最強バトルの人 / 第86話

第35話 覚醒

この生活は、しばらく続いた。 朝起きて、昼営業。 ラオと軽く組み手をして、夜営業。 そして、シャオとドウが組み手をして、寝る。 ふたりは、皿洗いとホールスタッフを交代しながら、苦手な分野を克服し、得意な分野を伸ばしていった。 ラオの言っていたこともわかる。 拳法家としての弟子ではない。ただのバイトだ。 しかし、確実に――。 ドウ「はっはっはー! 俺の千一手八脚拳《せんいっしゅはっきゃくけん》をみろーーっ!」ドドドドドド シャオ「もう見飽きたアルーーっ!」シュババババ ふたりは確信していた。 シャオ&ドウ(――強くなっている!) * 昼営業。 シャオがお客の注文を聞くときも。 シャオ(――炒飯アルな) 客「えっと、後は……炒飯!」 シャオ(やったアル!) なんとなく、お客が注文するメニューが読めるようになっていた。 シャオ(でも、ばぁちゃんみたいに、心の“流れ”が読めているとは思えないアル) シャオは、店内の雰囲気、主に匂い、香り。音。お客の、周りの客が食べている料理を見る目。お客の体格、年齢、態度。 そういったものを複合的に見ることで、今、その人が何を食べたいのか、予測することができるようになっていた。 ラオ(――ほう。これは、もしかして――) シャオが、厨房に駆け寄る。 注文を通す前に、ラオから口を開いた。 ラオ「――今日の組み手。あたしとシャオの一騎打ちと行こうじゃないか」 それに反応する、皿洗い中のドウ。 ドウ「なっ! 老師! 俺は混ぜてもらえないのですか!?」 ラオ「あんたはスクワットでもしてな! 腕立てばっかりしてて筋肉がアンバランスなんだよ!」 ドウ「はい! 老師!」スック スック スック スック ラオ「今やるのかい! 気が早いね!」 ドウは、皿洗いをしながらスクワットを続けた。それは、本人の中では革命であった。 ドウ(――そうかっ! 皿洗いしながらでも、スクワットは、できるっ! これこそ、究極の効率的な修行法――!!) ドウ「はっはっはーーっ! みたか、シャオ! 俺は今、まさに究極の――」 シャオ「ばぁちゃん、なんで私だけアル?」 ラオ「あんた、心じゃない別の“流れ”を読んでるだろ? それを確かめたいのさ」 * 店の裏手の広場。 そこに、シャオとラオが相対する。 それを、ドウがスクワットをしながら眺めている。 組み手自体は、毎日している。 しかし、ラオの雰囲気が、いつもと違う。 シャオ(――ばぁちゃん、何を考えてるアル?) ラオ「何を考えてるかって? シャオ、あんたは覚醒しつつあるのかもしれないよ」 シャオ(――覚醒っ!?) シャオは頭の中を必死に検索した。 シャオ(――かくせいって、なにアル?) シャオの検索システムが、ひとつの答えを導き出した。 シャオ「私は、かくせいより、落花生の方が好きアルっ!」グー ラオ「簡単に言えば、目覚めるってことさ。あんた、人の動き、技、身体、経験、強さ。そういうのを読んでるだろ?」 シャオ「そうアル」グー ラオ「落花生のことを考えてたら腹が減ったのかい。まあいい、かかってきな!」 組み手が始まった。 シャオとラオとの差は、初日と比べて、大きく近づいてはいない。 シャオが打っても、ラオがかわす。 それの繰り返しだったのだが――。 ラオ「あんたの読む力。全力で使ってみな」 シャオ「わかったアルっ!」 シャオの目が、変わる。 相手の目を見つめるのではない。 “周り全体を見る”。 あるいは、“どこも見ない”。 ぼーっとして、焦点が定まらない。 そんな目になった。 ドウ(!) ドウのスクワットが止まる。 明らかに、その場の空気が引き締まった。 シャオに、隅々まで読まれている。 スクワットする身体の動き。筋収縮。角度。疲労度。目線。 ドウには、自身のすべてがシャオに見られている。――読まれている、と感じられた。 ラオ(――この娘には、驚かされてばっかりだね) ラオは考える。 心の“流れ”を読むこと。 それが、自身の武の極地だと思っていた。 それをこの娘は、進化――といっていいのか、全く別の方向に開花させつつある。 この娘は、心の“流れ”が読めているわけではない。 しかし、ラオも、ドウと同様に。 全身隅々まですべてが読まれている。 呼吸。血流。心臓の鼓動までも、シャオにむき出しで預けている。 そう感じていた。 ラオの背中に冷たい汗が走る。 きっと、この娘は、それすら読んでいる。 あたしだけじゃない。 もっと大きなものまで、きっと、読んでいる。 シャオ「――ばぁちゃん。行くアルよ――」 ぼーっとした虚《うつ》ろな目のまま、シャオがかかってくる。 ラオは、すぐさま。 目をこれ以上ないくらい、かっぴらき――。 【【ラオ「かーーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!」】】 急な、大声。 繁盛店を取り仕切るために身につけた、とてつもない声量に、シャオもドウも、耳を塞いだ。 シャオ「――ばぁちゃん! うるさいアル! 集中してたのにアル!」 シャオの目が、いつもの目に戻る。 ラオは、かーかっかっと笑いながら。 店内に戻っていく。 ラオ「いや、もういいよ。いいものを見せてもらった。あたしも、怪我したくないからね。さあ! 夜営業の準備をするよ!」 ――武とは。人とは。本当に底が見えないね。 あっけに取られたシャオとドウ。 ラオは、思い出したように、ドウに声をかけた。 ラオ「あんたも大変だね」 ドウ「――? そ、そうなのですか?」 ラオは、ドウの背中をばしんっと叩いた。

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