最強バトルの人 / 第42話

第25話 盤外の一手

地図にも載らない、山の奥深く。 ――黒龍式拳法総本山。 その長い廊下を、一人の男が歩いていた。 糸目の男、王手《おうて》の妖燕火《ヨウエンフオ》であった。 ――ふふふ。また、読み違えてしまいました。 妖燕火の細い眼が、わずかに弛む。 ――シャオ・ロンパオがひとりの時に、私自らが彼女と接触する。従わなければ、火鍋とドウ・ナットンジャの命の保証はない、と脅す。 それが、『王の一手』の筈でした。 * 『――儂が行く』 宗師の間。策を聞いた宗師ウーミンは、ただ一言。そう答えた。 ――盤外の一手、でした。 宗師自らが動くことなど、滅多にない。 呪殺火の動向が判らなくなり、私の立場も危うい中。とうとう痺れを切らせた宗師が直接動いた。 結果、シャオ・ロンパオは、見つからなかった。 妖燕火の脳裏に、雨の河川敷が浮かぶ。 見つけたのは――千手八脚拳の、ドウ。 そして今、シャオ・ロンパオも、火鍋も、消息を絶っている。 「…………」 妖燕火は立ち止まった。 ――どこへ消えた? その口元は笑っていた。 * その時。黒龍拳総本山。 正門――。 一人の門弟が、奇妙なものを見つけた。 「……なんだこれ。……水たまり?」 ………… ぐちゅ。 * 妖燕火は、宗師の間へ足早に進む。 何だ。何が起きた。 ――部下からの報告は。 ――急に門徒が、動く沼のようなものに引き摺り込まれた。沼からは、青白い無数の腕が生えていた。 ――沼は、現れたり消えたり、どこに移動するのかわからない。すでに何人もやられている。 妖燕火は思考を張り巡らせる。 ――ただの冗談? 獣? 未知の生物? 自然現象? 何かの兵器? 罠? ――どれにも当てはまらない。 ――意思があるのか? 意思疎通は可能なのか? なぜ人を引き摺り込むのか? 食事か? 恨みか? どこに向かっているのか? 考えがまとまらぬまま、宗師の間。扉を開ける。 妖燕火はウーミンにかしづき、淡々と事実を口にした。 「宗師。火急のご報告にございます。正体不明のものにより門徒に被害が出ております。そのものは、動く沼のようなものとのことで――」 「――ほう。」 ウーミンは、珍しく口元を曲げて笑った。 「――妖燕火。貴様の足下にいるもののことか?」 * 「うわあああああ!! 沼が! 沼があああ!!!」 青白い腕が、私の足首を掴んでいる。 その力は存外強く、振り解けない。 足下は、地面の感触がない。段々沈み込んでくる。 しかも――。 腕。 腕。 腕。 腕が増えた。 必死になって拳で腕を殴るが、生き物を相手にしている気がしない。頭の中が恐怖で支配されそうになったとき――。 「――邪魔だ。儂がやる」       ≫≫≫≫ 最 強 バ ト ル ≪≪≪≪ 沼男 vs 黒龍拳のウーミン 【名前】沼男(ぬまお) 【属性】都市伝説 / 怪異 【年齢】??? 【能力】 ぜったいに 沼男のでる みちは とおってはいけないよ ────────────── 【名前】黒龍拳のウーミン 【属性】拳法家 【年齢】60代 【能力】??? ────────────── 宗師が近づいてくる。 そして、私の手を握り―― ズボボボボオオッ ――大きく引っ張り上げた。 その勢いで、沼からは逃れることができたが――。 ドガァン!! 「うげえ!!」 壁に叩きつけられた。 背中が痛い。呼吸が苦しい。 酸欠のまま、宗師を見ると――。 同じように、足首を腕に掴まれていた。 「宗師っ! そのものは――」 「怪異だ。まだ残っておったか」 ズブズブズブ 宗師は余裕の顔で、何本もの腕に掴まれている。足首。太腿。腕。 宗師の体が、沼に沈んでいく。 膝が見えなくなった――。 「――宗師! 沼に、引き摺り込まれています!」 ウーミンは全く動じない。 それどころか、講釈を垂れ始めた。 「――こういう手合いと戦う時の鉄則がある。圧倒的な自我を持つことだ」 ズブズブズブズブ 「――!? 今、それどころじゃ――」 「“沼”に儂が引き摺り込まれているのではない。“儂”を、沼が引き摺り込もうとしておる」 ――? 何が違う――? と思っていると。 「この“儂”が。黒龍の意思を持つこの“儂”が。沼にはまっておる。ただ、それだけのことだ」 ズブズブ 「こういう手合いは、世界観ごとぶつけてきよる。違う。“儂”の世界だ。“儂”こそが世界の中心にいる。そう思うことで――」 宗師が、身をよじり、体を高速で回転させる。 腕が振り払われ、沼が周囲に飛び散った。 ボトッ ボトッ ボトッ ボトッ ベチャアッ 「うわあああああーーっ!!」 私の顔にかかる。 「恐れは禁物だ。奴らの栄養となり、成長する。やがて、手がつけられなくなる」 宗師の周りに、円形状に沼が広がる。そこから、青白い腕が、何十本も何百本も生えてくる。 それらが、床の沼ごと、真ん中へ――宗師めがけて、襲い出す! 「――危ないっ! 宗師っ!」 宗師はギョロリと龍の眼を開いた。 「何十、何百ではない。286本だ。正体のわからぬことが、此奴らの強みだ。数えればよい」 そして――。 掴みかかろうとする286本の腕を、宗師がすべて、叩き上げる! 上がった分だけ、腕は伸びる。 腕は、到底人間では考えられぬほど長い。 「相手を知ればよい。腕はどこまで伸びるか。天井までは届かぬようだな。5.7メートル。関節の数は人間と同じようだ」 すべての腕が天井に向かって打ち上げられた。 伸び切った腕を――! 「正体が判れば、もはや容易い」 片足を上げ――。 ズギャオッッッ!!! 宗師の回転蹴りが全方向に放たれる。 ポキ。ポキ。ポキ。ポキ。 全ての腕が薙ぎ倒され、ダラリと床へ落ちた。 沼は、宗師の足下に集まり、飲み込もうとする。 しかし、もう、動く腕がない。 宗師の体は、沈まない。 倒したのだ。怪異を。 「後は、黒龍の意思にのっとり、支配するのみだ。強者《つよきもの》なら、黒龍拳はその門戸を開く」 沼が、消えていく。蒸発するように。煙となった。 残されたのは、無数のウデ。 ウデは、ひとつの青白い球体のようなものから全て伸びていた。 それと、あと――。 「っ!? 此奴は――――!」 宗師は、残されたものをみて、初めて驚きの声を上げた。 そして、龍の眼を爛々と光らせ、口角を上げた。 「――喜べ、妖燕火。新たな四天王が、見つかったぞ」     ◆━━━ 最 強 バ ト ル ━━━◆ 沼男 vs 黒龍拳のウーミン ――――――勝者 黒龍拳のウーミン ――――決まり手 回転蹴り

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