最強バトルの人 / 第110話
第44話 今日はいい日
――朝。
私は、ベッドから体を起こし、精一杯に伸びをする。
「……うぅーーーんっ」
よーく寝た。
たっぷり寝たアル。
時計を見る。朝7時。
よいしょっと起き上がり、カーテンを開けると。
抜けるような青空に、日が差し込む。
私の顔を眩しくさせるなんて、不届きものめ。
お返しに、太陽をいっぱい吸い込んでやった。
今日だ。今日、私はウーミンのもとへ出発するんだ。
昨日は、こんな清々しい気分ではなかった。
でも今は、つっかえがとれたように、頭がスッキリしている。
やっぱりいっぱい寝るのが1番アルね。
すると、それに応えるように私のお腹が鳴り出した。
ぐー。
はいはい。我が愛しい食欲よ。
あなたのことも忘れていませんよ。
いま何か、とびきり美味しいものを与えてあげるからね。
私は、いつもの拳法着にしゅるると着替え、飛び跳ねるように一階に降りて行った。
❇︎
ラオ「やあ。おはようさん」
厨房には、ばぁちゃんがいた。
シャオ「おはようアル」フワア
ラオ「朝食、作っといたよ。早く食べな」
朝食? ほほう。それは興味深い。
小走りでホールに向かうと、そこには。
山盛りの朝ごはん。
トマトの卵炒め、焼き餃子、中華スープ。
そして、みんなが待っていた。
ドウ「シャオ。荷造りは済ませておいたぞ」
ヨウエン「黒龍拳総本山への道のりを、マッピングしておきました。道中の食事処や、休憩地点もピックアップしております」
火鍋「よおシャオ。お前の分もついでに、茶ぁ入れといたぞ」ズズズ
なんだね君たちは。私の家来なのか?
いただきます。と手を合わせて、私のお腹のご機嫌を伺う。
シャオ様。わたくしは、まずスープからいただきとうございます。
そうかそうか。待ってなさい。
ずずーっ。
ふう。
美味すぎアル。次は餃子を――。
ドウ「なんだ? やけに上機嫌だな」
ハゲ。よく私が機嫌がいいとわかったアルな。
シャオ「ついに、仇が討てるアル。私の夢が、ついに叶うアル」パクパクパクパクパクパク
トマトの卵炒め。うん。これも絶品アル。
米が進むアル。
いつも妖しくニコニコしている細身の男に、声をかけてみる。
シャオ「ヨウエン! ウーミンはどこにいるアル!」パクパクパクパクパクパクパクパクパクパク
ヨウエン「はい。山の上の旧軍事施設。黒龍拳軍総本山に、潜んでいます。今から出発すれば、明日の朝には着くでしょう」
シャオ「そうかアル」パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパク
なかなか頼りになるやつらだ。
私は勢いよく朝食をかきこみ――。
どんっ!
シャオ「ごちそうさまアル!」
両手を合わせた。
ラオ「はい。じゃあ、そろそろだね」
ドウ、ヨウエン、火鍋が、ラオに向かって左手で右手を包む包拳礼《ほうけんれい》をしようとすると――。
ラオ「いらないよ。どうせ、戻ってくるんだろ。それにあたしは、拳法は教えてないよ」
ドウ「――はい! 老師!」
ラオ「その老師ってのも、なんだか居心地が悪くてね。後片付けはいいから、早く行ってきな!」
ラオがしっしっと追い払うポーズをする。
みんながわかっていた。照れ隠しだ。
この人の心の温かさを、ドウたちはそれぞれの尺度で感じていた。
ドウ「それでは、行ってまいります!」
ハゲが、私を見る。
ドウ「行くぞ、シャオ」
シャオ「うんアル」
子パンダもいる。
ヨウエンも。火鍋も。ハゲも。
今から、ウーミンを倒すのだ。
チリンチリン。
何回聞いたことだろう。
この店のチャイムを。
私は戸を開け、外に出た。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
足音がいつつ。
これが、打倒ウーミンのメンバーだ。
私、子パンダ、ハゲ、火鍋、ヨウエン。
どんどん。
どんどん前に進む。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ――。
――気がつけば。
あんなに大きかった老厨中華飯店が、とても小さい。
米粒だ。
私はなんだかうずうずして、来た道を体ごと振り返った。
そして、口の横に両手をあてて。
大きく息を吸い込み――。
シャオ「ばぁーーちゃーーーん!!! ありがとアルーーーーーーー!!!!」
きっと届いた。
みんなは、面食らったように、だけど当たり前のことのように、私を見ている。
シャオ「さあ! 行くアル! ウーミンを、倒すアル!」
今日はいい日だ。
*
