最強バトルの人 / 第50話

第31話 初出勤

シャオは、新しい拳法着に着替え、上からエプロンをかけた。 住み込み部屋にある全身鏡で、正面、斜め右、斜め左の立ち姿をチェックする。 最後に、口をにっ、と笑顔を作ってみせ、エプロンの紐をきつく縛った。 シャオ「…………よしっ!」 * 正午。 ラオ「……来たね。」 ――ドドドドドドドドドドドドド!! ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ!! それは! 店内を埋め尽くすほどの――! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 客! 「三番卓! 餃子追加ー!」「十五番卓! 麺! 回鍋肉《ホイコーロー》!」「七番卓、炒飯二つ!」「十二番、青椒肉絲《チンジャオロース》まだー!?」「五番卓! 麻婆豆腐《マーボードウフ》大辛!」「八番、杏仁豆腐三つ!」「十六番卓お会計ー!」「二番卓! 小籠包追加!」「九番、天津飯! スープつけて!」「四番卓、酢豚一つ追加ー!」「十一番! 炒飯、炒飯、餃子!」「十八番卓、麺上がったよー!」「六番! 空いた皿下げて!」「十三番卓、エビチリ二つ!」「一番、餃子まだー!?」「二十番卓ご案内ー!」「十番! ビール追加!」「十四番、担々麺二つ! 一つ辛さ控えめ!」「五番卓、白飯追加ー!」「七番、回鍋肉上がったよ!」「十九番卓! 炒飯大盛り!」「十二番、餃子焼けたー!」「三番卓、お冷四つ!」「十七番! 麻婆豆腐! 急いで!」「八番卓お会計ー!」「入口三名様ー!」「相席お願いしまーす!」「六番卓、青椒肉絲追加!」「十五番、麺まだ!?」「上がったよー!」「持ってってー!」「次、炒飯五つ!」「餃子十人前入ったー!」「はいよー!」 それは、まるで嵐だった。 突風の代わりに、爆音と情報量が吹き荒れるなかで、シャオは――。 シャオ(――うわあああああああああ!!) ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ 皿。皿。さらに皿。 洗っても洗っても次々と現れる皿に、シャオは孤軍奮闘していた。 少しでも手が止まれば、皿の海に飲み込まれそうだ。 拳法なら負け知らずの彼女は、初めての繁盛店ピーク時の皿洗いという名の試練に、なんとか喰らいついていた。 シャオ(――めっっっちゃくちゃ大変アル!!) 皿の形はすべて同じではない。重さ、形状を目で判断し、適切な力加減で持ち上げる。泡のついたスポンジでこする。滑らないように洗い、すすぐ――。 シャオは白目を剥きながら、一心不乱に磨き続けた!! ジュウウ 、ジュウウ。 ラオ(……ほう。あの娘、やるね) 調理場でひとり、複数の炒め物を同時に作るラオ。 その身のこなしは、この繁盛店において場違いなほど穏やかで、流麗《りゅうれい》だった。 ラオ(――火鍋も、ロンパオも、初日は皿の海に飲み込まれて潰れてたもんさ。それを、なんとか凌げてはいる。大したもんだよ) シャオ(――洗っても洗っても、まだまだくるアルーーーー!! アイヤーー!!) ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ ――その時、少女の脳内に、あるイメージが浮かび上がった。 ――はっはっはー! 俺の千手八脚拳《せんじゅはっきゃくけん》をくらえー! ドドドドドドドドドドドドドドドド――。 シャオ「!!」 シャオの頭のなかで、次々と現れる皿と、拳の連打が、繋がった。 シャオ(――これならできるアル!) 皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿――。 シャオ(お皿なんて何枚でもかかってこいアル食器洗いーー!!) シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!! ラオ「!」 ラオは目を見張った。 シャオの動きから、無駄が消えた。 さっきまで響いていたガチャガチャという音も、もう聞こえない。 ラオ(――あの娘。太極拳を、進化させたね) 洗い終えた皿が、どんどん積み上がっていく。 それはやがて、彼女の身長を超えた。 ラオ(初日でもう即戦力かい。今どきの娘はすごいね) ジュウウ 、ジュウウ。 ラオ「おーーい! シャオー!」 シャオ「はいアルー!」シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ ラオとシャオの目線が合う。 ラオは、ぱちっとウインクをした。 ラオ「上出来だよーーー!」 シャオ「――やったアルーーーー!!」 シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ シャオ vs 皿洗い。 