最強バトルの人 / 第88話

第36話 王手

中国――某所。 海の見える崖の上に建てられた、とある旧軍事施設。 壁は黒く塗り潰されており、窓はない。 黒龍式拳法“第二修練場”。 それが、この施設の隠された名称である。 「一《イー》!」 「二《アル》!」 「三《サン》!」 その中では、千を超える男たちが、かかり稽古をしている。 拳法を使う者。剣を使う者。槍を使う者。 誰一人として同じ流派の者はいない。 黒龍式拳法では、ひとつの武術を教えることはない。 教えるのは、“黒龍の意思”。 強き者は組み入れ、拒絶する者、弱き者は排除する。 宗師ウーミンによる教え。 力を軸とした徹底的な選民主義。 その実態は――。 (――弱者をいたぶりたいだけの、外道の集まりですね) 修練場を監視する糸目の男がひとり。 黒龍拳参謀。“王手の妖燕火《ヨウエンフオ》”である。 (――私は、この組織にいていいんでしょうか) もともとは、強くなりたい。 ただそれだけだった。 宗師ウーミンの圧倒的な武に、羨望《せんぼう》した。 昔なら。 強者《つよきもの》と戦い、勝ち、黒龍拳に組み入れる。それだけだった。 しかし今では、策を練り、人殺しの片棒を担ぐ存在となってしまっている。 (――私が一番の、外道ですね) 妖燕火は、乾いた笑いを漏らした。 「――妖燕火様」 「なんだ」 部下が黒い封筒を運んできた。 宗師ウーミンからの直接の命令だ。 私は、封を開け、中を確認した。 妖燕火「――この修練場は、一時預ける。私は、宗師のもとへ」 「はっ」 手紙には、ひとこと。 ――総本山へ参れ。 なにやら、胸騒ぎがした。 * 地図にも載らない山の中。 黒龍式拳法総本山。 宗師の間に、たどり着いた。 そこでは、腰の曲がった老人が、龍の眼をこうこうと光らせていた。 「――宗師。ただいま参りました」 私は跪《ひざまず》き、宗師の様子を伺う。 背中を向けているが、苛立っているのがわかる。 「――妖燕火よ。貴様、何度しくじった」 体が震える。 龍の眼が、私を突き刺す。 汗が止まらない中、慎重に答える。 「――二度、でございます」 呪殺火《ジョウシャーフオ》の襲撃失敗。 ドウ・ナットンジャを殺した後、シャオ・ロンパオと火鍋の行き先を見失ったこと。 「小娘ひとりと荒くれひとりに、何を手こずっておる」 「――返す言葉もございません」 深々と頭を下げる。 怪異という迷信めいた者の存在。 超常現象さえも読みきらねば、参謀としては不十分なのだ。 「次はないぞ」 思考が凍りついた。 使えない策士は、“黒龍の意思”に基づき、始末される。 そういう意味だ。 「――次こそは、事を成し遂げます」 宗師は、態勢を変えぬまま、別の話を続けた。 「して、新たな四天王はどうだ」 「――はっ! 現在、候補の中から選別を進めております。先代の四天王よりも、さらに磐石な編成を組んでみせます」 「――そうか。門下は、幾つになる」 「はっ。今年、新たに黒龍に染まった者を含め、総勢五万人にございます」 今日初めて、宗師が笑った。 「――機は、熟したか」 ――機? 「妖燕火よ。黒龍拳一門全てに、通達せい」 「――はっ。何と通達いたしましょう」 宗師が、口を開く。         「――黒龍式拳法は、解散とする」       思考が止まった。 どういう意味だ? なぜ? 突然? 何も返せないでいると、宗師は。     「――今後は、こう名乗ることとする」 宗師は、大きな漆塗りの板を取り出し、筆と墨で字を描く。 大きく弧を描く筆先は、新たな看板を生み出した。 『黒龍式拳法軍』。     軍? 宗師は、何をお考えに――。 「戦争だ」 場が張り詰めた。 「まずは、アメリカを侵略する。物資と兵器の調達。兵士を我が軍に組み入れるのだ」       ――戦争。   ――このお方は、この期に及んで、まだ人を殺し足りないのか。 ――強者が弱者をいたぶって、何が面白いのか。 ――わからない。 ――私はただ、強くなりたいだけ――。       「――わかりかねます」 思わず、口に出た。 声になった後、自分で自分の耳を疑った。 「――なぜ、そこまで人を殺めたいのでしょうか。宗師の仰っている意味が、私にはわかりかねます」 まずい。堰《せき》を切ったように、言葉が止まらない。 体も、声も震えている。 