最強バトルの人 / 第49話

第30話 履歴書はいらないよ

「とりあえず、それを食べたら厨房に来な」 ラオ老師がテーブルの上を指差す。 私は、目の前にあるそれを見て、圧倒された。 圧倒されると同時に、懐かしさ、喜びも感じた。 出来立ての炒飯《チャーハン》。 米全体に玉子と油が交わり、艶やかな金色に見える。 そこにネギの青色と、角切りの叉焼《チャーシュー》が混ざり、楽しい気持ちにさせてくれる。 米自身の熱で蒸され、ほかほかの湯気が宙に浮かび、消えていく。 香りは。――――。 ……いい。少し焦げた醤油の香りが、香ばしい。油はサラダ油と、豚脂が混ざった即席のラードだ。 大きめのレンゲで、すくって食べる。 自然と、大口になる。 ――口の中に温度が加わる。舌。歯。口の中。鼻から抜ける香り。脳内。 ああ――――。これだ。私が食べたい炒飯。 すべての炒飯は、この炒飯を目指して作られていたのだ。 噛むたびに顎が心地よい。 表面はパラパラだが、噛むと中からもちっとした弾力が顔を出す。 ごくん。 喉の中を、温かい塊が落ちていく。 今、この炒飯が体に入った。 この炒飯は、私の栄養となり、健康になる。 それが実感できる。 「――――うまいアル」 これらの感想は、シャオのなかで「うまい」に集約される。 彼女のずば抜けた洞察力。それは、戦闘の時だけに発揮されるわけではない。 食を、全力で楽しむ。それも、彼女の強さだ。 「ふん、そうかい! そりゃよかったよ! まだまだ作るから、とりあえず全部、食べきっちゃっておくれ」 ラオが厨房へ戻ろうとする。 火鍋が呼び止めた。 「おい、いいのかばあさん。俺ら、そんなに金持ってねぇよ」 「かかかっ! そんなに旨そうに食べられちゃあ、その顔がもっと見たくなるってだけさ!」 ラオは厨房へ戻っていった。 火鍋が目の前の少女に笑顔で話しかける。 「おい、シャオ。よかったな! あれ、ばあさん。お前のこと相当気に入ってるぜ」 シャオは、目を潤ませながら食事を続けている。 「――うまいアル。――うまいアル。この一口も――うまいアル」はむはむはむ 聞いてねえな。そう思ってドウを見ると――。 「ふむ。米がパラパラというのは比喩表現と思っていたが、実際にこれはパラパラという他ない。米の品種は? 原産地は?」ブツブツブツ…… ――こいつら、話を聞かねえ。似たもの同士だな。 俺も炒飯を食うことにした。うん、うめえ! * その後も料理は運ばれ続けた! 水煮牛肉《シュイジューニウロウ》、清蒸魚《チンジョンユー》、清蒸大閘蟹《チンジョンダージャーシエ》、肉饅頭《肉まん》、etcetc...! これもうまいアル、あれもうまいアル、うまいアルうまいアル……。 シャオは、あらゆる美味の洪水に巻き込まれ、気づいたら……。 シャオ「ぐー」zzz 火鍋「おい、こいつ寝たぞ」 ラオ「二階に住み込み用の部屋がある。好きなとこ使いな」 ドウ「俺が運びます!」ヨイショ *     チュン チュン 「ふわあ……」 私は、カーテンから漏れる光で、目を覚ました。 寝ぼけまなこで辺りを見回す。 ――ここはどこアルか? 知らない天井だった。 ――昨日は、ラオの店に来て、ジョアンナとばったり会って、めちゃくちゃうまい炒飯を食べて、うまい料理をお腹いっぱい食べて……。 ふとんから起きて、辺りを観察する。 火鍋の四畳半くらいの、小さな部屋。 あるのは、窓とふとんと時計がひとつずつ。 ボーっとしていると、床から音が聞こえることに気づいた。 ガンガンガンッ ジャーッ イラッシャーイ ジュウ ジュウ 時計を見る。午前11時。 ……。 あれ。きのう、ここで働くみたいなことを、なんか言っていたような気がする。 ……。 ひとまず、音がする方に向かってみよう。 なにか、やらかしてしまったような気がするアル。 ……。 シャオは急いでダッシュした。 * ラオ「ドウ、三番卓、料理上がったよ! 持っていきな!」 ドウ「はい! ラオ老師!」 1階に降りると、ドウが働いていた。 いつもの拳法着ではない。白いTシャツに前掛け姿のドウが、両手いっぱいに料理を運んでいる。 声をかけようにも、忙しそうでかけられない。 立ち尽くしていると、 ラオ「おい」ポン シャオ「きゃあアルっ!」ビクーッ 私は驚いて振り向いた。 白髪に、しわの刻まれた顔。 背筋はピンと伸びていて、口角はいつも少し上がっている。 ラオだった。 ラオ「あんたも働くんだよ。火鍋も、ロンパオも、ここでそうしてきた」 私は、爸爸《ぱーぱ》の名前が急に出たことにびっくりして、変な声を上げた。 シャオ「ば、ばぁちゃん!」 ラオ「ええ!? ば、ばぁちゃん!?」 ふたりして驚いた後、ラオは高らかに笑った。 ラオ「ほら、これをつけな」 赤いエプロンを、シャオの前に突き出した。 ラオ「シャワーを浴びたら、また来な。まずは皿洗いだ」 シャオは、エプロンを受け取り、さっきの父のことを聞いた。 シャオ「……ばぁちゃん。爸爸《ぱーぱ》もここで働いてたアルか?」 ラオ「ああ。若いころね。かかかっ! ロンパオは、よーく皿を割るやつだったから、そのたびにあたしが叱ってやったもんさ!」 父の知らない過去を聞いて、シャオは微笑んだ。 シャオ「ばぁちゃん! 私、強くなりたいアル! 強くなって、ウーミンを倒すアル!」 ラオ「ああ。じゃあここで働きな。みんなそうやって強くなったもんさ」 シャオの目が決意に満ちた。 シャオ「シャオ・ロンパオ、17才! 今日からここで働かせてもらうアル! よろしくアル!」 深々とお辞儀をする。 ラオは、壁にかかった時計をちらっと見た。 ラオ「ああ、昼のピークまであと一時間。シャワーと着替え、それまでに済ませな!」 シャオ・ロンパオ、17才。はじめてのバイトである。

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