結果は、シャオの勝ち。 * ラオ(さて、あの子は……) ラオがホールへ目を向ける。 ドウ「はい! ご注文繰り返します! 餃子四人前! 春巻き二人前! 小籠包三人前! 棒棒鶏《バンバンジー》一つ! よだれ鶏一つ! 麻婆豆腐《マーボードウフ》二つ! 回鍋肉《ホイコーロー》二つ! 青椒肉絲《チンジャオロース》一つ! エビチリ二つ! 酢豚一つ! 油淋鶏《ユーリンチー》一つ! 八宝菜一つ! ニラレバ炒め一つ! かに玉一つ! 炒飯三つ! 五目炒飯二つ! 天津飯一つ! 担々麺二つ! 醤油ラーメン一つ! 五目あんかけ焼きそば一つ! 白飯大盛り二つ! 中華スープ三つ! 杏仁豆腐四つ! ごま団子二人前! 以上でよろしいでしょうかっ!!」 客「はい、お願いします」 ラオ(――驚いたね。あの子――!) ラオは目を見張る。 ラオ(――メモを取ってないじゃないか!) 昨日は、メモを片手に必死で注文を取っていた。それが今日は、一度聞いただけでこの量を全部覚えている。 ドウ(――行ける!) ドウは、これまでの旅での幸運な出会いに、思いを馳せていた。 ――とにかく、本当に鈍器暗器長剣短剣手裏剣大砲火《ドゥンチーアンチーチャンジエンドゥアンジエンショウリーチエンバズーカフオ》がいてくれてよかった! ――早く忘れろアル。 ドウ(――俺の記憶力なら、メモを取らなくても覚えられる! そのほうが効率的だ!) ドウは、ラオのいる厨房に向かってずんずんと歩を進める。 頭の中の記憶がこぼれないように、姿勢良く。 ドウ「ラオ老師。餃子四人前! 春巻き二人前! 小籠包三人前! 棒棒鶏《バンバンジー》一つ! よだれ鶏一つ! 麻婆豆腐《マーボードウフ》二つ! 回鍋肉《ホイコーロー》二つ! 青椒肉絲《チンジャオロース》一つ! エビチリ二つ! 酢豚一つ! 油淋鶏《ユーリンチー》一つ! 八宝菜一つ! ニラレバ炒め一つ! かに玉一つ! 炒飯三つ! 五目炒飯二つ! 天津飯一つ! 担々麺二つ! 醤油ラーメン一つ! 五目あんかけ焼きそば一つ! 白飯大盛り二つ! 中華スープ三つ! 杏仁豆腐四つ! ごま団子二人前! 以上、お願いします!」 ラオは面食らった顔をして、おたまをひょいと振りかぶった。 ラオ「バカだね。その注文を、あたしはどうやって覚えればいいんだい」ポカッ ドウ「はー!」 怒ってはいない。あらゆる電車の名前を全部覚えている親戚の子どもを前にしたような優しい笑いだ。 ドウ「……なるほど、そうか! すみません、老師! 今すぐに書き出します!」カキカキ ラオ(……この子は、バカ正直だね。言われたことをまずやってみる。自分なりに工夫して、間違ってりゃすぐに直す。これも強さだね) ドウ vs 注文取り。 結果は、ドウの勝ち。 ラオはドウの書いた注文用紙をひと目見ると、二人に向かって声を張った。 ラオ「あんたたち! 上出来だよ! 明日は、皿洗いとホール、交代だ!」 シャオとドウは顔を見合わせて、頷きあった。 「「はい(アル)!!」」 ラオ「まずは……。この、大量のお客をさばくよーーー!!!」 うおおおおおおおおおおおおーーーっっ!! お客たちは、ひっきりなしにやってくる。 それは、まるでひとつの生命体のように塊となり、食欲を満たすためにやってくる。 シャオ「ひええっアルー!」シャシャシャシャシャ ドウ「うおおおおお!!」ゴチュウモンハ? 時計の針は、12時30分。 昼営業は、まだまだ続く。 ふたりは、何かが満たされていくのを感じていた。 ドウ、7.2。 シャオ、8.4。 * シャオ&ドウ「ありがとうございましたー(アル)」ペコー 午後三時。 昼営業、最後の客が店を後にした。 シャオ「はぁーーー、やっと終わったアルー」くてー ドウ「想像以上に、壮絶だったな……」フゥーー シャオ「ところで、火鍋はなにしてるアル?」 ドウ「『俺は働くのだけは絶対イヤだ』と言って、どこかに行ってしまった」 シャオ「ほんとダメ親父アル」 だらしのない師匠を思いながら、軽口を叩いていると、ラオが厨房から出てきた。 ラオ「はい、おつかれさん。それじゃあやるかい?」 ラオは、片手を肩にあて、腕を回している。 シャオ「? やるって、なにをアル?」 ラオ「かかかっ、自分がここに来た目的も忘れたのかい」 ドウ「! まさか……!」 ドウの顔が、さっきまでの疲れを忘れたように輝き出した。 頭も、心なしか輝いている。 シャオは目を細め、手で日影を作った。 ラオ「あたしも別に、武から心が離れたわけじゃあないんだよ。この店が忙しいから副業にしてるだけでね」 ラオが指をポキポキと鳴らす。 シャオ「! ばぁちゃん、組み手してくれるアルか?!」 ラオは不敵に笑った。 ラオ「そうだよ。かかってきな! ふたりがかりで構わないよ」

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