最強バトルの人 / 第74話

第33話 心

次の日の昼。 老厨中華飯店の店内は、本日も絶賛営業中。 メニューを見ながらお腹を鳴らす人、届いた料理に目を輝かせる人、口にする度に頬を抑えて悶える人、また来たいと談笑しながら帰る人々。 そこに、食器同士が触れ合う音、注文を届けるホールスタッフの声、厨房から聞こえる特大火力の音。 そのテーマパークばりに情報量の多い喧騒の中で、シャオはひとり、目を泳がせていた。 シャオ(うわああああああ!!) 今日のシャオは、ホールスタッフを担当する。 お客さんの元へ行き、注文を聞いたら、厨房のラオに伝える。 料理ができたら、お客さんの元に運ぶ。 それが、一連の流れ。 言葉にすると、簡単かもしれない。 しかし、今のシャオには――。 「餃子よっつに、天津飯ひとつ。あと回鍋肉セットと青椒肉絲――。あ、やっぱり天津飯を拉麺に変更で――。回鍋肉はご飯大盛りで、北京ダックと、おみやげに肉まん10個、食後にコーヒーを……」 「お嬢ちゃん、注文お願いー!」 「こっちもー!」 シャオ「ちょ、ちょっと待ってくださいアル……!」 シャオ「ええと、餃子よっつ、天津飯ひとつ、ホイコーローが……!」 シャオ(……?)プシュー テンパっていた。 シャオは、戦う時には、冷静に相手のことを分析する。 だからといって、常になんでもできるわけではない。 シャオ(……はっ! いけない! また、記憶を飛ばしてた――) 「麻婆豆腐――」「杏仁豆腐――」「酢豚――」「炒飯――」「エビチリ――」 シャオ(……?) シャオ(注文を聞いていたら、お腹が空いてきたアル)グゥー シャオ(ここは――、どこアルか?) シャオ(テーブルに、ご飯がいっぱい置いてあるアル) シャオ(……美味しそうアル) シャオ(そうか――。この料理) シャオは、ニッコリ笑った。     シャオ(食 べ て い い ア ル ね) シャオが、両手をぱん、と合わせた。 シャオ「いただきま――」 シャオが、お客さんの料理に手を伸ばす。 だめだ。やめなさい。止まりなさい。 ナレーターさえ、シャオを止めようとする。 そんな緊迫した空気の中――。 ラオ「なに、お客の食べ物をつまもうとしてるんだいこの食い意地むすめーー!!!!」 すっぽーーーーーーん!!! シャオ「アイヤーーーーーーーーっっ!!」 シャオは、すぐそばにいたラオに投げ飛ばされ、宙を飛び、壁に止められた。 *  シャオ「はあ。難しいアル」パクパク シャオは、厨房で一足早いまかないを食べていた。 ラオに言われ、ひとまず休憩することにしたのだ。 ラオ「かかかっ。あんたは、腹が減るとてんでダメだね。燃費の悪い子だよ」 シャオ「むー。できないのは悔しいアル。早くホールに戻りたいアル」パクパクモグモグ ラオ「その心意気や良し、だけどね。はい、これも食べな」 ゴトッ。 シャオの目の前に、今、焼かれました! という顔の餃子が、置かれた。 パリパリの茶色い皮目が、実にうまそうである。 シャオ「……これも食べていいアル?」グゥゥ ラオ「冷める前にね。しっかり食べて、そしたらホールに戻るんだよ」 シャオ「ばぁちゃん……! ありがとうアル!」 シャオは、餃子を大事そうに口に頬張り、ほっぺたが落ちないように抑えている。 うまいアル、うまいアル。 少女は、口をいっぱいにしたまま、ラオに相談を持ちかけた。 シャオ「ばぁちゃん。もぐもぐ。私、注文の取り方が、よくわからないもぐもぐアル。言葉が、耳から耳をもぐもぐ駆け抜けてしまうアル」もぐもぐ ラオ「飲み込んでから喋りな。シャオ。あんた、注文を聞くとき、お客の声だけ聞いてるだろ」 ごっくん。 シャオ「どういう意味アル? 声を聞かないとわからないアル」パクパク ラオは、自らの瞳を指差した。 ラオ「目さ。お客の目を見るんだよ。そうしたら、何を食べたいのか、どのくらいの量を頼むのか。