Tihoo / 第43話

第四十三話 「ご主人様が『ショタ化』したので、母性が爆発しました」

その日の午後、俺はリビングのソファで死んだようにぐったりしていた。 「……吸い尽くされる」 原因は明白だ。 左腕にはアリア。右腕にはシャルロット。そして背中にはミリム。 この「最強の三馬鹿」が、事あるごとに俺に接触し、魔力(と精気)を補給していくからだ。 「師匠、肌ツヤがいいですね。私の魔力循環のおかげです」 「ヴィクトル、少し痩せまして? もっと私の愛(手料理)を食べさせないと」 「師匠ー、背中かゆいー。刻印なでてー」 ……重い。物理的にも、愛情的にも。 このままでは過労死ならぬ「過愛死」してしまう。 そんな俺の悲惨な現状を、部屋の隅からじっと見つめる二つの影があった。 「……ご主人様、私たちの方を見てくれません」 エリスが涙目でハンカチを噛んでいる。 「……アリアさんたちばかりズルいです。私たちだって、ヴィクトル様にお仕えしているのに……このままでは『背景キャラ』に降格ですわ」 聖女セシリアが、どす黒いオーラを纏って呟く。 「セシリア様。……やりますか?」 「ええ、やりましょう。神もお許しになるはずです(適当)」 二人は顔を見合わせ、暗黒の同盟を結んだ。 その手には、オメガの倉庫からくすねてきた、怪しげなピンク色の小瓶が握られていた。 ◇ 「ご主人様、特製ハーブティーをお持ちしました」 三人が離れ、ようやく一息ついていた俺の元に、エリスがワゴンを押してやってきた。 その笑顔は、いつになく慈愛に満ちていた。 「おお、助かる。喉が渇いていたんだ」 「どうぞ。セシリア様が祈りを込めた茶葉です」 俺は何の疑いもなく、カップを受け取り、一口飲んだ。 甘い。そして、どこか懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。 「……うまいな。なんだこれ、新しいブレンドか?」 「はい。『純真回帰(イノセント・リターン)』という、古代の秘薬……いえ、茶葉です」 「純真……回帰……?」 ドクン。 心臓が大きく跳ねた。 視界がグラリと歪む。 「な、んだ……? 体が……熱い……」 全身の骨がキシキシと音を立てて縮んでいく感覚。 服が急激に重くなる。いや、俺が小さくなっているのか? 視点が下がる。テーブルが高くなる。 「……え?」 数秒後。 ブカブカになったシャツの襟から顔を出したのは、五歳児くらいの見た目になった俺だった。 「せ、せいこうです……!」 エリスが震える声で言った。 「な、なにしやがった……!」 俺は立ち上がって抗議しようとした。 だが、口から出たのは、 「なにちやがった……!」 という、舌足らずで可愛らしい甲高い声だった。 「――っ!!」 その瞬間、エリスとセシリアの理性が弾け飛ぶ音が聞こえた。 「きゃぁぁぁぁぁ!! ご主人様ぁぁぁ!! かわいぃぃぃぃ!!」 ドサッ! エリスが俺(幼児)を抱き上げ、その豊かな胸に埋めた。 「むぐっ!? く、くるし……!」 「ちっちゃい! 柔らかい! そしてイイ匂いですぅ! ああ、これなら私でも守ってあげられますぅ!」 エリスが頬ずりをしてくる。 普段の控えめなメイド姿からは想像もできない、狂気じみた母性(バブみ)だ。 「エリスさん、独り占めはズルいです! 私にも『洗礼』を!」 セシリアが俺を奪い取る。 聖女の法衣の中に俺を包み込み、頭を優しく撫で回す。 「ああ……迷える子羊(ショタ)よ……。お姉さんが導いてあげますね……。さあ、懺悔なさい。そして甘えなさい……」 「や、やめろ……! おれは大人だぞ……!」 俺が必死に抵抗して手足をバタつかせると、それがさらに彼女たちの嗜虐心を煽ったらしい。 