最強バトルの人 / 第107話

第41話 いっぱい喋ろう

――本日の夜営業が、終わった。 店内は丁寧に清掃されている。 日中の賑やかさは、息を潜めている。 それでも寂しさを感じないのは、人々の喜ぶ声が、店中に染み込んでいるからだろう。 目を閉じれば、お客さんの残像で埋め尽くされた景色が見える。 外は夜。秋の涼しい風が、少し開けた窓から、来店する。 ラオ「さて」 老厨中華飯店を共に支える仲間である、店内中央の丸い卓。 集まったのは――。 ラオ。 火鍋。 ドウ。 子パンダ。 妖燕火《ヨウエンフオ》。 そして――。 「まかない作ったアルよー」 シャオ。 赤い拳法着の少女は「よいしょ」と声に出し、大量の肉まんを卓に広げる。 さながら、山脈だ。 ラオ「……うん! 良い蒸し加減だ。シャオ、あんたも座りな」 シャオ「えへへ、自信作アル! みんなも食べるアル!」 ドウ「美味そうだな。どれ……」 皆、肉まんに手を伸ばす――妖燕火以外は。 ラオ「まずは、みんな。今日の営業もお疲れ様」 ラオが肉まんをかじる。 うん。うん、うん、うん! と頷き、飲み込んだ。 ラオ「さて」 ラオが卓に座る皆を見回す。 ラオ「いっぱい喋ろうじゃないか」 * ドウ「まず、聞かせてもらいたい。お前は、黒龍拳の参謀なんだな」 妖燕火「……はい」 妖燕火は、火鍋の気合いのこもったゲンコツをまともに受け、さっきまで気絶していた。 頭のタンコブが、その威力を物語る。 ドウ「なぜ、ここに来た」 妖燕火「……休ませてもらったおかげで、少しずつ思い出しました。私は、ラオを黒龍に迎えるため、ここに来ました」 シャオ「! ばぁちゃんは、黒龍拳なんかには入らないアル!」 ラオ「待て。まず、お前の全身にある傷の説明 をしてもらおうじゃないか」 妖燕火「……! こ、これは……」 私は、長い道着で、肌を隠しているのに。 ――さすがは、ラオ・チュウ。心が読めるという噂は、本当か。 ならば、隠す必要もあるまい。 ラオ「――その傷。だれにつけられたんだい」 妖燕火「――宗師、ウーミンでございます。私は、謀反《むほん》を起こし、敗れました」 シャオ「!」 ドウ「! ――詳しく、聞かせてくれ」 妖燕火「――はい。宗師は、黒龍拳を軍隊にすると仰っています。そして――戦争を、仕掛けるおつもりです」 ラオが、笑い出す。 ラオ「かっかっか! あのバカ、またバカなこと考えてるね」 妖燕火「バ……!? 宗師のことを……!」 ラオは、笑うのをやめ、妖燕火の目をじっと見つめる。 ラオ「なんだい。あんたも、バカだと思ってんだろ」 ――。 心を隠す必要はない、か。 本当にやりにくいお方だ。 妖燕火「――私とは、相容れなかった。この答えで満足していただきたい」 火鍋「バカってことだな。このばあさんに隠し事は意味ねぇよ」 ラオ「火鍋。あんたのつまみ食いも、全部お見通しだよ」 火鍋の体がぶるっと震えた。 リーゼントがしおれていく。 ドウ「つまり、ウーミンの考えに納得できず、反逆した。その責任を取らされ、ここに来た。そういうことだな」 妖燕火「――はい。すべてその通りです」 ――ハゲ、よく話についていけるアルな。 私にはよくわからないアル。 肉まんを食べるのに、忙しいアル。 ドウ「シャオ。妖燕火を、連れていくぞ。いいな?」 シャオ「ひゃえ⤴︎?」ヒョイパク ヒョイパク ヒョイパク ――ごくん。 急に話しかけるな。 ドウ「こいつはウーミンと戦った。その強さも、居場所も、黒龍拳の内情も知っている」 妖燕火「待ってください。私は反旗は翻したものの、あなたたちの仲間ではありません」 ――それに、私は。 