最強バトルの人 / 第43話

第26話 アルテマ・オルツ

――王宮内の静かな部屋。 男は、その部屋で、机に置かれた一枚の紙を睨んでいた。 「…………。」 眉間に深い皺が寄る。 紙には、若き兵士が提出した報告書が置かれている。 「……駄目だな。」 魔晶羽ペン。魔法水晶の力により、永続的にインクの切れない彼の愛用品だ。それは、怖いほど丁寧に手入れされている。 報告書には――。 『スライム1体を討伐』 彼は赤色で、二重線を引いた。 『スライムには、植物由来により発生した植物種スライムと、魔法使いにより生成された魔法生物スライムがあるが、どちらに類するか明記すること。やり直し。』 もう一枚、報告書を開く。 『魔物を討伐。内訳:トロル2体、オーク5体』 また二重線を引き、ペンを走らせる。 『オークは魔物ではなく亜人属であり、不適切。なお、トロルに従属するオークの多くは野生のオークであるが、我が国と友好関係を結ぶ北部オーク族との混同をさけるため、明確に出生地を確認すること。』 もう一枚。稟議書である。 『隣国への魔法陣式転移魔法・レベルIIIを用いた出張について』 ……。 また、羽ペンを手に取る。 『隣国へは呪札式転移魔法・レベルⅠにより西部の町へ移動し、飛竜を借りて移動することが適当である。術師の魔力の温存及び出張経費の削減に尽力されたし。詳しくは、宮廷条例第60条・魔法を用いた出張についての条文を確認されたし。やり直し。』 よし。では次は――。 コンコン。 「入れ。」 重厚な扉を開けて入ってきたのは、彼のお付きの兵士であった。 「ジルハート様、職務中すいません!」 「……『すいません』でなく、『すみません』だ。兵士という職務に就く以上、言葉遣いには常に慎重であれ。」 「す、すみません!」 男は椅子を立った。 見上げるほどの巨体。無骨で堅牢な鎧で、その身を守っている。 [[illustration:https://api.kakippa.com/api/covers/illustrations/5f02bf16-12c5-4480-9d7f-82c77220e38d/1790451454566-722215b0-d1e8-4c27-8bb2-02d86cd7e4bd.jpg]] ――“強張りのジルハート”。 “言論の魔導師”とも呼ばれる宮廷魔導師である。 「――要件は。」 その声は低く、威圧的だ。 魔力を乗せて放たれる言葉には、強制的に従わせる力がある。 正義感の強い人格者で、常に人を導かんとする。 人生経験豊富な、歴戦の魔導師。 彼のいる職場への異動を希望する者は――。 ――王宮内で、最も少ない。 「――は。外部からの来客でございます」 「……わかった。どの国の誰だ。」 お付きの兵士は、困った様子で口ごもった。 「それが、名も知らぬ国でして――」 歴戦の魔導師は、声量を上げた。 「――地理の勉強は、怠るべきでない。兵士たるもの――」 長くなりそうだと察した兵士は、遮るように答えた。 「――チャイナから来た、火鍋さま。とのことでした」 * 王宮内応接間の前。 二人の兵士が小声で会話をしている。 「――俺、あんな白黒の生き物、初めて見たよ。……あっ!! ジ、ジルハート様!」 兵士は一瞬で身を正す。 魔導師は、見張りの兵士に一瞥する。 「――私語は慎むように。」 体の強張る兵士たちの間を通り、扉を開ける。 応接間には、長いテーブルが部屋の中心に置かれ、向かい合うように椅子が並べられている。 そこには、巨漢の男、若き少女、珍妙な生物。そして、がっくりとうなだれ動かない青年。 「――久しいな。火鍋よ。」 この者とは昔、やり合ったことがある。 戦士としては申し分ない実力の持ち主であるものの、その自堕落な生活、口の悪さ、他人に対する威圧的すぎる態度、酒癖、形容し難い前髪について、侃侃諤諤《かんかんがくがく》議論し合ったものだ。 その際、我に放った「説教垂れのガンコ親父」、「カミナリ親父」をはじめとする暴言の数々。あれには、温厚な我もさすがに腹が立った。 その折は我が言論魔法により身体を拘束し、更生させるよう三日三晩尽力しつくした。 それが堪えたのか、以来しばらく姿を見せなかったが――。 まさかまた相まみえることとなるとは。 さらに今日は、明らかに幼き未成年の少女、貴重そうな生物、命のつきかけた青年まで連れ回している。 その非常識さは変わっておらぬようだ。服装、髪型、全身から漂う酒臭さも、一切あの頃と変わらぬ。 今度は三日ではすまさん。 あの時の無礼。 いまだ忘れてはおらん。 ひとこと目が謝罪でなければ、強制的に拘束することもいとわん。 我は声に魔法を載せるよう、魔力を溜め――。 「――よお、ガンコ親父」 ――❝その場で跪け❞。そう言いかけた時―― 火鍋が、頭が絨毯につくほど深く下げた。 さらに体を折り曲げ、両膝と両手をつく。 「――頼む!! このとおり、昔のことは忘れて、この男を、助けてくれ!!」 隣にいた幼き少女も同じように体を縮こまらせた。 「――頼むアル!!! ハゲを……! 助けてくれアル!!」 orz orz ――まさしくそれは、土下座。 日本古来から伝えられし、最強の謝罪とお願いである――。 ――この者たちの行動は。 我らの世界では特に意味を持たぬ。 しかし……。 火鍋たちの体が震えている。 この必死な姿を見て、意味を察せぬほど無粋ではない。 二人の頼みは、この命の尽きかけた禿頭の青年の救命か。 よほど大切にされているのだろう。 青年は、白と黒の珍妙な生物に抱きかかえられたまま、ぴくりとも動かない。 「――そこの幼子よ。他人の身体的特徴を呼称として扱うのは適当ではない。――兵士の皆、そこの青年を、我が魔法陣の間に運べ」 火鍋が顔を上げる。 「――すまねえっ!! 恩に切るっ!!」 幼子も顔を上げる。これまでさんざん泣いたのであろう。涙の跡があるその顔が、ほころんだように笑顔になった。 「――お主も、人の親となったか。」 誰にも聞こえぬ声量で呟いた。 そして、二人に告げる。 「――治せる確証はないぞ。その者の精神力次第だ。」

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