心がわかるだろ」 シャオの、箸を持つ手が止まった。 シャオ「――心」 私は、昨日のばぁちゃんとの組み手を思い出していた。 そういえば、ばぁちゃんは、常に私たちの目を見ていた。 もしかして――。 シャオ「――ばぁちゃんって、人の心が読めるアル?」 ばぁちゃんは、マジックのタネがバレたかのように笑った。 ラオ「かかかっ。もうバレちまったかい。厳密にはね、人の心の“流れ”が読めるんだよ」 すごい。拳法というのは、極めればそこまでいけるのか。 私もまだまだアルな。 そう思った私は、もっと、この人のことを知りたいと思った。 シャオ「何年修行したら、そうなれるアル?」パクパク ラオ「修行? 違うよ。毎日毎日、ひっきりなしにやってくるお客の目を見てたら、いつのまにかできるようになってただけさ」 ラオが、身をかがめ、シャオの目を見つめる。 子どもが金魚鉢を覗くように。 ラオ「あたしは、今、あんたが考えていることも当てられる」 私は、ごくんと餃子を飲み込んだ。 シャオ「……本当にわかるアル?」 ラオは、ニコッと笑った。 ラオ「ああ。わかったよ」     ラオ「『こんなまかないじゃ全然たりない』って思ってるねえ! 本当に燃費の悪い食い道楽娘だよ!」ジュウ ジュウ ジュウ ジュウ シャオ「ばぁちゃんすごいアル! 餃子あと20人前ー!」グゥゥ〜 皿洗い場から、ドウの声が聞こえる。 ――これこそがっ! 〜〜〜〜〜〜だーーーーーっ!!!!!」 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ シャオ「なんかうるさいアルな」パクパク 子パンダ「キュウ」 * ――とにかく、お客の目を見るんだよ。 お腹がいっぱいになって満足した私は、頭の中でさっきの言葉を繰り返していた。 「餃子を人数分、回鍋肉ひとつ、キクラゲの卵炒めひとつ――」 本当だ。お客の目を見ていると、注文が自然と頭に入ってくる。 手元を見なくても、メモが取れる。 シャオ「――ご注文は、餃子いつつ、回鍋肉、キクラゲの卵炒め――。で、よろしいでしょうか? アル!」 はい、お願いします。お客さんが頷く。 ――やった。私にもできた! 私は、ほとんどスキップのような足取りで、厨房のばぁちゃんに注文を伝えに行った。 シャオ「ばぁちゃんばぁちゃん、できたアル! 注文取れたアル!」 ラオ「ほう。さっそく実践してみたのかい。じゃあ、これ」 ラオは、出来立ての料理の皿を、シャオに受け渡す。 ラオ「この皿は、二十番卓の注文だ。いつ届ければいいか、わかるかい?」 シャオ「すぐに届ければいいんじゃないアルか?」 ラオ「普通はね。うちでは、お客が一番、食べたい! と思ってる時に料理を運ぶね。その方が、お客も料理も喜ぶからね」 私は、この前、初めてここに来たときのことを思い出した。 ――ホールスタッフは足りてないがね。さっき、客を3秒も待たせちまった。 そうか。あの3秒とは、お客さんが最も食べたいと思った瞬間から、3秒という意味だったのか。 あの時の炒飯も。ちょうどお腹が空いて、今食べたい、と思った時に運ばれてきた。 シャオ「それも、目を見たらわかるアル!?」 ラオ「そうさ。心の“流れ”がわかれば、それもわかる。この前は、ホールの子が少なくて遅れちまったがね。お、今だ。二十番卓に運んできな」 シャオ「はいアル!」 皿を運ぶシャオに、ラオが声をかける。 ラオ「今度、ドウにでも試してみるといい。あの子ほどわかりやすい子はいないよ」 はーいアル! 私はそう言って、今度はスキップ全開でホールに入場した。 心の“流れ”を読む。 いつかは私にも出来るかもしれない。 そう思うとワクワクして、心が駆け足になった。

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