妖燕火「――人を、何人も殺しています。あなたたちを殺すこととなる計画も立てていた。――ラオ、あなたもです」 ひと呼吸。 妖燕火「――それに、宗師に逆らえば、殺される。私はそれが、ひどく怖いのです。楯突いておきながら、人を殺めておきながら、それでも自分が可愛い。私は矛盾している。――外道。いや、それにも劣る、畜生です」 ラオ「ふんっ!!」 ラオが、肉まんを妖燕火に投げ渡す。 急な出来事に、思わず受け取った。 ラオ「なにが外道だ。畜生だ。かっこつけてんじゃないよ。あんたは人間だよ」 妖燕火「!」 ラオ「きのう言ったことと、きょう言ったことが違うなんて、当たり前じゃないか」 シャオ「! そうアル。私も――きのうは、杏仁豆腐の口だったけど、きょうは肉まんの口アル」 私も参加できた。 みたか、ハゲ。 妖燕火「――それでも、私は皆様と同行することなど、とてもできません。皆様に合わせる顔がございません」 ラオ「あんた昨日、拉麺食ったろ」 妖燕火「……はい」 ラオ「金、払ってないだろ」 妖燕火「――あ」 ――そうだった。私は財布も持たず、ここまで来たのだ。 ラオ「じゃああんたも、うちの従業員だね。なら、あたしの命令に従いな」 妖燕火「――命令、とは」 ラオ「まずは、あのバカを一発ぶん殴ってやりな。その後は、この店で仕込み、ゴミ出し、その他もろもろだ」 ぶん殴る――。 私は、右手に力を込めた――。 すると、ふかふかとした肉まんが、手元にあった。 シャオ「食べないアルか」 妖燕火「――え?」 シャオ「」ジーーーーッ シャオ「食べないなら、もらうアル。冷めるアル」ヒョイ 妖燕火「あっ」スッ シャオが手を伸ばす。 反射的に、避けてしまった。 シャオ「……」 シャオ(こいつ――) 妖燕火「……」 ヒョイ スッ ヒョイ スッ ヒョイ スッ ヒョイ スッ ヒョイ スッ ヒョイ スッ ヒョイ スッ ヒョイ スッ ヒョイ スッ ヒョイ スッ シャオは猫じゃらしを追いかける猫のように、肉まんを狙う。 その攻防戦は、ヨウエンに軍配が上がった。 シャオ「――ばぁちゃん! こいつやっぱり敵アル! 肉まんを――!」 火鍋「いいから食え!」ドン! 妖燕火「ふがぁ!」ぱっくん 火鍋に押し込まれ、肉まんが口に詰まる。 思わず、味わった。 もぐもぐ。ごっくん。 ――。 妖燕火「――美味しい」 シャオ「――ふん。私の作った肉まんアル。美味いに決まってるアル」 妖燕火「……」 そうか。単純なことだったのだ。 腹が空いたら、食えばいい。 気に入らないなら、楯突《たてつ》けばいい。 過去が消える訳ではない。 しかし、今の私は――。       妖燕火は、急にその場で立ち上がった。 火鍋たちが、注目する。 そして、握り拳を手で覆う中国式のお辞儀。 包拳礼《ほうけんれい》を、行った。     「妖燕火あらため、名をヨウエン。」 「今よりラオ老師のもと、宗師。いや、ウーミンの野望を止めるため」 「ひとりの拳法家として、皆様と拳を並べます」 深く、深く。お辞儀をする。 「どうぞ、よろしくお願いします」 ドウは、シャオの目を見る。   ドウ「シャオ。いいな」 シャオ「ふん。ヨウエン! 足手まといにはなるなアル! 弱かったら置いてくアル」 ヨウエン「――はい! 心得ています!」 子パンダ「キュウ!」 ラオ「決まりだね」 火鍋「おう」 パチパチパチパチパチパチパチパチ――。 皆の拍手が、店内に賑わいを蘇らせた。

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