ラオ「――さて。」
ラオ「行っちまったね」
ラオはひとり、戸の前で皆を見送っていた。
見えなくなってからも、しばらく腰に片手を当て、そこに立っていた。
雲が流れ、風がそよいだ。
やがて、ふん。とため息にも鼻息にも似た息を吐き出すと。
ラオ「これは――来るね」
ラオは急いで厨房に戻る。
時計を流し見。
昼の営業までは、まだ全然時間がある。
ラオ「ちゃちゃっと、ね」
誰に聞かせるでもないひとりごと。
ラオは、機敏な動きで材料を取り出した。
何かを仕込んでいる様子だ。
生地を練り上げ、タネをつくる。
いつもの作業。毎日やっている作業。
だからこそ、その所作は洗練され、美しく、力強かった。
たんっ。たんっ。たんっ。
十分に捏ねたそれを、せいろに入れ、熱を通す。
湯気がたちのぼる。
ラオは、すーっと息を吸い込んだ。
しばらく、待つ。
ラオ「――よしっ!」
十分に蒸されたそれを、皿に移し。ラップで包み。簡単なメモ書きを添えた。
ラオ「――きっと、必要になるからね。」
皿を、卓上に置く。
ラオは、それを少し眺め、また、よし。と呟いた。
すると――。
チリンチリーン。
店の戸が開くツリーチャイムの音。
“誰か”が、来店した。
ラオは、慌てん坊な人もいるもんだねえ、とでも言いたげな顔をして。
ラオ「まだ準備中だよ。悪いが、また出直して来ておくれ――」
口に出しながら、顔を上げる。
男の顔が、ラオの視界に飛び込んだ。
その。
男は。
ラオ「――参ったね。なんで、このバカがやってくるかね」
ラオの口から、ため息が漏れた。
腰は曲がり、皺だらけの肌。
黒衣に、金の龍の刺繍。
長い白髪を後ろに束ねて。
その眼は、金色にこうこうと見開かれている。
まさしく、黒龍拳宗師。
[[illustration:https://api.kakippa.com/api/covers/illustrations/5f02bf16-12c5-4480-9d7f-82c77220e38d/1791725076614-3b646b4a-a425-44f0-953c-4fb110f7115f.jpg]]
ウーミン。その者であった。
*
ウーミン「久しいな。婆《ばばあ》」
ウーミンは、づかづかと店内に入り込む。
ラオは、いつもの笑みを失い、呆れたような顔を見せた。
ラオ「――何も言わずに来るやつがあるかね。祖民《ズーミン》。いやさ、今は無名《ウーミン》、か」
ラオは時計に目をやる。
ラオ「――今はまだ開店前だよ。朝から炒飯でも食べたくなったのかい?」
ウーミン「婆よ。黒龍に入れ」
ウーミンは、ずい。と、その龍の眼を、ラオに向けた。
ラオは、大きくため息をつく。
ラオ「あんたねえ。人の話を聞かないの、治ってないんだね。いいかい。言葉ってのは――」
ウーミン「黒龍に入るのだ」
――ぷちっ。
ラオの中で、小さな怒りが弾けた。
ラオは、グラスに水を汲み、ごくっと飲み干した。
そして、もう一つのグラスにも水を入れると、ドンッと、ウーミンの隣の卓上に置いた。
ラオ「――座りな」
空気がざわつく。ラオの目は、笑っていない。
ウーミンは、意外なほど素直に、卓についた。
そして、水をひとくち飲んだ。
ラオ「――聞いたよ。あんた、なにやら戦争なんて考えてるらしいじゃないか。バカだバカだとは思っていたけど、これほど救いようがないバカとはね」
ラオは一気に捲《まく》し立てる。
ウーミン「黒龍の意思だ」
ラオが額に手を当てる。
こいつは、本物のバカだ。会話ができない。
なんでこいつは昔っからずっと、こうなんだろうねえ。
ラオの顔が、そう物語っていた。
ウーミンは、水をすべて飲み干し、
卓上に叩きつけるように置いた。
そして、その眼光をラオの目に向ける。
ウーミン「断れば、貴様の命はないぞ」
握ったグラスが、パリンと割れる。
ラオ「ほーお。どうやるってんだい。昔っから、あたしに勝てないあんたが」
店内の空気が、震える。
棚の食器が、カタカタと揺れ出す。
ウーミンは立ち上がり、その拳を鉤爪のように尖らせ、ラオに向けた。
ウーミン「――もはや我等に言葉は不要。拳で従わせれば良い」
ラオ「はん。やってみろってんだ。バカのウーミン」
二人は構える。
そして――。
ウーミン「――いや、待て」
ラオ「なんだい。今更、怖気付いたのかい」
ウーミンは、構えを解く。
ぐるりと、店内の内装を一瞥し。
ウーミン「この店は、貴様の店だろう。外へ出るぞ」
ざっ。ざっ。ざっ。
ウーミンは、外へ出て行った。
――なんだい、あいつは。
ラオも、後を追った。