い拳法着。
ヨウエン「――老厨中華飯店、雑務担当。ただのヨウエンです」
*
ヨウエン「――シャオ!!」
――びくっ!
ヨウエンが、視線をウーミンに向けながら、背中で私に喋りかける。
ヨウエン「三人での連携。それが断たれた今、ウーミンを倒す策は、ひとつしかありません。あなたの、“覚醒”です」
シャオ「――!」
ヨウエン「私が時間を稼ぎます。あなたは、“覚醒”してください」
シャオ「し、してくださいって……! どうすればいいのか、わからないアル!」
ヨウエン「私にもわかりませんよ! でも、やるんです!」
ウーミンが指をこきこき鳴らし、ヨウエンに照準を合わせる。
ウーミン「“死ぬ覚悟”は出来ているな?」
ヨウエン「とっくの昔に。――でも今は、その覚悟さえ捨てましたっ!!」
ヨウエンが、拳を放つ。
ヨウエン「――ほあちゃあっ!!」
数多の強者を打ち倒し、身につけた、我流の拳法。
蹴り。掌底。肘。
怒涛の連続攻撃だ。
ヨウエン「今の私の覚悟は! “生きる覚悟”! 私は、死なずに! あなたを止める!!」
ウーミンは、余裕の顔だ。
ウーミン「――ほう。そんな大それた策が、貴様にあるというのか」
――ありませんよ。
今の私にあるのは、シャオの覚醒を願うことと、国家権力による一斉制圧。
爆弾も、宗師には足止め程度にしかならないことがわかりました。
命の保証のある策など、ありません。
今の私に出来ることは――。
ヨウエン(――ただただ! これまで信じてきた武を! 拳法を! 繰り出すだけです!)
ウーミンは、ヨウエンの拳をかわし続ける。
と、いうより、ヨウエン側に当てる気がない。
ヨウエン(宗師に受けられれば、“流れ”を殺される! 当てるのは、ここぞというときの一発のみ!)
私は、その機を生み出すため、一見無駄にも思える手を出し続ける。
当然、宗師が気づかないはずがない。
ウーミン「儂に隙などない。目障りだ」
ヨウエン「隙がないなら、作るまでです!」
師弟、と言っていいのか、わからない。
ただ私が、その武に憧れただけ。
それでも、こう思いたい。
ヨウエン「――私は、あなたを! 乗り越える!」