最強バトルの人 / 第113話

第45話 決着

――店の裏手の広場。 ラオと、ウーミン。 二人が相対する。 ラオ(――シャオ) ――あんたには、悪いことをするね。 あんたの、十年にも及ぶ復讐の相手を。 ラオ「あたしが、奪っちまうなんてね」 ウーミン「……何の事だ」 ラオ「いや、ひとりごとだよ」 ――早い者勝ち、だからね。 それに、こればっかりは。 あたしの手で、決着をつけたいのさ。 あたしの、人生だからね。 ――ラオは、深く、深く息を取り込んだ。 ラオ「――さあ。やろうか」 ウーミンは、手を鉤爪状に尖らせ。 ラオは、流れるように拳を肩の前に置いた。 ラオ「心の準備はできたのかい」 ウーミンは、指をコキコキと鳴らす。 ウーミン「無論だ」     ――中国最強を決める戦いが、今、始まる。 ――ドッ!   ウーミンは、脚に力を込め、飛び出した。 まばたきをする間もないうちに、ラオの首元に鋭い手刀が――! ラオ(――おお、怖い怖い) ラオは、それをすんでのところで、後方にかわす。 そのまま、身体をそり返らせ、両手を地面につき、両足でウーミンの胴を挟み込んだ! ラオ「――飛んでいきな!」 ブンッ。 両手を支点に、ウーミンを宙に投げ飛ばす。 ウーミン「――ほう」 ウーミンは空で体勢を変え、鉤爪の掌を――。 ラオの顔面に落とす! バシィッ! ラオは両手をクロスさせ、それを受け止める。 ラオ「その程度かい」 ウーミン「口が減らぬ婆《ばばあ》だ」 ウーミンは空中で斜めに回転し、尖らせたつま先をラオの脇腹目掛けて振り回す。 ギャオ! ラオ(――危ないねえ!!) なんとか身をよじり、蹴りをかわす。 蹴りは虚空を描き、ラオのエプロンを斬撃のように切り裂いた。 ラオ「――弁償、してもらうよ!」 ラオは、両の手を握り、ねじりながらウーミンの顔面へ突き出す。 その拳は、湖に咲く蓮のように開き、ウーミンの顔を掴みかかった。 ラオ「――水上開蓮《スイシャン・カイリェン》!」 ブルルルン! 回転の力を頭に加え、ウーミンの体を、凄まじい勢いで、地面に叩きつける! ズドォッン!! ウーミン「――ぐぅ!」 ラオの奥義が決まった。 ウーミンは、関節を鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がる。 そして、ラオを睨みつけ、笑った。 ウーミン「――技は、老いてはおらぬようだな」 ラオも笑う。 ラオ「――あんたに負けてやる気はないよ」 ウーミンは飛び出す。 身体全身で、指先、爪先、関節の末端。鋭利な部位を使った、斬撃にも似た凶悪な打撃の連打。 ラオは、そのすべてをかわし続ける。 ラオ(――危なっかしいったらないね!) ついにかわしきれず、ひとつの拳を腕で受け止めた瞬間。 ウーミンは、しなる鞭のような蹴りを、ラオの顎に合わせる。 必死の思いで、ラオは後ろに回避する。 ウーミンは、まだ近づいてくる。 ラオは、ふんっと、ため息にも似た笑いを飛ばす。 ラオ(――参ったね) ラオ(――なんで、こいつの心は読めないんだい) ラオは、ウーミンの眼を見つめる。 いつもなら、相手が今何を考えているか、“流れ”となってラオの目に映る。 しかし、ウーミンは――。 ラオ(――なんで、真っ黒なんだい) ラオの背中に、冷や汗が走る。 ウーミンは、身体を前後に回転させ、かかとを落とす。 ラオは、それを瞬時にかわし、ウーミンの背中をとる。 ちょうど背中合わせの状態で、肩の上からウーミンの腕を掴み――。 ――濡れたタオルを乾かすように、ぶん投げた! ラオ「一振払露《イージェン・フールー》!」 ドゴォ! ウーミン「――がぁっ!」 ウーミンの体が、腹から地面に叩きつけられる。 そのままラオは、掴んだ腕を離さない。 片手でウーミンを、体ごと宙に上げ、ラオの頭上でぶんぶんと振り回す。 そして――地面に叩きつける! ラオ「――無為《むい》・流転拳《るてんけん》!」 しかし、地面に触れる寸前、ウーミンの爪先が、ラオの胸の間を捉える。 ドッ。 ウーミン「――ぐうぅっ!」 ラオ「――かはぁっ!」 ウーミンの爪先が胸にかするのと、ラオがウーミンを地面に叩き落とすのは、ほぼ同時。 一見して、二人の戦いはラオが優勢に見える。 しかし――。 ラオ「――はぁっ。はぁっ」 ラオの息が上がる。 