Tihoo / 第14話

第十四話 「生徒たちがスライムに追い回されて泣いています」

王立魔術学院の裏山に存在する『初級ダンジョン』。 そこは本来、入学したての新入生が訓練に使う、最も安全で簡単な迷宮だ。出てくる魔物もスライムやゴブリンといった雑魚ばかり。 だが、今のFランククラスの生徒たちにとっては、そこは地獄の入り口だった。 「お、重い……剣が……鉛みたいだ……」 「杖を持つ手が震える……」 「足が……前に出ない……」 薄暗い洞窟の中で、生徒たちが呻き声を上げている。 彼らのステータスは、俺のデバフによって『オール1』に固定されている。 筋力1。これは赤ん坊レベルだ。普段なら羽根のように軽い剣も、今の彼らにとっては鉄塊に等しい。 「口を動かす暇があったら足を動かせ。まだ入り口だぞ」 俺はランタン片手に、悠々と歩きながら指示を出した。 隣には、遠足気分のアリアがついている。 「師匠。あそこの岩陰にスライムがいます。三匹です」 「よし。ちょうどいい教材だ」 俺は立ち止まり、先頭を歩いていたライルに声をかけた。 「おい、赤髪。お前の出番だ。あのスライムを倒してこい」 「は、はぁ!? スライムだろ? 馬鹿にすんなよ!」 ライルは強がって見せたが、その足取りは覚束ない。 彼はプルプルと震える手で杖を構え、目の前の緑色のプヨプヨした物体――スライムに向き合った。 「こ、こんな雑魚……一発で……!」 ライルが杖を振り上げ、スライムの頭上から叩きつける。 本来なら、その一撃でスライムは弾け飛ぶはずだ。 ボヨン。 情けない音が響いた。 杖はスライムの弾力ある体に弾き返され、ライルは反動で尻餅をついた。 「……え?」 ライルが呆然とする。 スライムは「何か当たった?」という風に体を揺らすと、逆襲に転じた。 体当たりだ。 ベチンッ!! 「ぐえっ!?」 ライルが吹き飛ばされる。 たかがスライムの体当たり。だが、防御力1の彼にとっては、プロボクサーのパンチ並みの威力がある。 「い、いてぇ……! なんだこれ!? 骨が折れるかと思ったぞ!」 「当たり前だ。お前は今、紙装甲なんだからな」 俺は冷静に解説した。 「それに、スライムの粘液には『酸』が含まれている。普通の装備なら防げるが、今の防御力だと……」 ジュワァァァ……。 「あ、あちちちっ!? 服が!? 俺のズボンが溶けてるぅぅぅ!?」 ライルの制服が溶け、パンツが露わになる。 クラスの女子たちから悲鳴が上がった。 「きゃああっ! ライルのパンツが!」 「見たくないぃぃ!」 だが、悲劇はライルだけでは終わらなかった。 騒ぎを聞きつけたのか、奥から大量のスライムの群れが現れたのだ。 「うわあああ! 囲まれた!」 「やだぁ! こっち来ないで!」 「溶ける! スカートが溶けちゃう!」 阿鼻叫喚の地獄絵図。 最強のステータスを持っていたはずのエリート候補生たちが、最弱のモンスターに追い回され、衣服を溶かされ、逃げ惑っている。 「……師匠。これ、訓練ですか? ただのいじめに見えます」 アリアがジト目で俺を見る。 「心外だな。これは『危機感』を養う訓練だ」 俺は逃げ回る生徒たちに声を張り上げた。 「いいか! 力で勝てないなら頭を使え! 観察しろ! スライムの体の中に『核(コア)』が見えるだろう!」 「そ、そんな余裕あるわけねーだろおおお!」 「誰か助けてくれぇぇぇ!」 生徒たちはパニック状態で、聞く耳を持たない。 出口に向かって我先にと走っていく。 「あ、逃げますよ師匠」 「逃がすな」 俺が言うより早く、アリアが動いた。 カカカカカッ!! 洞窟の出口が、分厚い氷の壁によって塞がれた。 「……逃亡者は処刑、でしたよね? 師匠」 アリアが氷の剣を生成し、生徒たちの背後に立つ。 その瞳は、スライムよりも遥かに恐ろしい冷気を放っていた。 「前にはスライムの群れ。