最強バトルの人 / 第116話

第46話 余熱

ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。 ヨウエン「シャオ。そろそろ、お昼にしましょう。この辺りは、担々麺が評判の店が――」 ぴたっ。 シャオの足が止まる。 ドウ「どうした? 担々麺の気分じゃないのか?」 シャオの顔は、青ざめていた。 シャオ(――――え?) ――昨日、ラオの心に触れた。 温かくて、少し寂しい心だった。 シャオ「――ばぁちゃん」 火鍋「ばあさんが、どうかしたか?」 シャオ「――ばぁちゃんが」 子パンダ「キュウ?」 なんでだろう。 なんで、わかってしまうのだろう。 心に触れてしまったからだろうか。 シャオ「ばぁちゃんが」 ばぁちゃんが。 火鍋「おい、ばあさんが、どうした?」       シャオ「ばぁちゃんが、死んだアル」 * ――。 シャオ「ばぁちゃん!!」 来た道を、急いで引き返す。 遠くの方に、老厨中華飯店が見える。 しかし、異様だ。 昼だというのに、まだお客が外に並んでいる。 店が、開いていない。 私は、ざわめくお客の海をかき分けて、店内に入った。 チリンチリーン。 シャオ「ばぁちゃん!!」 誰もいない。 店の明かりはついていない。 厨房。厨房にいるはずだ。 ばぁちゃんは、いつも厨房にいる。 だけど、見つからない。 何かの作業をした形跡だけが残されている。 シャオ「ばぁちゃん!?」 ガラッ。 私は、裏手のドアを開けた。 店の裏手の広場。いつも、組み手をしていたところ。 そこには――。         いた。   ばぁちゃんが。 地面に倒れている。 シャオ「――ばぁ……ちゃん?」 遅れて、ドウたちがついてくる。 私は、ばぁちゃんの体に駆け寄った。 左胸が。ばぁちゃんの、左胸に。 大きな穴が――空いている。     ――火鍋。 シャオ「――火鍋! ばぁちゃんを、なんとかするアル! あの説教親父のところに行って、治してもらうアル!」 火鍋なら、なんとかしてくれる。 いざという時だけは、頼りになる男だ。 だけど――。 なんで。 ドウのときは、なんとかなったじゃないか。 大丈夫だと、言ったじゃないか。 なんで。そんな、悲しい顔を――。 火鍋「――――――手遅れだ。墓を掘るぞ」 なんだその顔は。 なんで、泣きそうなんだ。 私は、ドウを探した。 シャオ「ドウ!! ばぁちゃんを助けろアル!」 ドウは、何も言わなかった。 呆然として、声が届いていない。 シャオ「――ヨウエン! なんか思いつけアル! お前なら、なんか考えてるアル!」 ヨウエンは、顔を伏せている。 その口は、笑っていない。 強く、ギリギリと歯を噛み締めている。 絞り出したように、声を出した。 ヨウエン「――ウーミンです」 私は、一番聞きたくない名前を聞いた。 ヨウエン「――この傷は、ウーミンのものです。残念ながら――」 シャオ「ばぁちゃん」 ばぁちゃんの体にしがみつく。 シャオ「ばぁちゃん」 冷たい。 冷たくて、固い。 シャオ「ばぁちゃん、ばぁちゃん」 あんなに温かかった、ばぁちゃんが。 なんで。 なんで、なんで。 死ななきゃいけないんだ。 シャオ「――うわあああああああああああああああ!!!!」 私の涙は、ばぁちゃんの皺をつたい、地面に落ちた。   * 店の前では、ヨウエンが、当分店は休みだとお客たちに頭を下げている。 ドウも火鍋も、どこかに電話をかけている。 何通も、何通も。 きっと、私が知らないだけで、人が死んだときに必要なことなのだろう。 私は、隅っこの方の席に座り、卓上で突っ伏していた。 「――子パンダちゃん」 「キュウ……」 私は、すり寄る子パンダちゃんの頭を撫でた。 ふわふわで、温かい。 厚手のタオルみたいな触り心地。 「――あの日も、こうやって撫でたアルね」 爸爸《ぱーぱ》が殺された日。 私は、一歳になるこの子を抱きかかえ、家の隅で震えていた。 ウーミンの顔も、爸爸《ぱーぱ》の最期も、見届けられなかった。 「――おんなじアル」 やがて、電話が済んだのか、ドウと火鍋が帰ってきた。 ドウは、なんだか優しそうな顔をしてる。 「シャオ。腹が空いたろ。野菜炒めでもいいか?」 なんだこいつは。 お腹なんて空くわけないだろ。 私は、お腹をさすってみる。 ぐー。 ……こんな時でも、腹は空くらしい。 なんだか、自分の体が厄介だと思えてきた。 「――肉も、入れるアル」 ドウはなぜか、嬉しそうだ。 このハゲめ。 ――待てよ。このハゲ、料理なんてできたか? 旅の間のご飯は、いつも私が作っていた。 「――ハゲ。肉は、豚バラ肉が――」 立ち上がって言いかけたその時、私の目に何かが飛び込んだ。 ホール真ん中の卓上に、白い、丸いもの。 さっきまでは、見えなかったもの。 私は近寄って確かめる。 入り口の戸が空き、ヨウエンも帰ってきた。 ドウも、火鍋も、子パンダちゃんも、真ん中の卓に集まる。 そこに置いてあったのは――。               肉まん。 ばぁちゃんの肉まんだ。   朝に蒸したのか、ラップに包まれ、まだほんのりと温かい。 そこには、ばぁちゃんの字で、メモ書きが置いてあった。                   『チンして食べな。ラオ』             ドウ「――老師は、俺たちが帰ってくることがわかっていたんでしょうか」 火鍋「あのばあさんなら、そうかもな」 ヨウエン「――シャオ。あなたが、食べてください」 私の目から、また。 じんわりと、涙が溢れてきた。 ぐー。 シャオ「…………食べないアル」 ぐー。 シャオ「…………これは、食べられないアル」 ぐー。 拳を握る手が、プルプルと震える。 シャオ「………………ウーミンを倒すまでは! この肉まんは、食べられないアル……!!」   皆、静まり返っている。 私は、右手で涙を拭い、皆に向き合った。       シャオ「絶対に」   息を整える。   シャオ「絶対に、ウーミンを倒すアル」 皆、頷いた。 この戦いは、もはやシャオだけの仇討ちではない。 皆の気持ちは、ひとつだった。
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