最強バトルの人 / 第119話
第47話 正面突破
――黒龍式拳法“軍”総本山。
地図にも載らない山の上に、黒く塗りつぶされた旧軍事施設。
そこでは、黒龍拳の拳兵らが常に施設を守っている。
その規模、およそ百人。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
鉄の柵に覆われた、堅牢な正門。
門番の拳兵が、二人。部外者の侵入を防いでいる。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
「おい」
門番が、見慣れぬ集団に声をかける。
お団子頭の少女。
頭が綺麗に禿げ上がった男。
柄の悪い中年。
子どものパンダ。
後ろには――黒龍拳参謀、王手の妖燕火《ヨウエンフオ》、さま?
状況を判断すべく、言葉を選んでいた、その時――。
「ウーミンを」
少女が、うつむきながら、拳を握りしめる。
【【「――ウーミンを、出せアルーーーーーーーー!!!!!!!」】】
ドッゴオオオオオオオオオオオ!!!!
その正拳突きは、鉄の門を門番もろとも吹き飛ばした。
鉄の門は、紙をゴミ箱に捨てるように、ぐしゃぐしゃにひしゃげて宙を飛ぶ。
やがて、施設を守るコンクリートの外壁をぶち破り、粉塵が狼煙のように舞い上がった。
それは、黒龍拳が発足して以降、最大の危機を知らせる合図となった。
*
――ドッゴオオオオオン!!
――うわあああああああ!!
――逃げるなーー!! かかれーー!!
扉の外では、拳兵たちの叫び声。
強いこと。それだけを共通点として集められた拳兵たちが、パニック映画の民衆のように、阿鼻叫喚を体現している。
あるものは逃げ、あるものはぶっ飛ばされ、次々と戦う意志を失っていた。
「――ええい! 何が起きておる!」
黒龍拳軍、総司令室。
かつて、王手の妖燕火の部屋であったそこには、別の男が座っていた。
太った身体。脂ぎった肌。ドジョウのような長い口ひげ。
黒衣に白い龍のマーク。
その男の名は。
詰み手の軍師火《グンシーフオ》。
黒龍拳参謀の後釜となった男である。
「シャ……シャオ一味です! シャオ一味が襲撃に来ました!」
軍師火「報告が遅いわ!」
ぐしゃあっ!
苛立ちから、見回り担当の部下の顔面を、壁に叩きつける。
軍師火は、室内にいる情報操作担当の部下を睨みつける。
軍師火「状況は!」
「は……はい! 監視カメラ映像により被害を確認! 正門からシャオ一味が襲撃! 現在、拳兵らが応戦していますが……!」
部下は、唾を飲み込んだ。
「――もはや壊滅的状況! シャオ一人に、百人が太刀打ちできません!」
軍師火「――妖燕火め。寝返ったか」
ギリリ。
軍師火は、悪趣味な金歯で歯軋りをした。
軍師火「――新・四天王を集めろ! それに、黒龍拳軍、総勢五万人を呼び寄せるのだ!」
「はっ!」
――妖燕火め。
あやつは、青二才の分際で宗師に取り入り、真の知将であるこのわしから、参謀というポストを奪い取った。
よもやシャオ等に取り入り、襲撃するとは。
今度は宗師の座を奪い去る気に違いない。
あやつがいなくなった今!
ようやく宗師に真の参謀が誰かをお見せする時が来たのだ!
軍師火「――ええい! 遅い! 早く緊急招集するのだ!」
軍師火は、部下を押し飛ばし、電子的端末《パソコン》の主導権を握る。
文面を確認。そして、「一斉送信」をクリックした。
これで万事よし。ぐふふふ。
あやつの気取った顔を歪ませてやる。
あやつも、五万人の数の暴力には敵うまい。
新・四天王を使い、時間を稼いでいる間に、ここに呼び寄せるのだ。
これこそが、“詰み手”。
“王手”など、我の知略の前ではゴミ手同然よ。
「――ぐふふふ。げはぁーはははは!」
巨大なウシガエルのような笑い声が、部屋中に充満した。
*
――ドガアアアアアアン!!
「ウーミンを、出せアルーーー!!!!」
――ドオオオンッッ!!
――ドガァァァーンッッ!!
怒りに満ちたシャオの拳が、拳兵たちを吹き飛ばす。
もはや、戦いではない。
まとわりつくアリを払うネコ。
吹き飛ばされた拳兵たちは、壁に埋め込まれ、天井を突き破り、戦場から退場していく。
シャオたちは、歩みを緩めることなく総本山の奥へ、奥へと進んでいく。
もはや、誰にも止められない。
やがて、その歩みはひとつの門の前へ辿り着いた。
『修練場』。
厚さ30センチメートルの鋼鉄で固められた扉は、電子的セキュリティがかけられており、黒龍拳の者でないと開けることができない。
それを、シャオは。
「……邪魔アルーーーーーっ!!」
ドゴオオオオオンッッッ!!!