ラオの無為《むい》・流転拳《るてんけん》は、相手の攻撃をかわし、地面などの環境を利用した投げ技で攻める戦法が中心の拳法である。 太極拳がベースにあるそれは、シャオの拳法にもよく似ている。 ――つまり、《《ダメージを負うこと》》を、想定していない。 ラオはすでに、ウーミンの致命的な攻撃を、かわす余裕がなくなっていた。     ラオ(心が読めれば。こんなバカ、余裕なんだけどね……) ラオが呼吸を整える。 ウーミンは、地面から飛び上がる。 そして、また、近づいてくる。 ざっ。ざっ。ざっ。 ウーミン「――やはり老いたな、ラオ」 ウーミン「昔は、もっと強かった」 ウーミンが、近づいてくる。 ラオは、ウーミンの眼を、きっ! と睨みつける。 ラオ「あたしが弱くなって、寂しいのかい」 ウーミン「ふん。その減らず口も、もう飽きたわ」 ざっ。ざっ。ざっ。 ウーミン「――老いてもなお、貴様には力がある。その力を、儂に捧げろ」 ざっ。ざっ。ざっ。 ラオ(――こいつは) 金色の眼。龍の目。 ――この目は、昔から変わっていないね。 ラオ「ふふふ」 ウーミン「どうした。恐怖で気でも触れたか」 ラオ「いや。あたしはまともだよ」 あたしは、このバカの目をじっと見つめる。 ラオ「――ようやく、読めたね」   真っ黒の心。 その中に。 かすかな色が混じっている。 ラオ「――あんた」 ラオ「――怖いんだね」 ウーミンの体が、一瞬止まる。 ウーミンの心の中には、恐怖がある。 強さを求め続ける理由。 怖いから。 怖いから、強くなりたい。 ラオ「いまさら、何が怖いっていうんだい」 ウーミン「……」 ウーミンは、答えない。 ラオ「それに――。おやおや、照れるねえ。これは、言わないでおくよ」 ウーミン「何のことだ」 ざっ。 ラオ「ようやくわかったよ。あんた、“流れ”を殺してたね」 昨日、ヨウエンが話していたことだ。 黒龍拳の極意とは。 ――“流れ”を、殺す。 ラオ「当たってたじゃないか。あんたはバカだが、部下は優秀だよ」 ウーミン「……」 ウーミンは、立ち止まる。 ウーミン「――儂の、心でも読んだか」 ラオは、ふっ。と笑った。 それは、シャオたちに見せるような、安心を含んだ、いつもの笑い方だった。 ラオ「正確には、心の“流れ”だよ。長年、店をやってると、見たくないものも見えてくるもんさ」 ウーミンは、右手の鉤爪を尖らせた。 それはまさしく、“龍の爪”。 達人たち二人には、わかっていた。 ――この戦いは、終わりが近い。 次の技が、最後になることを。 ラオ「――もらったよ!」 ラオの奥義。 ラオは、その身体を、流れる水のように沈み込ませ、ウーミンの喉元に掌を突き出す。 対するは、ウーミンの絶技。 天を舞う龍が、宝玉を掴むように、五本の指を突き出す。 二つの技が、絡み合う。   届くのは――! ラオの奥義か。 ラオ「――無為《むい》! 流転掌《るてんしょう》――!」 ウーミンの絶技か。 ウーミン「――珠龍爪《ジュロンジャオ》!!」             ――ッッッ!!     ――トク。トク。トク。 ラオの顔が、穏やかになる。   技が届いたのは。 ウーミンであった。     ウーミンの龍の爪は、ラオの左胸を貫いた。     ――ああ。     ――届いちまったね。       その龍の爪は、ラオの心臓を“掴んで”いた。     ――トク。トク。トク。   ラオ「――――――なんだい」     ――かはっ。 ラオの口から、赤いものが溢れる。   ラオ「――――案外、ロマンチックじゃないか」       ――。 どさっ。     ラオの体が、崩れる。         ウーミン「…………」     ウーミンは、しばらくその顔を見つめていた。 その顔は、ひと仕事を終えて眠りについたかのような――。   ウーミン「――婆《ばばあ》め」     そして、そのまま。     ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。     ウーミンは、どこかに消えていった。     ◆━━━ 最 強 バ ト ル ━━━◆ 黒龍拳のウーミン vs ラオ・チュウ ――――――勝者 黒龍拳のウーミン ――――決まり手 珠龍爪《ジュロンジャオ》
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