後ろには私。……さあ、どっちに殺されたいですか?」 「ひぃぃぃっ!!」 「悪魔だ! ここに悪魔がいる!」 生徒たちは進退窮まった。 スライムに溶かされるか、アリアに氷漬けにされるか。究極の二択だ。 「ちくしょう……やるしかねぇのかよ……!」 ライルが涙目で立ち上がった。 ズボンは溶けてパンツ一丁だが、その目には必死な色が宿っていた。 「見ろ! よく見ろ……! 核だ! 体の真ん中に赤い玉がある!」 ライルは震える足を踏ん張り、杖を構え直した。 力任せに振るのではない。 針の穴を通すような集中力で、一点を狙う。 「そこだぁぁぁっ!!」 シュッ。 杖の先が、スライムの体を貫き、内部の核を正確に突いた。 パァンッ! スライムが弾け飛び、水たまりとなって消滅する。 「……た、倒せた……?」 ライルが自分の手を見つめる。 筋力1でも、急所を突けば倒せる。 魔力がなくても、技術でカバーできる。 その事実が、彼の脳裏に焼き付いた。 「そうだ! 核を狙え! 適当に振るな!」 ライルが叫ぶと、他の生徒たちも覚悟を決めた。 「やってやる!」 「私のスカートの恨みぃぃぃ!」 生徒たちが必死の形相でスライムに立ち向かう。 まだ動きはぎこちないが、さっきまでの「力任せのゴリ押し」とは明らかに違う。 「観察」と「精密動作」。 魔術師にとって最も重要な基礎が、生存本能によって叩き込まれていく。 「……少しはマシになったか」 俺は満足げに頷いた。 「師匠、一匹残ってますよ。あそこで震えている太った生徒の足元に」 「おっと。あれは特別ゲストだ」 アリアが指差した先には、手のひらサイズの小さなトカゲ――ポチがいた。 「ギャアアア! なんか変なのがいるぅぅ!」 太った生徒が叫ぶと、ポチは「遊んで!」とばかりに口を開けた。 『ガウッ!(甘噛み)』 カプッ。 「いっってぇぇぇぇぇ!!」 甘噛みとはいえ、災厄竜の顎だ。 防御力1の生徒にとっては、万力で挟まれたような激痛が走る。 「走れ! 止まったら噛まれるぞ!」 「ひぃぃぃ! ごめんなさぁぁぁい!」 ポチに追いかけ回され、生徒たちは必死に走り続けた。 結果として、彼らの「回避能力」と「持久力」は飛躍的に向上することになった。 ◇ 一時間後。 ダンジョンから出てきた生徒たちは、ボロボロの服(半裸)で、地面に大の字になっていた。 全員、泥と粘液まみれだ。 「し、死ぬかと思った……」 「地獄だ……」 だが、その顔には不思議な達成感があった。 ステータス1という極限状態で生き残った自信。 それは、今までの「親の七光り」や「才能」に頼っていた彼らにはなかったものだ。 「よくやった。全員合格だ」 俺が言うと、ライルが顔を上げた。 「……先生。俺、分かった気がする。今まで俺たちが、どれだけ恵まれた力に頼って、何も見てなかったか」 「ほう。気づいたか」 「ああ。……でもな、これだけは言わせてくれ」 ライルは真剣な眼差しで俺とアリアを睨んだ。 「あんたたち、鬼だ!!」 クラス全員が深く頷いた。 俺は肩をすくめた。 「最高の褒め言葉だ。……さて、明日は『対抗戦』だ。Sクラスのエリートたちが、お前たちをボコボコにするのを楽しみに待っているらしいぞ?」 その言葉に、生徒たちの目に火がついた。 地獄を見た彼らにとって、もはやSクラスの優等生など恐るるに足りない――かもしれない。
スライム相手に決死のサバイバル。 パンツは犠牲になりましたが、生徒たちは大切な何か(技術と根性)を手に入れました。 ポチも良い運動になったようです。 「スパルタ最高w」「成長したね!」 と思っていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

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