拳一発でぶち破る。
中の様子が明らかとなった。
広い修練場。
連日、黒龍拳の者たちが集団稽古を行う場。
円形の枠の真ん中に、脂ぎった男がひとり。
男は、拍手をしながら、シャオたちを仰々しく迎え入れた。
軍師火「――よくぞ参った! その力、このわしも認める他ない――」
シャオ「どけアル」
軍師火「……ひ、ひぃっ!」
シャオの目には炎が揺らめく。
軍師火の顎の下に、シャオの拳が潜り込んでいる。
動いたら、天井へ打ち上げられ、頭が突き刺さり宙ぶらりん状態になることが予想できた。
――なんだ、この小娘は。
このわしが、反応さえできずに窮地に追い込まれるなんて。
軍師火は、その自慢の知能を使い、脳をフル回転させた。
軍師火「ま……待て! 拳を降ろせ! さもなくば、貴様の最も大事なアレを、破壊する!」
シャオ「……!」
――少し、反応があった。
しめた。ここが、攻め入りどきだ。
軍師火「――アレには、すでに爆弾が仕掛けられている! わしの要求が飲めねば、すぐにでも――!」
ヨウエン「詭弁《きべん》ですよ」
ヨウエンがその笑みを止めずに、軍師火に近づく。
ヨウエン「軍師火。私の後釜は、貴方なのですね」
軍師火「――妖燕火さま。いや、妖燕火!」
ギリリ。
――こやつめ!
この若僧の、人を見下した態度!!
わしは、こやつのことが、前々から……!
軍師火「――貴様! 浅ましくも寝返りおって! 飼い犬に手を噛む野良犬とは、貴様のことよ! 今の参謀はこのわし、軍師火! 宗師も遂に、真の参謀が誰かをおわかりになったようだ!!」
唾を飛ばしながら捲し立てる軍師火の姿に、ヨウエンは、くっくっく、と含み笑いをする。
ヨウエン「――そうだったのですね。まずは参謀への昇進、おめでとうございます」
軍師火「ふん! 今更おべっかを使っても、遅いわ! 欲深き男よ!」
ヨウエン「貴方はずいぶん、欲がないお方だ――」
ヨウエン「――おこぼれで貰えた称号が、そんなに嬉しいなんて」
……!
こ、この男……!
……殺してやる……!
わしは、こいつが、憎くて憎くて、たまらんのだっ……!
ヨウエン「――あなたの手番はありませんよ」
ヨウエンの回転蹴り。
その足先が軍師火の頭を上空へ蹴り飛ばそうとした、そのとき――。
軍師火「――ひぃっ!」
シャオ「――待つアル!」
ぴたっ。
止めたのは、シャオであった。
シャオが、声を絞り出す。
シャオ「――もしも、この変などじょう髭親父の言う通り。ばぁちゃんの大切な場所が壊されたら――」
シャオ「もしも、あの肉まんが、なくなったら――」
シャオ「もしも、がなくならない限り。こいつは殴れないアル」
――。
軍師火は、安堵のため息を、どはぁっと吐いた。
ヨウエン「……では、仕方ありませんね」
ヨウエンは、蹴りかけた脚を戻し、軍師火に冷たい視線を向ける。
ヨウエン「おい。要求はなんだ」
軍師火は、にやりと笑った。
軍師火「――なに、両陣営の力比べと行こうじゃないか。新・四天王たちとの、五対五の勝ち抜き戦をするのだ」
ドウ「――四天王か。相手にとって不足はない」
火鍋「シャオばっかり暴れやがって。俺も誰か、ぶん殴りてぇ気分だ!」ポキポキ
ヨウエン「――わかりました。その勝負、お受けしましょう」
軍師火は、口元を抑え、大きな腹を揺らした。
軍師火(――げはぁーははは! この馬鹿共め! 引っかかりおった! 爆弾など、当てずっぽうの嘘っぱちよ!)
軍師火「――入れ! 新・四天王!!」
ぐちゅ。
総修練場の床から、真っ黒い沼のようなものが現れた。
そして、青白い腕が一本、また一本と這い上がってくる。
それは、人ではない。
無数の腕。
ぐちゅ。
ぐちゅ。
ぐちゅ。
かつてウーミンに敗れた怪異。沼男《ぬまお》であった。