最強バトルの人 / 第150話
第61話 もう一度
ヨウエンが、ウーミンと攻防戦を繰り広げている。
“師弟”の対決なんて、生優しいものではない。
ウーミンの一撃一撃が、致命《ちめい》だ。
ヨウエンは、ひとつひとつを冷静に対処している。
やっぱり。
|あいつ《ヨウエン》、強いアル。
拳法だけなら、私とほぼ互角。
だけど、状況判断能力がずば抜けている。
位置取り、リーチ差、相手の思考の予測。
そのどれもが、段違いに上手い。
一手一手を、間違えないのだ。
――あれを超えるには、“覚醒”しかない。
私は、これまで何か大きな“流れ”を読んだときのことを、思い出した。
お客さんの注文を取ったとき。
何を頼むか、なんとなくでわかった。
ばぁちゃんと組み手をしたとき。
ばぁちゃんの大声で止められた。
ジョアンナにエビチリを作ったとき。
あのエビチリは、完璧だった。
夜、盗み食いをするため、階段をこっそり降りたとき。
我ながら風のような忍び足だった。
どのときも、条件は同じ。
“周りを、よく見ること”。
これまで私が戦う相手に向けていた、洞察力、分析力。つまり、力の“流れ”を読む力。
この範囲を、相手だけでなく、辺り全体にまで広げる。
視界は、一点を見つめない。
辺り全部を、見る。
私の体から、力みが抜けていった――。
ヨウエン、あと左に2mm、アル。
よし。避けられたアル。
ウーミンの体、古傷ばかりアル。
ばぁちゃんにつけられた傷アルか?
瓦礫。コンクリートの中身。
あ。トカゲがいたアル。
こんなとこにいたら危ないアルよ。
フクロウが鳴いているアル。
もうこんな時間アルか。
私の視界は、世界に溶け出すように、どんどん広がっていった。
*
ヨウエン(――うまく行っているようですね)
ヨウエンは、冷や汗をかいていた。
ウーミンはもちろん怖いが、それ以上に。
“シャオが怖い”のだ。
ラオが死んだ日の前日。
ラオと、皆と食卓を囲み、全てを話した。
皿洗いを終え、部屋で寝ていると。
“なぜか深夜に階段が軋む音”が聞こえ、私は目を覚ました。
その後のこと。
“体の隅々まで透明になり、シャオに見られている”感覚を味わった。
――あれがきっと、シャオの“覚醒”。
ヨウエンは、あの夜と同じ感覚を、今も味わっていた。
ヨウエン(――後は、もっと深く! さらに広く、“流れ”を読むのです!)
ウーミンの鉤爪が、ヨウエンの頬をかする。
ヨウエン「――!」
ウーミン「どうした。儂は、考えながらでも戦える相手か?」
ウーミンの拳が。膝が。
ヨウエンに届き始める。
ヨウエンは、盤面の“流れ”を読む力の全てを、徒手空拳に当てていた。
一手一手、全てを間違えずに選び続ける。
その精神的負担は、想像を絶するものだった。
ヨウエンの体が鈍くなる。
代わりに、ウーミンは。
その恐ろしいほどの生命力を。
さらに、増していた。
――ドボォォオオ!!
まともに。
ウーミンの膝蹴り――龍の鱗が。
ヨウエンの腹に突き刺さる。
ヨウエン「――――――っっつぅ!!!」
シャオ「――ヨウエン!」
ヨウエン「――っっ私に構わないで!! あなたは、集中するのです!」
――とは言ったものの。
もはや、“流れ”は殺された。
盤面も。体の自由も。
もう、断たれた。
ウーミン「――噴《ふん》っ!」
ウーミンの拳が、ヨウエンの顔面を捉える。
首を回し直撃を避けるが。
ヨウエンの首は90度を超え、曲がった。
シャオ(――過酷アル)ギリ
――今すぐ助けに行きたい!
しかし、まだ読みが浅い。
今のまま突っ込んでも、返り討ちにされる。
私は、拳をぎゅっと握りしめ、視界を広げることに集中した。
――。
*
ウーミンが、ヨウエンの首ねっこを掴む。
ヨウエンは膝立ちのまま、抗う術がない。
ウーミン「貴様の仲間は、助けにも来ないようだな」
首に指が食い込み、ギリギリ、と握りしめた。
ヨウエン「――ふ、ふふ……!」
ウーミン「何がおかしい」
ヨウエン「――結局。……最後の策を、っ使う羽目になったので、ね……」
――皆まで死なせる必要はない。
最終手段。
私は、道着のポケットに手を突っ込む。
国家権力による、一斉制圧だ。
ヨウエン「……宗師。共に。地獄に、堕ちましょう……!」
こんなこともあろうかと、総本山を囲む警察や公安特警への合図は、携帯電話のワンタッチで行えるようにしておいた。
しかし――。
ヨウエン「――……?」
携帯電話が、見つからない。
どこだ。
どこにいった。
ウーミン「最後の策とは、これのことか?」
なぜ。宗師が。
私の、携帯電話を。つまみ上げている。
ヨウエン「……い、いつの、間に……!」
ウーミン「貴様は、無策で挑んでくる阿呆ではあるまい。おかげで、少々手こずったがな」
ウーミンは、携帯電話を握り潰す。
かつて、最後の希望であったそれは、粉々になって瓦礫にばら撒かれた。
ヨウエン(――ああ。もう、駄目ですね。ひとつの策も、浮かびません)
ヨウエン(――私は、助かりません。意識も混濁してきた)
ヨウエンは、自らの死を悟っていた。
かつて憧れた宗師の拳は、本物だった。
死の間際、ヨウエンの脳裏に浮かんだのは――。
ラーメン。
それと、肉まん。
ヨウエン(ふ、ふふ……。私はもう、彼女たちに染まっていたのですね……)
最後に。もう一度。
彼女たちと、卓を囲みたい。
ヨウエンの意識が途切れる。
ウーミンの龍の爪が。
ヨウエンの首を切断しようとしたとき――!
――ズガァァァァン!!!
シャオの回転蹴りが。
ウーミンの頭に直撃する。
思わずウーミンは、ヨウエンの体を手放した。
すたっ。
小柄な少女の体が、瓦礫の上に降り立つ。
ウーミン「……娘よ。それが、“完成”か?」
シャオの目は、虚ろだ。
黒目が輝きを失い、灰色に光っている。
しかし、怒りの炎は消えていない。
口からは、白い息が漏れている。
シャオ「ウーミン。もう人を、殺すなアル」
ウーミンは、口角を上げ、唇を歪ませた。
ウーミン「――なら、貴様が止めれば良い。儂を殺せるなら、な」