宗師の顔を、直視できない。 今、どんな顔をしているのか。 当然、怒りだ。部下からの反発。望ましいわけがない。 「――ほう。」 宗師から発せられたそれは、意外にも笑みを含んでいた。 「――ならば、貴様が儂を止めれば良い。武をもってな」 ≫≫≫≫ 最 強 バ ト ル ≪≪≪≪ 王手の妖燕火 vs 黒龍拳のウーミン 【名前】妖燕火(ヨウエンフオ) 【属性】拳法家 【年齢】21 【能力】 黒龍拳の参謀。盤面を読み、王手をかけるように、相手の選択肢を奪う。 ────────────── 【名前】黒龍拳のウーミン 【属性】拳法家 【年齢】60代 【能力】??? ──────────────     ――宗師は、やる気だ。 私も、覚悟を決め、構えた。   数多《あまた》の強者と戦い、独自に身につけた我流の拳法。名前はつけていない。 対する宗師は、腰の後ろに腕を回したまま、構える様子がない。 しかし、その眼はギラギラと、私の命を奪おうとしている。 武とは。 強者が弱者をいたぶるためのものではない。 弱者が、強者に抗うための術だ。 ――まさか、宗師と相対することになるとは――。 「――想定の、範囲内です」 初動は、妖燕火。 組織に染まったといえど、王手の妖燕火。 《《宗師ウーミンと戦うこと》》さえ、盤上に置いている。 「――しっ!」 体格差。 ウーミンは威圧感こそあれ、体格では妖燕火が勝る。 手足のリーチ差は、打ち合えば妖燕火の方が先に届く。 蹴り。拳。肘。膝。 息もつかせぬ連続攻撃で、ウーミンを退かせる。 「――ほう。鍛錬は怠っておらぬようだな」 ウーミンは、手を出さない。 余裕の笑みは、崩れない。 ただ、かわし続けている。 (――まずは、位置取り。宗師を壁際まで追い詰める!) ウーミンのかわす方向は、妖燕火が誘導している。 横に逃げれば拳が当たる。下に避ければ脚が当たる。 相手の行動の選択肢を奪い続けることで、自らに有利な場面を作る。 それが、妖燕火の戦い方。 ウーミンは、後ろに、後ろに避け続ける。 やがて、部屋の一角に追い詰められた。 「ほあちゃぁ!」 妖燕火は、両の拳を顔面に向かって突き出す。 ウーミンは、避けられない。 必然的に、同じく両の拳で受け止めるしかない。 すると、胴がガラ空きになる。 (――まずは一手!) そこに、妖燕火の膝蹴りが――! ガシィンッ! 当たらない。ウーミンも同様に、膝で合わせる。 そのまま、握られた拳で対角線上に投げ飛ばされた。 「――その程度で“王手の妖燕火”を名乗るか。未熟者め」 受け身をとった妖燕火は、その細い目を緩ませ、笑った。 「――策とは、何重に仕掛けてこそ、戦術的価値があります」 「ほう」 妖燕火は、身をかがめ、長衣の隙間に手を突っ込み、隠していたスイッチを押した。 「――王手っっ!!」 ――ドッッガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!             ウーミンのいた部屋の隅が、爆発した。 その爆発は、宗師の間全体を粉々に粉砕した。 瓦礫が飛び交う。 妖燕火は、飛びかかる瓦礫から、身を守っている。 部屋に仕込んだダイナマイト。 その馬鹿げた威力を受けて、生き残る人間はいない。 だが――。 (――あのお方なら、死ぬことはないでしょう) 相手はただの人間ではない。武を極めた達人。 もとより、肉体的|損傷《ダメージ》、意識の断絶を目的とした代物《しろもの》なのは百も承知だ。 王手の妖燕火は、策を緩めない。 (宗師なら、立ち上がって反撃してくる。その可能性も十分にあり得る) 火薬の匂い。黒煙の中。 目をこらすと――。 ざっ。ざっ。ざっ。 宗師が、近づいてくる。 その腕は、後ろではない。 笑みをなくした宗師が、爆風に飲まれ黒く焼け焦げた流衣と、灰だらけの姿で向かってくる。 全身から、血がにじんでいる。 その血は、歩くたび、ポタポタと垂れた。 (――やはり、立ち上がってきましたね) ウーミンが、睨みつける。 「――貴様。いつの間に、仕込んでおった」 妖燕火は構え直す。策はひとつではない。まだ何手もある。 「――黒龍に入った、初日でございます」

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