最強バトルの人 / 第148話
第59話 最終決戦
――黒龍拳軍総本山、最奥部。
『宗師の間』。
窓はひとつもない。
無機質なコンクリートの壁に守られた広間は、外界と交わることがなかった。
――『これまで』は。
宗師の間は、“王手の妖燕火”の謀反《むほん》により、壁は崩れ、柱は倒れ、天井は存在すらしていなかった。
千切れた鉄筋が、荊《いばら》のように剥き出しにされている。
そこは、瓦礫の荒野だった。
これまでの悪事を暴くかのように、“満月”が闇を照らす。
地上に落ちた月光は影となり、コントラストを生み出していた。
月明かりに照らされて。
ウーミンは、一人。
“月”を。
眺めていた。
「――――――『最強』、か」
誰に届けるでもない声は、夜に紛れて消えていくようだった。
しかし、声は“言葉”となり、意味を成した。
「キュウ?」
「ウーミン。ついに、見つけたアル」
ウーミンは、ゆっくりと、視線を月から背後に移した。
そこには――。
「――ついに来たか。小《シャオ》・龍包《ロンパオ》よ」
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
四人は、ウーミンに向かって歩を進める。
ここまでの道のりを噛み締めるように。
シャオ「――ウーミン」
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
ウーミン「――なんだ」
ざっ。
視線が、交差し合う。
その“視線”は、質量を含まないのが不自然なほど、“意味”を持っていた。
シャオ「爸々《ぱーぱ》を。ばぁちゃんを。返せアル」
シャオにとっても意外な言葉だった。
ウーミンを決して逃がさないまっすぐな瞳から。
意思とは関係なく。
涙が一滴、溢《こぼ》れ出た。
ウーミンは、少女の眼を見て、意味を察する。
ウーミン「婆《ラオ》の形見か」
ざっ。
ウーミンも、一歩。
シャオに近づいた。
お互いの拳が、届く距離へ。
ウーミン「――黃河の水は天上から来たりて。海に渡れば二度と還《かえ》ることはない」
ひゅう。
秋風は。
黄色く染まった落ち葉を、視界に運び込んだ。
――最終決戦。開始。
シャオ「――――返せアルーーーーーー!!!」
ウーミン「――還らぬ!!!」
――ゴガァァアン!!
拳と拳が衝突する。
≫≫≫≫≫≫ 最 強 闘 争 ≪≪≪≪≪≪
小・龍包
火鍋
妖燕
子熊猫 対 黒龍拳の無名《ウーミン》
──────────────────
龍の爪。ウーミンは、手を鉤爪状に尖らせる。
――ビュン!
風切り音を上げながら、シャオの眼前をかすった。
まつ毛が切り裂かれ、粉となり散った。
龍の鱗。強烈な膝蹴り。
――ブォォオオ!
シャオの腹を抉《えぐ》りとろうとし、わずかなところで避けられる。
龍の尾。
鞭のようにしなやかで残酷な蹴り。
音を置き去りにして、シャオを狙う――!
ヨウエン「シャオ! 頭です!」
シャオ「!」
龍の尾が、シャオの頭を狙う。
まともに食らえば頭が吹き飛ぶそれを避け、身を屈《かが》め――。
超低空から繰り出されるシャオの旋回蹴りが、ウーミンの片脚を蹴り抜ける。
シャオ「火鍋!」
火鍋「おうよぉぉおおお!!」
火鍋は、両手を組み合わせて固め、ウーミンの頭に、振り下ろす――!
ウーミン「――!」
ウーミンは、鋼鉄の塊のような火鍋の拳を腕で受け止め、力比べの格好となった。
火鍋の両腕、対。ウーミンの片腕。
勝ったのは――。
ウーミン「――噴《ふん》っ!!」
火鍋「ぐ、ぐぅうう!」
ウーミンだった。
両手を宙に浮かべ、体勢を崩した火鍋の胸に、龍の爪を、差し込む――!
シャオ「――させないアル!! ヨウエン!!」
ヨウエン「はい!」
ヨウエンの長い脚による頸椎《けいつい》を狙った蹴りと、シャオの拳が、ウーミンを狙い――。
ウーミン「――覇っ!」
ウーミンはその場で飛び上がる。
皆の頭上より高く舞い、後ろへ下がった。
シャオたちは、言葉を交わさない。
しかし、考えは同じだった。
――通用している!
シャオが体勢を崩し。
ヨウエンが次に来る攻撃を予測。
火鍋が、決定打を打つ。
シャオ、火鍋、ヨウエンの連携が。
中国最強――実質的な世界最強を打ち破ったウーミンと、互角である。
その事実に、皆の意気は、高揚していた。
――火鍋以外は。
火鍋(本気《マジ》かよ……あのクソ野郎が)
火鍋(――なんで、動かねえんだ)
火鍋(俺の――左腕がよ)
血の“流れ”を感じない。
肩からぶら下がっているだけ。
自分の意思で、動かない。
さっきの攻防で、両手を受けられた。
その際、左腕が、ウーミンの片腕に触れていたのだ。
ウーミン「――“流れ”を殺す」
ウーミンが、指をこきこきと鳴らす。
ウーミン「――これが、拳法の極地。真の拳法。“黒龍拳”だ」
ウーミンは、黒い長衣を脱ぎ去った。
上半身が露《あら》わになる。
筋張った筋肉。
無数の古傷。
鎧のような、とは違う。
形容するなら。
紀元前から、今なお枯れぬ老木。
その幹に、絡まり切った蔦《つた》。
ウーミンの肉体は、怖いほど生命力に満ちていた。
火鍋の体に、寒気が走る。
火鍋「――お゛ぃ゛い!! シャオ!! ヨウエン!! 奴に触れるな! 絶対に、一撃も喰らうんじゃねえぞぉおお!!」
ウーミンは、指をこきこきと鳴らしながら、歩みを進める。
標的は――。
ヨウエン「――火鍋! 連続で来ます! 避けて!」
ウーミンが脚を踏み出した。
火鍋の目の前に、ウーミンの鉤爪《かぎづめ》が迫りくる――!
火鍋(――う゛おお゛お゛お゛!! 速ぇえ゛え!!)
初撃は、なんとかかわす。
しかし、二撃目。
火鍋の大きく突っ張ったリーゼントを、抉り取った。
火鍋「――っざっけんなっ!!」
火鍋の喧嘩パンチ。
大きく振りかぶった拳は、あっけなく空を切った。
ウーミン「――“喧法の火鍋”か。貴様が。このなかで、一番、弱いぞ」
三撃目。
ウーミンの爪先が、火鍋の脇腹を――!
シャオ「火鍋ーーーーー!!!」
シャオが、ヒョウのような跳躍で『火鍋』に突っ込む。
火鍋の体は、鋭利な爪先が脇腹を貫通する前に、シャオによって瓦礫の上へ運び込まれた。
シャオ「火鍋! 大丈夫アルか!?」
火鍋「――ったりめぇだ。俺はまだヤツをぶん殴って――」
ズキッ!!
火鍋「ぐ――っっ!!」
――少し、遅かった。
脇腹には大穴がぽっかりと空いている。
穴から、血が。
傷跡の周りには、黒い痣《あざ》が練り込まれている。
火鍋の生命の“流れ”が、殺された。
火鍋「……かひゅっ。チ、……チク……しょう……」
ガクッ。
火鍋の首が垂れる。
ウーミンが、指をこきこきと鳴らした。
シャオと、ヨウエン。
二人を見据えて。
ウーミン「――あと、二人」