「ああん、抵抗する姿も愛らしいです!」 「もう、このまま私の子供にしちゃいたいです!」 ――ガタッ。 騒ぎを聞きつけて、扉が開いた。 アリア、シャルロット、ミリムの三人が入ってくる。 「何ですの、この騒ぎは……って、あら?」 三人の視線が、聖女の胸に埋もれる幼児(俺)に釘付けになった。 「……師匠?」 ミリムが首を傾げる。 「……魔力波長は完全にマスターと一致。しかし、肉体年齢は推定5歳」 アリアが眼鏡をクイッと押し上げるが、その手が震えている。 「な、な、な……」 シャルロットが顔を真っ赤にして口元を押さえた。 「何という……破壊力……!」 次の瞬間、新たな戦争が勃発した。 「どきなさいエリス、セシリア! その子は王家で保護します!」 シャルロットが猛ダッシュで突っ込んでくる。 「私に着せ替えさせなさい! 可愛い半ズボンがありますのよ!」 「ダメだ! 師匠はちっちゃくなっても師匠だもん! ミリムが一緒に寝てあげるの!」 ミリムが涎を垂らしながら飛びかかる。 「……合理的に考えて、幼児教育が必要です。私が『先生』として、手取り足取り(性)教育を施します」 アリアが氷の鎖で他を牽制しながら、俺に手を伸ばす。 「渡しません! 今の主導権は私たちにあります!」 「そうです! この『バブみ』は私たちの特権です!」 エリスとセシリアも引かない。 五人の美女による、「ショタヴィクトル争奪戦」が始まった。 「ひ、ひっぱるな……! ちぎれる……!」 右腕をエリス、左腕をシャルロット、足をミリム、頭をセシリア、そして胴体をアリアの氷魔法が掴む。 四方八方から、柔らかい感触と甘い匂い、そして強烈な愛情が押し寄せてくる。 「師匠、あーんってして! あーん!」 「いいえ、まずはオムツですわ! 履かせてみせます!」 「おっぱい飲みますか!? 出ないけど気持ちだけはあります!」 地獄だ。 いや、客観的に見れば天国なのかもしれないが、当事者(幼児)にとっては命の危険を感じるプレス機の中にいるようなものだ。 (……くそっ、術式解体(デコード)……!) 俺は必死に意識を集中した。 幼児化した脳みそでは、複雑な演算が難しい。 だが、このままでは愛玩動物として一生飼い殺しにされる。 「……ふっ、かつ……!」 ボォン!! 俺の体から膨大な魔力が噴き出した。 薬の効果を強制キャンセルし、肉体を再構成する。 「きゃあっ!?」 五人が弾き飛ばされた。 煙が晴れると、そこには元の姿(大人)に戻った俺が立っていた。 ただし、服は弾け飛んで、腰に巻いたボロボロの布一枚という姿だったが。 「……はぁ、はぁ。……いい加減にしろ、お前ら」 俺が低い声で睨むと、全員が「あ……」と我に返った。 「ご、ごめんなさい……つい、可愛すぎて……」 エリスが小さくなる。 「……私も、取り乱しました」 セシリアが十字を切る。 俺はため息をつき、震えるエリスとセシリアの頭にポンと手を置いた。 「寂しい思いをさせていたのは、俺も悪かった」 「え……?」 「だが、薬を盛るのはナシだ。……その代わり、今日はエリスの膝枕で耳かきを頼む。セシリアには、マッサージを頼もうか」 俺が言うと、二人の顔がパァァァッと輝いた。 「はいっ!! 喜んで!!」 「神よ感謝します! 全力で癒やします!」 こうして、エリスとセシリアの反乱は鎮圧された。 ……だが。 「ちぇー。ちっちゃい師匠、もっと愛でたかったなー」 「写真……撮り損ねましたわ……」 「……DNAサンプルは確保しました」 後ろの三人が、まだ諦めていない目で俺を見ていることに、俺は気づかないふりをした。 俺の安息の日は、まだ遠いようだ。
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