最強バトルの人 / 第31話

第23話 月明かりの下で

火鍋の部屋。 火鍋「おめでとさん!」カンパーイ! シャオ「でかしたアル!」カンパーイ! ドウ「ありがたき幸せ!」カンパーイ! この俺、ドウ・ナットンジャは! 修行を乗り越え、火鍋老師の免許皆伝を得た! ドウ「ありがとうございます、老師!」 俺は右拳を左の掌で包み、深く頭を下げた。中国式のおじぎ、抱拳礼《ほうけんれい》だ。 俺はあの後、夜までぐっすりと眠り、体を休めた! ケガも疲労もない! 絶好調だ!     火鍋「おう! 明日の朝、旅立つぞ!」 火鍋は長い旗と筆を取り出し、何かを書き始めた。そこには――。 ――目指せ老厨中華飯店! 俺は世界最強のババアに逢いに行く―― 達筆で書かれたそれをみて、シャオとドウは、ふたつのことを同時に考えた。 シャオ「老厨《ラオチュウ》中華飯店っていうアルか!?」キラキラ ドウ「世界最強のババアさんという方に会いに行くのですか!?」 火鍋「おう、ドウには言ってなかったな」 「そのババアこそ、第一回中国最強トーナメント優勝者! ラオ・チュウ老師だ!」 ドンッ! その旗を高く上げ、火鍋は宣言する。 火鍋「♪あ、漢たるもの〜! ババアに逢わずに誰に逢う〜」チャンチャン シャオ「おかしいアル!」アハハハ ドウ「おかしいな! シャオ!」アハハハ あー、笑いすぎたらおなかがすいたアル、といってシャオは、小さな冷蔵庫を開けた。 パカッ ガラッガラ 冷蔵庫の中には何もなかった。 少女の笑顔がスンと消えた。 火鍋「明日の朝出るんだから、残りものなんてねぇぞ」 シャオ「……そうだったアル」トボトボ ドウ「では、明日の準備も含めて買い出しに行ってきます!」 シャオ「! 私も行くアル! 肉が食べたいアル」ジュルリ そういって、俺たちは火鍋の家を後にした。     *     俺とシャオで、並んで歩く。 シャオ「ハゲ〜、まだアルか〜?」グーキュルルルル ドウ「ああ! ここから一番近い市場に行くぞ! 30万円が手に入ったのだ! 少しくらい奮発してもかまわんだろう! はっはっはー!」 歩く。 シャオ「私もう歩けないアル〜」グゴキュルゴルキュルルキュー シャオが立ち止まった。 シャオはいつも、腹が減ると力が落ちる。 なんせあの大型のトラにも劣らぬ食欲。 空腹は、本人にとっては死活問題なのだ。 何かないか、そう思って横を見ると、俺が今朝、神雷火を破った『月の見える丘』があった。 「よし、シャオ。 市場には俺が行くから、お前はそこで休んでいろ。では!」 「ハゲ〜はやくするアル〜」グゴゴキュルキューグゴゴゴキュールリキャル ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ よし。明日の買い出しが終わった! 保存の効く焼豚も手に入ったし、旅の準備は万全だ! 早くシャオの元へ行かねば。 きっと腹が減って苦しんでいるだろう。 腹の音で騒音問題になっているかもしれない。 今食べる肉まんもたくさん買った。 ほかほかの蒸し立てだ。 急いだ方がいいな。行こう。 ざっ。 ざっ。 ざっ。 ざっ。 ざっ。     ――今日は、満月が綺麗だ! あの丘からは、さぞかし綺麗に見えていることだろう。     ざっ。 ざっ。 ざっ。 ざっ。 ――……グルルゴキュルル…… ――あれは、シャオの腹の音だ。 まずい、苦情が来てしまう。 急がねば。 ざっ。 ざっ。 ざっ。           「その方」       足が止まった。                               「シャオ・ロンパオを知らぬか」         腰の曲がった老人が、後ろ手を組んで立っていた。 束ねた長い白髪。白髭。金糸の龍が這う、漆黒の長衣。 龍の如く、見開かれた眼。 老いた身体から、異様な威圧感を放っている。   間違いない。   [[illustration:https://api.kakippa.com/api/covers/illustrations/5f02bf16-12c5-4480-9d7f-82c77220e38d/1790616015611-2220c42c-fc7d-4776-9142-1e6b5c737353.jpg]] 黒龍拳宗師――ウーミン。その者であった。       *         俺の全身が凍った。 心臓が高鳴る。 修行をした。強くなれた。 シャオにも近づいた。 黒龍拳四天王も乗り越えた。 だからこそ、わかる。     ――この老人が、“黒龍拳のウーミン”だ。 ――今の俺たちでは、敵わない。     ウーミンは、真っ直ぐに俺の目を見ている。 金色にギョロリと光る眼が、俺を突き刺す。 この男が探しているのは――         ……シャオ。 シャオは、今、何をしている?     そうだ。腹が空いて、 『月の見える丘』で俺を待っている。 早く。 行かなければ。 いや。 違う。     ――間違えるな! ドウ・ナットンジャ! お前が、やるべきことはなんだ!   俺は、老人の方へ向き直り。 深々と、礼をした。 「――はい。シャオ・ロンパオの居場所を、知っています。私が、ご案内します。」 * 月の見える丘。 少女は、太極拳の型をなぞった。 両の掌が、夜の中を静かに巡る。 押しては引き、開いては閉じる。 流れるように身を《《翻| ひるがえ》》し、また掌を返す。 ひとつの動きが次の動きへ溶けていく。 白い手が、月明かりにいくつもの円を描いていた。     ――大きい月アルな。 あれが肉まんだったら、何人分アルか。 私でも食べきれない大きさの肉まん。 ぐーきゅるる お腹がなった。 ――おそいアル。 「…………ハゲ」 少女の声が、闇に消えた。 * ざっ。 ざっ。 ざっ。 ざっ。 川の流れる音。夏の虫の声。 月明かりが、水面に反射する。 夜の闇の中、その光が、ふたりの拳法家の姿を浮き上がらせた。   「――おい」 ウーミンの声が、背中に刺さる。   「何処まで征く気だ」     ざっ。 ざっ。 ざっ。 ざっ。 そうだ。 ウーミンをこの場所へ連れてくる。 それが、今の俺のやるべきことだ。 俺は、辺りを見回し、目をつぶって深呼吸をした。 ここは、俺が一万回腕立て伏せをしたところ。 そして、シャオと組み手をした、河川敷。     「何処まで征くのかと聞いておる」 背中から、黒い気を感じる。 震えを止めろ。 俺は振り返り、ウーミンに向かって言った。         「……はーーーはっはっはっは!」     ウーミンの眼光が俺を貫く。 俺は、にやりと笑い、啖呵を切った。 「――“黒龍拳のウーミン”とやらも、頭の働かぬ只のじじいのようだな」     龍の眼が、見開いた。 「――力量の差も判らぬ、小童《こわっぱ》か」     俺は構えた。 「――来い! わが“千手八脚拳《せんじゅはっきゃくけん》”の力、とくと思い知るがいい!」         * * *     雨。 ドウの胸に、ウーミンの掌が触れている。 ドウの体は、どしゃっと膝から崩れ落ち、倒れた。 どしゃあっ 「……惜しいな。強者《つよきもの》よ」 糸目の男が、ウーミンの元へ傘を持って駆け寄る。 「……彼は、“千手八脚拳のドウ・ナットンジャ”でございます。――始末するなら、私めが」 「……よい。此奴《こやつ》はもう、生きておらぬ」 ドウの体はもう、動かない。

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